第24話サプライズアタック

 支配をする統括軍、混沌を呼ぶゲリラ。それぞれの戦いは次第に大きくなるのは時代が与える試しなのか。そうであるならば実に残酷で無責任なことである。


 サミエルとベンジャミン、その親子の間に心が通うことはなかった。そしてザンダガルを倒さんと躍起になったラフィロはエドゥの手によりあえなく戦死、結果的にこの出来事がゲタルトの作戦を手助けすることになってしまったが、まだバーナードには残されたカードがある。渦中のアルバトロスはレボルストの指導者であるハイネス・ダットソンの下、統括軍の基地奇襲の作戦が与えられた。


「艦長よぉ、俺たち貧乏くじ引かされてるんじゃないのか?統括軍の基地を襲えったって戦略的に大したことないとこじゃねえか。あそばれてるぜ、こりゃ。」

 サキガケがさぞ面倒臭そうに小指で耳を掻きながら愚痴を吐く。口には出さないだけで彼と同じように思っているのは何人もいた。レボルストの指揮下に無理やり組み込まれたアルバトロスの立場というものがあまりにも軽視されていることに腹立たしく感じる。

「仕方がないだろ?あちらさんの方が何枚も上手だったんだよ。文句があるのなら今からでも遅くはない、この艦を降りるか?」

 マクギャバーがサキガケを睨みながら本気っぽくそんなことを口走るのでサキガケはまさかぁ…、と身をたじろぐ。だがマクギャバー自身も現状にはあまり快くは思っていなかった。先の見えない暗夜行路に放り投げられたような気分だ。ただバーナードを信じるしかない、それ以外に手繰るものが何もないからだ。

 だが、その中でもエドゥは楽観的にみていた。

「試されているんだよ、俺たち。あまりにもこれまでの戦果がありすぎるってんで奴ら恐れているのさ、自分たちの立場を守るのならば俺たちと同等にしちまったら負けるとわかっているんだ。だからこそ意味のない作戦をさせて俺たちを飼いならしていると思わせようとしている。」

 エドゥの想像に同調しながら付け足すように、そしてハイネスに対する恨み言を言うようにバーナードも口を開く。

「ある意味エドゥの言っていることは当たっているかもしれない。レボルストは別に私たちと一緒に戦いたいというわけではない、私たちの戦力が欲しいだけだ。ただ、奴はしょせん統括軍の…グリーチ・エイベルの掌に踊らされているのすぎんよ。エリート気取りの革命家気取りなんて実につまらない。革命を成したその先に何もないから革命を起こそうとする、せっかくうまく回り始めた社会を壊してまでな。同志なんてうそぶいて見せてもグリーチのしていることとそう大差はない。」

 多分バーナードの怒りの根本はそんなところにあるのではないのだろうとマクギャバーは考えながらも余計なことを言うまいとモニタとにらめっこする。


 統括政府の最終防衛ラインと言われるゲラ基地に向けてレボルストの本隊が事前にスヴァーナ、アンネン、バヘルニス三都市の元統括軍基地で集めた戦艦三隻、重軽それぞれの巡洋艦六隻、駆逐艦十七杯とナーハ商会から買い取ったギルガマシンを率いて侵攻軍の待つレボルスト領ヘルダス国で合流するため、スヴァーナを発とうとしていた。ゲラと小国ヘルダスとは目と鼻の先でいままさに一触即発の状態にあった。各地に戦力を分散させすぎたためにヘルダスをレボルストに占領された統括軍は迂闊に手を出せるものではなかった。

 だがそれもグリーチ・エイベルがファイブ・ヘッズをゲラに連れてくる前の話であった。レボルストに情報が流れないよう静かに反撃の準備が進められる。ハイネスのお膝元にゲタルトがいるのもそこからそれとなく目を背けさせるためだった。ゲタルトとしては余計な詮索をして、ハイネスにいらぬことを吹き込もうとするアルバトロスが近くをうろつくことを嫌がったが、ハイネスが彼らを別に追いやったために軌道修正が行えた。本隊がヘルダスに着くころ時を同じくして統括軍は反撃に入る、今はただひっそりと身を潜めているだけに過ぎない。

 二つの軍隊が衝突したとき、それこそどちらが勝とうが負けようが時代を変えかねない大きな戦闘が起こることは誰の目から見ても明白だった。

「ついにレボルストの本隊が動きを見せたようですな。少なくとも二週間後にはヘルダスで先行部隊と合流とか…。」

「結局このゲラが戦場になることから逃れることは出来ませんでしたな。それはともかくとして、将軍。あなたの部下も下手に彼らにいらぬ刺激を与えたそうではありませんか…。ジャイフマン大佐の事といい、ファイブ・ヘッズは一体どうなっているのですか!」

 問い詰められるグリーチは余裕の表情を見せながら胸ポケットから葉巻を取り出してジッポライターで火をつける。肺の中にたくさん煙を貯めてからプハーッと吐き出し、将官たちを睨みつける。

「私は君たちに言ったはずだ、みっともないからうろたえるなとな。確かに特殊部隊として設立させたファイブ・ヘッズが失態を重ねたことは私に責任がある。だがそれだけでは負けを認めるにはまだ不十分だ。」

 その場に集まる全員にはなぜグリーチがここまで勝ち気でいるのかはわからなかった。グリーチにかかわる一部の人間以外ゲタルト・ジャイフマンがレボルスト本隊で隠密行動をしていることを知らないというのもあったが、それでもアルバトロスの存在や他の自治体で統括軍を目の敵にしているという情報を聴けばたとえ強心な人間でも多少の動揺は見せるはずであるのに、この男はそんな様子が微塵も感じさせない。それが頼もしくもあるが恐ろしくもある。

「それに、生まれたばかりの赤ん坊のようなレボルストという組織がこのゲラを狙っているからと言って騒ぎ立てるのは自らを無能だと認めているようなものだ。」

 そこまで言い切るグリーチに多少むかっ腹が立たないでもなかったが、とは言えそれを反論できる立場でもない。ただし言うべきことを言うのはまた別であった。

「…まぁ正直将軍にいくつか申し上げたいことはありますが、今身内同士で争っている場合ではありませんな。アルバトロスの事もありますし、ここは本気でゲラ基地防衛と統括政府本部を守り切ることを考えませんと。」

「そのために彼らを呼んだんだよ。」

 彼らとはグリーチが呼んだファイブ・ヘッズの二人を指す。

「ファイブ・ヘッズは一見その番号が優劣を表しているように思われがちだがそうではない。単に階級だけのことだ。五つの部隊の中でもここにいる彼らが最も戦闘面において優秀な部隊を率いている。アルバトロスがいかに優秀であろうと所詮奴らは烏合の衆、我々につけ入るすきさえ与えはしない。」

 先ほどまでの疑うような重々しい空気が一転。グリーチ・エイベルのそのたっぷりと自信を含ませたような発言に今度の事があったとはいえ、誰もが彼のこれまでの実績を知っているだけにそこにいるほぼ誰もが希望を見る。

 そんな中、一人の男が手を上げて進言を求める。シャイダン・サルバーカインだった。

「自分は幾度となくアルバトロスと戦ってまいりましたがいずれも引き分けか、認めたくはありませんが負けております。自分の部隊もファイブ・ヘッズ、特にミラージ・ミラージュ中佐のフィフス・ヘッズと同等かそれより少しだけ劣る程度の実力を持っていると自負いたしております。よって彼ら、アルバトロスのその強さは、その失礼ながらファイブ・ヘッズに劣るとは思えません。」

 シャイダンの言葉にシン…と静まり返るがちらほらと笑い声が聞こえる。小さな笑い声であったが一つだけわかることがある。自分に向けられたその笑い声は全く心地の良いものではなかった。

 先ほどグリーチが烏合の衆だと認定したアルバトロスよりも劣っていると公衆の面前で恥ずかしげもなく認めたからだ。だが、誰が笑おうとシャイダンは恥だとは思わなかった。逆にシャイダンは実戦というものを知らず、後方でよくもそこまで偉そうにふんぞり返っていられるものだなと彼らを嘲笑した。それでもグリーチだけは彼らと違うのだろうと思っていたが期待外れもいいところだった。

 おそらくバーナードが指揮を執っている艦だとは知らないからだろう、とさえ思った。

 グリーチは周りを静かにさせてシャイダンに問う。

「それは君が慕っていたバーナード・J・ガウダスがアルバトロスの艦長を務めているから贔屓しているわけではないだろうな。」

 ドキリとする。バーナードとはまた違う意味で読み取ることのできないこの男はいったいどこまで知っているのだろうかと。おそらく全部分かった上でのことだろうが、心臓をギュッと掴まれたような気分だ。

 バーナードの名を聞いて動揺したのは彼だけではない、先ほどまでシャイダンを笑っていた者たちが一斉に顔を引きつらせて固まる。すっかり死んだと思い込んでいた男の名前が上がるのがこれほどまでに怖いとは思いもしなかった。それも敵に身を転じていたことがより衝撃を与える。

 シャイダンは少し息を整えて冷静を装いグリーチに答える。

「確かに自分はガウダス元中将をかつて慕っておりましたが、今は関係ありません。統括軍を裏切ればただの敵。私が言いたいのは彼よりもアテンブールのパイロット、エドゥアルド・タルコットの事なのです。正直、辺境の基地のギルガマシン乗りだと舐めておりましたが、その腕は一級品です。」

 脂汗を流しながらグリーチをしっかりと見つめるシャイダン。彼いその必死さを見てグリーチ・エイベルはニタリと笑う。

「サルバーカイン少将がそこまで言うのならば少しは考慮せねばなるまいな。…そうだな、ならば君にアルバトロスを任せよう。レボルストと今行動を別にしているらしい。再び合流する前にサルバーカイン部隊単独で足止めをしてもらう。」

「…了解!では早速作戦に当たらさせていただきます。」

 シャイダンは敬礼をしてその場を去ろうとする。失礼、と言いながら人の間を縫って出ていく。周りはそれをただぽかんと眺めるだけだった。

 視線を浴びながらドアを開けて出ていくとき、グリーチの放つプレッシャーだけは特に強く感じられた。考えすぎかもしれないが、グリーチはこうなることを知っていたうえでアルバトロスの話題を上げ、シャイダンを挑発し、上手く乗せたのではないかと考えてしまう。自分の想像力があまりにも豊かすぎると笑って見せようとするが頬の筋肉が緊張しているのか、上手く口角を上げられなかった。

 シャイダンはバーナードとグリーチ、この二人が対照的でありながら同時に本質的にはよく似ているとも思う。


「仕方ねえ。こうなればとことんやってやるしかないな、どうせ俺たちを舐めてかかってるんだったら度肝を抜かしてやろうじゃねえか!」

「最初からその気だったんだよ。艦長どうします?」

 嫌にやる気を見せたサキガケに呆れるような態度を見せながらマクギャバーはバーナードの指示を仰ぐ。マクギャバーの方を見てこくりと頷いたバーナードはククールスにアルバトロスが目標に向かうよう艦を出させる。

「いま孤独な我々には統括軍、レボルストの両陣営の情報を仕入れることは難しいが、そのためには動かなければ話にならんな。ではこれよりレボルストの総指揮官ハイネス・ダットソンより命じられたワンジャールス基地掃討作戦及び、敵輸送ルート寸断作戦に移行する、ヨォソロォーッ!」

 威勢の良い掛け声とともにアルバトロスはAGSをゆっくりと作動させながら動き始める。ブリジットから見えるレボルストの本部、元スヴァーナの議事堂は少しずつ遠く遠く離れていく。

「さてと、厄介な街からはおさらばするとして。ルト、何か話したいことがあるらしいな。」

 首元を改めてからキャプテンシートに腰かけるバーナードのもとにルトが歩いていく。

「さっき両陣営の情報が簡単に手に入れられない…なんてキャップに言わせておいてからこれを見せるのは酷かもしれないけれども実はエドゥがいいものを手に入れてたのよね。はっきりするまでは黙ってたんだけれど。」

 バーナードは彼女から渡された一枚の紙を受け取る。パソコンからプリントアウトされたであろうその紙にはある人物の名前と写真、情報、そしてプライベートナンバーが記載されていた。

「なになに…。ロナウド・マクダナゥJr.…。ん?何だって、こんなものどこで手に入れた!」

「あぁ、それの真偽がハッキリしたんだ。それスヴァーナで出会ったある男からもらってさ。どれどれ…、あぁこの写真の男だ、ニールスに確認させても同じだっていうはずだよ。まぁ何かに仕えるかもしれないと思ってルトに調べてもらったんだ。」

 エドゥはバーナードの手にある紙に顔を覗かせながら彼に説明する。

「しかも!」とルトは先ほど以上に興奮した状態で声を大きくする。


 少し面白いこともわかったの。この名前を聞いて驚いた反応を見せたのが実は私やキャップだけじゃなかったの。それがなんと、サミエルとゴーヴだったのよ。二人がエドゥに対して熱心にマクダナゥJr.もらったプライベートナンバーについてを聞いていたから私は逆に二人に質問してみたのよ。するとこれも驚きなんだけれど、実はサミエルがナーハ商会の社長令嬢だってことがわかってね、ゴーヴはそのお付きみたいなものだったんだって。え?なんでそんな二人が統括軍で輸送兵をしてたかって?それが、親と馬が合わなかったらしく二人そろって家出。男女の家出って聞くと駆け落ちみたいに思われるけれども、まああの二人に限ってそれはなさそうね。で、サミエルはずっと統括軍に手を貸していたナーハ商会が今度はそれと敵対するレボルストに援助をしたこと父親に対してさらなる不信感を抱いたらしく、スヴァーナにいるっていう情報を聞きつけてから実際にゴーヴと一緒に会いに行ったそうよ。でも結局親子の深い溝が埋まることがなかったんですって。今考えてみればスヴァーナに行くまでのサミエルの態度は何か違和感を覚えるものがあったものね~。

 …で、ここからが本題なんだけれども、なんでマクダナゥJr.と関係があるかというと、彼女の妹さんが彼と婚約をしているんですって。レボルストとのコソコソした動きを統括軍に悟られないようにするためのカモフラージュの為だってサミエルは言ってたんだけれど、確かにこれはありそうね。利用できるものは誰だろうと利用しつくす。…ある意味商人の鑑ね。それで今、なんだかんだとマクダナゥJr.は父親を介しての統括軍の情報、ナーハ商会を介してのレボルストの情報を得られるアルバトロスにとっての唯一のキーパーソンだと思うのよね。あ、そうそう、一応この話はサミエルに了承を得ているから!


 ブリッジ全体がしん…と静まり返る。入ってきた情報量の多さにおそらく理解が付いて行っていないのだろう。ルトもエドゥもその様子を見て顔を見合わせてククク…と笑い合う。

「なんというべきか…。色々と驚かされて反応に困るな…。マクダナゥの事だけじゃなくサミエルとゴーヴの事も。」

「私たちもキャップにはよく驚かされているからね。お返しみたいなものだと思って。ってなわけでエドゥから預かったそれを様々なところに手回しして調べてもらった結果本物だってわかったのよ。」

 バーナードは珍しくサングラスの奥からでもわかるほど目を丸くしていた。普段表情を変えない人間がこうまではっきりと驚愕の表情を見せているというのは実に面白いものだなと今度はルトが一人でケラケラと笑う。

「で、本人たちは?」

「現場で居合わせたニールスも一緒になって早速調べ物を手伝ってもらっているわ。身内の恥は自分たちで何とかするって。アルバトロスにもずいぶんと迷惑かけた、なんて言ってるわ。大袈裟よね。」

「やっぱりその義理堅さが彼女の父親と相いれない理由のだったんじゃないですかね。」

 先ほどまで呆けていたマクギャバーもハッと気づいてそんなことを呟く。

「これで色々と聞くことができれば私たちにアドバンテージがあるわ。」

「まだ、幸運の女神は見放してはいなかったってわけか…。おもしろい。」

 バーナードはルトとエドゥの顔を交互に見て二人と同じようにニヤリと笑う。それにつられてブリッジ全体が怪しい笑いに包みこまれる。それだけで驕れるようなものではないが、それでも幾分か風はまだ彼らに吹いているようには感じた。


「ある意味ナンセンスではないかもしれないな。」

「は?」

 ハイネスの言葉に意味が分からないといった風にゲタルトは聞き返す。

「アルバトロスに与えた作戦だよ。ワンジャールス基地はそこそこスヴァーナと近い位置にある、我々がごっそりと出払った後で奴らが奪還するかもしれない。」

「そのことでしたか…しかしアルバトロス一隻だけで落せそうなあの程度の規模の基地がスヴァーナを攻められるだけの余裕なんてなさそうなものですが…。」

 ハイネスはゲタルトの顔を見て真剣なまなざしを向ける。バーナードにもじっと見られたことを思いだして人に目を向けられると嫌な汗が出るようになってしまった。それだけ心理的影響を与えてきた彼に対して逆恨みをする。

「念には念を、というべきか。普通はこんなことを口にはしないが、この私でも無意識的に彼らに期待するところがあるのかもしれない。だからいやがらせまがいのこともするし嫌味の一つも言う。本来ならば気にも留めないような基地を攻めるように命令したのもそれが所以かもしれない。」

「はぁ…。」

 あまり納得していないゲタルトを差し置いてハイネスは満足したように作戦行動について話題を切り替え、オペレーターと相談しだす。訳の分からないことを言われて混乱する。もしかしたら実は隠密行動をすでに破られているのでは、それをわかっていながらあえて泳がせているのでは…。そんな感情がふつふつと湧いて出てくる。

(しかし、本当にそうならばあまりにも隙が多すぎる…。念には念をと言いながら自分の身の回りを案じないのでは世話ないな…。)

 そんなことを考えながらいるとハイネスから声をかけられていてもすぐには気づかなかった。迂闊なのは以外にも自分もなのかもしれないと少し省みる。

 ハッと気が付いて返事をするとともにハイネスの顔に焦点を合わせたとき、今度は汗は一切出ることはなかった。


 明け方、アルバトロスはまだ日が明けぬうちに目的地付近へと到達する。マシンのパイロットは目をこすりながらコンソールを操作する。

「さて、そろそろ目標のワンジャールス基地だ。全員起きているだろうな?改めて作戦の内容を伝える。ザンダガルとMk-Ⅱ、アッシェンサースそしてトレーグス各機はアルバトロスから出撃ののち、ただちに二時の方向へ向けてアルバトロスと挟み撃ちにする形でワンジャールス基地の攻撃に当たる。基地攻撃の間、トループ・レスロッドの部隊は基地から延びる線路に破壊工作を仕掛ける。ただし、基地の中にいる奴らが鉄道で逃げ出した瞬間に起爆するようにしなきゃならない。ここまでで質問は?」

 バーナードの問いかけに対して誰も口を出さない。それを肯定の合図だとみなして、息を吸う。

「さっさとこんな作戦を終わらせてハイネスたちをギャフンと言わせてやれ。そのためには死ぬんじゃないぞ、幸運を祈る。」

 アルバトロスの格納庫のハッチが開かれ、スタートシグナルが赤く点灯する。

「作戦開始時刻となりました!」

 ビーッ!

 ブザーがけたたましく鳴りギルガマシンがアルバトロスから排出される。エドゥとニールスは後方に味方マシンが付いてきていることを確認しながらマシンを飛行形態から変形させて地上を滑る。

「いよぉし!サキガケ、目覚めの一発ぶち込んでやれ。その後すぐに突入だ」

『任せろ!ただしそのままおねんねしちまう可能性もあるがな!そら!』

 アッシェンサースのはなったロングランチャーがワンジャールスに着弾する。すぐさま遠くからでも聞こえるような警報が鳴り響いてポツポツと照明が点灯しだす。

「なまけ者どもめ、全員が全員ゲラを襲うわけじゃないぜ!」ザンダガルもMk-Ⅱもサキガケの後に続いてランチャーを撃つ。それを合図に基地からギルガマシンがわんさかと押し寄せてくる。基本的には中規模程度の基地であるために出てくるのは他の基地から流れてきたセコハンのようなマシンだけだった。

 トレーグス改良型タイプやシャクトショルダーもどきのようなモノばかり。誰の目から見ても敵ではなかった。

「ニールスと俺はこのまま基地内部をぶっ潰しに行くぞ。」

『了解。こうも一方的だとさすがに申し訳なくなるね。』

 二機は地面を強くけって高く飛びあがり変形して敷地内に入る。対空火器から銃弾を浴びせられるがそれを無視して管制塔とレーダーにまずミサイルを撃ち込む。ニールスは奥に見える格納庫に向かってランチャーを構える。まだ多くのマシンが内部に残ってはいるものの、奇襲をかけられたことに相当あせっているのかその大半は準備に手間取っていた。ミサイル車両がエドゥを狙うがそれらをキャノンで蹴散らす。

「そろそろ時間か…。」

 モニタに表示されるタイマーを見ながらアルバトロスの攻撃する時間を逆算する。

 ドンッ!ドンッ!と遠くの方で乾いた爆発音が聞こえてくる。アルバトロスの主砲の音だった。それを聞いた二人は一度開けた滑走路に退避して様子を伺いながら輸送機を破壊する。主砲砲弾はビルに直撃して、彼らの目の前で崩れていく。

 後を追ってくるようにサキガケたちが基地の中に到着し、エドゥらを援護する。

『使える物や食料は残しておきたい。今のうちにトレーグスの部隊を基地の司令部にまで向かわせたい。』

「分かった、俺が付いて行く。サキガケとニールスはここを頼む。」

『『了解!』』

 転送された基地内の地図を頼りに司令部までの道のりと現在地を照合し、トレーグス三機にエドゥがついて行く。


 まだ司令部のある建物には人が残ってはいたが、すでに少数ばかりとなっていた。窓から覗くと急いで逃走したような様子がうかがえる。

『外ではまだ戦ってるってのに基地の偉いさんが早々に明け渡すとは…、実に嘆かわしいな。』

「とは言え脱出路を塞いでいるんだから逃げても無駄なんだがな。あとはあっちでやってくれるだろ。信号弾。」

 トレーグスは腰にかけてある信号弾をセットし、空に向けて撃つ。

 ポスッと乾いた破裂音が響き、青白い光が放たれる。

『それじゃあ建物内に突入する。エドゥ、俺たちのトレーグスは頼んだぞ。』

「任せろ、それよりもまだ残存兵が残っているかもしれないから気を付けろ。」

 三人のパイロットは銃を構えてトレーグスから飛び降りて司令部へ入って行く。

 ドンッ!と胃袋を突く様な爆発音が遠くでしたのは線路の破壊に成功した知らせの様なものだろう。これでワンジャールスからの輸送ルートは絶たれた。

 しばらくしてから司令部の屋上に掲げられた白旗は昇ったばかりの日に晒されてチラチラと光を反射していた。

 こうしてアルバトロスによる奇襲作戦は夜明けとともに終わった。

 引火したガソリンはまだ興奮冷めやまぬとでも言いたげにメラメラと大きな炎を上げながら燃え続けている。


 アルバトロスの奇襲作戦から間もなく、シャイダンは出撃に向けた身支度を始める。

 部屋のドアを開けっ放しだったからか誰か人が入って来ても音がなく、彼はそのことに気がつかなかった。

「…シャイダン。」

 か細い女性の声で呼ばれた彼は驚いて後ろを振り向く。その時腰の拳銃を向けていたのはただの条件反射だった。

「…っ!…君か、どうしてここへ?」

 相手がだらかわかるとシャイダンは拳銃をホルスターにしまう。

「私は将軍に呼ばれてここに来たの。ゲラを防衛するためにね。」

 シャイダンの眼の前に現れた女性は誰でもない、フィフス・ヘッズの隊長、ミラージであった。

「そんなことは知ってるよ、が聞きたいのは君がなんでこの部屋に来たんだと言うことだ。かつて恋人が情けないんで笑いにでも来たのか?」

 冷ややかな目を向けて突き放す様なシャイダンの言い方にミラージは目に涙を溜める。

「わ、私はただあなたが心配で…。」

 さすがに言い過ぎたとシャイダンはポリポリ頭を掻き、立ち上がって彼女の指で涙を拭う。

「すまない、今のは俺が悪かった…。少し気が立っていて…。ただノックの一つは欲しかったな。」

「…いえ、…私の方こそごめんなさい…。」

 少し気まずい空気が吹き抜けるが先にシャイダンが口を開く。

「なんにせよ、ゲラの防衛を直々に頼まれたんだろ?良かったじゃないか。俺なんてちっぽけなプライドのためにアルバトロスを、アテンブールを追うだけさ…。」

 自嘲気味に笑うシャイダンの話に耳を傾けず、ただミラージは彼をじっと見続ける。再びの沈黙の中でシャイダンは今度は頬を掻く。

 ミラージは何を言おうかと決めたのかやっとその重い口を開けた。

「…私がファイブ・ヘッズに入らなければ…。私とあなたの関係は続いていたのでしょうか…?」

 虚を突かれる様な質問にシャイダンは目を丸くするが、すぐミラージに真剣な眼差しを向ける。

 そして返答を待つ彼女に本音をぶつける。

「…多分、君がファイブ・ヘッズにならずとも心は通わなくなっていただろうね。人の心は一朝一夕には変わるものじゃないさ。多分これは運命付けられてて、いつかはこうなっていた。それがただ早くなっただけの事だよ。」

「私は…!」

 ミラージはシャイダンに被せる様に喋ろうとするが彼は人差し指で唇を塞ぐ。

「ファイブ・ヘッズにならなければもう少し長く続いたんじゃ…なんて思ってるんだろう?でもそれじゃあギスギスする期間がただ伸びるだけに過ぎないよ、すっぱりと別れられたからまだこうして君とお喋りをすることができるんだ。」

 シャイダンがそういってからふと恥ずかしくなってそっぽを向く。 それを隠すように支度の続きをするがチラッと彼女の方を見ると呆けたようにつっ立っていた。

 我に返ったミラージは彼女も気恥ずかしくなったのか顔を赤らめる。

「まぁなんにせよ…」とシャイダンが先ほどのことはなかったかのように自然なそぶりを取り繕う。

「互いに生き残ったら、その…なんだ、また話し合う機会でも設けよう。」

 そう言い残してから荷物を肩に担いで部屋を出ようとする。ミラージはまだ言い残したことがあると言わんばかりの表情を見せたが、言葉が首元まで出かかって言うのをやめた。

「そうね…また。」

 その短いやり取りで二人の会話は終わり、彼女はただ廊下をカツンカツンと音を立てて歩いていくシャイダンの姿が見えなくなるまで見送った。

「また、か…。」

 シャイダンはガラにもないようなことを言った自分がこそばゆかったが今はずいぶんと晴れ晴れとした気分でもあった。


 ワンジャールスはさすが鉄道が敷設ふせつされているだけあって痒い所に手が届くほど補給物資が潤っていた。マシンに使えるコンピュータ・コアや食料までが取り揃えられている状態でアルバトロスの面々は嬉々としてそれらを布袋の中に詰めていく。

「これだけあれば当分食いっぱぐれることはないな、俺たち。」

「強盗みたいなことしているようで忍びないけれどもな、だっはっはっはっは!」

「実際やってることはそれ以上にひどいけれどもな、仕方ねぇよ。」

 まるで言い聞かせるようなことをぶつぶつと言っているが手は決して止めなかった。

「ま、ある意味寄り道して正解だったかもしれませんね。ギルガマシンも使えそうな部品も手に入りましたしね。それにこの先いつ補給できるとも限りませんし。」

「まぁな、ハイネスがそこまで見通しているとも思えないがなんにせよラッキーだった。よぉし、お前ら、そこまでにしてアルバトロスに戻れ。そろそろトンズラしなきゃ追手が来るぞ~。」

「「「了解~。」」」

 バーナードの号令のもと、それぞれ詰められるだけ詰めた袋を担いで急いでアルバトロスに戻る。

 事実、ここから統括軍との決戦を控える彼らにとってはこれが最後の補給のチャンスかもしれないのだ。悠長に構えられる保証なんてない。それを直観的にわかっているからこそバーナードも別に口出しはしなかった。


 完全に日が昇ってから作戦成功の電文だけをレボルストに伝え、ワンジャールス基地を後にする。

 レボルスト本隊が侵攻軍とヘルダスで合流するまでに残り九日。アルバトロスもそれと同じように今度こそヘルダスを目標に掲げて砂漠をひたと行く。

 その間に一瞬だけルトたちはニールスも交えてロナウド・マクダナゥJr.へのコールを続けていたが、一度だけ繋がったのだ。しかしまた、すぐに通信は切れてしまう。

 いまだアルバトロスは宙づりにされたような状態のまま置き去りにあったようなものだった。

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