第五章

第21話アクアティックバトル

 支配をする統括軍、混沌を呼ぶゲリラ。それぞれの戦いは次第に大きくなるのは時代が与える試しなのか。そうであるならば実に残酷で無責任なことである。


 ゲリラを支持する町の特性を利用して統括軍基地に挑発を仕掛けたエドゥらは恋人たちの手助けをした。ただ偶然にも同じ頃、結成からひと月、鳴りを潜めていた大衆ゲリラ組織「レボルスト」が本格的に動き出し、ファイブ・ヘッズの四番手フォース・ヘッズを打ち破った。この噂は瞬く間に広まり、世界中に点在するゲリラに勝利への希望を抱かせた。


「…と、いった状況でありまして、もうすでにレボルストはこのスヴァーナ市からアンネン市までを制圧。飛ぶ鳥を落とす勢いで攻めてきております。」

 暗くした会議室の中、その場に居合わせる将校たち誰もが暑さからではない汗を流しながらプロジェクターを凝視する。

 社会学者ハイネス・ダットソン教授は以前からその過激な思想により軍からマークされていた人物ではあったがここにきて彼をリーダーとする反政府組織が結集するだけでなくこうも早い段階で牙をむいてくるとは思いもしなかったのだ。

「どういたしますかな…?このままではこのゲラ基地がやられるのも時間の問題ですぞ…。」

「とはいえここをとられてしまえば統括軍の外堀が埋められたも同然、かといって将軍お墨付きのファイブ・ヘッズは役に立たなかったそうじゃないか?」

「アルバトロスにもしてやられたなどの情報もありましたな…。これじゃあ只のおもちゃの兵隊にすぎませんな。」

「全くだ。アレじゃこのゲラは三日で落ちるよ。」

「だがまだゲラへの侵攻が決まったわけじゃない。とりあえず我々が生き延びる最善の手を尽くそう。」

 自分たちにまで危機が迫っているとわかると口々に不平不満を漏らしていく。人の本心を色眼鏡なしで見るとこういうものなのだろうとお互いに自分の発言も含めて実感してしまう。

「おもちゃの兵隊で結構、ただしそのおもちゃをこのゲラで使わせていただく。」

 その声が聞こえた方向を向くと、大きなドアの開く音とともに暗室に眩い光が入り込み男の影が入ってくる。その影の正体は今しがた噂に上がった将軍、グリーチ・エイベルだった。

「しょ、将軍!?なぜここに!?」

 将軍は空いている席に腰を下ろして胸ポケットから取り出した葉巻に火をつける。

「言ったろう?ゲラでファイブ・ヘッズを起用するとな。ジャイフマンは蒸発したがまだ信頼に足る人物はいる。キストロール・スキャッチャオ少将とミラージ・ミラージュ中佐がな。」

「ファースト・ヘッズとフィフス・ヘッズをですか?しかしそのようなことを急に決められましても、…いくら閣下とはいえ容認できません!」

 そんな言葉などまるでなったかのようにグリーチはその将校を一蹴する。

「誰が貴公らに容認を求めるものか、これは本部の統括政府内ですでに決まったことだ。誰が何を言おうと覆らんよ。」

 グリーチは目を細めてその将校を睨む。すごまれた方は一歩引くが「た、狸め!」と精一杯の反抗を見せる。が、それもむなしくがリーチが指を鳴らすと彼はそのまま取り押さえられて連行される。

「他に言いたいことのある者は前に出ろ。そうでなければ全員元の持ち場に戻れ。それと先ほどの中将殿の後任が到着するまで代理を用意しておけ。」

 グリーチの指示のままに全員が我に返って動き始める。ただ目の前で起こったことは紛れもなくグリーチ・エイエルという人物が間違いなく統括軍を自分の物にしようとしていることだった。私兵を重要拠点に置き、ゲリラの抵抗を阻止しながらかつ、味方であるはずの統括軍の監視、押さえつけまでしようとしているのだった。反旗を翻せば何をされるかもわからない。そして何より彼らが恐ろしかったのは先ほど中将を連行していった兵士の一人が胸にフォース・ヘッズのリーダーの証をつけていたことだ。


 ルトは同じジャーナリスト仲間から聞き入れた情報をバーナードに報告する。

「すると今回随分と早い段階でレボルストが動き出したのはバックに大きなスポンサーがついたって事か…。」

 ルトは頷いて答えながら次の資料を机の上に開く。

「これを見てほしいのだけれど、そのスポンサーってのがおそらくナーハ商会なのよね。」

「ナーハ商会か…。そりゃこの短期間でそれだけの準備が出来るワケだ…。」

 顎をさすりながら資料を眺めるバーナードとルトに「ナーハ商会ってのは?」とエドゥが尋ね、ルトはデータバンクからナーハ商会についてを引き出す。

「ナーハ商会、ダナ・シュトラセルによって築き上げられた会社よ。主に軍事産業でその大半を支えているみたいね。契約次第で武器や傭兵、ギルガマシンの手配を行うまさに戦争商人ってところかしら。自社製作のギルガマシンもあるみたいで会社の規模としては…クリスタリアカンパニーの約十倍、おっきいわねぇ~。」

「それに…、」と今度はルトではなく、腕を組んで壁にもたれかかったサミエルが続ける。

「現在の社長兼CEOのベンジャミン・クラウスは政界とも深い付き合いがあって、一般企業じゃ到底使えないようなルートでの物資輸送や油田開発を可能としていたりと、あらゆる場面でそうとう贔屓目に見られてるそうなのよ。一時期は統括軍の為の兵器産業も担ってたと聞くわ。あらゆる手を使ってのさばって行くとは知っていたけれども、まさか今じゃゲリラの御大将と手を結ぶだなんてね。」

 ルトまでが知らなかった情報をつらつらと語ったことにも驚きだったが、少しささくれたような言い方の方がその場にいた者は気になった。だがそれ以上何も言わせないと言いたげに目を瞑る。エドゥはゴーヴの方にアイコンタクトするが彼も目を伏せて首を横に振る。

 どういうことか理解できないエドゥは(まぁ、いいか…。)と気にしなかったことにする。周りもその空気を消すかのように話を続ける。

「それと気になる情報と言えば、レボルストがこのアルバトロスに接触しようとしているらしいの。」

「なに?クソ、面倒な…。せっかく統括軍に敵対する大きな組織ができたからそちらの方に少しでも目を向けさせられると思っていたのに、それではこちらも同等に狙われるじゃないか…。」

 マクギャバーが心底煩わしそうに頭を掻く。個別ではなく本格的に徒党を組んだレジスタンスは否が応にも目立つためアルバトロスから少しでも統括軍の目をそらすかっこうの餌食となるはずだった。だが、それが接触をしようということはアルバトロスまでも巻き込むつもりでいるということである。

 マクギャバーだけではない、誰もがそんな手段をとろうとするレボルストの存在を厄介な種だと思い顔をしかめる。

「完全に読んでいましたね…。奴ら…。」

「それもあるが、やっぱり私たちの行動は目立ちすぎたかな?エドゥ。」

 何となく話を振られると予測していたエドゥは苦笑いを浮かべながらバーナードに受け答えする。

「軍から追われる大罪人でありながら新型機を二回も強奪、それに敵の総大将のお膝元の部隊を相手にしながらこうもやすやすと生きているんだ。自分から目立ちに行っているようなモノさ。」

 そう答えて顔を右手の掌で押さえながら「ククク…」と笑う。

「と、言うことだ。自分たちで作り上げてきたモノを精算した結果おつりが来ちまった。仕方がないが付き合ってくれ。」

 バーナードがそう言い放って、誰もが仕方ない、と腹をくくる。

「我々は逆にレボルストにべったりとくっついてやろうじゃないの。そうすりゃ奴らを隠れ蓑に目立たなくなるかもしれない。マクギャバー!ここら一体ゲリラの勢力圏内だ、レボルストと落ち合うにはどのあたりがいい?」

「ちょっと待ってください…。おっ、これは」

 マクギャバーはにやりと笑って前方スクリーンの方に地図を出す。

「ルトちゃんの情報通りならばおあつらえ向きにレボルストとナーハ商会との会合がこの湖を越えた先のスヴァーナ市で開かれるみたいですよ。」

「確かか?ルト。」

 バーナードが一応と確認をする。サミエルもゴーヴもそれにピクッと反応を示すが何も言わずに周りの話に耳を傾ける。

 ルトは手前のモニタに映された地図をトントンと叩きながら答える。

「間違いないわね、もともとゲリラの勢力圏内とはいえスヴァーナは統括軍の占領地だった街をレボルスト結成後初めて奪還したところですもの。見せつけるためにもここで会合を行うに違いないわ。」

「野を越え山を越え…、お次は湖を越えるわけか。これまた身を隠すような場所もなさそうだな…。」

 ククールスが舵を握りながら半分あきらめたような口調で自嘲的に笑う。それもそのはず、このご時世、陸地だけが戦場ではない。海面だろうと大きな河川の水面だろうとAGSさえあれば戦場と化す。ランドシップのみにとどまらず、すでにAGSをマシンに搭載しているのはなにもザンダガルやアッシェンサースだけではない。統括軍には量産されたザンダガルと同タイプのバッツェブールがあるのだ。湖上での戦闘はいともたやすいだろう。さらに統括軍ではAGS搭載型でなくともギルガマシンが水面の上を行き来することが可能な装備まで試作機ながら作り上げているのだ。

「あとはこのアルバトロスを追い続けている奴らがどう動いてくるかだな…。レーダー上に点いたり消えたりとねちっこく挑発してくるアレがな…。多分艦の大きさから考えてシャイダン・サルバーカインの部隊だろう。」

「アレ絶対に分かっててやってますよね。つい二、三日前からですよね…。我々を精神的に参らせようとでもしてるんでしょうか…。」

「と、言うよりどこかの元小隊長さんが騒ぎを起こして以来と言った方が良いかな?」

 マクギャバーとバーナードの会話の中に浮上した元小隊長の方に皆一斉に目線を向ける。同じようにしてルトもエドゥの事をやれやれ…といった風にじーっと見つめる。

「おい、ルト貴様!お前はそんな目を向けるような権利はないだろうが!すべての原因はお前だろ!俺だけに罪を負わす気か!」

「さぁね~、なんて言いつつもしっかりと作戦を立てて実行したのは隊長さんですしねぇ~。」

「この野郎…、いや野郎ではないが覚えておけよ!」

 エドゥはプルプルと体を震わせながら握り拳を作る。それを見てルトは慌ててエドゥから距離をとる。周りも彼が暴走しないように体を取り押さえる。

「冗談だって、エドゥ!私だってあの後キャップから同じようにゲンコ喰らったじゃん!痛み分け痛み分け!」

 ヒィッ!とエドゥを恐れながら彼女はブリッジから逃げるようにして去っていく。その様子を見てバーナードは一つため息をついてから話を切り替える。

「なんにせよ後方から近づいてくるシャイダンを撒かなくちゃな。奴の事だ、ザンダガルの対抗策としてバッツェブールを用意してくるはずだ。条件を同じにするために湖上で仕掛ける。各員戦闘は位置につけ!」


「依然アルバトロスの方に動きがありません…。この方角ですとゲリラの勢力下スヴァーナに向かってしまいますよ!」

「何!?奴ら、レボルストと接触をはかろうとしていたというのは本当だったのか!閣下、このままだとみすみす奴らを見逃すことになりますよ…。」

 シャイダンは慌てるミハイルを横目に望遠カメラがモニタに大きく映し出すアルバトロスを睨む。彼にとって結果的に二度の敗北を味合わせた相手が乗っており、そして尊敬するバーナードが指揮をする艦である。

「落ち着けミハイル、スヴァーナに向かうとしてもまだ距離はある。テンピネス中佐、君ならどう動く?」

 シャイダンに問われてテンピネスは一歩前進し、彼の横につく。テンピネスもまたザンダガルに煮え湯を飲まされ続けている一人だ。あまつさえ彼は部下をも失い、今はシャイダンの直属の部下として戦艦ディオネーに在籍している。

「奴らのマシンのの中で湖上で戦闘が可能なのはアテンブールとビストブール、それと新型のマシンの三機だと思われます。しかしこちらはバッツェブール四機に自分のシャクトショルダーに閣下のローディッシュ・パンターがありますのでギルガマシン戦においては囲い込み戦法をとれば有利かと。」

「冷静だな、相手はあのアテンブールだが…行けるか?」

 これまでの経緯を踏まえたうえでシャイダンはテンピネスの様子をうかがう。どちらもザンダガルと出会ってしまったという似たような不幸な境遇から妙な連帯感が生まれていた。

 テンピネスはうなずき、答える。

「自分はこれでも兵を率いてきた人間でありますから。それにラフィロ大佐にも言われてきましたし。」

「ラフィロが?何と言った?」

 テフロスでの戦いの後、セカンド・ヘッズとの共同作戦はそこで終わりを迎え、セカンド・ヘッズはシャイダンの指揮下から外れ、元の将軍直属の部隊に戻った。ラフィロとシャイダンたちは解散、新たに別々の作戦に移っている。彼はシャイダンにとって目障りな存在ではあったものの、なんだかんだと気にかかる人物ではあった。

「おそらく自分では手を下すことができないだろうから是が非でもあのアテンブールを閣下の手によって始末をしてくれ…。と。」

 一瞬目を丸くさせるが「アイツらしいよ…。」と、言って笑う。

「よし、ならば湖上の決戦と行こうか。アルバトロスがポイントXQ-2438に到達し次第ディオネーは全砲門を開いて最大船速、それと同時にギルガマシンを出撃させる。私のローディッシュ・パンターにフロートアシストを換装しておけ!」


 エドゥはバーナードの指示のままに後部格納庫へと急ぐ。すでにその場にはMk-Ⅱを任されたニールスやビンセントそれにジュネスが待っていた。

「ザンダガルは?出られるのか、おやっさん!」

「問題ない、少し違和感を感じると言っていたひざの関節周りにも油は刺しておいたからの。存分に戦え!」

「すまないな、いつもいつも。…エンジン始動させるぞ、離れてくれ!」

 計器のチェックをしながらザンダガルの駆動音を聞く。それで問題のないことを確認したのちにヘッドギアを被り、プラグを差し込んでからスイッチを入れる。

 小さなノイズが耳を走り出撃前にいつも行う深呼吸をしようとしたその時、小さな声が聞こえる。空耳か?と疑ってみるもそうでないことがハッキリとわかる。それにその声は自分の後方にあるマシンのパイロットからのプライベート通信だった。

「どうしたニールス?作戦前だぜ、こんな事したら艦長に怒られるだろ。」

 いきなり正論を言い放たれてうぐっ…。と言葉に詰まるニールス、ただばかに生真面目な彼女には珍しい行動だと思ってエドゥは何を言おうとしていたのかを聞き出す。

「…手短に済ませよ?こっちだって何度もあの艦長から制裁は喰らいたくないからよ。」

『…エドゥはルトとサミエルと一緒に町へ買い物に出かけたんだってね…。』

 耳を疑った、が何か理由があっての事だろうと一応説明は入れる。

「いや、だってその時お前はMk-Ⅱの操縦についての説明をおやっさんたちから受けていて忙しかったじゃねぇか。それに買い物だ、っつったって食料の買い出しだぜ?大したこたぁ…。」と言いかけたところで『…ズルい…。』と蚊の鳴くような声が聞こえてきた。ズルいという言葉が誰に向けて発したのかはイマイチわからなかったが彼なりにある程度の予想をする。

 ニールスはそれこそ兄の仇のためと気丈なふるまいをみせるものの女の子だということを思いだした。

(こんな性格をしていたって年頃の女の子だもんな…。事実を打ち明けられないにしても、女性同士で和気あいあいとしたかったんだろうな…。)と、まるでわざとらしく頬に涙を垂らす。

「大丈夫だって、ニールス。ここで逃げ切ればその先はスヴァーナって街がある。大きな街だそうだし、統括軍の目を気にすることもないからそこで好きにすればいいじゃねぇか。」

 表情が伝わったかどうかは分からないが、エドゥはしたり顔でそう言い切る。すると先ほどとはまるでうって変わってニールスの声のトーンが上がる。

『ほ、本当かい?よぉし分かった、やってやるさ。ボクとの約束、忘れるなよエドゥ!』

 そこでプライベート回線は切れた。

「え?俺?ニールス今なんつったよ、おい!」

 呼びかけに答えるはずもなく、代わりにバーナードの声が聞こえる。

『湖に到達した、あちらさんからも多くのギルガマシンが続々と来ている。エドゥ、ニールス、ゴーヴ。頼んだぞ!』

「え?ちょっ…。」

 戸惑うエドゥのことなど露知らず敵はアルバトロスを討たんと迫ってくる。仕方がないので彼はザンダガルのスロットルをあげて発進させた。


 ザンダガルの出撃をキャッチしたシャイダンはディオネーをトップスピードにさせたままアルバトロスの右舷へと近づけさせようとする。

「ギルガマシンが出た、ディオネーは後方から支援を入れつつアルバトロスの懐にもぐりこめ。バッツェブールは敵機を囲い込んでからアルバトロスと切り離すんだ。ただ、アテンブールには気をつけろ、強力なランチャーを持っている。」

『『『了解!』』』

 ディオネーからもマシンは次々に放たれ、バッツェブールは素早く変形を済ませて水面を滑るように突き進む。それにテンピネスのシャクトショルダー、シャイダンのローディッシュ・パンターが後を続く。

「エドゥアルド・タルコット、前回のように余計な邪魔者はいない…。真剣勝負と行こうじゃないか…?」

 シャイダンから発せられる殺気が伝わったのか、エドゥはブルル…と身の毛がよだつ。これまでに様々な敵意を浴びている彼だがこうも大きくプレッシャーを感じるのは初めてかもしれないと顎を掻く。

(ローディッシュ・パンター…、シャイダン・サルバーカイン少将か…。油断はできない!)

 ザンダガルの背中に取り付けてある二門のキャノンをローディッシュに向けて発射する、がすんでで当たらない。逆にローディッシュからのカウンター攻撃が炸裂してザンダガルの左肩に当たる。

 その衝撃がAGSでは制御できずに水面にバシャンッと音を立てて倒れこむ。それをカバーするようにMk-Ⅱとアッシェンサースが割って入るがコンマ数秒の間にバッツェブールの陣は完成していた。

 エドゥは一瞬だけザンダガルの機体を水に沈めて立ち上がると様子をうかがう。

「奴ら、速いな…。それに以前とは違ってバッツェブールをも上手く扱ってやがる…。」

『そうだね、それにいつの間にかアルバトロスと分散されているようだよ。あっちでもなんとか持ちこたえているようだけれど早いところここを突破しなくちゃ…。』

『とは言ったもののよ、さっきの攻撃程度でマシンがひっくり返っているようじゃランチャーは下手に撃てねぇぜ。エドゥ。』

 三人は一気に不利な状況に立たされた。それもそのはず、シャイダンとは数度戦っている。こちらの出方など既に知られているも同然だ、ことさら彼のような人物には。その上彼の持つ部隊にバッツェブールを付けることがより強力さを増す。実戦経験の豊富な彼らはじわじわとその実力差を今この瞬間にもエドゥらに見せつけている。

『どうするよ、小隊長?』

 ゴーヴが少し自嘲気味に冗談めかす。それとなくエドゥも彼の言いたいこと汲み、頭を働かせる。

 バッツェブールからの執拗な攻撃がマシンの装甲をビシビシと当たる。だが彼らはミサイルを使おうとはしない。この距離での爆発を大いに恐れているからだ。それはこちらも同じこと、至近距離でのミサイルは万が一助かったとしても自らに致命傷を与えるやもしれない諸刃の剣だ。

 アルバトロスの方も苦戦を強いられていた。ディオネーがアルバトロス右斜め後方の砲火の弱いところに攻撃を加える。ギルガマシンがディオネーに乗り移って攻撃できないギリギリの距離を保ちながらピッタリとトレースする。

 エドゥは彼らからの手助けを得られないことを頭に叩き込んで自分たちだけでどうにかする方法を考える。

 遠くで飛び交う弾が着弾して水柱を立てているのが目に入る。

(これだ!)そう確信した時に二人にインカムで伝える。

「これはもう沈むしかねぇな。」

『『えっ?』』

 訳のわからないことを言うものだからつい二人は耳環や疑う。

「いや、言い方が悪かった。正しくは潜るだな。俺が合図をしたらニールスはこのまま飛び上がれ!ゴーヴと俺はランチャーを撃つ、敵に当たろうが当たらまいが関係なくだ。撃ったらそのままAGSのスイッチをオフにして水中を潜るんだ。おそらく相手からは衝撃で沈んだように見える。俺たちが潜ったのを確認したらニールスは上空からミサイル攻撃、これは必ずどれかにヒットさせろ。その後すぐに数機がMk-Ⅱを追うだろうから陣形は崩れる。で、俺たちは水中から奴らの足元をすくってやるのさ。」

『言いたい事は分かるが、しかしそんなことをしてニールスの攻撃が外れるだけならまだしも、俺たちにブチあたりゃあ、いくら水中とはいえダメージは大きいぞ!』

 無謀すぎる賭けに出ようとすることで焦るゴーヴ、だがそんな事はエドゥも重々承知だった。

『多少の損傷は想定済みか、相手の虚を突くにはそれが一番な近道かもね。分かった、ボクはやるよ。』

 ニールスはニヤッと笑いながらエドゥの作戦に賛成する。

『ニールスっ…!…仕方がない、俺も男だ。だが死んだ時は責任を持ってもらうぜ、エドゥ。』

「死人に背負いきれる責任なんてねぇよ。カウントする、ゼロって言ったらさっき言ったようにやってくれ。三…二…一…ゼロっ!」

 ドッ、ドフゥッ!バッシャアァァン!

 ザンダガルとアッシェンサースが無造作にランチャーを撃ち、バランスを崩して機体を水面にたたきつける。

「なんだと!?」

 この距離間でまさかランチャーを使うとは予想だにしなかった敵のパイロットらはその二つのマシンに思わず目が行った為にMk-Ⅱがグンと飛び上がったことに反応するまで若干のタイムラグを作ってしまった。

「遅い!」

 ニールスが下に向けて放り込んだミサイルが一機のバッツェブールに直撃し大破、そのまま水底に沈んでいく。沈んでくるバッツェブールを確認するとエドゥは屈折を測りながらもう一度ランチャーを撃つ。

「だぁぁッ!し、下から!」

 ニールスを追って飛び発とうとするマシンを貫いて爆発。ただ一機は上空へと大きくジャンプしニールスとの激戦を交える。

 水中からの攻撃でエドゥの居場所を確認したテンピネスは腕の位置を修正しながらバルカンを撃つ。水の抵抗力から来る重みにより鈍くなった機体は思うように持ち上がらず全弾が命中するがそれを気にすることなく一気にAGSの出力を上げる。

 ゴーヴはエドゥのカバーに入ってシャクトショルダーの脚を引っ張り水中へと引きずり込みながら、自らは這い出ようとする。

「まさに足元すくうってな。だっはっはっは!」

 大きく波を立てながら水中から顔を出したエドゥは瞬時にクリアリングを行おうと機体を右に捻るとローディッシュ・パンターが銃口を向けていた。

「やはり、ユニークな戦い方を見せるな!君は!」

「しまった!コイツがいたか!」

 キャノンをローディッシュに向けるが先に先制を仕掛けたのはシャイダンの方だった。ザンダガルの左肩に直撃を喰らわせるとアーマーが外れて中のメカがむき出しになる。

 さらにもう一機左に構えていたバッツェブールがシャイダンと同じところを攻撃してザンダガルの左腕は大きく破損する。

「くぅっ!やりやがったなチクショウ!」

 もう一度スイッチ攻撃を加えられそうになったところで上からの攻撃でローディッシュの前方がドバッと水柱で閉ざされる。

「ビストブールか⁉︎」

 シャイダンは上を見上げてMk-IIがバッツェブールとのドッグファイトの合間にこちらを狙ってきたことに驚く。

「助かったぜ、ニールス。この借りはきっちり返す!」

『当たり前だ、君はボクに借りを作りすぎる。』

 高く上がっていた水柱もすぐに引いた時、シャイダンはザンダガルの姿を見失っていた。急いでレーダーを確認するとその座標はピッタリと重なっていた。

 荒れる湖面に黒い影がすうっと映り込む。先ほどエドゥが使ったワザをハッと思い出し、下に向けてドンッと引き金を引く。

 だが感触はなかった。当てたはずなのに当たったという感触が。

(まさか⁉︎)

 そのまさかが、シャイダンを凍りつかせた。

 が、気付いた時には既に遅く、ローディッシュのバックパックはにより破壊される。

「クソォ、外したか!やっぱり片腕がないとバランスが取りづらいか…!」

 だがそれはあながち失敗ではなかった。バックパックからフロートアシストへと供給されるエネルギーがシャットアウトされ、ただでさえ重いローディッシュの機体は徐々に浮力を保てなくなっていく。

『か、閣下ァ!』

 テンピネスがローディッシュの姿を見て手を貸そうとするがシャイダンはそれを制止する。

「私の事は良い。それよりも包囲網が崩れたことでアテンブールはアルバトロスの守りに回ろうとする、何としても行かせるな中佐!」

 その叫びを受け取ったテンピネスはシャクトショルダーの機体を転回させて、一機のバッツェブールにシャイダンを連れて行くように支持を出す。

(またしてやられたか、この私がな…。フッ、お笑い草だよ。)


「シャイダン閣下がやられただと!?仕方がない、このままではアテンブールまで加勢されてしまってはディオネーは壊滅状態に陥るぞ。」

 ミハイルはアルバトロスに攻撃を続けさせながら徐々に戦線から引いていく。その最中レーダー上に別の陸艇の影が映し出された。

「味方か!?」

 ミハイルが確認を急がせるが統括軍の所属艦ではなかった。

 同じくアルバトロスでもその艦影はキャッチされていた。

「艦長!未確認艦から熱源接近!コース上から避けます!」

「なんだ?統括軍の援護か?」

 接近してきた熱源はその二つを大いに混乱に落とした。だがそれはアルバトロスをスゥと避けてディオネーの方に直撃する。甲板から火を噴くディオネー。艦橋でその一部始終を双眼鏡でのぞきこんで目撃したミハイルは確信する。

「あの掲げた旗はレボルストだ、ここはもう統括軍のものではない。我々は既に奴らの勢力圏に知らず知らずのうちに飛び込んでいたんだ!面舵だ、反転しろ!閣下たちのギルガマシンを回収して我々はここから脱出するぞ、あまりにも深入りしすぎた!」

 ディオネーはレボルストの艦とアルバトロスを相手にしながら戦線から離脱しようと旋回を始める。

「バーナード艦長よ、ありゃレボルストだぜ?いい場面で俺たちを助けるみたいだぜ。」

 ククールスは不敵に口角をあげながらバーナードの方を振り向くがバーナードの顔は険しい。

「いや、たぶん危機的な状況になるまでどこかで見ていたと思えるな…。我々を助けて借りを作ろうって腹だ。」

「まさかぁ、流石に考えすぎじゃ…?」

 マクギャバーはありえないといった風にバーナードの方を見るが冗談を言ったような顔をしていないことがわかる。すると途端に向こうに見える艦が助けれくれはしたものの自分たちの敵であるような、そんな曖昧な感情が渦巻いた。

「彼らの土俵の上で交渉しやすいように先に手を討たれたわけだ。そうでなきゃ見返りの求めなさそうなこのアルバトロスに近づく理由はないさ。」

 チラッと後退していくディオネーを見てバーナードは呟く。

 エドゥはそんなやり取りを聞いてふと思う。

(俺たちの敵は統括軍だけではないのか…。)

 ディオネーに戻ったシャイダンも甲板の上で遠い向こうで近づく二隻の艦を見てだんだんとこの戦局が複雑な方向へと進もうとしていることを実感していく。

「もうすでに私たちの立ち入ることの不可能な土地がこの地球上に存在するとはな…。」

 磯の香る海とは違い、何一つ風情を感じさせないこの湖の上が自分たちにまるで居場所はないと訴えているようだった。


 日に日に足元を固めていくレボルストの侵攻軍はついに統括軍のゲラ基地を目の前にしたヘルダス国に侵入、にまた一歩駒を進めた。

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