第18話マウンテンチェイン

 統括軍の意思に反して生きる人々は強いのか。その逆に、それに従い生きていく人々を弱いと言えようか。根本的に弱い人間などいるわけがない。

 宇宙から見ればそのようなことは実に小さいことだろうとは思う。だがしかし、現実で起きていることはそのちっぽけな視線から見えていることだということもまた忘れてはならない。


 ザンダガルがついにクリスタリアカンパニーの力を借りてパワーアップした。さらにコークス・クリスタリアまでもがアルバトロスに同乗し、グリース・クリスタリアはビストブール、すなわちザンダガルMk-Ⅱのための起動ディスクを用意してくれた。そう、すべてはテフロスの工場へと侵入するために…。そんな見送りを背にアルバトロスはシャイダン・サルバーカインとセカンド・ヘッズの待ち受けるシッチリー山脈へと向かう。


「あーぁ、やってらんねぇぜ全く。」

「そんなに極寒の地で戦闘がやりたけりゃえらい人たちだけでやればいいんだよ。」

「クソッたれ。いつまで待たせる気だ!」

 数々の愚痴がテフロス基地工場内でこぼれる。

 アルバトロスがなかなか姿を現わさぬことが思った以上に統括軍内の士気を乱す結果となった。いつ来るかもわからぬ敵を待ち続ける事、メンタル面およびフィジカル面に相当のダメージを与えることに加え、そのような作戦に参加させる上の意向に納得できないと思う兵がそのわずか十日の中で増えていった。それに三千メートルを超すクラスの山々が連ねるこの山脈は凍えるように寒く、普段砂漠の中で過ごす者たちにとってその環境は過酷そのものだった。

「ついにアルバトロスは来なかったな、私も途中その姿を見逃していなければよかったのだが。」

「いや、仕方がないさ。奴らだってバカじゃないさ、僕たちの動き位はある程度呼んでいるんだろう。相手の作戦勝ちさ。ただ猶予を僕たちに与えたのは間違いだったようだな…。ビストブールの方はついに動かすことは出来なかったが、バッツェブール、アレはデータの移し替えだけで起動したよ。いつでも出られる。」

 ラフィロのその行動の速さに心の中で感心するが図に乗られるのを嫌って面には出さない。

「どちらにせよ急ぎとはいえ起動用ディスクキーを渡しそびれたメーカー側にはきっちりと文句をつけねばなるまい?それによって作戦に支障をきたせばなおのことだ。」

「それはいい。いつだってできる。それよりもアルバトロスらしき船影が動き出したらしい。テンピネス中佐の部隊を敷いている。が、現場も多分長く待たされてイライラしてるだろうし、おそらく心許ないからセカンド・ヘッズを回してケツでも叩いてくれ。」

「僕たちにそう命令できるのは将軍だけだが、今回ばかりはここの指揮官殿に従おう。ラフィロ・デ・ポルタ大佐、以下セカンド・ヘッズ出撃させていただきます!バッツェブール、貸してただくよ?中将。」

「…いやまて、量産型とはいえこいつは貴重な最新機だ…。いくら腕に自信があるとはいえ訓練もなしに、その上あのアテンブールと戦うなんてのは無理だ。」

 シャイダンは事実を述べた。実際にビストブールが動かせられないことに焦りも感じているからこそ現状を客観的にみているのだ。しかし、そうもはっきり言われたことにラフィロもムキになる。

「舐めてもらっちゃ困るな、僕らはファイブ・ヘッズだ。」

 自分の経歴があるからこその自身であって驕りではない、ラフィロはそう信じていた。

「データを見る限りじゃ、バッツェブールの方がアルバトロスなんかよりもカタログスペックは上だよ。それにそのエドゥというパイロット。シャイダンとサシで戦って引けを取るような相手だろ?甘くなんて考えてはいないさ。改めて出撃させてもらう。」

 そういってラフィロは敬礼を解いてマントを翻しながら歩いていく。シャイダンはそれを軽い敬礼だけで済まして見送ることなく作戦指揮に移るべく司令室へと戻る。

「使い慣れてもいないマシンで出たところで何ができるか…。」


 シッチリー山脈の中腹を越えた位置、つまり山脈の玄関口と呼ばれる観測所がある位置まで登ってくると地上とは大きく異なり積雪の様子が見られる。AGSで動く陸艇やザンダガルなどのマシンはまだしも、普通のギルガマシンではどうにも砂漠以上に足を取られる。

 そのため雪下駄なるものをマシンに履かせて、足の裏にめぐらされたスパイクで雪を踏み抜き安定させる。車のタイヤにチェーンを履かせるようなものだ。しかしそれでもこの過酷な山道において滑落するマシンが絶えないというのはもはや言うまでもないだろう。マシンの重量に耐え切れなくなり氷塊が崩れ、クレバスにそのまま落ち行くマシンもまた多い。

 雪山で遭難し、そのまま何千年と掛け冷凍ミイラとなるアイスマンがいれば、何年、何十年とその装甲を錆び付かせぬまま動かぬアイスマシンも少し探ればそこら中にあると言われている。無論その中のパイロットは生きているはずもない。

 そんな中をアルバトロスはエンジンをガフッ…ガフッ…と鳴らし道なき雪道を進んでいた。ただ上りの急なこの道を構わず進んでいけるほどポテンシャルは高くなかった。

「アルバトロスでさえこれを越すのが精いっぱいといったところか…。うう、寒ィ…。こんなところで無闇に戦闘なんかしてみろ、下手すりゃ真っ逆さまだ…。」

 エドゥは両腕で体を包みながら震わせ、唇を紫色に染める。

「間違いない…。しっかし寒いなぁ…。防寒具の類ってこの艦にはほとんどないからなぁ…これまででこんな場所にいたことがまず稀だよ。ギルガマシンのコクピット内の方がまだあったけぇや。」

 標高が上がるにつれて寒さと空気の薄さがクルーの体調に変化を及ぼしていく。

 誰かれもここまで寒い地域に身を運んだことの無い面々ばかりだからアルバトロスに暖を取るようなものが用意されていなかった。

「だが条件としてはあちらさんも一緒だ。大きく異なると言ったら我々より上に陣を構えているということかな。」

 バーナードも滅入ったような表情を見せつつ警戒態勢を解かないように口の中をギリリ…と噛む。

「それが一番大きいんですよ。狙い撃ちされて一貫の終わりにならなきゃいいですが。」

「言うなよ、まぁ先鋒として出すのがトレーグスとかなんだから少しの間だけでも敵を欺いて時間稼ぎは出来るはずさ。もう警戒態勢には入っているだろうしそろそろ準備頼むよ。」

 手をさすりながら気休めに体を温めようとするが動いていない状態では本当にどうしようもないほどに震え上がる。

 先鋒隊のトレーグスを出撃させて軽く様子を見つつアルバトロスは観測所から少しでも遠く、また侵入しやすいルートを模索しながら進行する。

 本当はもっと大きく回り込んでからの奇襲と行きたいところではあるが、アルバトロスほどの巨大な陸艇が通れるルートは限られてくる。

 それに、

「しっかし、統括軍のナビってのはつくづく厄介だよなぁ!軍用正規ルート以外に識別しようとしないんだ、そんなところ通ったら狙い撃ちされて死ぬってェの!」

「そりゃ、俺たちがよく証明してるじゃないか。強奪されても軍用のルートしかないんだからほかに検索のしようがなくてこういうところで困る、ってさ。」

 と、いった風にアルバトロスのデータバンクに入っているマップは統括軍のルートしか表示されないために他の安全な道を知る由もない。むやみやたらに行けばうっかりぽっかりオシャカになってしまう。

「何はともあれトレーグスの時間稼ぎでどれだけ持つのかということですね。相手方にトレーグスタイプのマシンがいなければ一巻の終わりですよ。」

「必ずしもこんな作戦がうまくいくとは思ってはいないよ、ほんの少しでも違和感程度に感じるズレが生じればいい。」

 しかし、本当に当ては外れる。シッチリーにはトレーグスタイプはおろか、トループ・レスロッドタイプさえいなかった。


『艦長、バレました!奴ら基本的にウィリーガーで揃えています!いま、アルバトロスの方へと向かっています、雪上での移動速度がトレーグスじゃ追いつけません!失敗しました、すいません!』

 案の定、先鋒部隊は敵を欺くことは出来ずに、またアルバトロスの位置を知らせる結果となってしまった。

「当て外れか…。仕方がない、トレーグス隊はす隙を見計らって撤退だ!死ぬなよ!バルーンを放て、そのままジャミング装置を働かせろ。」

 ただ、アルバトロスにウィリーガーほどの雪上起動力を持つマシンがない。

「出せるマシンは?」

「こうなりゃ、ザンダガルしか出せやしませんよ…。レスロッドでも二分と持ちやしません!」

「いや、おやっさんが言うには最終調整が終わっていないみたいだ、まだ出せない…、アルバトロスは速度を少し上げつつこのまま正規ルートに突入する。回り道が無駄ならばどうせ同じだ。マシン各機のゲタについてるスパイクを外させて背中に補助パックをつけさせろ。」

 スパイクを外して補助パックをつけるとスキーやスケートの要領でマシンを操ることができる。

 その反面、所詮補助パック程度のガスはすぐに底を尽きる。苦肉の策ともいえよう。

「滑らせるんですか?三つならばすぐにでも用意できますが、レスロッドですよ?」

「三つも使えるマシンがあるのならば十分だ。連中にスキーの経験がどれほどあるかは知らないがとにかく急を要する。やってもらわねばならん!」

「艦長、ボクらはどうすればいい?」

「ニールスとエドゥ、それにサミエルは各砲座を頼む!まだザンダガルを出すには早い!サキガケ、もう少しの辛抱だ!」

『了解だ、艦長。ここはまだ粘れるぜ。』

 ニールスはその状況を読み取ってエドゥとサミエルに告げる。

「分かった!エドゥ、サミエル。左舷砲座に行こう、あそこは人手が足りない!」

「「よし来た!」」

 ニールス、エドゥ、サミエルの三名は対空砲座まで走る。作戦上テフロスに着くまでにある程度の戦力の温存をしなければならない。そのため第三陣である彼らは大気という形を足らねばならなかった。

 パックの換装を急いで準備させる中でコークスがバーナードに意見する。

「艦長さんよ、忘れてもらっちゃ困るぜ。現状使えるマシンは四つだ。アッシェンサースも入れてもらいたいものだね。」


「アルバトロスめ、抜かったな!所属ギルガマシンがどんなものなのかなんてわかり切っているのにトレーグスなんぞ出すとはな!やっとお出ましだ、手厚く歓迎してやれ。行くぞ!」

 テンピネスは自身のシャクトショルダーで先陣を切ってアルバトロスに迫る、ただその異常なスピードに体が大きく振られる。

 ローラーでの起動というものはホバー移動ほどではないにしろ、やはりバイペッド二足歩行タイプのギルガマシンには安定を取りにくいものとなっていた。特に平地ではなく急な斜面でそれを活用せねばならぬから余計にだ。

『隊長!アルバトロスをキャッチはしましたがアテンブールの奴はまだ出ていないようですぜ…!』

 ザンダガルの出撃が見られないからこそテンピネスには都合が良かった。いまそれと戦えば確実に落とされる。と、そう考えているからだ。さらに彼の中でもこの過酷なバトルフィールドで拳を交えるというのは相当に辛いものがある。だんだんと環境に体が適応してきたとはいえ、寒さにはそう簡単に打ち勝てるものでは無かった。

「大きな敵はアルバトロスであってアテンブールではない。それにセカンド・ヘッズとやらが俺たちのバックについている。全力でぶつかって帰るぞ、お前ら!」

『『『了解ラジャ―』』』


 結局トレーグスが戻ってくる前にテンピネス達の部隊がアルバトロスに近づくのが見えた。バーナードも予定より早いことに辛酸をなめつつも第二陣の準備を急がせる。

 レスロッド三機とアッシェンサースの出撃態勢を整わせながら、アルバトロスに残っていたトレーグスにゴーヴを搭乗させてロングハンドランチャーを持たせ、迫るギルガマシンに先制攻撃をかます。

「来るならさっさと来い!少しでも寒さの気がまぎれらぁ!」

『来ます!』

 ドォッ!

 ランチャーが火を噴いて殿しんがりを務めるウィリーガーのすぐ近くに着弾して雪の塊を弾けさせる。

「惜しい、あれじゃ一機も落とせていない…。次!」

 素早く次弾装填を急ぎ距離とスピードに合わせて二発目の照準を合わせる。

「な、なんだ!?アルバトロスの主砲が撃たれたようには見えなかったぞ!」

 テンピネスはランチャーの脅威に驚く。それがまさかギルガマシンによって放たれたものとは思いもよらなかった。望遠カメラを向けるがぼやけてしまいはっきりと確認できぬままに次発弾が飛んでくるのを見る。

「ち、散れぇ!」

 その狙撃の正確さを信じてマシンを散り散りにさせる、が逃げ遅れた一機が爆発の炎に飲み込まれてリタイアする。

「チィッ…ケニーがやられたか…!仕方がない、直接攻撃をかけに行くぞ!死んでも弾ァ避けろ!」

 号令をかけてからテンピネスは猛スピードでアルバトロスの横っ腹に迫ってくる。

『ゴーヴ機が一機撃破しました!残るは未確認機一機と、ウィリーガータイプが三機ですね…。それ以上の敵影は確認できませんがこれだけではないと思います。』

『聞いた通りだ、これで五分五分。奴らの後方にまだ援護が来るやもしれん。アッシェンサースとレスロッドは短時間で奴らを片付けろ。』

「了解!サキガケはアッシェンサースで出るぞ、後続遅れるな!パックのリミットは持って15分がいいところだ、必中必殺で攻めるぞ!」

 クンッ…ガキィッ!

 サキガケの乗るアッシェンサースがAGSの出力を上げてアルバトロスから降り立ち、シャクトショルダーに突進をかます。それを確認してから下駄を履いたレスロッドも補助パックのエンジンをふかしながらレスロッド自体のエンジンを全開にしてアッシェンサースの後に続く。

 テンピネスは後方からくるレスロッドが自分たちと同じように斜面を滑りながら向かってくることにも驚きは隠せなかったが、何より「し、新型だとォ!?」とアッシェンサースの姿を見てより一層驚愕した。

「まだアテンブールを出してこないのか、奴らは…!随分と舐められたものだな!そんなロートル機でシャクトショルダーに挑もうなんて!」

 シャクトショルダーは腕に備えたグレネードをボンッと弾き出し、その爆発で雪を煙立たせてから目くらましがわりに使い一気に接近をする。一瞬でレスロッドのパイロットはその姿を見失い、隙をついてシャクトショルダーの肩に固められたアーマーでタックルを掛けられて大きく後ろに転倒する。

「パワーが違いすぎる、この新型!重ギルガマシンか…!」

「そんなへなちょこマシンと比べるのかっ!貴様ァ!」

 倒されたレスロッドはシャクトショルダーに覆われる前にパックを思い切り吹かせて緊急脱出を試みる。そのためシャクトショルダーはズデンと倒れこみアッシェンサースのマシンガンで狙いを定める。

 がしかしテンピネスもめい一杯に操縦桿を引き、わずかなところで被弾を回避する。

「クソ、運がいいな…。ズシア!右横からウィリーガーが来るぞ!しゃがんでから撃て!」

 サキガケも第二陣のリーダーとして指揮を執りながらテンピネス達と交戦する。

 テンピネスも踏ん張りどころだとして斜面を利用してマシンを転がせながら素早く起こし、ローラーを回転させて再びレスロッドに迫る。

「そう何度も同じ手を食って堪るか!」

 レスロッドに乗るパイロットはそう叫びながら補助パックの出力を最大にふかしてジャンプし、シャクトショルダーの頭部に思い切り蹴りを食らわせる。だがそれをシャクトショルダーは受け止めて地面に叩きつける。

「甘いな!だからカタログスペックの違いをなめるな!誰か止めをさせ!」

 バウッ…ズダン!

 地面に叩きつけられたレスロッドからパイロットは脱出し、そのままマシンは破壊される。

「レスロッドが一機やられました…。艦長!」

「仕方がない…あの補助パックもどうせ持ってあと二、三分てところだ…。ザンダガル発進準備急げ!アッシェンサースの援護に回るんだ!相手は手ごわい!」

「レーダーでテフロスが見えてきました!持ちこたえてください!」

 マップ上にチカチカと点滅を繰り返しながらテフロスがあることをそこには示していた。ただしその点滅するところからもギルガマシンが出撃しているというのが見えた。


「ザンダガル発進準備オーケーだ、いつでも行けるぜ。」

『悪いないつもいつも、敵は素早いから十分に引き付けて倒してくれ。これ以上戦力を削られたくはない。』

「なぁに、任せろってんだ。先鋒部隊のご帰還だ、どうやらアレに追いつかれるほど立ち往生していたらしいな…。突破口を開く!」

 ザンダガルのエンジンをフルスロットルまで上げて出撃させる。

「フルアーマー・ザンダガル出るぞ!」

 ビンセントとクリスタリアカンパニーが共同で改装しあげた全載せ《フルアーマー》ザンダガルが空高く飛びあがる。


 ビュウとザンダガルが戦場に出たとき、ウィリーガーのレーダーにそれが反応する。

『隊長、このシグナル…。例のギルガマシンだ!』

「ついに来たか…憎きアテンブール…。この雪上に冷たい冷たい墓標を築いてやる…!全機上空に来るアテンブールに集中砲火を浴びせろ!」

 各機レスロッドの相手をやめてザンダガルに向けてその銃口を向ける。

「んなろぅ、舐めやがって!動けるレスロッドはウィリーガーとマシンXの脚を狙ってやれ、少しでもこっちに集中を向けたらァ!」

 サキガケのアッシェンサースも補助パックのエネルギー切れを起こしたマシンもウィリーガーやシャクトショルダーにありったけの弾を打ち込む。ザンダガルに向ける狙いもそれによって大きく反れ、エドゥは地上のウィリーガーに狙いを定めながら肩部キャノンを放つ。

「地上の撃つ弾がザンダガルにあたるものかよ!でぁぁぁッ!」

 ザンダガルをギルガマシンの形態に解いてレスロッドの前方に立ちウィリーガーの攻撃から守る。

『エドゥ!遅かったじゃねぇか!もっと早く来てくれても良かったんだぜ!』

「すまない、最終調整に時間がかかったみたいだ。ここは俺に任せてアルバトロスに戻って補給を受けろ、艦の上から援護を頼む。」

 レスロッドはスキーを滑るようにしてアルバトロスへと帰艦していく。

 それと代わるようにサキガケのアッシェンサースがエドゥの背後を守る。

『やっぱりもう少し早く始末したほうがよかったか?』

「できればな、だがここまで敵が強ければ仕方がない。ランチャーを使う、残っている味方機は射線上から離れろ!」

『了解。』

 ザンダガルは背中に担いでいたロングハンドランチャーを手に持ち替えて撃鉄を引く。

 エドゥはマシンの脚を雪の中に埋めてからグゥと腰を落とす。ザンダガルが動きにくなったと油断してテンピネス達は一気に攻め込もうとマシンを走らせながら弾を撃つ。だがそれにあたることも気にせずにエドゥは神経を集中させる。

(ゴーヴほどの才能はないが…。)

「当たってくれ、ええいままよ!」

 トリガーを思いっきり引いて弾を撃ち出す。

 その瞬間にテンピネスは先ほどの情景が頭をよぎる。

「避けろ!」と叫んだ時にはすでに遅く、自身の反射神経とシャクトショルダーの反応スピードが相まってランチャーの攻撃を避けることは出来た。

 だが問題はその後ろにいたウィリーガーだった。二機が同時に並行でザンダガルに攻撃をかけようとしていたがために、着弾したときに同じタイミングで爆発する。一つは半壊に終わるがそれでも致命傷。もう一つは木っ端みじんというのがふさわしいだろう。燃えた金属が雪を溶かして行く。

 アッシェンサースに攻撃を加えようとしていた方のウィリーガーもその派手な攻撃に思わずたじろいでしまい、そこをつけこまれてサキガケに間合いを取られ強烈な一撃を与えられる。

「さ、さっきのはあの攻撃だったのか…!ば…化け物だ、あのマシンは!」

 一気に形勢をひっくり返されたテンピネスはその動揺を隠そうともしなかった。次にアレをお見舞いされるのは自分だ、と。そうしか頭をよぎるものはなかった。


「あちゃまぁ、ちょっと遅かったみたいだ…。残っているのはテンピネス中佐だけかな?」

 バッツェブールで向かってきたセカンド・ヘッズのリーダー、ラフィロはその惨状を見てオーバーに顔を押さえる。

 完成したばかりのバッツェブール数機で編隊を組みながらの完熟飛行のついでに上空からのテンピネスへの支援をと考えていたが目下にある戦場では二機のマシンに挟み撃ちに合うシャクトショルダーの姿だった。

「あれが噂のアテンブール…。このバッツェブールとビストブールの試作機か…聞いてたのより随分と武装を増やしているけれども。テンピネス中佐、ここは我々に任してテフロスまで引きなさい。」

『セカンド・ヘッズ…ラフィロ大佐か…。すまない、ここは退却させてもらう。貴公らのご武運を!』

 テンピネスはまたもやザンダガルに勝てなかった情けなさを胸に抱きながらアッシェンサースの攻撃を回避しつつテフロスへと後退していく。

「これでシャイダンに貸しができたね、さぁて敵の実力はいかに?」

 戦線を引き受けたラフィロはじっくりとザンダガルを観察しながら攻撃のタイミングを見計らい急降下し、ミサイルを放つ。

 エドゥとサキガケはそれをレーダーですぐさまキャッチしてバックする。

 テンピネスもバッツェブールのお出ましに多少気が休まる。

『ザンダガルみたいな戦闘機がそぞろと来たぜ、アレがバッツェブールか!』

「そうらしい、アルバトロス!対空準備だ、バッツェブールの編隊がそっちにもいくかもしれない!」

 エドゥの通信を受けてコークスが答える。

「大量生産品としてザンダガル以上にローコストマシンではあるがその分スピードは十分に速い。地上からの攻撃では不利かもしれん!エドゥ、飛べ!』

「よし分かった!アルバトロス、俺には当ててくれるなよ…。サキガケ、地上から狙えるだけのマシンを落してくれ!」

 ザンダガルは地面を思い切り蹴り上げてAGSの出力をあげながらエンジンを吹かして変形する。バッツェブールと一瞬すれ違ったが、そこから極力小回りに旋回をしてケツを取る。同じようなスピードでついていきながらロックをかける。しかし相手は流石のファイブ・ヘッズ。失速しない程度に急に速度を落として今度はザンダガルの後方に回るように機体を操る。

「野郎…、慣れてやがる。この動きそこらの兵士じゃねぇ。だがザンダガルに慣れているのはこちらだ!」

 後方に向けてミサイルを放ちながら変形を解いて振り向く。するとミサイルを避けたことに安心しきって、その突然の行動を先読みできずに驚き、思わず上昇して避けてしまう。真上に上がったマシンにミサイルをお見舞いして破壊する。

「しまった!アテンブールに…!あぁ!」

 断末魔を上げながら業火とともに消え去っていく。


「さすが巧みに使いこなしているだけはあるな、エドゥアルドとやら。シャイダンがご執心するのも無理はない…。アテンブールタイプの変形機構を上手く自分のモノにしている。だが!」

 ラフィロも変形を解いて反転し、ザンダガルにアタックをかます。

 ガキィンと金属同士のぶつかりあう音を空の上で奏でながら地上から離れたはるか上空でザンダガルと組みあう。

「君やミラージがいるとシャイダンは余計に僕に目を向けてくれないからね…ここで死んでもらう!」

「なんだ…コイツ!勝手なァ!」

 一度両者は距離を取って互いにその間合いを測る。どちらかが動かねば一生そのままかのように感じられるほど、その空気はひっ迫していた。

 下でのアルバトロスの主砲が音を立てたと同時に再び機体同士をぶつけ合い、組みあう。マシン同士でにらみ合いをきかせながら足技に持ち込もうとするがどちらとも上手く決まらない。

 距離をとらんとして振りほどこうにもラフィロがその手を離そうとしないためにエドゥは埒が明かないと思い、組みあった手をパワー任せに思い切りひねりながらザンダガルはバッツェブールから引きはがそうとする。メキメキとシリンダーが何本か折れるような激しい音が集音機越しに聞こえたためにエドゥ、ラフィロ両名は焦る。が、パワー負けしていたのはラフィロの乗るバッツェブールの方だった。

 油圧シリンダーが完全にイかれ、オイルが飛び散る。ザンダガルのメインカメラにもキャノピーにもオイルはべっとりとかかったが、バキバキ…と最後までへし折り力が加わらなくなった両腕を離す。

「量産型ならば所詮は廉価版ということか!クリスタリアめ!」

 ラフィロはだらんとタレ下げたバッツェブールの腕を見ながら悔しさに歯を食いしばる。

「ほかのマシンは!?」

 エドゥは周りの状況を瞬時に確認しようとするもオイルのせいでうまく視界を確保することができずにレーダーだけでアルバトロスの周りを検索する。

 アルバトロスは予想よりも苦戦していないことを知り、胸を撫で下ろす。

 バッツェブールのピーキーさがセカンド・ヘッズのパイロットたちを振り回していた。

「ざまあない、なれないマシンを使うからだ。」

 ラフィロはシャイダンがザンダガルの実力を買っているということをマシンを実際に操ってみて理解する。

(ここは一時撤退が吉か…。だが!)

「バッツェブール全機、空中戦はまだ不利だ!変形してアルバトロスを叩け!少し足止めを食らわせたらすぐにテフロス工場まで戻るぞ!」

『しかしよ、隊長!』

「つべこべ言うんじゃない!我々は今シャイダン・サルバーカイン少将の命を受けて戦っているんだ!戦力をいたずらに削るようなことがあってはならん。」

『りょ、了解です!』

 ラフィロ自身は戦場から身を引きつつアルバトロスの戦力を確認する。

 バッツェブールの攻撃をアルバトロスの対空で何とか守っているだけの状況が目の前に見える。しかしラフィロにとっての問題はザンダガルの方である。

「…まさかこの程度のギルガマシンしか持っていない奴らにセカンド・ヘッズがやられるとは…。面汚しだと笑われてしまう…!よし、撤退だ。テフロスならばあそこまで自在に空中戦ができないはずだ…!我々もいつものマシンで改めて挑む。」

 そう支持を出しながら敵に背中を見せる自分が情けなく、あまりにも無残だとほぞを噛む。背中に鉛を乗せたように感じながらテフロスへ向けてバッツェブールのエンジンをグゥと吹かせる。

 他のバッツェブールもザンダガルに果敢に挑もうとするが軽くいなされながら撃墜にあい、それを見てか、ラフィロと同じく撤退をする。


『撤退したか…。エドゥ助かったぜ。』

「あぁ、だが奴らバッツェブールに搭乗するのはおそらく初めてだろう?なのに編隊飛行と近接戦闘に長けていた。相当熟練なパイロットだ…。テフロスではこうも上手くはいかないかもしれない。」

『だからと言って弱音を吐いてちゃあ先へは進めないぜ、エドゥ。』

「分かっている、アルバトロス着艦許可を頼む。一度ザンダガルも補給を受ける!」

 アッシェンサースもザンダガルも戦場からバッツェブールがいなくなるのを確認すると、彼らもアルバトロスへと戻っていく。

 アルバトロスもついにテフロス砲兵工廠までの道のりをあと一歩というところまで迫っていた。

 そこに待つのは新型ギルガマシン・ビストブールことザンダガルMk-Ⅱとシャイダン、ラフィロ、テンピネスたち統括軍だ…。

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