第17話ブラザーズ

 統括軍の意思に反して生きる人々は強いのか。その逆に、それに従い生きていく人々を弱いと言えようか。根本的に弱い人間などいるわけがない。

 宇宙から見ればそのようなことは実に小さいことだろうとは思う。だがしかし、現実で起きていることはそのちっぽけな視線から見えていることだということもまた忘れてはならない。


 カンパニーを目指す一行の前に立ちふさがったギルガマシンに乗っていたのは他でもない、クリスタリアカンパニーの人間だった。まるでエドゥの実力を試すかの如く猛攻を迫るそのマシンを意地で伏せとどめを刺さんとするときにグリース・クリスタリアによる制止が入る。そして、そのグリースに従うままにザンダガルとアルバトロスはついに目的地、クリスタリアカンパニーへといざなわれる。


 アルバトロスは徐行しながらクリスタリアカンパニーの隠しドックと呼ばれる場所へと侵入していく。

 普段統括軍用に設けているドックとは異なり軍には秘密裏に顧客をつかむため使用するものだそうだ。

「こんな大きな船まで隠せるようなドックを持っているとは、なにやら訳ありだと勘ぐってしまいそうだよ、社長。罠ではないよな?」

 少し疑うようなそのバーナードの言い方にアルバトロスに同乗するグリースはさぞ可笑しそうに笑う。

「私がこの船に乗っているのは自身の身を人質にしてまでだと言うことだ。それにそんな無粋なことはしないよ艦長。」

「統括軍に黙って我々に支援を企む、そういったやり方はあなたの中では無粋ではないと言うことかな?」

「ハハハハハ!言ってくれるな、私だって明日のわが身を案じて君たちに手を貸すまでだよ。」

 表面上ではあたかも楽しげに話す二人ではあるが、そこには壮絶な空中戦が行われているように思えた

 そんな二人を尻目に見て特に異質だと受け取ったルトとニールスがコソコソと喋る。

「なんかあそこの空気だけ妙にアダルティックな感じがするわね…。」

「腹の探り合いだね…なに考えているのかわからない大人が増えたみたいな感じだ…。」

 ニールスの返答にルトは右手で頬をつきながらふぅん…と言わんばかりに異様な空気を放つ二人の大人たちの後姿を拝む。

「まぁ、本当に私たちに支援をしてくれるというのならもう少し気のおけないような間柄でいたいわね。ね、キャップ?」

「そうだな、実際に我々を、というかエドゥを殺しにかかっていたのは事実だろう?」

 一番問うておきたかったことを包み隠さずにバーナードはグリースに聞く。

 訪ねられた本人も少しばかり眉をひそめながら、しかししっかりと本音で話す。

「あれだけしなければ彼の操るアテンブールの真の実力が見られないと思ってね…。というのが半分本音で半分建前だ。もう半分の本音としては、コークスは手加減をしらない男でね。多分アテンブールのパイロットの腕がなければ本気で殺していただろうね。」

 それを聞いてその場の空気がゾォッと氷るように感じた。

 グリースがさも当たり前かのように言うことも怖いのだがバーナードが「そりゃそうだ!」と手をついて笑っていることもまた恐ろしい。

「む、無茶よね…相手の実力を推し量るにしては…。」

 誰も何も言えない状態でルトが突っ込みを入れたのがせめてもの空気を変える良い機転だった。


 無傷で帰ってきたザンダガルを目の前にしてエドゥは腕を組み、仁王立ちしながら少し納得のいかない様子でいた。

 ザンダガルの整備をしようとやって来たビンセントとジュネスはそのエドゥの様子を見て顔を合わせる。

「どうした、エドゥ…。なんか不満がありそうな顔じゃないか。」

「そうじゃぞ、それに今から整備に取り掛からねばならんのじゃし、そこにおられるとただただ邪魔じゃ。」

 二人の声に反応して「ああ…。」と声を出しながらスッと避ける。

 ただその元気のない様にさすがに違和感を感じたビンセントがエドゥに聞く。

「どうした?珍しくおセンチなんかになりよってお前さんらしくもない。」

 聞かれたからには答えんとしてエドゥも口を開く。

「あのマシン、前に戦ったウィリーガーと比べてダンチに動きが速かった。おやっさんたちに強化されたこのザンダガルでさえも少し反応に遅れた部分があってさ…。いくらいいマシンだったとしても、いくらいいパイロットが乗っていたとしてもいずれ遅れをとるときが来るんだなぁと思ってさ。」

 それを聞いてビンセントはエドゥの頭を小突く。

「そんな分かりきったことで悩んどったのかこの阿呆め。お前さんのいうその遅れをとっておるのなら少し強化しただけのザンダガルなんて奴の目ではないわ。それに貴様のパイロットとしての腕、技量、それは自分自身が一番わかっておろうに。例えばゴーヴなんかが乗っておればザンダガルが無傷で済むはずもない。普段から勝気なくせしてどうしてたまにこう面倒な悩みを持つんじゃ、うちの若い衆は!」

 ビンセントの叱咤にジュネスが便乗する。

「そうだ、エドゥ!俺たちが一生懸命備えているマシンに乗ってんだ!それを信頼してなくってどうするってんだ、バッキャロウめ!」

「お前も人の事故と言えんほどに神経質な面があるじゃろ、ジュネス!」

「は、はいぃ!」

 そのやり取りを見ながらエドゥはついフッと笑ってしまった。

 そんなことで悩んでいることが自身の増長の表れなのかもしれないとも思えてしまうほどにバカバカしいと。

「確かにおやっさんとジュネスの言うとおりだ。現に俺はあの時の戦いに勝ったし、生きている。死ねば負けだが生きている。それだけで十分だよな。」

 ビンセントもにやりと笑いながら言う。

「それにザンダガルにはまだ完璧なパワーアップを施したわけではないぞ…、ここからさらに推進力と火力とを増すことになっておる…。つまりザンダガル・カスタムといったところかの。フフフ…。」

「そうだそうだ、エドゥ。ありゃただの小手調べにすぎん!俺たちのテストで奴は負けたんだ!笑え笑え!ハッハッハッハッハ!」

「そりゃ違いねぇや!ハッハッハッハッハ!それこそあのギルガマシンなんて目じゃねぇな!ダッハッハッハッハッ!」

 三人の高笑いの中にツンと冷えた声が聞こえる。

「悪かったね、我々のアッシェンサースが目じゃなくて…。」

 エドゥたちがその声に驚き、笑うのをやめ後ろを振り向くとグリースやバーナード、それに他の面々が格納庫に来ていた。

 ニールスとルトは「あちゃー」といった顔、ゴーヴは軽く馬鹿にされていたことに怒りをあらわにするように肩を震わせ、それを見てサミエルは笑い、バーナードは客人の前ということもあり笑いを堪えている。

 そしてグリース自身は真顔で三人を見つめていた。

「「「ハッ、ハハハハハ……。」」」

 もう笑うしか無いと三人は口角をヒクヒクさせながらぎこちなく愛想良くする。


「まあ事実はきちんと受け取らねばならないな。改良しているとは言え負けたことに変わりはない。それに技量を図る為とは言え本気で殺させようとしたことを詫びねばならん。」

「や、やっぱりマジだったのかよ…。ザンダガル…じゃなかった、アテンブールでなきゃ死人が出てたぜ!いくら支援するに相応しいかを試すにしてもありゃやりすぎだ!あのパイロット、あんたの弟も一個間違えれば死んでたんだ、弟まで犠牲にするのかよ!」

 エドゥはグリースのその無謀なやり方に食ってかかる。

 だが、グリースはそこで表情を変えはしない。さらに付け加えてこう言う。

「タイミング悪くコークスがやられているようならばそれは奴に運が悪かったとしか言いようがない。またエドゥ、君もそうだ。私たちクリスタリアカンパニーは戦争を食い物にしている。それで稼いでいるし、家族も養っている。戦争で稼ぐのなら、我々が食いつなぐ為なら誰か一人でも犠牲になろうが仕方のないことだよ。」

 まるで裸のままツンドラに放り込まれたような冷たすぎる言葉にエドゥだけでなくその場にいる多くが引く。

「あんた、よほど冷酷な人間だな。…俺は嫌いじゃないが、もう少しオブラートには包めないのか?」

「フフッ、まさか。現実の殺し合いをしている君たちよりはよほど堅実に生きて入るつもりだよ。」

「…そう言われちゃ学のない俺に反論出来る言葉を持ち合わせてないな…。」

 嫌味の一つでもいってやろうと思ったが、エドゥには返せる気力もなかったし、ここでケンカを売るのも無駄だと悟る。

「まあ、それは置いておいて。先程アテンブールのことをザンダガルと言ったな。ザンダの戦士としての称号ガルから取っているのか?良い名前だ、我々のつけたコードネーム・アテンブールよりよっぽど箔がつく。」

 冷めた目から一転、表情を柔和にする。

 その変わりようがエドゥには面白く見えた。

「ザンダを統括軍から守った時に貰った名だ。まあザンダガルと名をつけたのはそこにいるニールスだが、縁起を担ぐ…って訳でもないが名前を変えたのもある種のイニシエーションみたいな役割さ。」

「縁起を担ぐことはどこの世界、いつの時代も大事なことだ。それが自分の生死をかけるものならなおさらね。気に入ったよ。技術班長、先程のザンダガル改装の話、我々にも手伝わせてもらおう。」

 急に指摘されたビンセントは目を丸くした後理解したのか、丸くした目をそのまま輝かせながら脇に置いてあった青写真をグリースに見せる。

 グリースが離れたことによりニールスはエドゥの元へと近づいてコソッと話す。

「あの人、本当は悪い人って訳じゃないんだけれど少し雰囲気が怖いよね。」

「まあな、艦長とはまた違うトップリーダーとしてのオーラは感じる。だが、こんな世の中で軍相手にビジネスする様な奴ってのは大概あんなのばっかりなのかもな。」

「そうかもしれない、肝が座ってるなんて表現じゃ収まらない器の持ち主かも…。」

 自分で言っておきながら本当にそうなのか?と自問自答をするが、それ以上の表現は思いつかなかった。


 アルバトロスに電磁ロックがかかりドックに接岸する。クルー達はそのまま桟橋を降り立ち、ついにクリスタリアカンパニーへと着く。

「こりゃ立派な会社だな…統括軍の基地より大きいんじゃないか?」

「ありがとう、とは言っても今開発していたマシンはほとんど統括軍に持っていかれたが…。」

「なるほど、我々がここに来ることを知ったために動きが変わったというわけか。」

 肯定しながらグリースは頷く。それがどんなマシンであったかをバーナード達は知らない。

「シャイダン・サルバーカイン少将率いる部隊が今、シッチリー山脈を越えたテフロス工場に移していてね。まあそのおかげでカンパニーに出入りしていた統括軍兵士は全員はけて、君たちをこのカンパニーに呼び込むことができたわけだ。が、問題は引き渡そうとしていたマシンがテフロスにある事だ。」

 シャイダンの名を聞いてエドゥが反応を示す。

 十年来の敵に再び出会ったような、そんな躍動する気持ちが出てきた。

「シャイダンの部隊がこのすぐ近くにいるのか…。」

「やはり存じていたか、この辺にたむろするゲリラ風情ではどうにも倒せない、かと言って発足したての戦闘組織『レボルスト』は信頼に足るかどうかもわからない。だったらここを目指す君たちアルバトロスが適任だ。それにアテンブール…いやザンダガルを扱っているという実績もある。」

「って事は、俺たちに引き渡そうとしていたマシンってのは…。」

 一呼吸置いてフッと答える。

「そう、アテンブールの量産タイプバッツェブールと正当後継機ビストブールだ。」

「バッツェブールに、ビストブール…。」

 自分で確認するかのように口の中で復唱をする。

 そこにグリースに似た声の主、詳しく言えばグリースの細い声を野太くしたような男の声が後ろから聞こえて来る。

「そこからの話は俺がしよう。」

 声の主を見ると先程エドゥと死闘を演じた、グリースの弟であるコークス・クリスタリアの姿があった。

「エドゥアルド、さっきはいい動きだった。俺の狙いをわずかな動きだけで外すのは並大抵じゃできねぇよ。」

 見た目通り豪傑というに相応しい男で、兄のグリースとは真逆の性格であろうと思った。

 若干の気まずさを胸に抱いていたが、そのあっけらかんとした物言いに少しホッとしてエドゥは握手の為に手を差し出しす。

「エドゥでいいよ、見事な狙撃だった。それにさっきはああ言ったが、実際にアッシェンサースの動きもいい勉強になったよ。」

 エドゥの差し出した手をゴツゴツしたグリースの腕がガシッと掴む。

「ありがとう、さて話を戻そう。今現在テフロスにあるバッツェブールとビストブールだが外装はほとんど完成しているんだ。だが統括軍がアテンブールがアルバトロスに強奪されたことによって正規のデータを得られてはいないんだ。だから君らのデータを得る為にアニキがアルバトロスをカンパニーへと招待することにしたんだ。」

 なるほど、とバーナードは思う。グリースとコークスの考えが大体読めてきた。

「つまり俺たちからソフトウェアを渡すその代わりに何か見返りがあると考えていいんだな?」

 その言葉にグリースは指パッチンで答える。

「そう、まさにそうだ。君たちには先のコークスとエドゥとの戦いでロングハンドランチャーを見ただろう?アレをザンダガルに装備させる。ビンセント技術班長に青写真を見せてもらったが、火力に少し物足りなさを感じてね。その為には可変しても干渉しないよう考えねばならないから少しだけ時間は貰うがまず一つはそれだ。ザンダガルのコンピュータソフトをコピーしたディスクを渡す、これはマシンを動かすキーにもなる。これでテフロスに着いたら奴らの工場に潜入してビストブールを奪うんだ。アテンブールの正当な後継機ということもあって多分バッツェブールよりも扱いやすいだろうと思うし何より強力だ。ザンダガルMk-Ⅱと考えてもらっていいだろう。」

「ザンダガルMk-Ⅱ…。」

 エドゥのつぶやきで一息置き、次はコークスが自身の胸に親指を押さえながら告げる。

「この俺がアルバトロスに同乗してサポートさせてもらう。テフロス潜入作戦において君たちのトレーグスを借りてでナビをさせてもらう。」

「…ということだ、何か質問は?」

 その言葉にルトがさっと手をあげる。一番彼女の反応が速かったからであって、誰もが同じことを聞きたかったはずだ。

「質問…とはちょっと異なるとは思うのだけれども、たかだか一機のギルガマシンのデータを引き渡すだけで色々とキャンペーンをつけすぎじゃないかしら?そこまでされちゃうとさすがに裏があるように思えてならないのだけれど…。」

 周りもみなうんうんと頷いてグリースの方を見る。

 グリースはそれを待ってましたとばかりに一度サッと手で髪を後ろにかいて答える。

「確かにあまりに虫が良すぎるだろうとは思うだろうね。別に隠すつもりではないが、答えさせてもらおう。アテンブールタイプのマシンは我がクリスタリアカンパニーが誇る最新技術の、可変システムから小型AGSの実用化までの集約だ。そのプロトタイプとして送り出したアテンブールを我々の想像通り、いや想像以上の戦果を出してくれた。ハード面においてもソフト面においても最強のマシンを作り上げるうえでこれほどの材料は他じゃ手に入らない。ビストブールの件で言えばテフロスに敷かれた陣の中で強奪するのはザンダ基地以上に過酷なものとなると予想してのことだ。それができるだけの実力があるものにしかアレは渡せないという、一種の試練を課したようなものさ。そしてそれをサポートだけはさせてもらおうというわけだ。お嬢さんこれで満足かな?」

 ルトは納得したようににやりを含みある笑いをして、

「つまりアルバトロスをそれだけ評価してもらっていると、そう思っていいわけね?」

「ああ、それにさっきも言ったがサルバーカイン少将の部隊と対等に戦えるのは君たちを置いて他ない。…今や戦いは複雑化している。その中でいかに自分たちが正解を見出すのかで状況は大きく変わる。我々カンパニーは統括軍の時代の終焉だと読んだ、だから君たちに賭ける。」

 案外熱い心を持っているのだなと、グリースの心意気から感じることができた。その気持ちを汲むにはやはり誠意を見せねばならぬのだろう。アルバトロスはその大きなバックアップを受け入れることを決定した。


「テフロスに行くまでにおおよそサルバーカイン部隊はシッチリー山脈の玄関口と言われる観測所にギルガマシンを配備しているものと見た。ここを通過するのはたやすいことだが、まず間違いなく本隊が我々に勘付いて攻撃を加えるだろう。特に相手が相手だからな、シャイダンはアルバトロスの接近に神経をとがらせているだろうし小手調べ程度で終わった以前の戦闘とは比べ物にならないくらい本気で挑んでくるはずだ。」

 ザンダガルの強化、ほかのマシンの整備等時間がかかるこの間にテフロス攻略作戦を練らねばならない。

 ただ単にテフロスを攻めるばかりでなく、ビストブール強奪を含めた潜入作戦が一番のネックとなってくる。ただそれが成功しなければそのまま統括軍によってザンダガルよりも更に強力なマシンであるビストブールが相手の手の内にあるままとなってしまう。

 それを避け、かつアルバトロスの戦力増大が主なる目標となる。

「テフロス工場に関してはコークス氏が案内を行ってくれるみたいだ、ビストブール…いやザンダガルMk-Ⅱがどこにあるか、またそのルートについて詳しく教えてもらおう。」

「さすがにカンパニーが統括軍から目をつけられるというのは嫌だからよ、オフレコで頼む。今回の件はアルバトロスの単独作戦だということで行ってくれ、それにもし俺の正体がバレそうになった時は脅されていたと相手に伝えるし、最悪の場合敵方に回る。いいな?」

「「「「了解!」」」

 コークスはその返事を聞いてニカッと歯を見せながら笑い、「よし!」と気合いを十分に入れる。

「そして最後だ。俺が案内できるのは本当にMk-Ⅱがあるその場所まで、そこからいかように脱出するかはそちらの判断に任せるしこちらは一切の責任を負わない。死のうが死ぬまいが知ったこっちゃないというわけだ。だが死ぬんじゃないぞ!いいな!」

「「「おおーッ!」」」

 掛け声が雄たけびに変わり、誰もがその場で握り拳を作って天に向けて高く上げる。

「それじゃあ、潜入に当てるメンバーをここで決めておくぞ。まずエドゥとニールスザンダガルに同乗、テフロスにつき次第その中に侵入。コークス氏のトレーグスの後についていきながら工場内のマシンを蹴散らしてくれ。サキガケたちにそのあとをついていってもらい彼らを支援してもらう。そしてMk-Ⅱのある場所まで到着したらエドゥはディスクを持ちながら乗り換えろ。ザンダガルの操縦はニールスが引き継げ。それから……。」

 クリスタリア兄弟の協力も得て、ザンダガルの強化も計画の中に入れながらテフロス攻略作戦は着々と練られていった。


 シャイダンの一行がテフロスに到着し、ビストブールの完成を急がせるよう整備兵に告げる。シャイダンはディオネーでアルバトロスの動きを途中までキャッチしていたが、マシンの移動作業の道中でその姿を見逃していた。

(おそらく時間的な面から見るとすでにクリスタリアカンパニーに接触していてもおかしくない頃合だが…何があった…?)

 あまりにも不可解な状況に戸惑うが現在おかれた立場としてはそれどころでもなかった。

 シャイダンが入った司令室にはアルバトロス以上に厄介な存在がそこにはいたからだ。

「よくぞ参られた、シャイダン・サルバーカイン少将。着任早々で申し訳ないが対アルバトロスの作戦会議を開きたいのだが、よろしいかな?」

 ニヤニヤと薄気味の悪い笑顔を浮かべながら目の前に立つ男はファイブ・ヘッズのナンバー2にあたるセカンド・ヘッズを率いるリーダー、ラフィロ・デ・ポルタだった。シャイダンとは古い馴染みではあり、彼もまたたたき上げによって出世した人物であるのだが何よりもその性格がどうもシャイダンは好かなかった、それなのによくシャイダンに絡んでくるため邪険に扱おうとお構いがない。おまけに将軍に見込まれてファイブ・ヘッズなどという無粋な集団の、しかもその組織のリーダーとなっていることが余計に腹立たしかった。

 その強さの証明をされたことによる嫉妬などではなくただ単なる嫌悪の感情があるだけだった。

 シャイダンの知り合いに二人ファイブ・ヘッズのリーダーをする人物がいるのだが、そのうちの一人が彼であり、二人を比べたときにどちらの方が嫌いかと問われれば間も置かずに彼だと答える自信がある。

「ラフィロ。どうして君がここにいる?この工場を任せられているのは我々だけだと聞いたが?」

 厭味ったらしく言って見せるもののラフィロには効果がないらしくヘラヘラとしながら答える。

 その態度が余計にシャイダンをイラつかせた。

「将軍にシャイダンがここを任せられたと聞いてね、僕も是非にと志願したんだよ。またともに仕事ができるだなんてねぇ…いやぁ光栄だよ!」

「…クソッ…。余計なことを…」

 虫の鳴くような小声で悪態をつくがそれも聞き逃さないラフィロは満面の笑みを浮かべながらシャイダンに注意する。

「普段丁寧な語り口の君がそんな汚い言葉を使うなんてところは見たくないなぁ…。シャイダン・サルバーカイン少将はやっぱりいつだって冷静な男でいてもらわないとね!アッハッハッハッハッハッハ!」

 神経を逆なでするような高笑いに憤りを感じるが、握り拳を腕の下でギギギ…と強く握るだけにして自制心を保つことを決めた。

「…作戦会議と言ったな…。やはりアルバトロスは来ると思うか?」

 シャイダンはこれ以上付き合いきれないと思って話題を変える。そうすれば多少は真面目に話ができると考えた。

 さすがにその話題ともなるとラフィロは真剣にシャイダンと向き合う。

「やってくるも何も奴らの目的はギルガマシンそのものなんだぜ?たとえカンパニーのもとに無くともその進撃をやめることはまずないと考えたほうが良いだろうねぇ。そしてこの場所に移されたという情報をどこかでやがて聞きつけてやってくる。まぁ詳しいことはじっくりと机を挟んでしようじゃないか?改めてこれからよろしく頼むよ、少将。」

「…あまりよろしくするつもりはないが、ひとまずここは力を貸してもらう。詳しいことを知るアッツィーネという男もいるからな。」

「調査員のアッツィーネか、彼の情報ならば信頼に足るものがあるからね。では、佐官以上の者をすぐに集めておいてくれたまえ。」

「分かった少々待ってもらう。」

 それだけ告げるとシャイダンはラフィロとの距離を置いて去っていく。

 最近ことごとく厄介ごとが回ってきていることに自分の運の悪さをつい感じてしまう。特にバーナードの失踪からアルバトロス、そしてザンダガルの強奪の一連の出来事から自身に憑き物でもできたのではないかと想像してしまう。

 だがシャイダンはそれをちんけで貧相な妄想だと心の中で断言する。

(この仕事が終わればラフィロともしばらく関わることは無くなるだろう。それまでの辛抱だ。)

 そう思いながらもう一方では、

(しかし、あのアルバトロスさえ変な動きを見せなければ私がこんな場所へ追いやられることもなかったのではないか…?)、と邪念に襲われることもある。

 人間だれしも上手くいかぬ時はとことん上手くいかないものだと、シャイダンはここにきてそれを改めて実感した。

「ならばツキが回れば流れも変わるかもしれないな…。さてそのツキとは…。」


「まず突破すべきはこの観測所であることには間違いない、先ほどまでの話をまとめたうえでも異論はなかろう。問題はイレギュラーの発生だ。」

 カンパニー周辺のマップを広げてその上にコマを置いてグリースは説明する。

「イレギュラー?何かあるんですか?」

 広げたマップから読み取れるデータをアルバトロスのコンピュータシステムに移しているマクギャバーがその詳細を訊こうとする。

「あぁ、統括軍とのコンタクトはほぼ十分に取れてはいるんだが、奴ら我々を完全には信用しきってはいないからね、秘密裏にことを進めているところもあるんだ。ま、あながち間違いでもないわけだが。」

「なかなか焦らしてくれる。いったい何なんだそのイレギュラーって?」

「すまない。別に焦らすつもりはなかったが…。君たちには喜ばしくない情報だね。ファイブ・ヘッズらしき陸艇が山脈を上ったというのを小耳に挟んでね、遠くからではいまいち判断がつかなかったみたいだがセカンド、もしくはサード・ヘッズではないかと。」

 ファイブ・ヘッズの名を聞いて戦慄が走る。特にサード・ヘッズとは一戦交えているだけあって彼らの強さを物差しで測ることができるからこそ余計に面倒ごとに感じる。

「まさかアルバトロスを目当てに動き出したってんじゃないだろうな!?」

「その可能性は大いにある。つまり君たちをそれだけ危険視するということだ…。となると観測所を越えてテフロスに入るというのもまた難しくなるな…。」

 実力主義のシャイダンにファイブ・ヘッズのチーム…。この二つを聞くだけでも嫌気がさす。

「だが、だからこそMk-Ⅱの実力を試すには絶好の機会じゃないか。いくら天下のクリスタリアカンパニーだからと言って必ずしもいいマシンを作るとはいいがたい。それにいまや統括軍が全面的にマシンの組み立てに着手しているんだろ?ホントにそれが完全なシロモノだってことはそこでハッキリする。それに強化したザンダガルも同じことだ。」

 エドゥは親指を突き立てながらそんなことを堂々と言う。

「まぁた格好つけちゃってさ。下手したらアンタがザンダ抜ける時の倍は苦労するかもしれないじゃない。」

 あのサミエルでさえ呆れるような声を出す。だがそんな言葉に怖気づくほどやわな脳みそ…もとい精神力は持ち合わせてはいない、タフネスな男だ。

「アレの倍程度の苦労ならばなおさらだ。ヒィヒィいうほどの苦労じゃ無い、ザンダガルの改修が終わってからさらに時間をズラしてやればいい。近くにいるはずなのになかなか出てこないとなるとやっこさんたち相当に参ると踏んだな。」

「なるほど分からんでもない。私たちにとって別に時間がないわけではないからな。根競べで相手を悶々とさせてから一気に攻め込む方が統制を乱す結果になるやもしれん。それにファイブ・ヘッズごときがなんだ?お前らはその名前を聞くたびにしっぽ巻くのか?」

 バーナードの挑発するような言葉は若者たちの触られたくないような神経をギュッと掴んだ。いつもならばまたか…。とばかりに冷めた対応を見せてくるが今日ばかりは誰かれも頭に血が上ってそれどころの話ではなかった。

「嫌だ!なんでいつもいつも俺たちが追われる身にならなきゃいけないんだ!今回こそぎゃふんと言わせたらァ!」

 誰かが雄叫びをあげるようにそんな言葉を零す。

 それを引き金に周り中に伝播して行き、そしてやる気に満ち溢れた集団が出来上がる。

「ちょろいでしょ?こいつら。」

 バーナードが楽しそうにグリースの方を向く。グリースやカンパニーの社員たちは苦笑いしながらそれを見る。

「それだけ気合いがあれば十分乗り切れるかもしれない。時には強引に攻めることがまた吉となる…。ビジネスにおいても古来から言い伝えられている話だ。」

 そしてこの日からザンダガルの改修を含む十日間をクリスタリアカンパニー内部でアルバトロスは鳴りを潜め、そして大袈裟な見送りもなく静かに、ただ静かにシッチリー山脈を越えたその先にある統括軍テフロス砲兵工廠に向けて出立した。

 コークス・クリスタリアとアッシェンサース、そして改修されたザンダガルを乗せて…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る