第15話ピッサメルバレー

 人が変革を求むるのか、変革が人を動かすのか。そのようなことを考えた哲学者はすでに溢れていた。だが一様に真実なる答えを出せてはいない、いや出せないのだろう。統括軍を中心としたその戦いは変革を求む人間達が行なっている。その先に真実は見つけられるのか、これも誰もが知るものではないだろう。いつになればそれを掴むことができるのだろうか。


 親の仇と疑われ、命を討たれるでなく脚を打たれたエドゥが出会った少年ジェミニはアルバトロスの戦いを見て本当の強さとは何であるかを知る。ファイブ・ヘッズと呼ばれる統括軍の超精鋭集団のうちの一つ、チー・ウォンホー大佐率いるサード・ヘッズの攻撃をトゴの町に多少の犠牲は出しながらも一応は跳ね除けることができた。道のりまだ遠かれども、アルバトロスはひたと進む。


 クリスタリアカンパニーを目指す一行はトゴを超えた先にある渓谷地帯ピッサメルバレーを抜けてシッチリーと呼ばれる地域に突入せねばならない。だがしかし、カンパニーの近くともなれば統括軍のその厳重な警備もさらに強化される。

 ピッサメル国の首都にほど近い田舎都市メルウェーに陣を敷くメルウェー駐屯基地はアルバトロスが近づきつつあることをレーダーでキャッチした。

「ここにある基地には普段は大した戦力がないが、おそらく我々を手厚く歓迎してくれるようで周りからの援軍を要請しているとの通信を傍受した。とりあえずそのことについてルトに感謝するのは後回しにしておくとして、これをどう切り抜けるかだが…渓谷に入るということでアルバトロスをこの谷の割れ目の中に降ろして潜り抜けさせることにする。マクギャバー。」

「はい。」

 バーナードがマクギャバーに渓谷の地形図を出させた。

「アルバトロスのAGSをギリギリ上限まで引き上げてからこのポイントK-4からゆっくりと降下させる。このポイントから谷底は一気に横幅が広がっているためにアルバトロスを二隻よこしてもまだ幅が余るだろう。さらに上空に向けて妨害電波用のバルーンを撃ちあげて置き連中の注意を空へと向けさせる、まぁこれは時間稼ぎに過ぎないがその間にギルガマシン各機はバルーンが割られたと同時に攻撃を加えるように。」

「だがずっと谷底じゃアルバトロスは上からやられっぱなしだぜ?艦長さんよ」

 そのことに対して二枚目の地図を出させる。谷を抜けた先に大きな森が広がっているようであった。

「この周辺は大昔の地殻変化により巨大な台地になっていてな、渓谷の先の方がこの谷底よりも数メートル下がっている。少しばかり遠回りになるだろうが急がば回れともいうしな。多分ここらに陣を構えている奴らの事だ、地理には詳しいだろうから我々の後方、及び出口の方に多く兵力を回してくるに違いない。ザンダガルにはその出口のさらに後ろに控える敵を何とか掃除しておいてもらいたい。そして上からの攻撃をかけてくる敵にはレスロッドで、後部主砲とトレーグスには背後に迫る敵をとそれぞれ配置させる。横から攻撃されることは少ないだろうから神経をとがらせる範囲は十分に減る。あとはうまくその作戦に乗ってくれるかだ。」

 本来ならばメルウェーに沿って行けばシッチリーにすぐ向かうことができるのだがアルバトロスは戦力の温存を図る方向に出なければいけない。と言うのも、クリスタリアカンパニーが万が一にアルバトロスに敵対するようであれば今の戦力だけじゃ到底勝てるものではないからだ。

「特に異論を述べる者もいないようだし、ククールス、そのままアルバトロスと岩の強度を計算して進入路に近づけ。」

「了解。」

 アルバトロスの先に見えてきた地面の割れ目は次第に大きくなって行く。そこにゆっくりと侵入していくように徐行を始める。

 やっと巨大なランドクルーザーが入れるほどの余地がある場所へと持っていくとAGS出力を上昇させる。AGSの出力はだんだんと上がり、船体がフワリと持ち上がったからか左右に軽い揺れを起こさせる。船体横のバーニアを噴かしながら安定させつつ谷底に沈み込ませる。まるで潜水艦が水底へと潜って行くかのような光景がそこにはあった。

 ポンッと電波妨害用のバルーンを撃ち出して近くにあるレーダー探知機をかく乱させる。アルバトロスはレーダーの範囲が届かない場所まで降り立ち、そのまままっすぐ森へと抜ける道なりを進んでいく。


「例のアルバトロスと思われる陸艇は妨害電波を発信したようですね…。無線映像も使い物になりません。この程度で我々の網から抜け出す気でいるのでしょうか?」

 ザリザリと音を立てながらモニタに映り込む砂嵐を見つつアルバトロスのルートを地図を出して手動で割り出そうとする。

「奴ら相当食えない集団と聞くからな…。こんなことをして簡単に逃げおおせられるとは思ってはいないだろう。ここら一体は我々の庭のようなところだ、おそらくそれを踏まえたうえでのかく乱に違いない。最後に探知したのはポイントK-4だな?」

「はい。ここからメルウェーまでさほど遠いというわけでもありませんが…。奴らの目的地があまり読めませんね。」

 地図とにらめっこしながら考えを導き出そうとする。

「奴らの動きから見て最終的にどこを目指しているのか…おそらくシッチリーにあるクリスタリアカンパニーかその先、山脈を越えたとこに位置するテフロス工場…もしくはその両方…。」

「やはり狙いはギルガマシンの奪取でしょうかね?」

「そう考えるほうが納得は行く。となると、メルウェーをわざわざ抜けるなどと手間のかかることはしまい。それにポイントK-4周辺ならばあのクラスの艦でも侵入可能な渓谷がある、その行く先は森へ抜けられて統括軍の活動範囲からも抜けるというわけだ。これはあくまでも仮定に過ぎないがやはり現場に行って確かめるほかあるまい。渓谷まで進めさせる、緊急呼集をかけろ。」

 メルウェー基地から続々とマシンが出撃態勢に入る。しかし、メルウェー基地としても噂に名高いとは言えども、たかだか一隻そこら重巡陸艇に割けるほどの戦力を投じたくはなかった。


 レーダーが乱れた出し、アルバトロスの反応を追跡できなくなったポイントK-4周辺に数機の戦闘車両を配備させる。

 肉眼とアナログ式の双眼鏡を駆使して異常がないかを確認する。

 すると崖の付近に何やら動くものが見える。

 アルバトロスが打ち上げたバルーン下部にあるツメが崖に引っかかっており、それをを見つけた。

「ありゃ、何でしょうかね…。」

「ん、なんだ?…奴がこの電波妨害の原因かもしれん、レーダーの乱れが強くなっている。」

「撃ちますか、あれ。」

 主砲を向けて射撃体勢に入るがそれを制止する。

「まて、万が一に爆発してしまえばやっかいだ、機能停止させられるように応援を出そう。」

 ほどなくして応援に駆け付けたギルガマシン、統括軍のトレーグスが引っかかているバルーンの引き揚げ作業を行う。

「こりゃ普通の妨害電波発生器ですよ、統括軍でよく使われているものです。型式番号を一致させた結果はアルバトロスの物のようですが、とりあえず電源をおとしておきましょう。」

「これで互いに居場所が割れるわけか。アルバトロスが通過するであろう点に先回りをさせてギルガマシン隊を配備させよ。それにアテンブールは必ずこの崖を登ってくることが大いに予想される、その対策も十分にとっておけ。例の作戦で行く、抜かるなァ!」


 バルーンの電源が落とされたことによりアルバトロスのレーダーも正常に作動し始めたことを確認する。

「艦長、レーダーに乱れがなくなりました。おそらく、来ます。」

「いよぅし、分かった。パイロット各員聞こえたな?先ほどの配置につくように、あちらからもギルガマシンが来るぞ!」

「反応パターンありました、ギルガマシンこちらに接近中!」

 前面モニタに映し出された地図といくつかちらちらと光を放つギルガマシンを表す丸い点を照らし合わせたとき、敵のおおよその数と立ち位置を割り出す。

「この用意の周到さ、先回りされたとみて間違いはなさそうだな…。正攻法では通用しなくなってきたか…。全速力で突っ切る!多少アルバトロスを崖にぶつけて損傷させたってかまわん!」

 崖の上にはやはりというべきか想定通りに多くのマシンを配置しており、上からアルバトロスを撃たんとしていることが分かった。

「ザンダガルを出させろ、いきなり下から上昇して度肝を抜かしてやれ!」

『合点承知だ、いまさらザンダガルが空を飛ぶからといって驚く間抜けはいなさそうだがな!』

「そういうな、戦争が変わってきているならばこちらだっていろいろ考えねばならないがな。足はもう大丈夫か?」

『おかげさまで、ザンダガル出るぞ!』

 グンッと急上昇をかけて統括軍のギルガマシンが構える地上まで物の数秒で到達する。


「でたなアテンブールめ!しっかり狙いを定めろ。いくら高速とはいえ撃ち漏らすんじゃないぞ…撃て!」

 ずらりと並んだマシンが一斉に砲火を浴びせる。この時のためにと対空火器を十分に用意をしていた。その無慈悲な機銃の圧力がザンダガルを容赦なく襲う。

「お前たちが対空ならばこっちは対地爆撃だ!舐めるなよぉ!?」

 ザンダガルのミサイル管が開き、そのまま崖沿いに爆撃をかける。

 一つ、また一つと対空火器がつぶされて行き、ついにはすこし開けた地にギルガマシンだけがその場に立ちすくんでいた。

「あまりにもあっさりとしすぎている。それにギルガマシンの配備の仕方があまりにも緩い…。だが、ポジティブに考えるんだ!」

 ザンダガルを変形させながら地上へと降り立ちギルガマシンを倒さんと右腕のバルカンポッドを向けて照準をつける。引き金を引かんとしたときエドゥの足元が爆音とともに大きく揺れる。

「かかったな!そうやすやすと進行を許してなるものか!」

「急ごしらえのものとは言えども先回りをして仕掛けたのは正解だったな!

 急な爆発に驚きはしたもののただ手をこまねいているだけでは死が待っている。恐怖心と冷静さをはらんだ感情が脳を回る。

「そうか、地雷源!?対空火器を払ったザンダガルを迂闊に着地させようと…。だからあれほどにもてんでバラバラにいたのか!」

 読んで字のごとく足元をすくわれたザンダガルは脚部に深刻なダメージを負い、さらには次々と誘爆していく地雷によってその場から動けなくなってしまった。

「今のでどこかの回路がやられたか…?敵を甘く見すぎた。俺の足の次はまさかコイツだとはな、皮肉な話だ。」


「なに?エドゥが苦戦しているだって?」

 驚くニールスにサミエルが返答をする。

『ああ、なにやら敵さんはザンダガルの対策まで取っていたようね。それにアルバトロスの方だって油断ならない状況だよ。あんまりエドゥばかり気にかけているようじゃ自分の身は守れないよ。』

「分かっている!…やっぱり一筋縄では行かないか…。ギルガマシンがっ!?」

 小型陸艇が数隻、ギルガマシンを載せて崖を降り、アルバトロスの後方へとつける。

 ランチャーがアルバトロスを狙うが狭い空間の中でのそれは壁に激突して岩を砕きながら爆発する。

「こんなところでそんな無茶な攻撃したってダメなことぐらいわかるだろ!敵に近づいてから撃つんだよ!」

『しっ、しかし奴の対空砲火が激しすぎて!』

「あの程度が激しいうちに入るものか!統括軍人ならば死ぬ気で攻めろ!」

 ドオッ、ドオッ、ドオッ…!

 あちこちで小さな爆発が起こり、少しずつではあるが小競り合いを交わしている双方の距離はだんだんと短くなっていく。

「艦長!予定よりも早い段階で近づいてきます!多分このままですとアルバトロスの後部甲板にに敵ギルガマシンが上がってきますよ!」

「仕方がない、レスロッドを少し後方の守りに回すように。同時にアルバトロスの船速をさらに上げろ!多分勢いづいたままぶつかるかもしれないから全員対ショック態勢をとるように。舌、噛み千切るなよ?機関室、頼む。」

『了解だ艦長。少々の無茶には十分に耐えられる!』

 機銃からの曳光弾えいこうだんがチカチカと輝きを見せながらアルバトロスはその速度を上げていく。崖側面にその船体を勢いよくぶつけながらもその速度を衰えさせぬままに。

「アルバトロス、持つのかよ!?こんな無茶してさ!」

 ガンガンと壁にぶつかる衝撃を直に感じながらゴーヴは後部主砲の砲座に座っていた。

「ゴーヴ、あまりこれ以上来られるとアルバトロス一隻だけで抑えられるようなものじゃない。マシンの足止めをしてやろう!」

 同じくゴーヴの横に座るサキガケが提案してくる。だが、ただでさえ足止めできていないこの状況を一体自分たちだけでどう対処するのかとゴーヴは疑問に思う。だがサキガケはニヤリと笑ってみせる。

「道を塞ぐのにこれだけ好立地な場所はないぜ。狭い通路の一本道ならこれしか方法はない!俺が砲塔を回すからあの崖のエッジの部分を狙え!左右両方だ!」

 そこまで聞くと納得する。

「なるほど、これだけ大きな砲ならあんなものすぐに塊となって崩れるというわけか…。」

「大きな壁を作っちまえばザンダガルでも無けりゃ飛び越えられはしないさ。スマートなやり方とは程遠いが、命あっての物種よ。」

 顔を揃えてゴーヴもニヤリと笑う。

「ならばいっちょやってくれ!」

「よし来た!艦長、こちら後部主砲。頼みがある、アルバトロスを少し減速させて安定させてくれ!」

『サキガケか…。少しぐらいならできないこともないが…、何か方法を思いついたか?』

 いぶかしむように尋ねるバーナードにサキガケが答える。

「何とかしてこの一瞬でやたら大多数の足止めをする!頼む。」

『……分かった、そこまでいうのならばやって見せてくれ。死んだら責任は取れよ、サキガケ!』

「死ねば誰だって無責任だ!砲塔回すぞ!ゴーヴ、狙え!」

 照準を合わせながら乾いた唇を鳴らすように舌舐めずりをする。マトが大きなもの故、狙うのも大したことではない。

 アルバトロスがガクンと減速を行う。少しスローペースになったことで敵が油断する。が、それは死の合図だと誰が気付こう。

「行くぞ、ファイアーッ!」

 ゴーヴがファイアスイッチをカチッと押し込む。

 ド、ドォン!二発の砲が綺麗な放物線を描き壁にぶつかったその勢いで爆発を起こす。

 脆く崩れ去る岩の塊が後方から追ってくるギルガマシンを押しつぶして巨大な壁が出来上がる。

「もういっちょ反対側だ!砲塔回転ヨォし!撃て!」

「ファイアーッ!」

 再び引き金を引き完璧な壁が完成する。

 統括軍のマシンもうろたえながらその壁を登ろうにも上手く行かずにズルッ、ズルッと落ちる。

「オーケーだ、艦長。これでさっきよりは戦いやすくなったろう?」

『お見それいったよ。アルバトロスは再度加速を加える。そのまま突っ切るぞ!』

 再びエンジンをふかし、その場から即座に離れる。


 危機的状況からなんとか逃れたアルバトロスとは反対にアルバトロスは追い込まれていた。地雷攻撃による関節駆動系の損傷があまりにもひどく上手く動かすことができないでいる。

(クソォ…この程度でやられるのかよ!ザンダガル!残弾は…ミサイルが6発にバルカンがカートリッジ一つ…。…万事休すか…、だが死にたくはない!敵のギルガマシンの程度を見れば大した事はない!奴らがたたない地点におそらくまだ地雷は残されているんだ…。ともなればその爆発を利用してその隙をついて逃げる。)

 ジリジリと動かなくなったザンダガルにトドメをささんとギルガマシンが近づいてくる。その動きからどの辺りに地雷を用意しているのかの目算を立てる。

 残り少ないミサイルを地雷があるだろうところへ向けて撃つ。一発目は空振りに終わるが出し惜しみはない、二発目に打ち込んだところがカッ!と光り大きな爆発を起こす。数機のギルガマシンがその爆発に巻き込まれ、エドゥもまた爆発を盾に無理やりザンダガルを空へ飛ばす。

「コイツがAGSで飛んで無けりゃこんなことできやしねぇな…。これでアルバトロスへ戻ればスペアの脚はあるだろう…。」

 崖へと落下するかのように見せかけながら、タイミングよくアルバトロスの甲板方へと降りる。

「ザンダガルが戻って来たぞ!消化班急げ!火器に引火する!」

「こりゃあ、随分と派手にやられたなぁ…。」

 エドゥがキャノピーを開けて走ってくるビンセントに向かって叫ぶ。

「すまない!やられた!ザンダガルの脚のスペアがあるだろ?すぐにでも付けてくれ!」

「もちろんあるぞ!エドゥ、お前さんにしては珍しく大きな痛手を受けたようじゃな。」

 エドゥは少しだけ苦笑いしながら答える。

「言ってくれるぜ、おやっさん。だが今は一秒でも惜しい、早い所頼むぜ!」

「了解した、五分は待っておれ。ところでAGSは問題ないのかの?」

「アレが作動して無けりゃとうに死んでるよ!」

 カッカッカッ!と大口開けて笑いながらビンセントは修理の準備をしだす。

「それもそうじゃな!」


 ザンダガルが一度アルバトロスに戻ったことをニールスは知り、心配になって無線を入れる。

「エ、エドゥ!大丈夫なの?」

 エドゥはニールスから個人的な無線が入って来て不思議に思う。

『まあまあと言ったところかな、俺の方は問題ない。ザンダガルは大したマシンだよ。問題はパイロットの腕にありそうだがな。アッハハハ。』

「腕?腕が負傷でもしなのかい!?」

 エドゥの言葉に思わず驚いてしまう。

 そんなニールスの驚嘆するような声にエドゥは慌てて訂正を入れる。

『違う違う、力量の話だよ! 俺が未熟な余りにこんな情けない結果になったってことだよ。』

「あ、あぁ…そうかぁ…。冷静に考えればそうだよね…!」

 ニールスはそう言いつつホッと胸を撫で下ろす、と同時に自分がなぜエドゥの事をここまで気にかけているのかがわからなかった。撫で下ろしたばかりの胸の中にモヤモヤとしたものを抱えながら考えるが、その答えは到底出てこなかった。


「アテンブールはどうなっている?」

 ギルガマシン隊に指示する司令はその後の戦場の様子を尋ねる。

 それに対して現場で指揮を執る隊長が申し訳のなさそうにことを伝える。

『脚にダメージを与えれたのですが、すんでのところで逃げられました。さらに運の悪いことにアルバトロスがその下を通過中でして無事回収されました…。不覚の致すところです。』

 状況報告に頭を抱えながらうん…と唸りをあげる。

「分かった…、報告ご苦労。あの程度の戦力に我々が踊らされているというのはあまり気持ちのいいものではないな…。やはりあのアテンブールとか言うマシンの存在…大きなものであるに違いない…。」

「司令官、いかがいたしましょう…。谷底のアルバトロスにも逃げられ、あまつさえアテンブールも仕留められないとなると我々のメンツもありますが…。」

 机に置いた両手に体重をかけながら瞑目し、そして決断を下す。

「言うな…。私にだって分かっている。我々にも後々にあのアテンブールと同タイプの新型が届く。今は持てる最小の戦力を当てて、極力努力したように見せよう。あとで上層部に言い訳が効くようにな。一度でさえあのアテンブールの動きを止めるまでには至ったのだ、この事実だけでも士気をあげる。」

「了解しました…。そのように。」

 そう言い残して部屋を立ち去る彼の姿を確認すると司令官は自分だけに聞こえるように言った。

「メンツだけでは腹も膨れんよ…。」


 脚の修復を行ったザンダガルを再び出撃させた時、妙な感覚にとらわれた。そう感じたのはエドゥだけではない、味方のほぼ全員が感じる違和感だった。

「敵の戦意が急に劣ったに感じるのだが、奴らに何があった…?」

 バーナードがそう尋ねることにマクギャバーが答える。

「ザンダガルが引いてからですかね…。わずかながらに後退しているマシンがちらほらと見えます。

「…なぜだ。いくらザンダガルが痛手を受けたところで撃破もせずに早々と引き下がるのはあまりにもあっさりとしすぎる。」

「奴らにとって脅威と感じるのはザンダガルの存在だと思うんですがね、それが一度でも戦場から身を引いたことで油断したとかじゃ…。」

 ククールスも自らの考えを出す。だがそれを遮るのはルトだった。

「違うわね、多分私たちの作戦勝ちよ。」

 自信を秘めたその物言いにバーナードは、

「その心は?」と問う。

 それに対してルトはすかさず答える。

「正直ピッサメルバレー近辺に駐屯する基地なんて戦略的価値がほとんど無いに等しいわ。そんなところに私たちが飛び込めば、たとえ攻撃はしようとも自分たちが一定の戦果、ないし不利な状況に立たされるんだったら構わず撤退させるわよ。もうすでにボロボロに崩れているところでたまたまザンダガルを仕留められたのよ?これ以上無駄に戦うことが無駄だと悟ったんじゃ無いかしら?まあ敵の真意なんて知りようは無いけれどもね。」

 マクギャバーがそこまで聞いて感心する。

「そうかぁ!確かに一隻の巡洋艦にここまで戦力を割くこと自体が異例なんだ!今まで向かってきた敵が多すぎてすっかり忘れていたっ…!」

「ルトの考え、確かに一理ありそうだな…。まさかまさか今の戦争がたかが一機のギルガマシンによって大きく形を変えられるとはな…。」

 バーナードも同じく感心したように、そしてそこに含みをもたせながら頷く。

「何言ってんのよ、これからそんなマシンが戦場にどんどん溢れかえるんでしょ?だったらもっともっと変わっていくわよ、戦い方が。キャップもなんだかんだと年なんじゃ無いの?」とルトも少し褒められたことを肌で感じて嬉しかったのか、つい図に乗って軽口を叩く。

「ククク、言ってくれる…。」

 バーナードもその言いように苦笑いをしてみせる。

「確かに兵器の一つや二つで戦いが変わるって事は過去にも例がありますしね。旧時代、かつてのアメリカ合衆国なる国は世界対戦の時にレーダーを開発して物量と情報を元にその勝利を勝ち取った…、とも言われますし。あながちおかしな話でもなさそうですね。」

 その言葉にさらに納得させられる。たとえ事実がそうでなくてもそれっぽい理由づけをすることには意味がある。

 その中で、

「…まだ若いつもりでいたのだがなぁ…。」

 ボソリと呟くバーナードの言葉がみんな聞こえてはいたが、あえて聞かぬふりをしておいた。


『…と言うわけで戦力を引いたんじゃ無いかと考えているらしいんだ、エドゥ。』

 無線で入ってきたその内容にエドゥもまたなるほど、と頷く。

「こちらも奴らも敵同士だからということでぶつかっているが、大義もなく戦っているものな。かつてのザンダ基地の方がまだザンダ自治区を攻めるという大義は持っていたものな…。」

『そういう事だ。』

 エドゥはその自分の発言に少し別の考えがよぎる。

「だったら逆に今度の戦いは激しいものになりそうだな。相手はどうしてでもクリスタリアカンパニーに手出しはされたく無いだろうし、こちらはこちらで戦力補充のためにそこを攻める。双方に戦う意味があるわけだ。」

『まあ、考え方からすればそうなるだろうな。出てくるんじゃ無いのか?例のローディッシュ・パンターのシャイダン・サルバーカインが。』

「やめろって、そういう一言をフラッグってんだ。…だが、次こそ奴には勝ちたい。」

 シャイダンとの初めての戦いを頭の中に思い起こし拳をぎゅっと握る。

『だったら今この状態をまず打破できなきゃ奴には勝てないだろうよ、やってやれ!』

「分かっている!」

 エドゥの目の奥には今シャイダンの姿が映し出されていた。こんな所でおめおめやられるわけにはならいかないと。

 先ほどのお礼だとばかりにザンダガルで敵のギルガマシンを討つ。

「いつまでたってもこのままじゃ無いぜ、俺ァ…。見てろよッ!」

 頭数の減った敵を相手にザンダガルがその力を発揮する。アルバトロスに集中する攻撃を少しで緩和させ、この地帯からの離脱を促すために。

「チィッ!腰抜けが…戦線を引けば士気は下がるというのに!意地でもここを通すなよ!」

「アテンブール、また来ます!う、うわぁぁぁぁっ!」

 ザンダガルの腕によって掴まれた敵のレスロッドはそのままブンブンとジャイアントスイングを喰らい、投げ飛ばされる。

 どがっしゃぁ!

 強烈な音を立てながら、また下にあった地雷に触れて大きな爆発を起こす。

「まぁた来やがったのか、化け物めぇ…。ブッ殺してやる!」

 声を荒げながらランチャーを構えるが、その動作の間にすでに視界からザンダガルは消えていた。

 機動力を活かして背後に回り、むき出しのエンジン部分にバルカンをあてがって撃ち込む。

 ドォォ…と小規模な爆発が起こるが、ザンダガルを大きくジャンプさせて逃れる。

「さっきまでのお礼だ!他の奴らみたいにおとなしく引き上げておくんだったな!」

 黒煙がモクモクを立ち込める様子を後ろ目に、ついにピッサメルバレーを越えんとするアルバトロスの元へと機体を戻していく。


 戦闘があった同時刻、統括軍総司令官グリーチ・エイベル将軍のもとにアルバトロスがクリスタリアカンパニーへと向かうであろう情報が届けられていた。

 その内容を聞いてなおグリーチは取り乱しはしなかった。

 ただただ、静かな怒りを使者に向ける。

「アルバトロス、アルバトロスと…。他のゲリラごとき小国ごとき簡単に制圧できるような我々統括軍がなぜたかだか一隻の反逆者共に苦戦を強いるか…。」

 使者はその空気を感じ取って動揺する。周りに集まる人々も心臓の鼓動を大きく鳴らす。そこには異様なギャップ、温度差を感じる空気があった。

「敵に盗まれた例のアテンブールがあまりにもその性能を発揮しておりまして、現行のギルガマシンでは対処のしようがないということもあるようです…。」

「情けない…。で、この私に何が言いたい?」

 使者はゴクリと生唾を飲み込み首元を整えてから言葉をつづける。

「現在カンパニーにあるバッツェブールを早急にテフロス工場へと移し、組み立てと最終チェック、そして起動テストを行った後にアルバトロスを迎え撃たねば手遅れになるかもしれません…。」

 ふぅ、とため息を一つついたのちグリーチは使者の方を見る。

 使者はつい視線をそらしてしまうが再び合わせる。

「またアテンブールのように奪われると考えたか…。よかろう。バッツェブールだけではなくほかの組み立て中のマシンの急いで移させるようにしよう。それと誰かをテフロスの方へと送らせる。」

「ファイブ・ヘッズでしょうか?」

 いや…。とグリーチは首を振ってこたえる。

「シャイダン・サルバーカイン少将があのアルバトロスとの実戦経験がある。それにシャクトショルダーの性能も捨てがたいと聞く、奴にやらせよう。」

「では、早速サルバーカイン隊を向かわせるようにいたします。」

 そういって使者は敬礼をし、去っていく。

 騒然としたグリーチの部屋も使者が去るとともにシン…とする。

 グリーチの放つそのオーラに誰も触れようとはしない。グリーチもまた誰も近づけさせぬように目頭を指で押さえながら考え事をする。

(バカ息子め…死んでなおこの私を悩ませる…。檻の中の獣を解き放つとは…。我が息子ながら実に愚かな奴め…。…バーナード、貴様が今ここにいればまだ状況は違ったのか…?)

だが、心の中の問いかけにこたえられる者は誰も存在しない。


 ひとまずの難を逃れたアルバトロスは、森の中で身を隠しながら進む。再びシャイダンとの戦いを控える中、ついにシッチリーに位置するクリスタリアカンパニーを目前にする。カンパニーの新型であるのギルガマシン・バッツェブールは今か今かと完成しつつある。

 一体、エドゥたちにどう挑んでくるのか、それは誰も知る話ではないあろう。

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