第19話マークⅡ

 統括軍の意思に反して生きる人々は強いのか。その逆に、それに従い生きていく人々を弱いと言えようか。根本的に弱い人間などいるわけがない。

 宇宙から見ればそのようなことは実に小さいことだろうとは思う。だがしかし、現実で起きていることはそのちっぽけな視線から見えていることだということもまた忘れてはならない。


 テフロスを目指してシッチリー山脈を越えんとする時、テンピネスのシャクトショルダー、そしてセカンド・ヘッズの駆るバッツェブールがエドゥらアルバトロスを襲う。ただでさえ雪山に苦労する彼らではあったが改装されたザンダガルによってなんとかその場をしのぐことができた。ついにMk-IIとのご対面!


 シャイダンは出撃時とは違う様相でテフロスに戻ってきたバッツェブール姿を見てため息をつく。ラフィロが珍しくシャイダンに目を合わせないようにしている気がするほどに瞳を覗くことができない。

「無様だな、貴重なバッツェブールをこうまで破壊しつくされ、あまつさえ一機失うとはな。ファイブ・ヘッズはマシンを雑に扱ってもいいとでも教わっているのか?それでファイブ・ヘッズを名乗れるのならここにいる連中はみな君たちの一員になれるな。」

「言うな!…それにシャイダン、あのアテンブールは話に聞いていた以上の武装を携えていたぞ!情報不足も甚だしいんじゃないか?え?」

 そんな風に自分を責め立てるラフィロをみてつい笑いが漏れる。

「何がおかしい!」

「おかしくもなるさ、自分は冷静に見せていたんだろうが功を焦るその姿を隠しきれていないということがね。誰がために必死になるのかは知りたくもないがおとしまえぐらいはきっちりとつけてもらう。」

 吐き捨てるようなその物言い。ラフィロはグッと顔をゆがめて気を高く持つように下腹部に力を入れる。そして売り言葉に買い言葉、絞り出すようにシャイダンに反論をする。

「君だってアレバッツェブールに乗れば僕と同じように感じるはずさ…。もうすでにアテンブールはローディッシュ・パンター程度じゃ倒せやしないさ…。」

 ラフィロのそんな言葉さえもシャイダンは予想していたのか、即座に返す。

「私はAGSを信用しちゃいない。アテンブールだろうがビストブールだろうが乗るつもりはない。さてくだらない話はあとだ。アルバトロスはまもなく来るんだ。これ以上互いに失敗を重ねたくなくば君はいつものビガーズで出撃してくれ。」

 セカンド・ヘッズは今現在シャイダンの指揮下の元動いている。断るにも断れないラフィロは怒りの矛先をどこに向ければよいのかと悩んだが結局は、

「りょ…了解…!」

 とシャイダンに従うしかないと考えた。

 ラフィロが部屋を出るその入れ替わりにテンピネスが入ってくる。彼はラフィロが苦虫をかみつぶしたような顔つきに驚きつつも自身も恨みつらみを抱えていることを思いだして目をつりあがらせる。

 シャイダンはまた厄介ごとが転がりこんできたなと頭を抱えてテンピネスの話を聞く。

「君の言いたいことは大体察しが付く。アルバトロスに仇討ちをしたいんだろう?」

「ええ、いい奴らでした。まるで弟のような存在で…。閣下、恥を忍んでお願いがあります。直接シャイダン部隊に入れて欲しい!」

「君も随分と大胆なことを言うな。一時は小隊長まで任せられた器だぞ、それが急に下っ端となるにはそれほどの覚悟がいるとは思うのだが?」

 テンピネスは自分の部下の事を思い浮かべながら涙を流す。

 熱い男なのか、もしくは単に情緒が不安定な男なのかと考えるシャイダンにグイと迫り、テンピネスは言う。

「誰も自分を慕う人間がいなくなった瞬間にそう切り替えるのはあまりにも破廉恥だとは思いますが彼ら亡き今、私はもう隊長でもなんでもない…。何もできやしないワンマンアーミーにすぎません。だからこそサルバーカイン閣下の下で弔いをさせていただきたい!」

 ウッ…ウッ…と嗚咽を漏らしながら目の前に立つ男の姿が暑苦しく感じるシャイダンは「わかった、わかった…。」と呆れ半分興味半分にテンピネスを落ち着かせる。

「殊勝だな…君は。確かにシャクトショルダーの性能は私のローディッシュ・パンターに匹敵するものがある。それにあの場においてほぼ無傷で生き残っていた君の実績は目を見張る。厳しいが、私についてきなさい。」

「あ、ありがとうございます!」

 大の男がおうおうおう!と泣きじゃくるのを目の当たりにして、つくづく最近ツキのない自分の、さらに人間関係までもが悪化しているのではないかと疑ってしまう。

 そしてこれ以上何かあるんじゃないかとさえ予感するほどだ。

「ミハイル中佐、シャイダンだ。私のローディッシュをすぐに出せるようにしておいてくれ。アルバトロスはすぐにでもここに来る、迎撃態勢を整えろ!」

『分かりました、第二格納庫までお越しください。』

「というわけだ、テンピネス中佐。先にセカンド・ヘッズが出撃する。我々はそれを後方から支援。その後セカンド・ヘッズがアルバトロスの後方へと周り挟み撃ちの形を取る。いいな?」

 テンピネスは深々と頭を下げてから威勢の良い返事を見せて、己もマシンへと走る。シャイダンも出撃準備に取り掛かり。テフロスでこれから始まろうドンパチに備える。


 アッシェンサース、ザンダガル、そして補助パックの補給を終えたアルバトロスではテフロスへの突入前の最後のミーティングが行われていた。実際にテフロス工場の敷地内に潜入するのはエドゥとニールスの乗るザンダガル一機とトレーグスが三機、その内の一機にコークスが案内役として乗り込む。

 工場内でビストブールを発見次第エドゥはニールスとザンダガルの操縦を代わり、エドゥがビストブールを起動させてから奪い、テフロスの外では作戦の邪魔をさせないよう残った他のアルバトロスとその他のギルガマシンで足止めしようという寸法だ。

「…その作戦は良いけれども、なんでボクがエドゥとザンダガルに乗るんだよ?」

 作戦概要を聞いたニールスがバーナードに質問を投げかける。

「まあまず二人乗ってもニールスなら華奢だからな、コクピット内が窮屈にならない、それに一番の理由としてはこの中でザンダガルに乗り慣れているのはニールスか、おそらくコークスぐらいだろう。だがコークスとはここでサヨナラだからな、お前しかいないんだよ。」

 その答えにニールスはエドゥの方をチラッと一瞥いちべつしてからまたバーナードの方を向き、うぅっ…と唸る。

 エドゥも理由がわかるだけに少し複雑な感情を抱くが仕方がないだろと耳打ちする。

「…了解、そういう事なら仕方がない…よね。コークスさん、道案内頼みます。」

「任せておけ!」

 バーナードはぐるりと周りを見渡してからニールス以外に異論をあげるものがいないとかを確認してから腕を組み、大きく頷く。

「よし、それじゃあ出撃だ、一気に突っ込むぞ!ククールス!」

「了解だ、艦長!」

 アルバトロスは大きく雪を削り出すようにして動き始める。


 無論アルバトロスのその動きはシャイダンのところでも感知は出来た。アルバトロスが一気に勝負を仕掛けてくる予感を抱いたシャイダンはセカンド・ヘッズを動かす。

 ラフィロもさすがに汚名を着たままなのはどうにもプライドが許しはしない。ましてやたかだかレジスタンスに成り下がった元田舎基地の男如きにコケにされたという事実があることに虫唾が走る。

「いいか?ラフィロ。ファイブ・ヘッズだからな、腕を信じていないわけじゃないんだが、しっかりやってくれよ?」

 シャイダンの言葉の表面からは読み取れないその失望したような棘のある言葉もラフィロの心理を揺さぶる。

『分かっているさ…。アテンブールだろうと何だろうと相手になってやる。僕はセカンド・ヘッズまで任されているんだ!ザンダの小童にやられるようなタマじゃない!行くぞ、ビガーズ発進だ!』

 ラフィロ率いるビガーズの隊は続々と雪上に足をつけて、白い闇の中に消えていく。

 シャイダンはそれを見送ってからランド・バトルシップ「ディオネー」をビガーズの側面につけ、支援をさせる。


「ビガーズタイプが来ます!それと艦影も見えますね…。データバンクとの照合だと以前戦ったディオネーだと思われます!」

「ディオネー?そうかシャイダンが出てきたか…。それにおそらくビガーズをこれだけ出すということは噂の通りファイブ・ヘッズも投入してきているということか…。先制攻撃をしろ、小さな目標にあたるとは思わん、ディオネーを狙え!」

 アルバトロスの砲門がレーダー上に移されたディオネーに向く、それと同時にディオネーもアルバトロスに向けて狙いを定める。全体の空気を激しく振動させながら砲は放たれ、すぐそばに着弾し白い爆炎を巻き上げながら双方の距離を近づけていく。

「無理な体制でも突き進め、死ぬときはともに死んでやる!」

 百メートル…五十…十…とだんだん近づくその艦体はついにガチィッと耳心地の悪い音を立てながらぶつかり合う。その近すぎる距離では主砲を撃ってしまえば互いに爆発を起こしてしまうので手が出せなくなる。まさににらめっこ状態に陥る。

 ただやはり戦艦の馬力はアルバトロスをも押し返すほど力強いものがある。

「アルバトロスがひるんだ!ギルガマシン各機は攻撃を集中させろ!」

「ぐぅ、ディオネーにぴったりとくっつかれたか…。ならばここでなんとか持たせる。ザンダガルとトレーグス発進準備急がせろ!それとアッシェンサース、シューターは搭乗できるものが各個の判断に任せて乗り込め!テフロスに向かう彼らを援護しろ!」

 アルバトロスはあえて船体の動力を緩めてディオネーをいなすように向きを変える。

「了解だ、ザンダガルはエドゥとニールスで出るぞ!ニールス、前以上にGが重くのしかかるから注意しろよ?」

「分かった、無茶なことはしないでくれよ?ただでさえ狭いんだから。」

『エドゥ!コークスだ。こちらも下駄の用意はできた。この距離ならばギリギリテフロスまで推進力を維持できる。ちゃっちゃと言ってしまおう。』

 コークスの通信にエドゥはオーケーサインを出し、ハッチが十分に開かれたことを確認してザンダガルのスロットルを最大に持っていく。

 トレーグス三機がアルバトロスから降下しパックを吹かしながら斜面を滑っていく。

 ザンダガルはそれについていくようにして後方でAGSのホバリング移動を使う。

『目の前のビガーズは俺たちじゃどうしても対処は出来ない、エドゥ十分に引き付けておいてくれ!』

「あぁ!すぐにでも追いつくようにする!」

 アルバトロスの陰からディオネーとビガーズに見える位置まで出現するとザンダガルはくるりときびすを返してランチャーを構える。

 そんなザンダガルの姿を目に焼き付けたラフィロはまたか!と言わんばかりに目を見開く。

「出たなアテンブール!普通ならばもうこの世から消えてなくなっているものを、この数時間でよくぞ僕の恨みを買ってくれた!」

「こっちは恨みを買ったつもりなんてないんだよ、しゃらくさい…どけよぉっ!」

 ザンダガルのランチャーが火を噴きビガーズがそれを回避する。流れ弾がディオネーに衝撃を起こさせる。

「やはり、動きがいい…。さっきのバッツェブールと同じパイロットなのか?」

「エドゥ!後ろ!」

「分かってる!」

 殴りかかるようにマニピュレータを振り下ろしてくるマシンをかわして足払いをする。トドメにバルカンを放ち、転がったマシンは止まることなく滑り落ちていき、遠く下の方で爆発する。

「このままじゃ、こっちが足止めを食ったままテフロスに行くことができない!サキガケ、任されてくれ!」

「合点だ、その代わりこれは貸しだぞエドゥ!」

 ザンダガルが飛び上がると同時にアッシェンサースのランチャーで追撃を許さんとする。

「チクショウ逃がしてたまるか!シャイダン、アテンブールと雑魚数機がそっちに向かった!僕もすぐに向かう!」

『構わん、けりはこっちでつけるさ。』

 期待はずれだと言わんばかりにラフィロの言葉に対するシャイダンの返答は冷たくあしらうだけであった。


 ビガーズの追撃をひらりとかわし、ついにテフロス砲兵工廠までたどり着くことができた。ガードマンのマシン、リスタを薙ぎ払い施設内部への侵入を試みる。

「ここまで来やがったか!シャイダン閣下、奴らの侵入を許してしまいまし…うわぁっ!」

 コークスのトレーグスに引き連れられて施設内の格納庫及び倉庫を次々と破壊していく。ザンダガルのミサイルが狙い定めたところまでビュウと飛んでいき火薬庫だと思われるところに引火、巨大な爆発を起こす。

「いいぞ、この混乱に乗じてビストブールまで行くことができれば御の字だ!俺たちでこのまま破壊を続ける!エドゥはこのまままっすぐ進んで四ブロック目を右に曲がりNo.9と書かれた建物に入れ、そこにビストブールがあるはずだ!」

「了解した、ザンダガルのキャノピー上げるぞ!ニールスあとは頼む。」

「分かった!ただしすぐに戻ってきてくれ。どこまで持ちこたえられるか分かったもんじゃないからさ。」

 ニールスはニッと強気な笑顔を見せる。そんな様子にエドゥも安心してザンダガルから飛び降りる。

「ただし例のローディッシュ・パンターが出てきたら下手に相手をするんじゃないぞ!奴は手練れだ!」

 そう言い残してエドゥは四機のマシンから姿が見えなくなるまでこの戦闘、爆発の中を走り去っていく。


「テンピネス、いいか?アテンブールには十分に気をつけろ。おそらくラフィロの相手しているアルバトロスは囮だ。こちらに来ている奴らがおそらく本命だろうからな。」

『了解だ、閣下。』

 シャイダンたちのローディッシュ・パンター、シャクトショルダー等はニールスたちザンダガルの動きを物陰に隠れながら様子をうかがう。その場にかがみこんでいるザンダガルを見て違和感を感じるシャイダンだがその意図までは読めそうになかった。だが、彼の勘が何かを教えるように脳内に刺激を与える。

「ファブリカとミーシャは私について来てくれ、テンピネスは他のマシンを率いてあのアテンブールと戦闘しろ。」

『しかし、閣下…。相手はセカンド・ヘッズさえ物ともしないような敵ですよ?我々だけで太刀打ちは…。』

「いや、おそらくアレにエドゥアルドは乗っていない。二重に私たちをはめようという作戦、小賢しいが良い手だ。我々はビストブールのところまで向かう!エドゥアルドに援護の手が回らないようによくよく彼奴らを引き留めておけ!」

 シャイダンが先ほど感じた違和感がビストブールの強奪を知らせているところにあると結論付けた。アルバトロスがわざわざこんな過酷な環境下に置かれたテフロスまで必死に来るのはひとえにビストブールのためだと理解をしていたからだ。最初シャイダンの考えはこちらに起動用のキーがないからこそ遠回りな戦いを仕向けてくると最初は思っていたが、なにもアルバトロスがそのキーを持っていない理由にはならない、そう気が付いてから今まさにエドゥは直接的な手段を使ってビストブールを強奪しようとしていたのだ。

(あまりに視野を狭く見すぎた、もっと柔軟に攻めなければな…。私ともあろうになぜ奴らにも動かせないと思い込んだんだ。どういう手段を使ったのかは知らないが、おそらくあそこまで自身たっぷりに行動に移すということはビストブールの起動用キーを所持している。バーナード中将…やはりあなたに敵わないのか?私はっ!)

 操縦桿を握る手を強くし、エドゥに先を越されまいとローディッシュを加速させる。

 テンピネスはシャイダンの指示通りにザンダガルやトレーグスの前に立ちふさがって攻撃を仕掛ける。ザンダガルに体当たりをするがトレーグス三機でそれを何とか食い止めながら押し倒す。

「エドゥが戻ってくるまでにカタをつける。さぁ来い新型ァ、ボクが相手だ!」

 トレーグスは引き、ザンダガルとシャクトショルダーががっぷりよつに組む。エンジンを高速回転させうんうんうならせながらも両者優勢を譲らない。

「どこまでも邪魔をするっ、アテンブールめ!」

 テンピネスはこれ以上は無駄だと悟って一度後方へ下がる、と同時にミサイルを放ってザンダガルに浴びせる。

「わあぁ!やるなパイロット!」

 ニールスも同じように狙いをつけてザンダガルのミサイルを展開させる。さらにテンピネスはザンダガルから距離をとって様子を探るようにする。横からリスタがちゃちゃを入れて来ようとするがそのミサイルで黙らせる。

 コークスの乗るトレーグスはそれを見てザンダガルの邪魔をさせまいと周りのマシンに体当たりをかける。

 ガキィン!と金属同士のぶつかり合いで火花が上がりトレーグスもリスタもドシンと倒れこむ。その隙をついてコークスはマシンのエンジンを暴走させて脱出する。

「ニールス、そのトレーグスは爆弾にしておいた投げつけてからランチャーで一気にけりをつけてやれ!俺がしてやれるのはここまでだ、短い間だったがお別れだ。ご武運を!」

『わ、わかった、ありがとう!コークスさんも気を付けて!』

 その通信を最後にコークスはニールス達との一切の接触を断った。

 ニールスは横たわるトレーグスを抱えてジャイアントスイングをするかのように振り回して投げつけ、衝撃でトレーグスはリスタやシャクトショルダーを巻き込んで爆発を起こす。

 モクモクと爆炎が立ち込める中、レーダーを頼りにランチャーを構えて躊躇なく引き金を引く。

 煙のむこうからさらに爆発が起こりその状況はカオスなものとなる。

 そしてその煙を目くらましにしながらニールス達もテフロスから足早に撤収する。

 テンピネスは状況も上手く把握できぬままに炎の中に包み込まれて立ち往生を喰らう。

「またか…何度もォ!」

 不甲斐なさに拳を作って振り下ろす。がそれが余計にむなしさを生んだ。


「なに!アルバトロスは所詮囮だったというのか?」

 通信を受けたラフィロが驚嘆してアルバトロスへの攻撃を緩める。レスロッドの猛攻を相手にしている間にザンダガルにすり抜けられたことがここまで響くとは考えられなかったためにショックを受ける。

「シャイダンはなんと言っているんだ?」

『はっ…!ビストブールの強奪を防ぐとおっしゃったまま通信はここで途絶えました。電波妨害が生じたものと思われますが…。』

 下唇をグッと食いしばり、血が出ている事も気にせずに自身のビガーズを反転させる。

「いいか?アルバトロスはセカンド・ヘッズの名に懸けても絶対にここから動かすなよ!あのアテンブールのパイロットは直接僕がこの手で仕留めるまで何人たりとも邪魔はさせん!それがシャイダンでもだ!」

 ザンダガルをわが手で討たねばと…。その怒りに任せてラフィロもテフロスへと戻ろうとする。無茶な操作にビガーズが悲鳴を上げていることなぞ全く目もくれずに雪山をただひたすら行く。


(No.9の建物…、これか!)

 一方それぞれの仇、エドゥはコークスに指示された通りにビストブールがあるとされている建物にたどり着く。暗証番号式の頑丈そうな扉があるが、コンピュータパネルに小型爆弾を仕掛けて、そこから線を引き、少し離れた物陰から着火する。

 ポンッと小気味の良い音が光とともに発せられてコンピュータパネルの破壊とともに電磁ロックを無理やりに解除する。

 異常な解除により警報がけたたましくなるがエドゥは慌てる様子を見せない。

(もしもお忍びでこんな大胆なことしちまったら間抜けな行動だとは思うが、どうせもうバレているんだろうし…派手にやるのも悪くはない。)

 そんなことを考えながら重い扉をこじ開けて建物の中に入る。中は実に薄暗く、外の混乱のせいもあってか出払っているために人気のあるようには思えなかった。だがある一点だけはライトがか細く照らされており、照らすその先にザンダガルとよく酷似した戦闘機が静かにあるのみだった。

「アレがMk-Ⅱ…、ザンダガルMk-Ⅱ!」

 その姿を目の当たりにしてエドゥは駆ける。

 己の勘を頼りにしてビストブールの元へと駆けつけていたシャイダンは先ほどの小さな爆発と警報を聞きつけて自分の勘が当たったことを表情に出すかのようにニィと笑う。警報が鳴り響くその建物の前までマシンを近づけて、ローディッシュの外部スピーカーをオンにしてエドゥに呼びかける。

『エドゥアルド・タルコット!貴様がここにいることはわかっている。だがここは我々が取り囲んだ、無駄な抵抗はせずに出てこい。そうすれば手荒な真似はしない!』

 自分も無駄なことだとわかりつつセオリー通りに呼びかけを行う。ただ実際に取り囲んだことには変わりはない。ビストブールが出て来たところを捕らえてエドゥを引きずり出してやろうと考える。

 それを聞いてエドゥは聞こえるはずもないのに、「そんなことを言われて出ていくようなバカがどこにいるかってんだ!見てろよ…ザンダガルの力さえ侮っていたんだからな!」と挑発するように叫ぶ。

 Mk-Ⅱのキャノピーを開けてコクピットに座り込み起動用ディスクを差し込みながら電源を入れてマシンの立ち上げを行う。その間に指の関節や首をポキポキと鳴らしながら気合いを入れる。

「コンソールパネルは基本的にザンダガルと変わりがないな、助かる。新品のにおいがする…。まるであの時と同じだ。」

 そんなことをつぶやきながら徐々に徐々に操縦桿を引き推進力をあげていく。戦闘機形態のまま建物を突き破り、外への脱出を試みようという考えだった。

 そしてエンジンが温まりAGSも作動させて通信チャンネルもアルバトロスと交信ができるように合わせる。

「アルバトロス、こちらエドゥアルド・タルコットだ。ザンダガルMk-Ⅱは確保した。すぐにでもそっちに戻る!」

『エドゥか!無事にここまで戻って来いよ!ニールス達にも伝えておく、若干苦戦を強いられているらしいがコークスもどさくさに紛れて無事にトレーグスを放棄できたらしい!』

「了解だ。さてMk-Ⅱいっちょかましてやろう、最初の戦いをよ!」

 勢いよくスタートさせて壁を思い切り突き破る。そんな登場までは予期していなかったシャイダンは慌てて回避する。

(このマシン…ザンダガルに比べて軽く感じる…。随分と操作が簡易化されたのか?)

 手に伝わる感覚の違いに一瞬気持ちを向けすぎたが、問題はないはずだと言い聞かせてその場を突っ切る。

「こ、これがビストブール、なんて頑丈な…。本当に起動させてしまうとはな…。追うぞ、簡単に逃げられてはそれこそ面汚しだ!」

 Mk-Ⅱの飛んでいく方向に向けてシャイダンたちで追う。


 エドゥがマシンを強奪した頃、ラフィロのビガーズはニールスの乗るザンダガルと鉢合わせて交戦状態にあった。一進一退の攻防戦の中、すでに先ほどのテンピネスらとの戦闘でランチャーもミサイルも打ち尽くしたザンダガル、それと無茶な稼働でアクチュエーターに悲鳴を上げさせているビガーズがついに接近戦を演じるまでに至った。

 機体性能で言えばビガーズの方が本来ならば有利なほどその力は強いのだが関節から火花を散らすほどにダメージが入っているためにその七割も十分なパワーを出せてはいなかった。

「チィッ!山の上で…しかも雪という環境で普段以上に無茶をしすぎた…。まさか僕のビガーズがパワー負けするなんて!」

「これという決定打を失ってしまっては…バルカンだけでは致命傷は与えられないし、それにいつまでもザンダガルが持つわけじゃない!くらえよ!」

 ニールスはAGSの出力を上げザンダガルの体をビガーズごと浮かせて振り上げたマシンの脚で腹部を蹴り上げる。メインカメラに向けてバルカンを集中させてから地面に叩きつける。

 ラフィロはむち打ち状態になりながらもビガーズを起こす。脳みそが揺さぶられて少し意識がふらつき朦朧もうろうとする。

「グハァッ!…なんで、なんでいつも僕を邪魔するのは女なんだ!…女だと…?そう言ったのか、僕は?何を根拠に!」

 ビガーズは倒れたままザンダガルにマシンガンの弾を浴びせてひるませる。そのわずかの間に態勢を立て直してスラスターを吹かしてザンダガルのコクピットに向けてアッパーカットを決める。

 ガキィッ!

(終わった!)

 その強烈な金属音が聞こえる前にニールスは目を瞑りその衝撃に耐えようとするが体に痛みが走らない。それどころか小さな衝撃一つ起こらなかった。

 伏せていた眼を開けると、目の前には見知らぬマシンが壁となりニールスを守っていた。

「もしかして、エドゥ!?」

 その問いかけに答えるように眼前のマシンの頭部にあるコクピットから「そうだ」と言わんばかりに親指を立ててサインするエドゥの姿が見えた。

 少しノイズが入り混じった回線の中に彼の声が聞こえる。

『間一髪と言ったところか、Mk-Ⅱは無事に強奪した!はやいところこんなところからズラかるぜ!シャイダン・サルバーカインもいた。』

「ずいぶんと遅かったじゃないかエドゥ!アルバトロスが心配だ…。」

 Mk-Ⅱはビガーズをぐいと押しのけてトレーグスを指さしエドゥはニールスに指示を出す。

『アルバトロスは予定していた合流ポイントまで引き下がっている。セカンド・ヘッズがまだ取り囲んでいるらしいからトレーグスを引き連れて合流してくれ。もう弾は残り少ないんだろう?あとは俺が食い止める!』

 ニールスはそれに従いエドゥを援護しながら遠くに離れていく。トレーグス二機も下駄をスキー板のように扱い斜面を滑り降りる。


「アレはビガーズと…ビストブール!あんな状態では不利に決まっている、さがれラフィロ!」

 ローディッシュで追いついたシャイダンはボロボロになったビガーズを見てラフィロを止めようとする。

『馬鹿にするなよ!ビストブールがアテンブールより高性能だからってビガーズのパワーの前では…!」

 ラフィロがMk-Ⅱに挑もうとしたときついに悲鳴を上げていたマシンの腕の関節が強制停止をかける。シャイダンはすぐさま駆け寄りMk-Ⅱに攻撃される前にビガーズを引き戻させる。

「だから無茶だと言ったんだ…。手負いのマシンを抱えたままで私だって戦えない…!今は引け!」

『クソッ…、クソォ!』

 仕方がなくシャイダンの言うとおりに後退をする。が、それがラフィロにさらなるエドゥに対する憎しみを促進させた。

 ローディッシュとMk-Ⅱがにらみ合う。微妙な間合いを取られたエドゥは逃げようにも逃げられなかった。ローディッシュ・パンターその見かけによらない俊敏さを知っていたからだった。上空へ飛ぼうにもワンアクションを挟んだその隙に近づかれてやられる姿が想像できた。

(両肩についているこのガンがそれほどの威力を発揮するのか…。試してみるほかない!)

 シャイダンもローディッシュを構えさせてMk-Ⅱとの間を維持する。両肩に取り付けられたガンがガチャンとローディッシュを向き、エドゥがファイヤートリガーを引くとザンダガルのマシンガンをもう少し強力にしたような機関砲が放たれた。

 だがその程度で装甲を貫かれるローディッシュではなかったが、ついその一瞬だけ先読みできぬその武器の脅威に怯み、動きが遅れたシャイダンにエドゥが再度の攻撃を仕掛ける。

 他に攻撃はないかと探し、備え付けの強力なグレネードを腰から外して投げつける。効果範囲もわからずに使用したために両者は爆風に吹き飛ばされて詰めていた間合いが随分と遠ざかる。

 そこが最後のチャンスだとばかりにエドゥはMk-Ⅱを変形させてアルバトロスとの合流ポイントへと急ぐ。

 残されたシャイダンはたった十数時間の間に起ったことを思いだしながら自分自身に苦笑する。

「またエドゥアルド・タルコットに…か。」

 コクピットのハッチを開けて外の冷気が急に体を凍えさせる。が、今の自分にはそれがお似合いだと悲観的になる。


「…エドゥの話からするとザンダガル、いやアテンブール以上にMk-Ⅱことビストブールは扱いやすくなっているということか?」

 アルバトロスはエドゥらの回収後すぐさまテフロス周辺からの脱出をはかり、追撃部隊を撒いた。その行動の速さにシャイダンは舌を巻き、さらに被害の大きさからこれ以上の損害は出せまいと撤退を余儀なくされる。

「あぁ、そうらしいな。小型AGSの微調整をマニュアルで操作しないといけなかったアテンブールに対してこいつはコンピュータ制御が効いている、だからエドゥがコイツに違和感を感じたんだとは思う…。グリースめこれをわざわざ教えなかったのはなんだなんだ一体?」

 ジュネスの言葉にエドゥはうなずき答える。

「どうもね、ザンダガルで慣れちまうとこう…簡単には言えないが肌には合わないみたいだ。なんだか操作感が軽すぎる。多分グリース・クリスタリアは試したんだろうな。コクピットを頭部に移している分変形機構の複雑さは解消された所はかなりポイント高いんだけれどもね。」

「なんにせよ慣れていってもらうしかないかな、その違和感を払拭している時間を敵が待ってなぞくれんだろうからな。」

 バーナードもそう締めくくろうとしたときにニールスが手をあげる。

「艦長、ボクにやらせてはくれないかな?この中であのタイプを動かしたことのある人間は少ないんだ、その中でも経験値はある。まぁ、ザンダガルの細かい操作では十分に動かせないけれども、でもそれが簡略化されているMk-Ⅱなら話は別だ。それに今は戦力が少しでも多く必要なんだろう?」

 ジュネスもそりゃ良い!と手を合わせる。バーナードもエドゥも周りのクルー全員がうんうんと納得がいく。

「シューターのパイロットはまた別の人を回すとしよう。これで万全の態勢は整ったな…。しかし、この戦いで得たモノに対して払った犠牲も大きいな…。」

 Mk-Ⅱを見上げながらボソリとつぶやいたバーナードの言葉に、誰もが自然と消えていった戦士を弔うように目を瞑る。


 だが、こうして新たなる戦力を迎えたアルバトロスは船体に積もった雪を振り落としながらゆっくりとシッチリー山脈を越えて新たな戦地に赴いていく。

 ただひたすらに…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る