第14話イノセンスソルジャー

 人が変革を求むるのか、変革が人を動かすのか。そのようなことを考えた哲学者はすでに溢れていた。だが一様に真実なる答えを出せてはいない、いや出せないのだろう。統括軍を中心としたその戦いは変革を求む人間達が行なっている。その先に真実は見つけられるのか、これも誰もが知るものではないだろう。いつになればそれを掴むことができるのだろうか。


 ビッグ・スパイダスは中々に強敵であった。それは戦略的な問題だけというわけではなく、それを率いた指揮官の采配もまた入っている。ザンダガルことアテンブールもスパイダスも製造が同じクリスタリアカンパニーだと知り、またそこから新型ギルガマシンの強奪…もといアルバトロスの戦力の補充の為に一行向かうはそのクリスタリアカンパニー。さてさて、アルバトロスその道中。


「異常なぁし。さて…、こちらブリッジ、第二次戦闘態勢解除。全員持ち場から離れても構わないぞ。」

 ずっと追われる立場だったアルバトロスのもようやくの安堵の瞬間が訪れた。とは言えども別にこのままずっと安心できるといった保証を受けられるわけではないのだが、ザンダから続いた統括軍の行動エリア外についに出た。向かうクリスタリアカンパニーは統括軍御用達とは言っても近くに拠点を構えてはいない。ゲリラであろうとも直接にカンパニーにギルガマシンを譲り受けすることは出来る。ただしその手前にある統括軍の基地を超えての話ではあるが。

 それにクリスタリアカンパニーの社長グリース・クリスタリアほどの曲者がタダで新型マシンをゲリラ風情に手渡すわけがない。だからこそバーナードたちはそれを奪い去ろうと計画を立てた。

 最初の考え通り、聞き入れた情報の中にアテンブールタイプん新型を製造しているという内容が入っていた。それについての詳しいソースは不確かではあるが、製造していないなどという証拠もないのだ、全くのガセだとも断言はできない。

「アテンブールタイプの実戦データは言うなればほぼこちらが所有しているようなものだからな。そんな情報過疎なテスト機の同型マシンを作るとは…。」

「逆に考えてみれば、ザンダガルのデータをとるためにこれまでたびたび攻撃を繰り返してきたのかもしれない。それにザンダガルがここまで統括軍の脅威の一つとして捉えられているのならばそれよりもさらに性能が上の同型機を作るって考えには至りやすいんじゃないか?」

「つまり俺たち知らず知らずに実験道具にされてたわけか…。」

「何勝手に自分も加えているんだよ。ザンダガルだ、ザンダガル。あれのデータが一番必須で俺たちゃ二の次、三の次もいいところだよ。」

「なんかそれだと釈然としないな…。利用されてたってわけだろ?」

 それぞれが憶測で話し出しているのだが、あながち嘘でもない。

 事実アテンブール強奪やビッグ・スパイダスとの戦いの一件以来統括軍とカンパニーとの接触回数は増えていた。直通有線電話が繋がっている為に通信端末における細かな通話回数などははっきりとしないところではあるが、現地に足を運んで何かしらの動きを見せていることは間違いない。

「だが、今の私たちに分かる話ではないよ。」

「わっ!艦長!」

 談話をしているところにバーナードがヌッと顔を出して輪を崩す。

「そろそろアルバトロスの補給をする為に停泊する町が見えてきたから下船の準備をしておいてね。それじゃあ。」

 そこまで言ってからまたどこかへ歩きつつ手のひらをヒラヒラして去っていく。

 バーナードを見送った全員が顔を見合わせる。

「あの艦長もまた何を考えているのかが読めない。」

 うん、うん。と誰もが頷く。


 アルバトロスが徐行をし出し、それが停泊の合図となる。いつも揺られながら地上を走っているがたまに陸に立つと不安定な感覚に陥る。

「船酔いならぬおか酔いってやつだなこりゃ…。うぇっぷ…。」

「エドゥ…。君は本当にマシンに乗っていないときにはあまり格好良くはないな。」

「…言ってくれるよ…。ん?じゃあザンダガルに乗っているときはカッコイイと?」

「フッ、まさか。」

「あーッ!この野郎、鼻で笑いやがったな!」

「あの二人は仲睦まじいわね、最近デキてるなんてウワサが立っているけれども本当かしらね?」

「記者として調べることはあんたの本職じゃない。聞いてきたら?」

「やはりエドゥのやつ、そんな趣味がな…。」

「某ザンダガルのパイロット、美少年パイロットとの年の差だけではない関係を追え!ってところかしらね。」

「アハハハ!明日の一面を飾るわね!」

「お前ら好き勝手言いやがって…、そっちのケは全くもってない!記者が捏造記事なんて書こうとするんじゃない!事実を伝えろ、事実を!って、ん?」

 エドゥたちがが話しているところに町の子であろう、小さな少年がやって来て「父ちゃんの仇だ!」と叫びながら、もっていた木製のバットでエドゥの脛をガーンッと殴った。

「イデーッ!」

 その場に転がるエドゥと逃げまいと子供を持ち上げるゴーヴ、それを見守るニールスとルト。そしてサミエルが他に人を呼びにいく。

 なんとか致命傷は逃れたエドゥが立ち上がって、ゴーヴが抱き上げるその子供に向かって啖呵を切る。子供は「やめろ!離せ!人殺し!」などと物騒なことを叫びながらゴーヴの腕の中で暴れる。

「このガキャ…、俺が何したってんだ!バットで人を殴っちゃダメだって教わらなかったのか!」

 しかし子供も負けてはいない。エドゥに睨みつけられながらも、逆に睨み返す。

 その剣幕は子供の持つ無邪気そうな瞳ではなかった。この世の全てを恨んでいてもおかしくはない。そのような目つきをしているのである。

(この瞳…。俺はどこかで見たことがある…。…ニールス、そうだあの時のニールスもこんな目をしていた。それに父の仇だと、人殺しだと、俺が仇…?)

 エドゥはそこまで頭の中を巡らせて、フゥーと一息呼吸をする。左足の脛がジンジンと痛むが冷静になって話を聞こうとする。

 サミエルが救護班を呼んできたがそれは後回しにしておく。

「おい、少年…。名前はなんて言うんだ?君の父さんに何があったって言うんだ…。」

「ッ!…しらばっくれやがって!人殺しに名乗る名なんてあるもんか!父ちゃんを返せよ!オレの父ちゃんを…!」

 ゴーヴに掴まれたままだからか、ついに無力さを感じてワッと泣き出してしまった。

 町の住民たちもその声に気がついてエドゥらの元へと駆け寄る。エドゥたちが来ることを知っていた大人たちはある程度の事情を察しその子供を預かり、エドゥはその場で軽い治療を受けた。


「申し訳ありませんでした、エドゥアルドさん…。あの子には後でよく言っておきますので。」

「で、なんで俺があの子の父親の仇なんです?」

 アイスバッグで腫れた脚を冷やしながらエドゥは治療をしてくれた女性、ロミィに尋ねる。彼女はここの町で看護師をやっていて、よく町の人を知っている。

「あの子…ジェミニはあなた方アルバトロスの全員が父の仇に見えたようです。」

「俺たち全員が、か…。まあそう思う理由の一つは簡単に思い浮かぶがな。統括軍だろ?」

 一拍置いてロミィはエドゥの質問に答える。

「…えぇ。半月ほど前なのですが、統括軍がこの町に多くの陸艇を引き連れて現れたのです。どこの部隊かは存じあげませんでしたが。そしてゲリラがこの町に逃げ込んで隠れている、などとこじつけて好き放題して言ったのです。そして数人がゲリラやそれを庇ったものだとして町の真ん中の広場で罪のない者たちを次々と処刑したのです。ジェミニの父もその中の一人だったのです。目の前でつい先ほどまで生きていた父が動かなくなって、それで彼は…うっ…。」

 そこまで言うとロミィは顔を手で覆い泣き出してしまった。

 エドゥは彼女の背中をさすりながら、「そんな事情も知らずにすまない…。」と言った。

「ジェミニは悪い子ではないんです!ただあの子は今、感情をコントロール出来ていないだけなんです!」

「…分かってる、俺たちこそ統括軍下がりの人間だから、そんな雰囲気を漂わせて彼を刺激したことを謝る。すまなかった。」

 エドゥはただ静かに謝った。


「と言うことだ、艦長。」

 松葉杖をつきながらエドゥはバーナードに事の経緯を話す。

「大丈夫なのエドゥ…?ザンダガルに乗れないんじゃないの?」

 ルトが心配そうに尋ねるがエドゥはピースをしながら飄々と答える。

「まあ、さほど酷いわけでもない。所詮子供の力じゃあね…。ただ確かにギルガマシンには乗れないな。特にGのかかりやすいザンダガルには。」

「エドゥの補充要員になるかどうかはわからないが、万一の時は俺が出る。」

「すまんなゴーヴ、さっきも助かったぜ。」

「ギルガマシンに乗れないのならニールスにカッコイイとは思われないわね〜。」

「いつまでその話を引っ張るんだサミエル!」

 ニールスとサミエルの話は置いて置いてバーナードが口を開く。

「さっきマクギャバーに調べてもらったが、どうやらファイブ・ヘッズの一つ、チー・ウォンホー大佐率いるサード・ヘッズの部隊らしい…。ファイブ・ヘッズはチンピラ集団だと聞いてはいたが…。まさかここまでやるとはな…。」

「ファイブ・ヘッズか…。大将のエイベル直属のエリート部隊だな、表向きは…。」

「そう、蓋を開けて見てみれば軍規に縛られないが故に傍若無人な集団だ。あんなもの私は軍人とすら思わん。」

「俺も一度スカウトされたが断ったよ…。奴らのノリには肌が合わない。」

「その方がいい、エイベルの言う事以外何も聞かぬからな。そしてそのエイベル自身もそれを許している。」

「子が子なら、親も親だな。」

 エドゥはヒッツ・エイベルのことを思い出しながら頷く。

「しかし、そのジェミニとか言う少年は可哀想だな…。まだ幼いのに父が殺されるのを目の当たりにしたんだろう?」

 ニールスがエドゥに問いかけるように目を向ける。その目を見て先ほど向けられたジェミニの目つきと以前のニールスの目つきがフラッシュバックする。

「そうだな、子供が見るにはあまりにも…な…。ただやはりファイブ・ヘッズのやり方には気に入らねぇな…。」

「それでそのジェミニは自らで戦おうと誓ったわけか…。正直殴った相手がまだエドゥで良かった。」

「いや、俺はよく無いんですけども…。」

「確かに、本当にサード・ヘッズの誰か一人でも殴っていれば即殺されていた可能性はある。そう言う奴らだよ。」

「なんにせよ…なんにせよそのジェミニって子に事のあらましは話してあげておいたほうがいいね。」

「そうだ、それにこの町は一度統括軍に狙われてはいるものの町の機能をまだズタズタにやられてはいない。つまりまたくる可能性も十二分にあるな。ロミィという子は半月前と奴らが来たのは言ったんだろう?ならば定期巡回でそろそろこちらまで来るかもしれない。」

 なるほど、と立ち上がろうとしたエドゥだが足にズキンと痛みが襲って転げ回る。

「エドゥは今や使い物にならないが…。ニールス、誰かザンダガルを代わりに使える奴を探して来てくれ。」

「大丈夫だよ艦長、ボクがやるよ。戦闘機形態はまだ訓練が浅いけれども、変形しなければ使える程度にはシュミレートした。」

「そうか、ならばゴーヴを代わりにシューターに乗せる。が、まだこれは仮決定だからな。本当に攻めて来るとも考えがつかん。」

「すまんな、情けねぇや。」

「いいってことよ、お前さんは早く足を治せばいいの。」


 ロミィがジェミニを連れてエドゥのところへと来た。ジェミニは一応ロミィや周りの大人から説明はされたようではあるが、理解はしたが納得はしていないと言わんばかりのブスッとした表情を見せている。

「ほらジェミニ、謝りなさい。エドゥアルドさんは許してくださると行っているわよ。」

「いいよ、謝んなくても。それよりもジェミニ、お前のさっきの一発はなかなか効いたぜ。ギルガマシン乗りの反応速度を超えるような素早い一撃と敵の急所を的確に狙う様はまさにいっぱしのソルジャーだ。」

 エドゥがにこやかに語りかけるのを見てジェミニは少し反応に戸惑う。

「…お、怒っていないのかよ…。オレ、あんたの事足殴っちゃったのに…。」

 罪悪感を感じ始めたのか、強張らせた顔が少し泣きそうになりながらシュンとして喋り出す。

「いやまあ、怒ってなかったと言えば嘘になるがお前の話をそこのロミィに聞いてな。仕方がないと思ったさ。俺は元統括軍人で、お前はその統括軍人に親を殺されている。こうなるのは当たり前さ。」

 そこまで言われてやっとジェミニは背けていた目をエドゥに向ける。

「ただな、ジェミニ。お前が家族を殺されたみたいに俺も家族のような存在を統括軍に殺された。そしてその時俺も死んじまったみたいなものさ。だからこそお前と俺とで思うところは似たようなもんだ。」

「仲間なのに、殺されたの?」

 いかにも当たり前のような事を聞く。子供にとって大人は仲間を裏切らぬものだと思っているのだろう。だが現実はそこまでハッキリとしたものじゃない。むしろ子供だからこそ物事を白黒と分けられる。

「まあ今じゃ仲間じゃないがな。」

 少し空気が神妙になってそこの空気が重くなる。エドゥはジェミニを手招きして自分の目の前まで近づかせてからその頭をポンポンと撫でる。

「俺はさ、情けなく思うんだよな。自分が世間を何も知らずに統括軍にいたということがさ。それもつい最近までだ。何も知らぬ無知なる兵隊、それが俺だった。だがジェミニ、お前は知っている。俺よりも早く、そして若くして奴らの本当の姿を。俺が見抜けなかった実態を…。だからこそお前みたいな奴には長く生きてもらわにゃ困る。だからまだ戦うのは早い。確かに父ちゃんを失った大きさがあるとは思う。だが力なき今じゃ、戦っても返り討ちにあっちまう。だからこそ今は我慢の時だ、我慢して我慢してまっすぐに強くなれ。そして強くなったその時、ロミィやこの町の人たちを守れるような男になってやれ。だからそれまでは俺たちがなんとかするさ。」

 エドゥがそこまでいうとアルバトロスの警報がけたたましく鳴り響く。

『レーダーが敵をキャッチした模様、おそらくサード・ヘッズです!』

「やっぱり来やがったなクソッタレめ…。ロミィとジェミニはアルバトロスの居住区に、そこが一番安全だ!」

「オ、オレは…!」

「ジェミニ、今はロミィと一緒にいて彼女を守ってやれ、それがお前の今できる戦いだ。」

「う、うん!分かった!」

「よし。マクギャバー!こちらエドゥ、二十三番機銃が近いから俺はそっちに行く!」

 エドゥが受話器を取り、艦橋に連絡を入れる。

『機銃か…、そっちならば大丈夫だな!エドゥ、頼んだ!』

「了解!」

 松葉杖をカッ、カッ、とつきながらエドゥはそこを後にする。ロミィとジェミニは待機していたルトに連れられ居住区まで案内する。

(良いこと言うじゃない、エドゥ。)


 ニールスがザンダガルのコクピットでジュネスから説明を受ける。

「ザンダガルは戦闘機とはいえAGSが結構サポートしてくれる。出力さえ間違えなければ暴走も起こさないよ。ただ少しばかり操作系が敏感だから操縦桿を引く時はそっとしてくれ。」

「分かった、シューターよりもコンピュータがしっかりしてそうだし、あとはボクのセンスでなんとかするよ。」

「さすがニールスだ、期待してるぜ。ハッチ開けて!ザンダガル発進準備!」

「進路クリア。オールグリーン…!ニールス、ザンダガル出ます!グッ…!」

 発進とともに強烈なGにさいなまれるが顎を引き、奥歯を噛み締めて気を確かに持つ。

「エドゥ…いつもこんなマシンに乗っていたのか…!まるでこれじゃ暴れ馬もいいところだ!」

 急上昇を行ったために震える機体をゆっくりと馴らして地上に近づけながらザンダガルを変形させる。

「確かに操作感がすごく滑らかだが…この方が動かしやすい!」

 足を交互に踏みしめながらレーダーに映し出された敵の位置へ向けて駆ける。

『ギルガマシンの出撃は見られないが気をつけろ。奴らが搭載しているマシンはリーザベスだそうだ。』

「リーザベス…トレーグスをより戦闘向きに改造したあのマシンか…。了解!」

 そういっている間にアルバトロスの艦載機がザンダガルと並走する。

『ニールスがザンダガルに乗っているのは何か違和感を感じるが、今日は空の要として頼むことは難しそうだが、リーザベスの相手は頼んだ。それに敵さんサード・ヘッズだからな、気は抜くなよ。』

 ニールスはヘッドギア越しに頭を掻き、

「当たり前だよ、エドゥがいなくったってこれまでやって来たんだから。」

 と答える。


「なに?アルバトロスの連中がいるだと?連中め、なかなか癪な奴らだ。」

 サード・ヘッズの隊長、チー・ウォンホー大佐はアルバトロスの存在を知り憤慨する。

「あのシャイダンとかいう若造を手こずらせた相手だそうだが…。いずれは我々の前にも現れるであろうとは思っていたがこうも早いとはな。」

「大佐、いかがいたします?アルバトロスはあのアテンブールなるものを搭載しているとかいないとか…。」

「アテンブール…。ああ、あの量産体制に入ろうとか言うマシンか。確かに空飛ぶギルガマシンというのは厄介この上ないが、ここで引き返せばファイブ・ヘッズとしてのメンツが立たん!挑んでやろうじゃないか。メルス中尉!用意は良いな!トゴシティに向けてリーザベスを発進させろ、できるだけ町中に誘いこんで料理してやれ、構うことはないぞ。トゴの奴らが減ればあと処理も楽になる、死人は何も語らない。なーんてな、ハッハハハ!」

「確かに、勝てば官軍とはよく言ったものですな。では大佐、俺たちは奴らの口をふさいできますので。」

 リーザベスが次々と出撃する。ニールスやゴーヴはマシンを身構えさせるが敵は直進せずに大きく膨れ、町の方へと回り込む。

「しまった!元から奴らは町が狙いなんだからボクたちと直接無駄に戦おうとするわけがないんだ!」

「バカめが!わざわざそんな危険なところへ入っていく奴があるかいッ!」

 町の守りにはトレーグスがいるばかりで、さらに言えばそのトレーグスはリーザベスより性能が劣っている。ザンダガルの機体を急速ターンさせてバルカンポッドの銃口を向けるが、向けたその先には家が立ち並ぶ。

「このまま撃てば町の中にも被害が及ぶ!」

 構えた腕を下げて後退する。足の速さで言えばザンダガルの方がよっぽど速い。リーザベスにはすぐに追いつく。

「ヒィッ!あの距離からもう近づいたのかこいつは!」

「この位置ならばぁッ!」

 バルカンでリーザベスの足元を貫き転倒させる、そのままコクピットをぶち抜き、別のマシンのもとへと駆ける。

「ヒューッ!噂通りの事だけはあるなアテンブールめ!だが、テメェ一機だけじゃ戦況は変えられん!」

 メルス中尉もリーザベスを巧みに操り、レスロッドらの砲火を潜り抜ける。その後ろをサード・ヘッズの部隊が続く。

 アルバトロスの元で迎え撃つ部隊もその勢いに圧倒される。

「チキショウ!もうこっちまで突破されたか!これでもくらえってんだ!」

 ミサイルランチャーを放つがそれは見事にそれる…というより弾道を読まれてその一瞬で避けられている。

「なに?撃つのが見えてから避けられた!?」

「そんなノロマな弾、目を瞑っていてもかわせるぜ!仕返しだ!」

 リーザベスのマシンガンがレスロッドの脚を止め、町の中に次々と侵入を許す。

 そのまま建物や逃げ惑う人々を狙い撃ちしながら襲う。

 ニールス達も攻撃を加えたいがジェミニやロミィたちの顔が浮かんでしまい、被害を大きくしてしまうことを恐れて立ちすくむ。

「う、撃ち漏らせば町が焼かれる…。かといって何もしなければそのまま被害は増すばかりだ…。ど、どうしたら!」

 ゴーヴは辛うじてシューターのフックショットを用いるがために火薬による爆破を防いで入るが、彼だけでは十二分には捌ききれない。トレーグスもレスロッドもリーザベスに太刀打ちができずにいる。

 悲鳴と爆音がザンダガルの集音マイクを通してコクピット内に響く。

 人々の叫びが耳をふさいでいくような気がするそのせいで、ニールスの思考回路がグルグルと回り始め考えが纏まらなくなっていく。

 もうだめだ、と操縦桿から手が離れそうになった時、声が聞こえた。意識がどこか遠くへと行こうとしていた瞬間に聞こえた。ニールスの名前を呼ぶ声が。

 その声は空耳のように思えたが二度目に名を呼ばれたとき、はっきりわかった。エドゥの声だと。

『バカ野郎ニールス!そんなぼさっとつっ立ってないでできる事だけしろ!ザンダガルがただの可変ギルガマシンだなんて思うな!そいつは状況によって何にでもできるマシンだ、お前がこうしたいと思う意思をくみ取って戦ってくれるマシンだ!』

 そんなエドゥの声の横に幼い声と女性の声が入る。ジェミニとロミィの声だの声だ。

『お兄ちゃん!町の事は気にしなくていいからあいつらをやっつけて!』

「お願いします、ニールスさん!町はどれだけ壊れても元通りになります!お気になさらずに!』

 そんな声が聞こえてニールスは言う。

「でも、こんなところで戦闘したら壊れるのは建物だけじゃい!死者もたくさん出るじゃないか!無関係の人が死んじゃうじゃないか!」

 泣き言をいうニールスにエドゥがついに怒号をあげる

『何寝ぼけたこと言ってんだ!お前が今動かなきゃその分余計に人が死ぬだろうが!そうならないために今動くんだよ!今ぁ!』

 エドゥの喝とともにニールスは伏せていた顔をあげ、目の前の状況を見る。先ほどエドゥが自分をじっと見ていたことを思い出して気が付く。

 この中に自分と同じように肉親を統括軍によって殺されている人がいるのだと。

(ほんとに馬鹿だボクは…なんでまた逃げようとしているんだ。今のボクは戦えるじゃないか…ッ!あの時の非力なボクとは違う!力があるんだ!)

「だぁぁぁぁぁっ!」

 その叫びには実に意味がない、だが全身に自分の持てる力を込めるかのように叫ぶ。ペダルを思い切り踏みしめ、破壊の限りを尽くしているリーザベスに体当たりをかける。その衝撃にすこし口の中を切ったがアドレナリンが駆け巡り、痛みに気が付かない。タックルをかけられた相手は無防備な体がむち打ちになり失神する。ザンダガルの装甲には大したへこみはなく、また無駄な被害を出さずに敵を戦闘不能にした。

「次はどれだぁ!」

 そのザンダガルの姿を見て取り押さえんと近づくマシンには腕を振り上げてノックアウトする。

「アイツ…まさかあんな無茶な攻撃をするとは…。アハハ…俺のザンダガル、大丈夫かな…?」

(女を敵に回すと怖いなんて古来から言われているが…奴もそうなんだなぁ…。絶対に敵に回せないな。)

 ニールスが普段操っているシューターとはまた違う戦い方に誰もが目を見張る。

『ニールスのザンダガルにつづけ!徹底抗戦だ、誰一人として生かして返すんじゃないぞ!』

『『『おおっ!』』』

 その姿勢を見習うかのように先ほどまでの立場を逆転させサード・ヘッズのギルガマシンに立ち向かう。双方傷つきあうが、こんな入り混じった状態で誰もそんなことに気が回るほど敏感ではなかった。


 被害が回らないようにとウォンホーは陸艇を後退させつつ、アルバトロスに向けて艦砲射撃をいれる。が少しばかり射程が足りずにその手前に落ちて爆発を起こし砂煙が舞う。ダメならばダメで彼らの陸艇を見失わさせようと物理的な目くらましを行うという寸法だった。

「あのアテンブールとかいうマシン噂に聞いていた以上にトンデモない戦い方をする。もともと楽して手に入れようとしていた町のはずが、いらない被害を出しすぎたようだな…、全機引け!これ以上マシンを失うわけにはいかない、トゴから離れるぞ!」

 バフ…バフ…と大きく音を立てて、トゴを後にする。

「シャイダンとやりあって生き延びているだけはあるようだな…。ククク、面白い。そんな相手ならばこちらも俄然興味が沸いてきた。またどこかで会うだろうよ。」

 下がっていくリーザベスを深追いしようとはせずに遠くから発砲する。

 バーナードもアルバトロスによる攻撃を続けさせながらもそれが無意味なことは重々理解していた。

「引き際をよく知っている相手だ。だからこそファイブ・ヘッズに選ばれているのだろうが…。」

「勝ち逃げ…された感じがしますね。」

 マクギャバーが町の様子をモニタで追いながらつぶやく。

 少し間があり、軽い頷きとともにバーナードが外を見る。

「まぁな、今回もダクシルースと同じで背負う命が大きすぎた。それも今回は敗北だ。冷たい言い方だと蔑まれるかもしれないが、少しこの町の人間に感情移入をしすぎたから…、それがなければここまで思い悩むこともなかったろうにとは思う。あの少年の話がどうも頭から離れんな、長年この稼業をやっているのにな。」

「艦長の気持ちも分からんでもないですよ。ただそういう考え方はやっぱり統括軍の頃の癖なんでしょうね、命の価値の測り方があまりにも残酷だ、といいますか。」

「所詮人殺しの血は拭えないさ、それが直接的でなくても。戦いが続く限り私たちの次の世代もね。」

 遠くを眺める目が見ているものが決して先にある景色ではない事は確かであった、がしかし向ける目がまた何を意味しているのか分かりはしない。


「本当にお騒がせをいたしました…。おかげで町の被害はある程度最低限にはとどまりました。」

 頭を下げる町長を前に居心地悪そうに頬を掻きながらエドゥはニールスの方へと指さす。

「俺はこの足で何にもできちゃいないからかの…彼にでも言ってやってください。あのザンダガルを動かしていたのは彼ですから。」

「や、やめてくれよエドゥ…。ボクだって大したことはやっていない。」

 照れくささとはまた異なる雰囲気を出しながらその場から逃れようとする。だが町人から囲まれていて身動きはとれない。

 ジェミニはエドゥの周辺に人が少なくなったことを確認すると駆け寄り、彼もまた頭を下げる。

「これ、オレんちの畑でとれたものなんだ…。受け取ってくれ…。」

 差し出されたバスケットを見るとトマトやトウモロコシなどが入れられていた。

 その数の多さに驚くが、「いいのかい?」と尋ねると首を縦に振るだけだった。

「父ちゃんの仇だと間違えて足怪我させちまったのに、トゴの町まで救ってくれてお礼がそれだけしかできないけれど…、オレ強くなるよ。強くなって見せる、誰かを傷つけるような強さじゃなくて誰かを守ることができるような強さを目指す!」

 声を高らかにジェミニはそう宣言した。声の大きさに誰もが彼の方を振り向き見つめる。そして誰も彼の事を「そんな無茶なことを」と笑おうとはしなかった。真剣にエドゥを見ていたから、エドゥもその意思をくみ取ってジェミニを見ていたから。

「ジェミニ、こういっちゃなんだが俺は一度は…いや何度も道を踏み外しているような男だ、正直に情けない男だ。でも自分が貫いた信念だけは何とか守り通そうとここまでもがいてきた。お前もいつかつい道を踏み外してしまう時が来るかもしれない、だが今日ここで俺たちに誓ったその信念だけは守り通せ。最悪どんな手を使ってでもいい、卑怯と呼ばれようとお前が思う一番の方法で守り通すんだ。」

 そこまで言ってエドゥは立ち上がりジュネスの頭にポンと手を乗せる。

 すこし不安定ながらも彼は自身の足だけで歩きアルバトロスへと帰っていく。


「じゃあ、トゴを去るぞ。みんないいな?」

 返事などないのは肯定の証拠だとしてアルバトロスを出させる。

 徐々に離れていくアルバトロスを目で追いながらジュネスはロミィと繋ぐ手を強く握りしめる。

 少しばかり痛そうにするロミィだがそれを我慢してジェミニの方を向く。

「ロミィ姉ちゃん、オレ、絶対にエドゥに、あの軍艦の人たちに負けないような男になってみせるよ。」

 微笑を見せて再び前を振り向く。

「ええ、どうね。期待…しているわ…。」

 アルバトロスは既に見えなくなっていたがいつまでもいつまでもその眼差しを地平線の彼方にまで向けていた。

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