第20話グッバイ ラヴァーズ!

 統括軍の意思に反して生きる人々は強いのか。その逆に、それに従い生きていく人々を弱いと言えようか。根本的に弱い人間などいるわけがない。

 宇宙から見ればそのようなことは実に小さいことだろうとは思う。だがしかし、現実で起きていることはそのちっぽけな視線から見えていることだということもまた忘れてはならない。


 テフロス砲兵工廠からビストブールことザンダガルMk-Ⅱを強奪することに成功したアルバトロスの一行。だがエドゥのその戦いがセカンド・ヘッズのラフィロ・デ・ポルタの神経を逆なでしたことはアルバトロスの誰も知る由はなかった…。


 日が照り付けるほどの心地の良い朝を迎え、カルロス・ギャザー上等兵はガールフレンドのパトリシア・ヴィクトリアがいまだ寝ているベッドの横で身支度を始める。

 眠惚け眼をこすりながらゆらりと起き上がるパトリシアをカルロスは一瞥いちべつするがブーツの紐をくくり終えたところで鞄を担ぐ。

「もう行っちゃうのね。もう少しゆっくりしていけばいいのに…。」

 そんな彼女の第一声にカルロスはやっと体を向ける。

「僕だって君とずっといときたいさ、だがね基地から呼集がかかっているんだ。すぐにでも行かなきゃ…。これが僕の仕事だからね…。」

 カルロスの言葉にパトリシアがもの寂しげにつぶやく。

「ゆっくりはしていられないのね、私たち…。」

 彼女の質問を頭の中でゆっくりと反芻しながら彼は答えを出す。

「仕方がないさ、それが組織の一員としての当り前さ。…ところで親父さんはなんて?」

「そうね…。パパは統括軍の男と付き合うことなんてやっぱり認めないと言っているわ。これからはレボルストの時代だなんて言って酔っちゃってるの…。でもここの町の人たちってそんなのばっかりでなんだか怖いのよね、統括軍に向ける目があまりのも異常で…。」

 カルロスはぼりぼりと頭を掻きながら少し情けなそうにはにかんで見せる。

「君のお父さんだけってわけじゃないが…、やはり世論は軍のやることを嫌っているのは真実さ…。でなければレボルストなんて組織は出やしない…、僕だってこんな世の中じゃなければただの修理工になっていただろうにさ…。まぁ愚痴を言っていても仕方がない、時間も押してきたから行くよ。また、ね。」

「帰りを待っているわ。カルロス、愛してる。」

「僕だって愛している。それじゃあ…。」

 コツコツコツ…とブーツを鳴らす音がだんだんと遠くなっていくにつれて、パトリシアの胸の中に抱く不安が一層大きくなっていった。

 ヴィクトリア邸を出ようとするところでカルロスは庭の手入れをしていたパトリシアの父に遭遇する。

「また来ていたのか!貴様がここから出ていくのを誰かに見られては統括軍人をかくまっていると噂されて私の家も村八分の対象になってしまうわ!」

 そんな言葉に言い返せぬままカルロスは黙って拳を強く握りながらその場を後にする。

(誰が好き好んで軍人なんかになっていると思っているんだ…!)

 カルロスのパトリシアへの愛は本物だったが彼女の父とはどうも馬が合わなかった。しかし、それも仕方のないことだ、と彼は彼自身を納得させるほかなかった。


 アルバトロスは今すぐにでも食料等の生活物資の補給を望んだが、目と鼻の先にある町に統括軍がいるので迂闊に近づくことができないでいた。

「ということで少数精鋭がいいだろう。ニールス、おやっさんにジュネスはザンダガルMk-Ⅱの性能テストをそのまま続けておいてもらいたい。…ルトとサミエルは暇か?」

「どういうことよ、キャップ!まるで私たちが暇そうだとでもいうの?」

 ルトは顔を膨らませながらバーナードに詰め寄るがサミエルがそれを制する。

「まぁまぁ、こういうのは女の方が警戒心を持たれずに済むって話でしょう?艦長。」

「そうだ。変な勘繰りはよしてくれルト…。だがまあ女性だけってのも不安は残るな…、エドゥお前も護衛として付いて行ってやれ。」

「へぁっ?俺?」

 エドゥは指名されるとは思っても似なかったのでキョトンとしながら素っ頓狂な声をあげて自身を指さす。仕方がないとそのまま下の方まで降りていき、バンに乗り込む。

「…俺だって暇じゃないのにさ…。」

 バーナードの聞こえないところで愚痴をこぼすが誰にも聞かれないように言ったのでそこまでにしておいた。


「静かなところねぇ、あんなところに統括軍さえいなければ。」

 車窓を眺めながらルトがそう言う。確かに町自体はこじんまりとした様子が見られた。ただ、ここは少しばかり異様な雰囲気までも感じられた。

 というのもあちこちにレボルストを支持するような張り紙が張られていたからだ。誰もが統括軍を追い出したがっていることがまるで明白だったからだ。

「統括軍といがみ合っているって感じがするわ。ただ余りにも革命軍を持ち上げすぎているのになんで統括軍はそれを取り締まらないのかしらね。」

 サミエルが不思議そうに見まわす。その光景にすこし寒気がするくらいに違和感を感じながら。

「確かに…これだけ大々的に喧嘩を売っているんだ。普通なら首謀者はさらし上げののち銃殺だろうが…ってあぁ!」

 エドゥたちの乗るバンがガクンと音を立てながらエンストを起こす。

「うわぁ…オーバーヒートしてやがる。今ので配線切れたんじゃないだろうな…。んにゃろう、こんな不良品渡してきやがって…。さてどうしたものかな?」

「なんだ、エドゥ直せないの?」

 ルトが呆れたようにエドゥの方を見る。がエドゥも負けじと言い返す。

「設備さえ整ってりゃ俺だって直せるわ!だけども見てみろ、設備どころかこンのオンボロ工具すら入ってねぇ!」

 チッキショー!と叫びながらエドゥは車体の側面を思い切り蹴り上げる。がそんな怒りを知らぬ存ぜぬと表わさんばかりにバンはうんともすんとも言わない。

 そんなさなかサミエルが遠くから車が一台やってくるのを確認する。その視線に気が付いたのかルトとエドゥはその車に向かって大きく手を振って止めようする。

 しかしだんだんと近づいてくるそれが統括軍の軍用ジープだと気が付いたときは既に遅かった。

(しまった…。まさかこんな平然と走ってくるとは…!)

 エドゥたちはその軽率な行動を後悔した。

 だが以外にもその運転手である青年は温和にエドゥたちに話しかける。

「どうされましたか?」、と。

 それに拍子抜けされたが、それを好機だと思いことのいきさつをその青年、カルロスに話すと、彼はジープのトランクを開けて工具を取り出しエドゥらのバンの修理に取り掛かる。その手慣れた様子に関心を向ける。

「統括軍の兵士がやけにあっさりと見知らぬ俺たちの車を直そうと思ったな…。」

 少し棘のある言い方にカルロスは答える。

「困っている人を助けられずに何が軍人ですか。軍の組織全体が腐っていても個人は別です。…それに本来こういうことをするのが僕には向いていますから…。」

「自動車の修理をすることがかい?」

 サミエルはカルロスの言葉が気になりそう尋ねてみる。カルロスはこちらを向かずに手を動かしながら頷く。

「僕は早くに両親を亡くしましてね…。修理工をしていたんですがそれも経営が困難でしまいには潰れてしまったんです。それで路頭に迷った挙句に統括軍に入隊して、自動車の整備の腕を買われてギルガマシンの整備を担当しているんです。」

 カルロスのそんな話を神妙に聞く。彼の話を聞く限りでは統括軍に身を置いている自分をよしと思っていないのだろうと、そう考える。

 そんな中ルトが先ほどから気になっていたことをカルロスに聞いてみる。

「この町ってレボルストを支持するような張り紙が多いように見えるのだけれども、基地がこれだけ近くにあってこれってヤバくないのかしら?」

「あぁ、そうだった…。普通ならば反逆罪として何かしら処されると思うんだが。」

 カルロスはそんな質問にかををフッと上げて辺りを見回す。

「また増えているなぁ…。そうなんですよね、この町全体がそんな空気なんです。レボルストの出現以来、特に躍起になって統括軍を討ち倒そうという空気が強まっているんです。基地の外でデモ起こそうが、たかだかその程度じゃ痛くもかゆくもないと思ったのか放っておいているんですとね…。正直なところ僕も軍のむちゃくちゃなやり方は気に入らないですが彼らの異常な敵対心は統括軍のそれと同じような雰囲気を感じるんです…。さて、直りましたよ!ですがこの車ガタが来ているのでそろそろ変えた方が良いと思います。では、自分はこれで。お気をつけて。」

 カルロスは工具類の片づけを済ませてエドゥらに敬礼をしジープに乗って去っていく。三人はその姿が見えなくなるまで見送り続けた。

「革命の過激派が潜んでいるって感じかしらね…、トリガーを引けばすぐにでも行動が起こりそうなほどの…。あまりこの町を無闇につついたりしたら厄介なことに巻き込まれかねないわ。」

 ルトが慎重に行くべきだと提案をし、ほか二人もその意見に賛成する。

「レボルスト…名前だけしか知らない組織だが間違いなく厄介だな…。いくら俺たちが統括軍に反逆者と決めつけられているとはいえもとはと言えば統括軍の集まりだ。関わり合いを持ちたくはない…。」

 まだ見ぬ相手の存在を煩わしく思いながら彼らは再びバンに乗り込み買い出しに向かう。予定りも時間が大きく過ぎていたことはもはや言うまでもないだろう。


「キャー!」

 その悲鳴は聞き覚えのある声だった。見回りから途中のカルロスの目に飛び込んできたのは自分の愛する相手パトリシアが統括軍の兵士に腕を掴まれているところであった。

「何やってんです!あなたたちは!」

 車から駆け下り彼らの元へと向かうその姿を見てパトリシアが「カルロス!」と叫ぶ。

 カルロスは下手に名前えお呼んだ彼女をにらむがその目線を兵士の方へと向ける。

「なんだ貴様、知り合いか?…ペッ、上等兵如きが喧嘩を吹っかけようってのか?こいつは俺たちをじろじろと見てきやがったのさ。もし俺たちが機密でも握っていたらこいつはスパイだぜ、銃殺だ。」

「そ、それだけで…それだけで女に手を出すのか!?」

 カルロスの必死さを見て兵士二人は小ばかにするように笑う。パトリシアを掴む腕を強くし彼女が痛がる様を見せつける。

「まぁよ、俺たちに見つかっただけこいつは幸せ者ってもんだよ。なんせ殺すのにはもったいない上玉だからさ、可愛がってやるよネエチャン!」

 その言葉がカルロスの琴線に触れた。統括軍に向けられた怒り、パトリシアの父親に対する怒り、カルロスが置かれた立場に対する怒り、今目の前で起こっている状況に対する怒り…。そのすべてに積もり積もった怒りがカルロスの右手に拳を作らせていた。

「ふざけやがってぇ!」

 右手の拳にに込めた怒りがパトリシアの腕を掴んでいる男の頬を突く。その衝撃に男はパトリシアを離し体を宙に浮かしながら思い切り倒れる。

 頬の痛みと強く背中を撃った衝撃で起き上がれないでいるところをもう一人が一瞬たじろぐものの、カルロスめがけて殴りかかる。

「調子に乗るなよ、こンの小童ァ!」

「黙れよ!お前らみたいなのがいるから!」

 相手のパンチを交わしてカウンターをいれる。その衝撃はぶたれた方の奥歯を飛ばし、カルロスの拳を震わせる。

 脳震盪のうしんとうを起こしその場に臥せている相手を後ろ目にカルロスはパトリシアに手を差し伸べる。

「ダメじゃないか…、気を付けないと…。」

 そのカルロスの言葉に安心したのかパトリシアはカルロスの胸の中で泣き崩れる。

「あなたかと思って手を振ろうとして見ただけなの…。そしたら全くの別人で…、私怖かった…!」

 遠目でもあんなのと間違えられたのか…。と少し釈然としない気持ちを抱きつつもカルロスは抱きしめたパトリシアの頭をなでる。

 だが、その一部始終を見ていた町の住人はそれを快く思わなかった。

「貴様!何をしてくれた…!仲間同士の内ゲバはよそでやってくれ!こんなところでそんなことされちゃあ俺たちが巻き添え喰らう!ほ…報復はごめんだ!」

 カルロスが統括軍の制服を着ていたことから罵詈雑言を周りから浴びせられる。パトリシアの事をよく知る人間も構わずに二人にまるで腫物を扱うかのような態度をとる。

「カルロス、テメェ自分ばかり不幸だと思って俺たちを巻き込んだんじゃないだろうな!」

「この町の恥さらしめ!統括軍共々出ていきな!」

「死ね!お前みたいなやつは死んでしまえばいいんだ!」

「ヴィクトリアさんに謝れ!パトリシア、お前もだ!こんなやつと関わりあうなんて!」

 カルロスは苛立つ感情を押し殺して静かに自分とパトリシアに着いた砂埃を払ってジープに戻る。パトリシアの前まで転がし、彼女に乗るよう顎をしゃくる。

「家の前まで送ってやる。このままじゃ恥をさらすだけだろ?」

「え、えぇ…。」

 曖昧な返事をしてパトリシアは同乗する。

 そんな騒ぎを聞きつけ、買い出しを終わらせたエドゥたちが現場に顔を出す。

「なぁんかあったの?」

 ルトが野次馬根性を見せながらその場にいた人に話を聞く。その人はひどく興奮したようで異常に息を荒くしており、その様子を感じ取ったエドゥとサミエルは勘弁してくれとこうべを垂れるがルトは止まらない。

「なにかもクソもあったもんじゃないよ!さっきジープに乗った若い統括軍の兵士が同じ統括軍の兵士を殴り飛ばしたんだ!あんなことされちゃ統括軍の報復が俺たちにまで飛び火しちまうよ!」

「ジープに乗った若い兵士…ってもしかしたらエドゥ!」

 ルトがピンと来たようにエドゥ、サミエル両名も気が付く。先ほどであった青年の事だと。

「あぁ、そうかもしれない。ほぼ間違いなくさっきのあいつだ。」

「ど、どうしよう…?」

 ルトはまるでわが身に起ったことのように考える、が

「どうしようもないだろ、俺たちが首を突っ込むようなことじゃねぇよ。それにあいつが自分で蒔いた種だ、いくら車の修理をしてもらったからと言って命を張るまでの義理はないさ。」

「アタシもエドゥの意見に賛成だね。曲がりなりにもあいつは敵なんだから。そんなのに情けをかける筋合いはないね。」

 サミエルがエドゥの肩を持つとルトは顔を膨らませて不服そうにする。

「人ひとりの命がかかっているのになんでそんなに冷たいのさ!」

「バッキャロウ、その一人の命のために大人数を巻き添えにできるかってんだ!」

「私の時はキザッたらしく颯爽と現れて助けに来たじゃない!やっぱり男相手だと冷たいんだ!ニールスにチクってやる!」

「なんでニールスにチクる必要があるんだよ!…わかったわかった!そんな目で見るな!でも助けが必要ないとわかれば一切関わり合いを持たないからな!」

 ルトの頼み込むように向けられた視線をエドゥは直視できずにたじろぎ、しまいには折れてしまう。

「…ホント女の子には甘いよねぇ…エドゥは…。」

 サミエルの呆れたような口ぶりにエドゥは悔しさを感じたがその通りなので反論ができなかった。こうも弱いものかと大きくため息をつく。


 人気のないところにジープを止めてカルロスはハンドルに顔をうずめる。自分の軽率な行動で彼女まで危険にしてしまったことを悔やむ。

「カッとなったとはいえ、まずいことをしたな…。パトリシアすまない…、お前まで巻き込んじまって…。」

 だがパトリシアはいつもと変わらぬ笑顔をカルロスに向ける。

「いいのよ、私だって間抜けだったわ。あなたみたいな人とあんな野蛮なのとを見間違えちゃうなんてね。でもそれ以上に助けてくれたことがうれしかったわ、自分たちは何もしないくせに基地の反対をするだけの人たちよりもずっとずっとかっこよかった…。」

「パ、パトリシア…。」

 正直カルロスに迫られる選択肢は自分が死ぬか、パトリシアとともに逃避行するか…。前者を選ぶのなら悲しむ人は少ないだろうと考える、それに恨みつらみを残すこともないだろうと。後者を選ぶにはパトリシアを巻き添えにしてしまうことに良心の呵責にさいなまれる。

(今からならばまだ基地に戻っても誰もこのことを知る人間はいない…、ならばギルガマシンンを奪って逃げられる…。)

 彼が殴った二人が基地に戻ってこのことを伝えるのにもう時間はないだろうと腹をくくる。

「パトリシア、巻き込みついでだ…。僕と一緒にここから出ないか?」

 一瞬二人の間に沈黙が起こる、二人の人生を大きく左右する質問をこの状況で投げかけたのだ。動揺が走るのも無理はないだろう。一瞬が恒久的にさえ感じられる。

 だがそのわずかな沈黙の後、いつの日かこういう時が来るのだろう、と思っていたパトリシアはいとも簡単に答えを出した。

「もうこんなところに未練はないわ、私は愛するあなたの思うように思うところに付いて行くわ。」

 強い決心が見えた。カルロスが自分の胸に抱く決心よりも強いものが。それが彼の体をも動かす原動力となりジープから彼女を降ろす。

「これから僕は一度基地に行く、すぐに君の元へと戻ってくるからここで待っておいてくれ。」

「信じるわ、あなたがここへ戻ってくることを。」

 カルロスはしっかりと彼女の瞳を目に焼き付けながら基地に向けてジープを走らせる。


 カルロスが走らせるジープを見つけてエドゥはそれに寄せる。カルロスは一瞬その近づいてくる影を自らの追手だと思い込み拳銃を向けるが違うことに気が付く。

「いよぉ、兵隊さん。先程ぶりだね。」

 エドゥが気さくに話しかけるもまるで聞こえていないかのように無視をして過ぎ去ろうとする。そんなことだろうとわかっていたので隙を与えずに呼びかける。

「訳ありで同じ基地の人間を殴っちまったんだってなぁ。ご愁傷さまで。」

 見ず知らずの人間がなぜそんなことを知っているのかと驚いて思わず振り向いて反応を示してしまう。

「な、なんでそれをアンタが!?」

 ようやく興味を持ってもらったことを喜びつつエドゥは話を進める。

「厄介なことになるぜ。幸い俺たちが見たときにはまだ二人は伸びていたからさ、時間はある。さっきの車を直してもらった例に力添えをさせてくれよ。」

 訝しげにエドゥらを見る。自分のことを待っている彼女の怪しい男の誘いに乗るべきなのかと悩むが今は迷っている暇はないと決断する。

「分かった、力を貸してもらう。どうすればいい?」

 エドゥはポイとカルロスに向けて無線機を投げ渡す。

「もし逃げる準備ができたのならその無線機で知らせてほしい。基地の注意をこちらに向ける工作をする。どうせゲリラ支持の多い町だ、それを逆手にとってしまえばこっちのもんよ!」

 カルロスは渡された無線機をまじまじと見て再びエドゥの方へと顔を向ける。

「分かった、恩にきる。」

「バーカ、その言葉は互いが無事に生き残った時まで取っとけ。」

 それだけ言い残すとバンを加速させて適当なところまで向かう。

「結局エドゥ、どうやって注意を向けさせるのさ?」

「なぁに、ゲリラを作り上げるのさ。ここからは幸いに基地の近くだからさ。ちょっとした爆発にも敏感だろうよ。昔ザンダ基地にいる時に近くのガキが爆竹か何かで遊んでただけで大騒ぎになったことだってあるんだ。まぁヒッツのバカがヒステリック起こしてただけなんだがな。」

 サミエルとルトはなるほど…と辺りを見回す。いかにも敵が潜んでいても不思議ではないような場所だった。偽物の戦場を作り上げるのは絶好の場所だと言える。

「で、その肝心な爆発物は持ってるの?」

 ルトが素朴に尋ねるがそこでエドゥは黙る。疑問に思ってエドゥの顔を除くと冷や汗をたらしながら強張らせたような笑顔を作っていた。

「あーっ!あれだけ調子いいこと言ってなぁんにも持ってないんだ!アンタ!」

「やかましい!誰かさんが変なことを言わなけりゃこんなことをする必要もなかったの!ったく…どうしたもんかね…。」

 シートにドカッと腰かけて考える大勢をとる。とはいえ、こんなへんぴなところでそのような物騒なものが手に入るとは思えずに悩みに悩む。半分やけになっていたところに助手席のサミエルに肩を叩かれる。

「このバンにプラスチック爆弾を忍ばせてあったんだけれども使うかい?」

 あまりの解決の速さに呆気にとられはしたがエドゥはそのままプラスチック爆弾を受け取る。

「用意がいいのね、驚いちゃった…。」

 ルトもタハハ…。と乾いた笑いを見せる。それを見つけたサミエル本人も度肝を抜かされたといった表情を見せる。


 カルロスは先ほどのエドゥとの会話を信じて基地に戻る。特に変わった様子がないことを確認するとそのまま自分が考えていた作戦に行動を移す。自身が整備を担当している格納庫の脇にジープを停めギルガマシンの元まで走る。それなりに人はいるが気にすることなくマシンのコクピットに工具箱を持ち込んで乗り込む。

(まさかこんな場面で役に立つ日が来るとはね…。)

 開いた工具箱の中に入っていた小型爆弾とリモコン式着火装置を取り付けてチャネリングをしてからシートの下にセットする。彼が念のためとずっと隠し持っていたものだった。

 格納庫に置かれたほぼすべてのマシンにそれをセットし終え、自身が逃走を図るためのマシンに乗り込む。マスターキーを差し込みスタートさせる。

(どこまで彼らを信用していいのか…、ええいままよ!)

 準備を終えたカルロスは無線でエドゥに呼びかける。


「奴からの無線が入った作戦実行だ!」

 エドゥたちが辺り一面に仕掛けた爆弾から離れてスイッチを押す。大な爆発が起こり。そのままバンでその場を離れる。

 基地がその爆発をキャッチし、けたたましく警報を鳴らし現場へと急行させるように指示を出す。

 カルロスはこの混乱こそがエドゥらの招いたものだと理解し、自分は正規のパイロットが到着する前にギルガマシンを発進させる。

『五号機に乗っているのは誰だ!まだ出撃命令は出してはいないぞ!』

 そんな怒号が聞こえるがマシンの無線に答えずに現場の情報を聞き出すために使う。

 銃火器を向けてくる人はマシンで振り払い基地の外へ向けて走っていく。

『止まれ!止まらんか!やむを得ん、ギルガマシンを使って奴を止めろ!ギルガマシン隊を出せ!』

 遠くから聞こえてくるスピーカーの声を合図にカルロスはリモコンを押す。

 すると格納庫は天井が空高く吹き飛び火柱をあげながら炎上する。

『テ、テロだ!基地内に潜入してやがったんだ!』

 無線の奥で慌てふためくその様子が手にとるように分かり「ククク…。」とつい笑いがこぼれてしまう。

(やつらゲリラの仕業だと思ってやがるな…。まぁ多少違いない、たった二か所とはいえ同じようなタイミングで爆破が起こっているものな…。)

 カルロスはそのままマシンを走らせてパトリシアの待つ場所まで向かう。


「ククク…。あんにゃろう、ギルガマシンまで奪って逃走したらしい。」

 エドゥが手を擦りながら口角をあげて笑う。基地内の無線を聞きながら次なる作戦に移ろうとする。

「で、次はどうすんの?まさかこのまま投げっぱなしってのはないでしょ?」

 ルトが後部座席から身を乗り出してエドゥに聞く。

「これ以上俺たちが手を貸せるようなことはねぇよ。まぁしいて言うのなら奴を迎えに行くだけだ。」

「どうやってさ?」

「これを見ろって。」

 エドゥが指でコツコツと叩いたものはレーダーだった。旧式でたいした性能は持ち合わせてはいないものであったがこういう場で重宝するのだと語る。

「奴に渡した無線機にコイツと同期させておいた発信器を取り付けておいたんだ。あとはこれを追って嫌でも目立っちまうギルガマシンを放棄させてから奴を回収した後にここからトンズラきめるってワケよ!」

「でもさ、なんか進行方向おかしくない?こっちだと町の方に向かっているようだけれども…。」

 サミエルがレーダーをコンパスと地図とで照らし合わせながら指摘する。思わず驚いたエドゥは二度見をし、思い切りハンドルを切りながらアクセルを吹かせる。

「あんのバカ!せっかくここまでおぜん立てしてやったのになぁに考えてやがんだ!」


 辺りで騒ぎが起こっている一連の出来事にカルロスがかかわっていると勘付いたパトリシアはその無鉄砲さに言葉も出ないでいた。ただ彼がここに戻ってくるという言葉を信じて体を震わせながら待つ。

 ただ遠くからズシーン…ズシーン…と重く地面に響き渡るような音が自分の元へとだんだんと近づいてきていることがどうしようもなく恐ろしかった。それが余計に不安感を強め、彼の身にもし何かあれば…と、恐れる。

 また一段と鋼鉄が迫るその音はは大きく、周りの木々をも揺らし鳥はバサバサと羽を広げて逃げていく。

 目と耳をふさいで少しでも恐怖心を和らげようと手を尽くす。だが伏せた目から光が失われる。彼女はそれを自分の死の合図だと悟った。

 そしてかすかに彼女の思い人が自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 ハッと上を見上げた時。ギルガマシンの上からカルロスが大声でパトリシアの名を叫びながらこちらに手を振っているのが見えた。

「カルロス!あなた…!」

 カルロスはマシンから降りて彼女を抱きしめる。

「だから言ったろう、戻ってくるってさ…。さ、行こう!」

 彼女の手を引いてマシンに乗ろうとしたところをエドゥが止める。

「待てよ、そんなマシン一機じゃ逃げらんない。乗りな、後ろならまだ二人は乗せられる。」

 カルロス、パトリシアの両名は頭に疑問符を浮かべながら固まるがルトが後部ドアを開けて彼らの手を引く。

 後部座席に乗って一呼吸はさみ少し落ち着いてからパトリシアが問う。

「カルロス、…この人たちは一体?」

 それを聞いて思いだしたかのようにカルロスはバックミラー越しにエドゥに向かって尋ねる。

「そうだった!なんでそうまでして僕を助けようとするんだ…。君たちはいったい何者だ!?」

 なんと答えばいいものかと頭をぼりぼりと掻く。

「そうだな…せっかく車を直してもらっておいて見殺しにするのは夢見が悪そうだなって思ってよ。あとはまぁ気まぐれだ。まさか恋人がいるなんて思っちゃいなかったが。それに名乗るほどの者ではないよ。」

 赤の他人に命まではって助ける義理があるのだろうか?そんな気持ちで質問を投げかけたのにもかかわらず曖昧な返事ではぐらかされたことにすこしムッとする、もう一言言ってやろうと思ったがそれよりも先にエドゥが二人に尋ねる。

「さてお二人はどこまで乗っていく?」

 これ以上何を聞いたところで同じだろうとあきらめてカルロスはパトリシアと自分たちのこれからの目的地を相談しあう。

「とりあえずこのまま町を出てから外れにある廃倉庫に向かってもらって、そこで降ろしてもらえたら結構です。知り合いがいるから何とかしてみます。」

「ん、了解。」

 彼の指示のままにハンドルを切りながら突き進む。


 ほどなくして倉庫は見えてきた。かつてカルロスの経営する修理工と数件の家が立ち並ぶだけだった。

 そこに二人を降ろして別れを告げる。特に深い関わり合いを持ったわけではない。しつこく感謝を言われたにしろ彼らとの別れは淡白に済ませる。

 ただ、深々と頭を下げるその二人を見ながら照れくさそうに手を振りその場を後にする。恋人たちの影は少しずつ小さくなっていく。

「あの人の恋人はどう考えてもあの町の住人よね?あれでいいのかしら彼女。」

 ルトが気になってずっと彼らを見続ける。

「あんな町で統括軍人の恋人でい続けることがしんどかったんじゃない?故郷をとるか思い人をとるか…。それで思い人を選んだ、たったそれだけよ。」

 サミエルが助手席のシートに深く腰掛けながらそんなことを呟く。

「それにあの彼の方も自分が統括軍の一員であることを捨てたんだ。それも大きいだろうな。どちらにせよ俺たちには関係のない話さ、なぁサミエル?」

「同感。エドゥ、さっさと戻ろう。連絡も入れてないのに遅くなってるから多分連中心配してるよ。」

「ふぅん…。」と、釈然としない微妙な態度を見せるがそれ以上の追及はよした。それよりもルトは先ほどの出来事を頭の中で反芻しながら話題を切り替える。

「ところでエドゥ、アンタあの短時間の間によくあんな計画を練られたわね。」

「そりゃそうだ、こう見えても元小隊長だぜ?臨機応変に作戦を練るのは仕事のうちよ!」

「なんて言いつつも、持ってもいない爆弾で作戦を遂行しようとしてたじゃないのさ。たまたまアタシが持ってたからいいものを。」

 得意げに威張るエドゥの頭をコンと小突いてサミエルが毒を吐く。

「…ふんっ、運も実力のうちさ!結果良ければすべてよしさ!」

「うぅわ、調子いいの。」

 エドゥは不満そうな顔をして小さな抵抗として車のスピードをグンとあげ、二人はその様子を見て顔を合わせて笑う。土煙を大きく立たせてバンの姿を隠していく。


 今回の事が起こった同時刻、統括軍反乱組織レボルストの陸艇艦隊とフォース・ヘッズ率いるギルガマシン部隊とが交戦。立ち上げてからわずか一か月のレボルストはその戦いに勝利し、フォース・ヘッズはそのまま壊滅。隊長のジャイフマンは戦場から行方をくらませた。

 ついにレボルストが本格的に動き始めたことをアルバトロスのクルーらはまだ知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る