第25話オールドフレンド

 支配をする統括軍、混沌を呼ぶゲリラ。それぞれの戦いは次第に大きくなるのは時代が与える試しなのか。そうであるならば実に残酷で無責任なことである。


 ワンジャールスへの奇襲攻撃を成功させたバーナードらは、その補給物資を持ち去っていく。その間にシャイダン・サルバーカインはグリーチからアルバトロスを追う遊撃部隊として任命されて支度を進める中、かつての恋人であるフィフス・ヘッズの隊長、ミラージ・ミラージュと話し合う。多少のすれ違いは感じさせながらも特に嫌だと思う感情はなかった。そして今、アルバトロスはヘルダスへと向かうその最中であった。


『Mk-Ⅱ、ニールス。異常なし。アルバトロス、オーバー?』

『こちらアルバトロス。オーバー、南西の方角は問題なさそうだな。』

『アッシェンサースのゴーヴだ、こちらも特にレーダーで見える範囲に敵はいない。』

『オーケー。』

 ヘッドギアの中から聞こえてくる通信を聴きながらエドゥはザンダガルをゴーストタウンの上空で飛ばして索敵を行う。ワンジャールス基地壊滅後、彼らがヘルダスにてレボルストと合流する際に敵の残党分子が隠れてついて来ていてはアルバトロスの信用に関わる。そういう組織の傘下に入った今、移動までも気を付けなければならなくなる。

 エドゥもそろそろ定期報告を入れようと通信のスイッチを押す。

「ザンダガル、エドゥだ。こちらも目下異常な…」

 し、と言い切る前に廃墟の影で何かが光ったように見えた。

『どうしたエドゥ?通信機器の不調か?』

「いや、何かが光った…。熱源反応はないから見間違いかもしれないが気にはなる。少し地上に降りて調査してみる。遅くても二十分後にはまた通信を入れる、通信切るぞ。」

 そういってパチンとスイッチを下げて無線を切る。下から丸見えではあるだろうが光った地点から少し離れたところを狙って、変形させつつそっと着陸する。

 アスファルトがもろかったのか、ガコンッ…と音を立てて崩れる。とっさにザンダガルをジャンプさせて別のところに移るが、崩れた道路は大きく土煙を立ててしまう。地下がむき出しになり、それを見ながらエドゥはしまったな…と、地形データの確認を怠ったことを後悔する。

(今ので確実に居場所を気づかれたな…。むやみやたらに動けば余計に目立つか…?)

 そんなことを考えながら無意識に乾いた唇を塗らすそうにぺろりとなめる。ザンダガルの集音装置の感度を上げて音をよく聞くようにする。すると熱源探知機がパッと反応を示してだんだんと近づいてくるのがわかる。熱源が近づくたびに地面を大きなものがけるような音が聞こえるようになってくる。

 今度はヘッドギアを取り、耳を澄ませて音を聞く。ガシャン、ガシャンと金属をこすりながら歩いて来ていることが分かる。ヘッドギアを装着しなおしてバルカン・ポッドの安全弁を外す。近づいてくる未確認機といつ交戦しても大丈夫なように神経を集中させる。そして近づいてくる音が消えた瞬間、物陰から右腕を構えながら飛び出す。相手のマシンもすでに狙いをつけて待ち構えていた。

 双方トリガーをめいいっぱい引こうとしたその瞬間、

「アテンブールだと…!エドゥか!」

「サレイズ…それにあの部隊章は…、オッドー・シルヴィア…!」

 すんでのところで互いの存在に気が付き、操縦桿を握る指を緩める。

 ギルガマシン・サレイズのコクピットが開きパイロットが現れ、エドゥの推測はそこで確信に変わった。

 彼もまたキャノピーを開けて立ち上がる。

「やはり、エドゥか…。」

「オッドー、久しいな。まだサレイズに乗っているなんてな。おかげで撃たずに済んだぜ。」

 二人の男は久方ぶりの再会に面には出さずとも心が踊っていると言うのがわかった。それが例え敵同士だと言えども。


「シャイダン少将からお前の話を聞いた時には驚いたぜ…。」

 マシンから降りた二人は建物の残骸に並んで腰掛けながらレーション片手に語らう。

「シャイダン…ああ、シャイダン・サルバーカインか…。奴のところにいたとはなぁ。」

「まぁな。お前が新型のアテンブールを奪って逃亡を図ったって話を聞いた時には俺ァ耳を疑ったさ。ちゃらんぽらんに見えてその実糞真面目なあのエドゥアルド・タルコットが、か…と。」

「ククク…ちゃらんぽらんとは言ってくれるぜ。」

 オッドー・シルヴィアとは統括軍に入ってからの付き合いではあるがまるで十年来の友人の様だとエドゥは思っていた。同じ基地にいた頃にいつも二人でコンビを組んで作戦に当たっていたほどだった。

 エドゥとオッドーのコンビは負けなしの最強とまでうたわれ、ある種尊敬の対象にもなっていた。

「…だが、エドゥ…。お前の話を聞いてやっと合点がいったよ。ザンダ基地でそんなことがあったとはなぁ…。」

「勘弁して欲しいぜまったく…。ただそれがあったから今改めて統括軍って組織を広い視野で見ることが出来たのかもな…。」

 エドゥが事の経緯を彼に説明し、それまで談笑をしていた二人に神妙な空気が流れ込む。

「やはり、か…。根底は腐っている気がするよ。何件かお前の様に打たれた杭があったらしい。とは言えそこから逃げおおせてゲリラに回る様なふてぇ奴はお前だけだったそうだが。それも新型マシンを奪ってまでな!」

 オッドーはダハハと笑いながらエドゥの背中を叩く。エドゥも同じ様に高笑いしてオッドーの肩に手を回す。

「あったりめぇだろうが、俺を誰だと思ってやがるんだよ。死んでも死なねえよ。」

 廃墟の一角からは男二人の野太い笑い声が聞こえては空に消えていく。

「ところで…」とエドゥは話の本命に入ろうとする。少し残ったレーションを一口で平らげて水で流し込む。袖で口を拭ってからオッドーの方に体を向ける。

「…お前も俺と一緒にアルバトロスに来ないか?俺とお前が、仕方がないとは言え敵同士ってのはヤなんだ。」

 オッドーもエドゥの方に向き腕を組みながら真剣に聞く。

 だが彼から出た答えは「ノー」だった。

「お前はそのヒッツとやらに仲間まで殺されちまったんだろ?失うものが何もないからアルバトロスと共に行動ができる。だがよ、俺にはまだ部下がいる。俺が統括軍を裏切れば奴らは責任を負わされて処刑されちまうかもしれねぇ…。それにシャイダン少将にも面目が立たなくなっちまう。」

「…そうか、それもそうだな。ワリィ、バカな提案だった。忘れてくれ。」

 エドゥは立ち上がり、パンパンとズボンに着いた砂を払いながらオッドーの方を見る。首元に階級章がつけられており、そこには中佐を示す階級が描かれていた。

(あれから出世もしたのか…。)

 そう考えながらふと思い出したことを聞く。

「そういや奥さんは元気か?」

 ふと思い出してそんな質問を投げかけた。別に悪意があったわけではないというのがわかっているからオッドーは軽く答える。

「そろそろその質問が来るとは思ってたぜ、残念ながら嫁さんは三ヶ月に亡くなっちまってよ。まあ…不慮の事故だわ。」

「そうか…お前には似合わないほどのとびきり美人な奥さんだったのにな…。」

 さすがにこんなところでデリカシーのなさは出て欲しくはなかったが、なんとか取り繕おうとする。しかしオッドーは実に至って平静である。

「バーローめ、俺にピッタシのいい女だったよ。ただあいつは死ぬ前に忘れ形見を残していったんだ。」

 その時、エドゥは彼の先ほどからのいやに落ち着いた態度の理由が分かった。それは単に階級が上がったから責任感が強くなったというわけではない。オッドーが父親になっていたからだ。守るべきものがあるその男の姿は、かつての親友でありライバルである男ではなかった。自分よりも遠く離れた大きな、実に大きな男の姿であった。

「…お前、親父になったんだな。」

「ああ、嫁さんはもうこの世にいないが代わりにケーラが居てくれる。それだけでまだ生き延びる理由になるさ。エドゥ、お前も早くいい人を見つけることだな…。」

 オッドーのその言葉で、ほんの一瞬だけエドゥの脳裏にニールスのビジョンが映し出されたが、彼はなんでもないというかのように首を振る。

「アハハ、今はそこまで余裕はねぇよ。」

 そう笑って見せるものの、乾いた笑い方だった。

「まあ、俺もいつまで生きているとも限らん。もし俺の身に何か起こればケーラはお前に託すよ。お前ならば例え殺されようと信用に足る男だからな。」

「バカ言ってんじゃねぇよ、お前みたいなしぶといやつが早々死ぬかよ。それに俺は子供なんて育てたこたぁないぜ?そんな俺に子供を、特に女の子を託すなんて土台無茶な話だ。」

 エドゥが焦って答えたことにたいしてオッドーは無茶か、と呟く。頭に疑問符を浮かべながら彼の顔を覗き込んだ時、エドゥはオッドーの目が光ったように見えた。

「さっき俺が所帯を持つべきだと言った時、答えるのに一瞬のためらいを見た。多分気になる相手の一人や二人いるんだろう。それにお前のことはよく理解して居るつもりだ、遠からず多分その子と添い遂げるよ。」

「…ハハ、まさかぁ、そりゃ深読みのしすぎだぜ。…それに、それにやっぱり俺はお前が死ぬところなんて想像つかないよ。」

 エドゥはやれやれと話半分に聞きながらおちゃらけた口調で言うがオッドーは真剣に言っているようだった。

「…大事なことを言い忘れていたな。俺の任務は一応アルバトロスを追撃することなんだが、つまりエドゥ、俺はお前を殺さにゃならん。だが古いよしみだ、今日俺は誰とも会っていないし、会話もしちゃいない。…だが次にあった時は問答無用で攻撃する。」

「…命拾いしたぜ、マシンならともかく生身の戦闘でお前に勝てる自信ないわ。…だが敵とはいえ、友人を撃つってのはやっぱり嫌なものだな。」

 そう言いながらエドゥは先ほどオッドーが言っていたことを頭の中で反芻する。

(俺の身に何か起こればケーラはお前に託すよ。)

 その言葉を先ほどとはまるで別の意味でとらえてしまった。ただオッドーがエドゥの知らぬところで死ぬのではなく、エドゥ自身と戦うからこそ死を覚悟しているのだと。

 そう気がついた。

「…お前!…ッ!」

 何か言わなければ必ず後悔するだろうとは分かっていたのに声が出なかった。オッドーの目は実に達観したものだった。その目がエドゥを押し潰したのだ。エドゥが何も言えぬままオッドーはサレイズの方へと歩いて行く。

「じゃあな、次にあった時はお互い手加減無しだ。」

 エドゥはその場に固まったまま、ただ立ち去るオッドーの後ろ姿を見送るばかりだった。マシンの性能もパイロットとしての力量も違いすぎるのに何故無理にでも挑もうとしてくるのかが分からなかった。

「オッドー、お前はもしかして…。」

 それ以上は言葉に出来なかった。と言うよりもしたくはなかった。


 本隊と合流したオッドー、その彼のもとにシャイダン・サルバーカインからの通信が入った。その通信越しに彼はシャイダンにエドゥと出会ったことを話した。

『…そうか、やはりザンダでの一件はそう言う理由であったか…。』

 例え幾度となく銃火を交えた相手だといえども理不尽な理由で陥れられたとも知ればつい同情を向けてしまう。

「はい。命令とはいえ、やはり奴を目の前にすると躊躇ためらいがどうしても出てしまいます。だがそれは奴も同じ、平静を保ってはいたのですが別れ際のあの顔が今もフラッシュバックします。」

『…うぅむ。軍人として、上司としては私情を挟むなと言うべきであろうが、私だって血を通わせた人間だ…。出来ることなら君にこんなことをさせたくはないが…。』

 シャイダンは奥歯を噛み締めながら唸る。ザンダの一件、つまりエドゥがアテンブールを奪い統括軍と敵対する事となってしまったその理由は統括軍の将軍であるグリーチ・エイベルの息子、ヒッツ・エイベルに理由がある。だがそれもすでに過去の話、事実統括軍にクーデターを起こしたアルバトロスと行動を共にするエドゥだけを罪に問わず…とはいかないだろう。

『以前ならば、私の命令という事で君をこの任務から解くことも可能だが…。残念ながらこの私も今や上層部から見れば立派な階級章をつけたただの無能に過ぎない…。申し訳ない。』

 画面の向こうでシャイダンが頭を下げる。

「いえ、頭を下げないでください閣下。ただ奴の様な男にはこんなつまらないことで死んで欲しくはないという自分のわがままに過ぎません。」

『アルバトロスにできるだけ干渉したくはないが…、出来るか?オッドー…。』

「いえ、マシンのブラックボックスにも記録は残っていますし、もう後には引けません…。それに自分だけならまだしも部下にも迷惑をかけます。」

 何もしてやれない自分に悔しさがこみ上げると共に、死んだヒッツ・エイベルを憎らしくも思った。あんな奴を野放しにしているから統括軍は衰退の一途を辿るんだ、とも思う。歳も離れぬその部下の苦労を同じ様に背負ってやれぬかとシャイダンは思うが、それが出来ぬことがあまりにも歯がゆかった。シャイダンのディオネーはまだオッドーらのいる所から遥か遠くにいる。


 時を同じくして、エドゥもまた心中穏やかではなかった。次に出会えばどう転んでも戦いは避けられない。それにオッドーの性格からして中途半端なことはしないだろう。武人気質と言うべきか、一度決めたことであれば死なない限り諦めはしない、そんな男である。

「どうした、エドゥ?」

 ゴーヴが背後から近づいていたことにも気づかなかった。一言、いや…としか返せなかったのが余計に怪しさを増す。

「そういえばアレはどうなったんだよ?繋がったのか?」

 話題を変えようとロナウド・マクダナゥJr.との連絡が取れたのかを聞いてみるがゴーヴは首を横にするだけだった。

「あまりにも繋がらないからルトも『偽物つかまされたんじゃないの、コレ!』って憤慨してたよ。女ってのはこえぇなぁ…。ただ一度コールが止み終わった事があったんだ。多分そろそろ声を聞かせてくれるとは思うぜ。」

「次は俺がやってみるよ、お前らだけにやってもらうってのも悪いしな。」

「…ん、そうか。だが俺やサミエルの身内がアルバトロスを振り回してるんだ、自分のケツくらいは拭き取るさ。」

 ゴーヴは白い歯をニッとむき出して笑う。互いに拳を差し出してコツンと合わせてからエドゥはポケットに手を突っ込んで格納庫の方へと歩いていく。

 数歩歩いたところでゴーヴがエドゥに向かって言う。

「エドゥ、お前が何を思いつめているかは分からないが俺はスヴァーナで一つ学んだ。人間は本質的には何も変わらん!」

 その言葉に振り向く。別にたいそれた言葉ではなかったがエドゥを引っ張っていた糸がプツンと切れた様な感覚がした。

「分かる。」

 それだけ言い残してエドゥはその場を後にする。


「ではこれから出撃するに当たってフォーメーションの最終確認を行う。各々オーダー表に目を通してくれ。」

 オッドーは作戦概要の書かれたプリントを一人一人に手渡してそれを読み上げていく。

 今更何を確認するのかと誰もが疑問符を頭に浮かべたが一ヶ所だけ訂正がされてあるのを見つけた。

「た、隊長!これで良いんですか?」

「あぁ、今回相手するのは並大抵の相手ではない。その通りにやってもらう、他は変わらずだ。」

「でもこんなことして意味があるのか…。」

「あるさ、ある相手にはな。」

 もう一度プリントに目を通してみるがやはりその程度の説明で納得のいくものではなかった、だがオッドーが嘘を言っている様にも思えなかった。

「相手はあのアテンブールだ、死ぬ気でかかれよ。」

「「「ハッ!」」」

 隊員が全員マシンに搭乗するのを見届けたオッドーは、自身の愛機サレイズを見上げながら軽く投げキスをする。

(キャシー、あの世からケーラのことを守ってくれよ。)

 オッドーも急いでマシンに乗り込んで号令をかける。

「出撃だ!アルバトロスは近いぞ、ぬかるな!」

 アクセルをめいいっぱい踏み抜いてバスッバスッと音を立てながら小型輸送陸艇から飛び降りマシンを出撃させる。

 サレイズを先頭に後方リスタやウィリーガーがついて行く。

 アルバトロスでもそれをキャッチして再びマシンの出撃準備を急がせる。

「おやっさん、ブリッジはなんて?」

 エドゥはハシゴを滑り降り、ヘッドギアを装着しながらビンセントに問う。

「ウィリーガーを除けば大したマシンはおらんな。一機はずいぶん旧式のマシンだそうじゃ。」

 旧式と聞いてエドゥはピンとくる。オッドーが来たと。

「サレイズか…。」

「…ん?よう分かったの。そうじゃ、一機はサレイズじゃが…。」

 ビンセントはエドゥがエスパーか何かに見えたが何故と訪ねるよりも早くザンダガルに乗り込んでいた。

(結局スルーをしてはくれなかったかオッドー…。お前がくると言うのなら俺はっ…!)

「エドゥアルド・タルコット、ザンダガル発進する!」

 ザンダガルはそのままアルバトロスから飛び出し、迫ってくるオッドーらに向き合う。

 攻撃力のない輸送艇はそそくさと戦線から遠のいて行くが、それが攻撃力のないものだと知るとエドゥはホッとする。

 ザンダガルに続いて後続のマシンが来るが彼らにはあまり手を出させたくはない。オッドーを殺さねばならぬならこの手で、自分が殺されるのならオッドーに。そうなれば敵も味方も邪魔でしかなかった。

 そんなことを考えながらなんて自分本位な奴なんだと自嘲する。

(バカめ…。そんなこと考えている場合か!オッドーの腕ならほんとに殺されかねない!)

 頭を切り替えてバルカンポッドを構える。先に照準に入ったのはサレイズだった。模擬戦の中なでも彼を捉えるのに相当苦労したのにこうも簡単にロックオンできるのが奇妙に思えた。

(なんで捉えられるんだ…、あいつ何を考えて…。)

 それがエドゥに躊躇いを与えた。すると横のウィリーガーが横っ腹に銃火を浴びせる。

「ぐっ、集中力が…。サレイズだけに目を向けてたらダメだ!」

 そう言って先ほどのウィリーガーに向けてキャノンを放つ。特に意識したわけでもないがほぼど真ん中に弾は飛ぶ。

 だが当たらなかった。

 と言うより避けられたと言うべきか。

 スピードのあるウィリーガーではあっても、並大抵の動きではなかった。異常なほどの反射神経を見せる、その動きがチラリと何かと重なる点がある。

(オッドー、お前みたいな奴がまだいるのかよ!)

 エドゥの攻撃を援護するようにMk-IIやトレーグスがザンダガルのリロードの間に敵の注意をそらせる。

 ザンダガルがバルカンポッドを構えた時、また射線上にサレイズが現れる。あたかも狙ってからと言わんばかりに…。

「俺が手を出さないと分かって挑発しているのか!」

 余りにも無防備すぎるその動きにまた一瞬の隙を作ってしまう。今度はリスタがミサイルをザンダガルに向けて撃ち、間一髪ジャンプで避けたものの着地点にはあのウィリーガーがいた。

「こいつ!」

 AGSの出力を上げ、地上には足を付けずに上空からソイツを狙う。

 そして三度、サレイズは迂闊にもエドゥの前にやって来る。

 ギルガマシンは程度パイロットの腕によってその扱いに癖が出てくる。人を真似ることができても全く同じ動きはできない。

 それもこんな極限状態にある中で普段と違う操縦など出来るはずもない。そこがエドゥにとっての違和感の原因となっていた。

 間合いを考えずに近づいてくるサレイズ、流石にここまで接近されたらエドゥもダメだと思いザンダガルの腕を大きく振るう。

 サレイズの天井、つまりコクピットの天板がバリバリバリと剥がれて中がむき出しとなる。

 

 そのままサレイズは後ろに転倒し、パイロットは外に放り出される。近くにいたリスタが彼をすくい上げてコクピットに同乗させる。

 だがエドゥが気がかりなのは別のところ、オッドーの存在だった。

 この場に必ずいるという確信はあるがサレイズには別人が…。ではどこに…!

 頭の中に先ほどまでの映像が鮮明に映し出される。頭の中で敵の動きを追っていくとウィリーガーが浮かび上がる。

 ハッと気づいて辺りを見回すが見つからない。

『エドゥ!後ろだ!』

 ヘッドギアから直接耳の奥に響くニールスの叫び声が聞こえてくる。

 マシンを転回させるもののもう遅かった。

 加速をつけてジャンプしてきたウィリーガーの蹴りがザンダガルに直撃、吹き飛んだ頭部は地面にゴトンと音を立てて落ちる。

(Mk-Ⅱに乗っていなくて助かったぜ…)

 頭部にコクピットのあるMk-Ⅱをしり目に、もし自分が乗っていたらと想像し滝のように汗をかく。

 メインカメラのある頭を失ったザンダガルはモニタモードから有視界モードにスイッチされ、グググ…とコクピットが前面に押し出される。

 ウィリーガーは空中で一回転しながら着地し、双方がキャノピー越しに互いの存在を確認。エドゥは一杯食わされたとも思いながらもただただほくそ笑む。

「やるなオッドー…。」

「驚いたろう?エドゥ。」

 頭部を失ったザンダガル、そしてオッドーの操るウィリーガー。二つのマシンが対峙し動きを止めるは一瞬、ウィリーガーはローラーを逆回転させてザンダガルから距離をとる。ザンダガルも強く地面を蹴ってミサイル数発を浴びせる。だがその程度避けられない相手でないのは分かっていた。

 ミサイルの爆風で起こる土煙を煙幕代わりに使い、相手を目くらましに合わす。だが土煙からチカチカと光が見えてザンダガルの機体をかすめる。

「そんなにバーニアを吹かしていれば自分の居場所を教えているようなものだぞエドゥ!」

 オッドーはザンダガルの性能を逆手に取り、おまけに狙いを正確につけてきた。

「化け物かよあいつは…!」

 感心しながらも畏怖する。かつての戦友はあまりにも強敵である。

(やはり生真面目な男だ、きっちりと俺を殺しにかかってきている。そっちがその気ならば容赦はない!)

 土煙による煙幕は晴れてはっきりと周りが見えるようになる。小細工は意味がないと判断したエドゥは真っ向勝負を挑むべくザンダガルを地上に降り立たせて微弱なAGSで地面を滑らせる。重くなる装甲をパージしてスピードを上げ、バルカンポッドを構えながらウィリーガーとの距離を詰める。

 オッドーは動きの変わったザンダガルを見てニヤと笑う。マシンガンを捨てて、マシンの脇に備えられた鉄パイプを右腕に持ち替え、アクセルを深く踏みローラーの回転数を上げる。

 オッドーのウィリーガーはギャリギャリギャリと砂を巻き込むような音を立てながらザンダガルに近づき、エドゥは砂を捲き上げながらトリガーを引く。何百発と乱射されたバルカンの弾をウィリーガーは少ない動きだけで避ける。だが、避けきれなかった分がマシンの装甲を剥がしていく。ウィリーガーがザンダガルの懐に飛び込んだ時、二人にはここで決着がつくことが分かった。

 下から突き上げるようにやってくる鉄パイプ、ザンダガルは逆噴射し強制的に慣性ブレーキをかけ背面にそるような形でかわす。キャノピーをかすめたパイプはエドゥの目のまえを通り過ぎていく。

 その勢いに乗せたままザンダガルはオーバーヘッドキックの要領でウィリーガーを蹴り上げる。

 ズワッ!ガガガ…!

 ウィリーガーの形を成す金属がこれでもかと言うほどに裂け、削り取られたコンソールパネルはボンッと爆発を起こしてマシンを沈黙させる。

 エドゥがオッドーの無事を確認しようと目を凝らしてみるがすぐさま敵の攻撃が押し寄せる。

 隊長をやられたからにはただでは済まさないとばかりにワッとザンダガルに向けて攻撃を仕掛ける。だがオッドーを失ったその連携は上手く取れるわけではなく、Mk-IIやトレーグスにすぐ抑えられる。マシンは倒れてピクリとも動かなくなったことを確認し、エドゥはウィリーガーの手前でザンダガルから降りオッドーのもとに駆け寄る。砂に足を持っていかれて躓きそうになっても踏ん張って走っていく。

 ニールスや他の味方パイロットら、そして敵までもが何事だと言わんばかりに口を開けながらその様子を凝視する。

 へしゃげたコクピットからオッドーを引き出そうとした時、生温く鉄くさい液体がエドゥの手を滑らせる。

 地面に横にして呼吸を聞くとまだ息があるようなので名前を呼び続ける。

 オッドーの体には金属片やガラス片が体に突き刺さり、大した量の出血は見られないが爆発の影響か、火傷が酷い。

 気絶状態から意識を取り戻したのか、深い呼吸を繰り返しながらオッドーは目だけ虚空をぐるりと見回してからエドゥの方を向ける。

「…ヒュー…ヒュー…俺の作戦、すぐにバレちまったか…。」

 苦しそうにしながらも無邪気な笑顔を向けてくる。

「バカヤロウ!サレイズの動きがあれだけ悪けりゃ気づくだろ!どれだけお前と一緒にいたと思ってやがるんだ!それよりもう喋るな、アルバトロスから救護班を呼んでる…。」

 必死なエドゥを見たからかオッドーは血まみれの右手を顔にやり、含み笑いをしてみせる。

 何笑ってんだ!そう叫ぶエドゥの声はあまり聞こえなくなってきた。

「…ククク…親友だから助ける…ってのは、あまりに不公平…なもんよ…。…しかし…ウィリーガーに乗り換えりゃ…お前は躊躇うことなく向かってくると…踏んでいたんだがなぁ…。…あの殺気のない蹴りじゃ…むしろ即死しなくて苦しむぜ…?」

 ゴホッと咳き込む口から出てきたのは尋常な量とは思えぬ血であった。

「肺をやられてるじゃねえかよ!だから喋るな、お前とはまだ話したいことが山ほどあるんだよ!こんな、こんなくだらないことで死なせてたまるかよ!」

 ボタボタと涙を流すエドゥを弱い力で殴りつけてその手でそのまま胸ぐらをつかむ。もう声も出せない状態で、蚊の鳴くような声で彼はエドゥに耳打ちする。

「…泣くなよくそったれめ…。だったら俺の娘にその話をしてくれや…養子にでもとってな…。…うちのかみさんの残した最高の娘だ、俺の娘でもあるんだから才覚はあるぞ…。…それがお前が育てればきっと良い子に育つ…。…っと、一応こんな時のためにメモを残しておいて正解だったな…。」

 胸ぐらをつかむ手をパッと離してポケットから小さな手帳を取り出す。

 昔からオッドーが気に入っていた皮の表紙の手帳だ。

「…ここに問い合わせれば娘を引き取ることができる…。…頼むわエドゥ、俺の最期のわがままくらい聞いてくれ…!」

 エドゥは手を震えさせながらそれを受け取り、両手で強くオッドーの手を握る。

 力強い言葉の後、彼の目の焦点が合わなくなる。呼吸はゆっくりとさらに深いものとなり、だんだんとそのインターバルは開いていく。そして一つスウッと吸った時、もう二度とオッドーが息を吐くことはなかった。

 握っていた手はまだ暖かく喋り出してもおかしくないように見えるが、次第に無機質なものとなっていく。

 エドゥは彼の手を胸の前で組ませて、開いたままの目を閉じる。手帳をぎゅうと握り立ち上がる。

 立ちくらみが彼を襲った時、トゴでの事をよぎらせる。

 戦争で父を失ったジェミニという少年。今、エドゥは一人の子から父を奪ってしまった。状況が違うとは言えどもどうしても重なり合う。先ほど流れていた涙が再び溢れて頬をツゥと濡らす。

「…すまんな、ジェミニ…。お、俺は本当に父の仇になっちまったみたいだ…。お前のような子をまた増やしちまった…。」

 届かぬ声だとは分かっていながらも口に出さねば気が収まらなかった。


 ある程度落ち着きを取り戻したエドゥから説明を受けたバーナードらは先ほどの戦闘で捕らえられ、その場に留まっていたいたオッドーの部下たちにも同じように説明をする。

 事情を察して彼らもまた隊長の死への弔いととエドゥに対する同情を向ける。

「アルバトロスをただ攻撃せよとの命令を受けておりましたが…よもやそんな事情とはつゆ知らず…。」

「いえ、別に構わんのですよ。」

 オッドーの亡骸を布で覆い、その横に穴を掘る。

「しかし分かりません…。旧友がいると知っておきながら何故隊長は彼との戦闘を避けなかったのか…。」

 オッドーの部下の一人がそう呟く。

 エドゥはそれを聞きながら(どうしてなんだよ…。)と頭の中でオッドーに尋ねる。

 正直誰にも理解はし辛いものだった。

 真意は誰にもわからない、死人は何も語らずただ横たわるだけ。

 人一人入ることのできる穴を掘り終えるとその中にオッドーを入れ、再び埋める。

 簡易的な墓標を刺して皆祈るように手を組む。

 エドゥは一人だけ墓標を睨みつけ、おもむろに地面を蹴る。砂埃が風に流されながら舞って口の中に入り、ジャリ…ジャリ…と音を立てながら不快な感情が渦巻く。

「バカヤロウがっ!」

 大きく叫んだその言葉は一生届くことはなく空高くに消えていく。


「とりあえず我々は戻りますので。」

 そう言い残して動かせるだけのマシンで自らの基地へと引いていく彼らを見送りながらアルバトロスのクルーたちも次の目的地は向かうための準備をする。

 ザンダガルの頭部も回収してビンセントらが早速修理に取り掛かる中、エドゥはバーナードのもとに行く。

「すまん艦長、少しばかりこの艦を降りてもいいか?すぐに戻る。」

 バーナードは特に考える間も無くそれを許可する。

「男に二言はないぞ、エドゥ。必ず戻れよ。」

「当たり前だ。」

 それだけ言うとエドゥはサッと手を上げながらアルバトロスまで駆ける。ジープに乗り込み、エンジンをかける。

 アルバトロスから飛び出したジープはオッドーの手帳に記された場所に向けて荒野をひたすら走る。

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