第26話シャイダン・サルバーカイン

 支配をする統括軍、混沌を呼ぶゲリラ。それぞれの戦いは次第に大きくなるのは時代が与える試しなのか。そうであるならば実に残酷で無責任なことである。


 旧友、オッドー・シルヴィアと出会ってしまったエドゥはその戦いから避けることは出来なかった。迫りくるオッドーのウィリーガーをザンダガルは撃退する。彼は手帳をエドゥに手渡すとそのまま帰らぬ人となった。エドゥはその手帳に書かれたことを頼りにオッドーの娘、ケーラ・シルヴィアを引き取りに統括軍の基地へと、ほぼ丸一日車を走らせる。


 エドゥが目的地へと到着した時、軍港の方には見覚えのあるランド・バトルシップが停泊してあった。シャイダン・サルバーカインのディオネーで間違いないと踏む。

 ただ陸上戦艦が一隻泊まるだけで手狭なこの基地は普通の町と隣接しており、特にこれと言った衝突などが起こっているようには思えなかった。それどころか他の統括軍の占領下よりも幾分かアットホームな雰囲気がうかがえる。

 エドゥは手帳に書かれてあるメモを頼りに市の運営する孤児院へと向かう。

 戦災孤児を引き取るだけでなく保育所の役割も果たしているらしくオッドーの娘もまたここの施設に預けられているとのことだ。

 つい昨日の出来事だからか、未だに胸を突き刺すような感覚を覚える。

 もう少し上手い手があったのではないか、そうすればオッドーは死なずに済んだのではないかと…。

 多分、今頃ケーラは保育園児から戦災孤児へと書類の書き換えが行われているのだろう。オッドーの話ぶりからして物心のついてない子であろうが、あまりにも酷なことをしてしまったと悔やむ。

「ヘンリエッタキンダガートン…。ここか。」

 彩色を施した少し派手な建物の前にジープを止めて降りる。エドゥの格好やジープをジロジロと見てヒソヒソ話を繰り返すのはやはり場違いという印象が強いからだろうか。一々気にしていたらきりがないので建物内に入っていく。

 ワッと聞こえてくる子供らの喧騒に少し驚いたが受付と思われるところへ行き手帳を広げながらふくよかな中年女性に話しかける。彼女も好奇の目でエドゥをジロリと舐め回すようにみるためエドゥは愛想笑いを向けてみせる。

「オッドー・シルヴィアの友人で…」

 そこまで言ってパラパラとページをめくる。娘を引き取りに来る人物の名前まできっちりと書かれてあった。

「ノーティス、ノーティス・グライブだ。娘のケーラ・シルヴィアを引き取りに来た。」

 中年女性は最初こそ怪しんでいたものの棚から取り出したファイルを確認してやっと態度を変える。

「グライブ様、統括軍のオッドー・シルヴィア少佐、いえ大佐のご友人ですね。この度はお悔やみ申し上げます。」

 戦災孤児を預かる施設なだけあっておそらくこういう対応には慣れているのだろう。えらく淡白な言い方に聞こえる。だが別にこの人にあたりに来たわけではない、オッドーの遺言通りケーラを引き取ることが最優先だ。

 だがまだエドゥのことを疑っているのか、女性は本題に入ろうとはしない。

「このところ戦争が激化して来たでしょう?ますます孤児が増えてしまって…。」

「は、はぁ…。心中お察し致します…。」

「何をなされている方なの?」

「元々は統括軍で職業軍人を…。」

 そこからずっとつらつらと話をする女性に対してエドゥは一つ分かった事があった。

(こいつ、ケーラを渡す気は全くないな…。)

 故人とはいえ軍人の子を身元も分からぬ男に渡すなど言語道断ともいえるだろうが、かと言ってエドゥアルド・タルコットだとバレるのも問題がある。それにバーナードとの約束の手前、すぐにでもアルバトロスへと戻らねばならなかった。

「あなた元々どこにいらっしゃったの?」

 考え事をしている間にされた質問に無意識で答える。

「ザンダ基地の方に…。」

 言ってから気づくのがあまりにも遅かった。ここまで統括軍と密接に付き合っているところの人物がザンダ基地のことを知らないわけがない。

「ザンダ基地といえばあの…。ほぼ全滅だと伺っていたのにその生き残りがいらしたのね。」

 物腰は柔らかいがどう見ても怪しんでいることは確かだ。取り繕うにもはっきりと言い過ぎたせいでどうしようもできない。

 女性はさらに口を開いて問いただそうとする。

「あなたもしかして…」

 次の言葉を発するよりも先に後ろからドアの開く音がした。逆光で誰かは分からなかったがそのガタイから男性であることはわかる。

 助かった…と思った矢先、近づいて来た男の姿を確認するとエドゥは頭を抱える。

「やぁ、先客かい?ヘンリエッタさん。」

「あらまぁ、少将。よくぞお出でに。」

(シャイダン・サルバーカインだと?)

 モニタ越しでしかないが見たことのあるその顔はまごうことなきシャイダン・サルバーカインだった。確かにオッドーが彼の下で働いていたことは知っていたがこんなところで鉢合わせるなどとは予想していなかった。

 ふいに顔を隠してしまったのがやはりまずかったのか、シャイダンはエドゥをじっと見続ける。手配書に写真ごと載せられているのだから隠さなければまずいことは分かっていたがあまりにもとっさの事で下手くそすぎた。

 シャイダンは顎に手をやり、ほぉ…と何か察したような顔つきを見せながらエドゥに向かって歩いていく。

(これ以上近づくなよ…。)

 そう願いながら腰に手を当てて銃を構えようとするが、アルバトロスに置いてきたことをすっかり忘れていた。

 シャイダンはほんの二、三歩先まで近づき、警戒心をむき出しにするエドゥと向き合う。ヘンリエッタと呼ばれる女性も先ほどシャイダンに向けていた笑顔をいつの間にやら解き、エドゥを睨みつけている。

 すると急にシャイダンは軽くエドゥに向かってお辞儀をしだす。

「ノーティス・グライブさんですね、このたびはご友人を亡くされ、お悔やみ申し上げます。」

 エドゥは誰に向けていったのだと口をパクパクさせていたが、今自分がノーティス・グライブと名乗っていることを思い出しシャイダンに会釈をし返す。

「い、いえ。こちらこそ少将殿自らそんな言葉をいただけるとは…。」

 そのやり取りを見てヘンリエッタは「なんだ、ホントに大佐とお知り合いだったのね。それじゃあ引き取りの資料を作成しなくてはいけないわね。すいませんね、具ライブさん。」などと調子のいいことを言って奥に引っ込んでいく。

 エドゥは握り拳を握りながら(あのクソババァ!)と心の中で叫びながら表面上は笑顔でそれを見送る。

 ヘンリエッタが見えなくなるとシャイダンはごくごく小声でエドゥに

「無論少しは時間があるね、大尉?」

 と耳打ちする。

 もうそうなれば下手に抵抗せず、素直に受けるべきだろうと考える。


「エドゥの奴、戻ってくるでしょうか?もし統括軍に捕らわれたりでもしたら…。」

 ニールスが実に落ち着きなく考え込む。ルトも同じようにその辺をウロチョロウロチョロしながら何かぶつぶつと言っている。

 アルバトロスでもやはり数名エドゥの安否を気にしていた。

「アイツ、デリカシーの無さは一級品だが、そういう奴に限ってメンタリティが弱かったりするんだよなぁ!」

「しかし、親友を自分の手で殺したと考えてみろ!俺だって眠れやしねぇ!」

 みんな思い思いに勝手なことを口走りながらヤキモキしている。

 そこにサミエルが一喝する。

「ッルサイわね!アンタら!エドゥが帰ってくるって言ってんだからちったぁ信じてやんなさいよ!ここまで一緒に戦ってきた仲間でしょうが、アタシぁアイツがこんなところでドロップアウトするようなへなちょこだとは思わないね!アンタらどうなんだい?ええ?」

 鶴の一声というのか、そのサミエルの喝はおどおどと落ち着きのなかった者を一瞬にして止めてしまった。ただ一人、ずっとぶつぶつ呟いているルトを除いて。

「そりゃあ、信じてるさ。ボクはただエドゥが捕まっていないかを案じていただけだし…。」

「…俺だって信じているぞ!さっきはその、もし俺だったらヤバかったかもしれないがエドゥなら大丈夫だと言いたかっただけだ!」

 そうだそうだ!エドゥならば平気だ!、とまるで示し合わせたかのようにみんな一丸となる。サミエルはやれやれと気だるげそうに首を横に振る。

 それをゴーヴは苦笑いしながら見ているとルトが「そうだわ!」と突如として叫ぶ。

 サミエルが叫んだばっかりなのでみんなまたビクッとひるむ。

「おそらく一度通信がつながったのはニールスがいたからよ!ニールスとは会っているし、声も聞いたことがある。あの大半のコールはダミーだったんだわ、私たちの会話はすべて聞かれているということね。それじゃあエドゥがいればもしかしたら!」

 ルトはまだマクダナゥJr.の事を考えていたらしく何かひらめいたようでわーいわーいと小さな体でうれしさをめいいっぱいに表現している。

 それを止めたかと思うと今度は周りをきょろきょろとしだしたので何事かと聞くと、「エドゥはどこなの?」と素っ頓狂なことを言い出すので全員足元が崩れる。

 全く誰の話も耳に入っていなかったようだった。

「どちらにせよ、あいつがいなきゃニールスのMk-IIに頼りっきりになっちまいますし帰って来てもらわないとなぁ…。ねぇ艦長?」

「そう、だな。ゲラに行けばバッツェブールとかもいるだろうしレボルストのビルガータイプでどうとなるものでもなさそうだな。」

 バーナードはポケットに手を突っ込みながらブリッジの壁にもたれて窓から外を眺める。

「なんだかんだと頼りになる奴だからみすみす手放したくはないわな。ま、単なる子供のわがままみたいなものよ。」

 自分で言いながらククク…と笑い、その場を後にする。

 マクギャバーに何処へ行くのかと問われたが、「おやっさんのところ。」と、ただ一言だけ添える。


 エドゥとシャイダンは二人で施設の外へ出て、手前に置かれたベンチに並んで座る。

「で?この俺から何を聞きたい?」

 間を置かずにエドゥは話し始める。先手を取られては相手に優位性を与えると考えたからだ。

「私もたいがいにこの時代の人間だということだな。」

 一言だけぽつりと漏らしてからエドゥに顔だけ向ける。さっきの言葉がどういうことかと尋ねたかったが、今から話そうとする相手にさすがに無粋だと思い口を紡ぐ。

「こうして実際に会うのは初めてだねエドゥアルド・タルコット。オッドーからすべて話を聞かせてもらったよ。それに事前に聞き受けていた偽名を使って置いて正解だったようだね。」

「エドゥでいい。」

 よく見ればそこまで歳は変わらないのだということが分かった。ただその物事を達観したような落ち着き様からそうは感じさせない。それにその若さで少将にまで上り詰めていることを考えれば理解できる…ような気がする。

「では私の事もシャイダンと呼んでくれ。正直アテンブールを強奪したことに目を瞑ればザンダでの一件はこちらの落ち度だ…。本当にすまないと思っている。だが、二度も新型機を奪われるなんて思っても見なかったからね、お手上げだよ。」

 シャイダンは自分を皮肉るように両手を上にあげてホールドアップを表現する。

 エドゥはそれを見てクックと小さく笑う。

「目を瞑るも何も、ザンダガル…もといアテンブールを奪った時は死ぬ思いだったんだぜ?あの将軍のバカ息子のせいでな。」

「ザンダガル…。ザンダの守護という意味の名だな。」

 何か納得したようにうんうんと頷くがすぐにエドゥの方に向き直る。

「将軍のバカ息子と言えばヒッツ・エイベルだったな…。アレの扱いはこっちでも相当手をこまねいていたからな。大した能力もないのに親の七光りだけでよくもまああそこまでえばれるものだと。」

「統括軍の悪いところを詰め込んだような男だ。だが奴が死んだところで逆に広い視野で見ることはできたかもしれない。かつて俺がいた、あんたらの組織は腐ってるよ。ファイブ・ヘッズへの勧誘を断ったときにザンダへと左遷された時から思ってはいたが、アルバトロスに同乗してようやっと分かったね。平気で核は使う、罪のない人を殺す。これじゃあ戦争でもなんでもない、ただの虐殺だ。」

 彼の言葉はシャイダンにもよく分かる。それは現場で戦っているからこその感想である。末端はまだマシだがゲラでの上層部会議をその目で確かめた時、そこで感じた違和感はもう違和感でとどまるようなものではなかった。あの時はどう言い表せば良いのか分からなかったが今それを表現するとなると、敵対心と言ったところだろうか。

 ハッキリと答えが出た時、シャイダンの頭によぎるのはバーナードの事だった。彼もまた早々に統括軍に愛想を尽かし、クーデターを引き起こしたのだ。

 当時は信頼を置いていた彼がそんな行動をとるとは思いもよらずただショックだという感情だけに踊らされていたが、今なら納得もいく。

(常に私は遅れをとるだけか…。)

 そう悲観しながらも現在彼と近い場所で接しているエドゥに尋ねたいことが一つだけあった。

「多くを語るつもりはないが単刀直入に聞きたい。あの人は…バーナード中将は何を考えているんだ?」

「俺にだってあのおっさんの考えは分かんねぇよ。」

 即答だった。俺が知りたいよという顔をシャイダンに向けながらオーバーにジェスチャーしてみせる。

「ただ一つだけはっきりしているのは統括軍を、というよりもグリーチ・エイベルを討とうとしていることだけだな。」

「…なるほど、となるとレボルストと手を組んだというのは事実か。」

「無理やり組まされたようなもんだよ。信頼を十分に得てから利用するつもりだろうさ。」

「フフッ、あの人のやりそうなことだ。」

 敵味方の関係を忘れて彼らは話す。ある意味オッドーは自分にこの場を設けてくれたのかもしれないとエドゥは考える。おそらく何ら接点がなければただ互いを知りもせず戦い合っているだけだっただろう。

「ところで、レボルストの本隊にフォース・ヘッズのゲタルト・ジャイフマンがいたんだが、お宅、何か知っているか?」

 エドゥの話題に興味を示す。ゲタルト・ジャイフマンは公式に蒸発および戦死したと発表されていた。それもスヴァーナにてレボルストと交戦した際にだ。

 それがエドゥ曰くレボルストにいると。敵に寝返ったならばふつうその通り発表すればよいものの何故情報を隠ぺいしたのか。シャイダンは思い当たる節がいくつか頭をよぎり、そして一つの結論にたどり着いた。

「フォース・ヘッズの得意とするのは隠密だ。つまりレボルストの内情を統括軍本部に伝えているのかもしれない。我々も知らなかったとなればよほど慎重と見えるな。レボルストとグリーチ・エイベルが裏でつながっているという線も無きにしも非ずと言ったところだが、そんなそぶりを見せればすぐにでもバレるだろう。」

「そんなところだろうとは思っていたが、予想は大当たりだってことか。だからと言ってハイネス・ダットソンがそばに置くだけの信頼を奴に寄せているわけだし、そう簡単に下す事ができないわけだ。」

 そう話している間にヘンリエッタが奥から出てくる。シャイダンは座ったまま、エドゥは何でもないといった雰囲気を取り繕って受付カウンターに向かう。

「ケーラちゃんはもうすぐ来ますからね、ここにサインお願いします。」

 ペンと書類、朱肉を渡されてそれを流し読みする。すでにオッドーのサインが書かれてあり、少しかすれ気味の彼の筆跡が嫌に生々しい。

 ついうっかり本名を書きそうになったが、しっかりと『ノーティス・グライブ』と書き、拇印を押して書類を渡す。

 奥の扉が開くと乳母車に乗せられた赤ん坊がエドゥの目の前まで運ばれてくる。どことなく目元が死んだ友人に似ているなと思いながらその子を受け取る。指をくわえながら透き通ったビー玉のような瞳はじっとエドゥを見つめている。

「あら、泣かないわねこの子。オッドーさん以外に抱かれるとすぐにぐずるのに、私たちでさえ慣れてもらうのに苦労したものだわ。本能的なものかしらね?」

(だから乳母車に乗せられていたのか。)などと考えながら腕の中を覗き込む。

「そうなんですか…。これからよろしく頼むよケーラ。」

 抱きかかえた赤ん坊に言葉をかけると少しだけ微笑んだような気がした。

「さて。」とうしろから声が聞こえたので振り返るとシャイダンが立ち上がっていた。

「ケーラの里親も見つかったわけだし私はこれでお暇いたそうかな。ノーティスさん、途中まで送ろう。それじゃあヘンリエッタさん、また来ると思うよ。」

 彼は手をパンと叩いて別れの挨拶を告げる。エドゥも挨拶をしながらシャイダンの後を追う。

「よい子に育ててくださいね!Mr.グライブ!」

 ヘンリエッタの声はホントに良く通った。

 孤児院を出てケーラを抱きかかえたままエドゥはジープに乗る。シャイダンはその横に立ちエドゥとケーラを交互に見る。

「ディオネーでアルバトロスまで送らなくていいのか?」

「それをしちまったら今度はあんたのとこの部下に殺されかねない。良い心象は持たれていないんだろ?」

「一応は話をしているんだがな、説得すれば分かってはもらえるとは思うんだが…。」

 別に理由付けなんてせずとも付いて行っても良いとは思ったが、イマイチずっと戦ってきた相手の中にホイホイと付いて行きたくはないのだ。やはり話し合えたと言っても互いが敵同士ということには変わりはない。

「またどこかで会うとは思うさ、今度はゲラかもしれないが。」

「その時は仕方ないと割り切るしかないな。せめてホバーフロートくらい貸そう。こんなバギーより速いし揺れが少なくて安全だろう。」

「恩に着る。」

 ディオネーまでついてくことにしたエドゥはケーラを後部座席に、助手席にシャイダンを乗せて軍港まで走らせる。短い距離の中、二人の間には会話はなかった。


 軍港に着くとすでにシャイダンの手配したホバーフロートが用意してあり、ディオネーのクルーであろう一人がそのキーをエドゥに投げ渡す。エドゥはそれを受け取って礼を言いながらケーラを抱き上げる。

「このジープはレンタル代として預けておくよ。割には案内かもしれないけれど。」

「気が向いたときにでも返してもらえればそれでいい。…と、言い忘れていたがレボルストとナーハ商会が裏でやり取りをしているのは統括軍に筒抜けだそうだ。もしその二つの情報を漏らしているだろう輩には十分気を付けた方が良い。」

 エドゥはニッと笑って答える。

「大体の目星は付いている。ある意味俺たちの身内の問題でもあるからさ、何とかするよ。」

 シャイダンたちにとってその言葉がどいう意味であるかはさっぱりわからなかったがおそらくレボルストの事だろうと思う。

 ケーラを背負って布で巻き、エドゥはそのままホバーフロートにまたがり渡されたキーをかける。フットペダルとグウッと踏むと音もなくマシンは浮き上がる。「じゃあ。」と手を上げ別れを告げるとあっという間に姿が見えなくなる。

 去り行くエドゥの影を追いながらテンピネスがシャイダンの横に立つ。

「奴は…アテンブールのパイロットなのですよね?お言葉とは思いますが、どれほど複雑な理由があるとはいえ部下を殺された手前、奴に手を貸す閣下の行動には賛同いたしかねます。」

 同じことを思っていたのか、数名頷くものがいた。

 彼の言葉ももっともだとは思う。しかし今はエドゥの立場を知ってしまった以上、彼をおいそれと敵だ、味方だと判断することもできない。だからこそシャイダンはテンピネスの方へ振り返って言う。

「…君に彼のことを撃つ権利はあるが…今の私にはそれがもうない。」

 それはあまりにも情けないほどの逃げの口実だと思った。だが、それが今のシャイダンの本心であることには間違いなかった。

 テンピネスたちも黙り込んでしまう。


「十時の方向より敵機襲来!ガルージアタイプ二機、シャクトショルダータイプ五…いや六機!それと軽巡クラスのランドクルーザーが一隻。あと数分もしないうちに接触します!」

「ザンダガルの出られないときに…。ククールス、取舵一杯からの最大船速。振り切れるだけ振り切るんだ。ギルガマシンは各機出撃態勢をとれ。ガルージアはまだしもシャクトショルダーの動きには翻弄されるな!」

 いまだエドゥの留守中のアルバトロスに統括軍の追手が迫る。動きの速いシャクトショルダーと多脚型のマシン、ガルージア。手強い二種類のマシンは連携を取りアルバトロスを囲うように広がっていく。

『元々ザンダガルなしでもやって来たんだ、乗り切って見せますよ艦長!』

「頼もしい限りだな、確実に囲まれる前に突破口を拓け。甘いゾーンの先には罠が仕掛けられている可能性も大いにある。…ほかのギルガマシンか、それとも陸艇か…。」

 ギルガマシンが次々とアルバトロスから出撃する。それを狙ったかのようにシャクトショルダーは加速をつけて襲い掛かる。Mk-Ⅱとゴーヴのアッシェンサースのがそれを引き付ける。ただその二機だけでどうにも捌ける数ではなかった。

 ガルージアの方も気になるが目の前の事に集中しなければ今にも直撃を食らいそうになる。

「クソォ!これでもくらえ!」

 ニールスはロングランチャーを構えてその射線上にシャクトショルダーを入れる。だが充填が完了するよりも先に相手に数発入れられる。

『ダメだニールス。こっちもある程度連携をとらなきゃどうにもならん!射撃はこっちに任せてくれ!』

「りょ、了解。ミサイルを放つから当たらないで!」

 Mk-Ⅱの腰と肩にあるミサイル門を開いて放射上にそれを撃つ。広い範囲で爆発を起こすとシャクトショルダーは内側に寄せられる。そこをアッシェンサースのランチャーが狙い定めるが、遠くから弾が飛んでくる。

『なんだぁ?』

 弾の軌道を確認すると一機のガルージアが砲門から煙を上げていた。

 流石にガルージアを二機とも足止めすることはかなわなかったらしく。結果的にニールス達は囲まれてしまう。変形して飛ぼうにもシャクトショルダーのキャノンはMk-Ⅱを落とすだけの十分なスピードと威力を持っている。

 なんとか先ほどのミサイルで一機は撃墜、数機に軽くダメージを与えることは出来たが致命傷には至っていない。それどころか残弾も少なくなり完全に追い込まれている状況となった。

『素直にアテンブールを出してりゃいいんだよ!』

 敵の声が届くわけはないがそんな風に聞こえた気がした。


 エドゥは爆発音をガイド代わりにアルバトロスを見つける。背中に負ぶうケーラに気を使いながらホバーフロートをだんだんと加速させていく。遠くに巡洋陸艇を拝みながらギルガマシンの足元を抜ける。

「見えてきた!ケーラ、少しうるさくなるがいい子だから我慢しててくれよ?お前の親父みたいに強い子であってくれ。」

 半分祈るような気持ちで話しかけるがケーラは特に愚図る様子も見せずにエドゥは安心する。

『なんだぁ?人が足元を?』

 ガルージアのパイロットの一人がエドゥを見つけてマシンの動きを鈍らせる。その一瞬の隙にサキガケのトレーグスが攻撃を加える。

『しまった!くぅっ、気をとられちまった。あの野郎、邪魔ァしやがって!』

「さっきのホバーフロートに乗っていたのは…チラリとしか見えなかったがエドゥじゃないか?…ん?背中に何か…どわぁッ!あぶねっ!」

 間一髪サキガケは反撃を避けつつ再度攻撃に入る。

 アルバトロスまで接近したエドゥは後部格納庫までフロートを滑らせ、地面との反発数を上げて思いっきり浮き上がる。デッキに着くとデッキ上の整備士にフロートを預けて格納庫内に入る。

「おお!エドゥ、戻ったか!」

 ジュネスがヘッドギアを持って彼を迎え、その後ろからビンセントが走ってくる。

「待っておったぞエドゥ!まだザンダガルは…って、その子はどうしたんじゃ?…まさかさらって来たとか…?」

「ちげぇよ、おやっさん。この子は預かり子だ。早速ザンダガルで出るからちょっとよろしく頼む。」

 それだけ言うとエドゥはケーラを巻いていた布をほどき、ケーラをビンセントに抱かせてジュネスからヘッドギアを受け取る。

「…っあ!だからエドゥ!ザンダガルはまだ修理中だからカメラ周りの電子回路の接続がまだ完全じゃないんだぞ!」

「大丈夫だ、見てくれだけでも平気なら何とかなるって。あとは俺のこの目でなんとか見る。…そうそうおやっさん、その子多分ぐずるだろうけれども、俺が戻るまであやしておいてくれ。それじゃあ、ザンダガル出る!」

 ヘッドギアを被り、エドゥはそのまま出撃する。

 その瞬間、これまで何があろうと静かにしていたケーラが突然大声で泣き始め整備士たちの耳をつんざく。

 ビンセントはわぁ!と慌てるが、何とかあやそうと奮闘する。

「エドゥ、この子はいったい誰なんだ!」

 その叫びはエドゥに届かず、ケーラの泣き声をいっそう大きくする。


 出撃で飛び出したザンダガルを見てニールスはホッとする。

「エドゥ!戻ってきてくれたのか!」

『当たり前だ、ここまでやってきたんだ。地獄にだってついて行ってやるさ。』

『キザなこと言いやがる。俺とニールスだけじゃ人手が足りん。三機でシャクトショルダーを攻める!』

 ゴーヴの号令とともにエドゥは攻撃を仕掛ける。ニールスは自ら囮を買ってでてシャクトショルダーを引き付ける。

 エドゥはガルージアの攻撃から味方を守りつつ迎撃、敵のリロードが完了するまでニールスと一緒にシャクトショルダーをアッシェンサースの射線上に追い込む。

 ついにゴーヴは引き金を引いてロングランチャーは火を噴く。

 ゴゥとシャクトショルダー爆発し、周囲も誘爆を引き起こす。爆炎が立ち込める中ガルージアは攻撃が定まらないまま、突如として煙の中から出て来たザンダガルの攻撃を直に受けて足元から崩れ落ちる。まだ機銃を浴びせるが明後日の方向に向けて撃たれる。それを眺めながらエドゥは連続でキャノンを撃ち、装甲のめくれ上がった場所にミサイルを放つ。ガルージアは内部で爆発を起こして木端微塵となる。

 まだ残っているマシンが重い一撃を放ったアッシェンサースを襲うも、Mk-Ⅱがタックルをかけてそれを阻止する。

 二機から三機になったことで格段に連携が生き、戦況を変えた。

 奥の陸艇からまだ数機マシンが投入されるも、なけなしのマシンのようで彼らの相手ではない。

 残る一機のガルージアもサキガケらが何とか鎮め、さらにその場を有利にする。

「これぐらいならボクでも母艦を襲えるね。多分退避するんだろうけれど。」

 ニールスがそういうとまるでそれを聞いていたのかのようにマシンは去っていく。エドゥらは一応追撃をするように見せながら攻撃するも、これ以上の深追いは禁物だとすぐに引く。

『あらためてお帰り、エドゥ。助かったよ。』

 一段落ついたニールスはエドゥにそう言葉をかける。対するエドゥも少し恥ずかしげに頬を掻きながら。「ただいま。」と言って照れ隠しに笑って見せる。

 するとアルバトロスからザンダガルに通信が入り奥からけたたましいほどの赤ん坊の声と、聞いたこともないようなビンセントの焦り声が聞こえる。

『エドゥ!早よう戻ってこんか!この子が一向に泣き止まん!』

「クックック…、すまんおやっさん、助かったよ。」

 エドゥはこれ以上耳をやられても嫌なのでヘッドギアを外す。


 エドゥがアルバトロスに帰投するとバーナードをはじめ、みんなから迎えられた。

「よく戻ってきてくれた。」

「だから言ったろ?約束は守るって。あぁ、おやっさん子守り助かった。」

 エドゥはビンセントからケーラを渡され、抱っこする。

「わぁ、可愛い赤ちゃんだ!」

 ルトがこれまでにないくらい興奮した様子で覗き込む。

「ていうか一体誰の子?まさかエドゥ、アンタの隠し子じゃないでしょうね?」

 そんなことを言いながらメモ帳とペンを取り出すあたりが流石の根性だと笑うがすぐに否定する。

「バカ言え、オッドーの娘だよ。奴が死んでこの子に身寄りがないから引き取ってきた。とはいえ、この俺が親の仇であることには変わりはないんだが。」

 少し自嘲気味に言ったせいか、空気がどよんと沈むのがわかる。それを払いのけようとしたところで同じく戻ってきたニールス達がやってくる。

「どうしたの?…ってその子は?」

「オッドーって人のお子さんだそうだ。エドゥが身元引き受け人。」

「あぁ、だからアルバトロスを留守にしてたんだ。…ちょっと抱かせてよ…。」

 ニールスは多少母性本能をくすぐられたのか、そわそわしながらエドゥに尋ねる。

「いや、別に構わないんだけれど。この子、割と人を選ぶタチだからなぁ…。」

「そうじゃぞニールス。ワシはさっきエライ目におうたわ。」

 ビンセントたち整備士は先ほどのことを思い出したのか、耳をふさぐ準備をしている。

「大丈夫大丈夫、ボク子供には好かれやすいから。」

 そう言ってニールスはケーラを抱き上げる。

 エドゥも耳をふさごうとしたが、それは杞憂だった。

 ニールスの腕の中で眠るケーラはぐっすりと眠っている。それどころか安心したのか、気持ち頬がほころんでいるように見える。

 そんなニールスを見ながらルトは目をこすり、

「あー…、ダメだ。多分そう見えちゃならないんだろうけれどニールスがお母さんみたいに見えちゃう。」

 さらにサミエルも目頭を押さえながら悶えるように言う。

「彼、アタシたちよりもよっぽど母親できるわよ。なんかそこはかとなく悔しいと言うか…。」

 二人からの目線を感じたニールスはそうかな…。と、はにかんで見せる。

 エドゥが小さく、「対外的に喜んじゃダメだろ。」と言うも誰一人として聞いてはいない。無論ニールスもだった。

 バーナードが手をパンパンと叩いてみんなを振り向かせる。

「さあ、これで全員揃ったわけだ。もうヘルダスまで近い。レボルストと合流するが気を引き締めていくぞ。」

 普段なら大きめの声で返事をするが皆ケーラに気を使って声量を落として。

「「「了解!」」」

 と、返答する。


 アルバトロスに小さなクルーを加えて、いざレボルストの本隊、ハイネスとゲタルトの待つヘルダスへと進路そのままに向かっていく。

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