第13話ウィークポイント

 人が変革を求むるのか、変革が人を動かすのか。そのようなことを考えた哲学者はすでに溢れていた。だが一様に真実なる答えを出せてはいない、いや出せないのだろう。統括軍を中心としたその戦いは変革を求む人間達が行なっている。その先に真実は見つけられるのか、これも誰もが知るものではないだろう。いつになればそれを掴むことができるのだろうか。


 アルバトロスに挑む次なるマシンはデカかった。さらにそのギルガマシン、並大抵のギルガマシンではなく、統括軍が完成させていたビーム兵器を携えて迎え撃たれる。いくら安定しない兵器といえども彼らアルバトロスに動揺をあたえるにはあまりにも十分すぎる代物である。

 果たしてエドゥらこれをどう乗り切る?


 アルバトロスの放ったターゲットから大きくそれて着弾した。

 いや、それたというより軽々避けられたという方が正しいだろう。無論、最初の一発が当たるなどと誰も思いもしなかったが、ビッグ・スパイダスは見た目にそぐわぬその機敏さをありありと見せつけるかのようにかわしたのである。その上ギルガマシン、ウィリーガーを三機も載せて動いているのだから馬力も段違いなのだろう。

「そうそう当たるようなものではないが…。それにしても回避が速い…!次弾装填よぉい!アルバトロスも回避運動をとりつつギルガマシン出撃させろ。」

「レスロッド各機はあの上に乗ってるウィリーガーをアルバトロスから遠ざけて欲しい。ザンダガルは上空から、トレーグスとシューターは地上からあのド級ギルガマシンを相手しておいて貰いたい!」

 テンピネスがアルバトロスからマシンが出ているのを肉眼で確認するとこちらも!とばかりにウィリーガーを出させる。

 ギルガマシン、ウィリーガーはバイペッド二足歩行タイプのギルガマシンの足にローラーを備え付け、整地、不整地に関係なく高速移動を実現したマシンである。

「ウィリーガー出撃用意。アルバトロスには目もくれるな。」

 ウィリーガーはスパイダスから降り立ちキィィィイ…と金属のこすれるような回転音を立てながらアルバトロスのマシンと衝突する。それに続くようにスパイダスは前方二連装砲をレスロッドに向けて撃つ。回避を行う姿勢に入ろうとするところに高速で迫るウィリーガーによってタックルを決められ、そのままよろけてウィリーガーにマウントポジションを取られる。

「し、しまった!チキショウ!」

 そんな叫びが己の最後かと悟るが、死にはしなかった。

「大丈夫か?ここはひとまずボクに任せて!」

 シューターがウィリーガーを蹴り上げて倒れたその隙にレスロッドを立たせる。

『野郎、練度はなかなか高いらしい…。すまんニールス、助かった。』

「あぁ、だが悠長に話している場合じゃない、ウィリーガーの相手は頼んだ!」

『任せておけ、お前たちが安心してあの化け物を倒せるようにしておくさ!』

 遂にスパイダスがアルバトロスとの目と鼻の先にまだやって来た。が、エドゥのザンダガルも速かった。

「喰らえってんだ!」

 エドゥの叫びを体現したかのようにミサイルを乱発してスパイダスに浴びせる。

「アテンブール…やはり一番の厄介はこいつか!」

「ど、どうします?隊長⁉︎」

「落ち着け、スパイダスの対空火器で弾幕を張りつつアテンブールを追い込み、あのギルガマシンどももろともビームの餌食にしてやる。そこまで運んだらウィリーガーにも下がらせろ、ただし動きを読まれぬように徹底した攻撃を続けさせるように!」

「了解!」

 スパイダスの屋上に位置するところから数機の対空火器が出てくる。

(な!まだそんな所にも装備を隠し持ってるのか!あいつは!)

 エドゥがそれを破壊しようとした時、機銃は火を噴いてザンダガルに直撃する。

(大した傷はないが…ずっとこのままだと流石にザンダガルでも持たない…!)

 大きく回り込み後方からの攻撃を加えようとしても二連装砲も対空火器もザンダガルにまとわりついてくる。


「主砲、機銃、ミサイル管、全弾よく狙って撃て!ザンダガルを援護する。」

 アルバトロスの攻撃はスパイダスの動きを多少封じ込める程度にしかならなかった。

「アルバトロスの指揮官め、よほど良い動きをしている…。だが今はアテンブールを落とすことに集中しろ!位置はどうだ⁉︎」

 ウィリーガーの攻撃によりアルバトロスのギルガマシンは一点に集められつつあった。まるで吸い寄せられるようなその状況に、切迫している彼らは誰しもが敵の手中に落ちているなど考えもつかぬことであった。

「上々です、間も無く射程内に敵ギルガマシンを収められます!」

「そうか、ならば!ウィリーガー隊は微速後退。敵はその場に留めておけ!」

『了解!』

 今になってマクギャバーが気づく。

「これは!艦長、危険です!ギルガマシン隊が相手の動きに翻弄されて集められています!」

「何?あのデカブツの様子は!?」

「熱源の温度上昇…第二波来ます!」

「ギルガマシン各機、避けろ!あのビームが来るぞ!」

「「「!!」」」

 バーナードから言われて気が付いた彼らであったが、すでにスパイダスの銃口は眩しいほどに光っていた。撃ち出す前のエネルギーが十分に溜まっているという証拠であった。

「今更避けようとも遅いわ!エネルギー充填…、よぉく狙えよ…。ーッ!」

 バオォォォォン!

 まるで流星群が地を這うかのようにビームが広がりアルバトロスに向けて飛び散って行く。一見すれば幻想的な光の生み出す光景なのであろう、だがアルバトロスにすればそれはとてつもない死を呼ぶ光だ。

 バツッ…バツッ…バチンッ!

 コンマ数秒も経ずして多くのマシンに当たったビームが激しく火花と音を立てながら装甲を焼いていく。

 むやみに避けたことが失敗だったのか、多方向に広がる熱線に貫かれる羽目になった。

 幸いにも死者は出なかったが、マシンの損傷があまりにも激しいものが多い。かたやマニピュレーター含む腕が溶かされ、かたや足が溶かされ、かたや火器にあたり暴発するなど多岐にわたる被害が出た。

「な、なんてめちゃくちゃな…!自力で戻ってこれるマシンは足をやられたマシンをアルバトロスに戻しつつそのまま退却!まだ戦闘を継続できるマシンは次の攻撃までにあのバケモノを出来るだけ破壊を…!」

「エドゥ、空の要はお前だ!可能な限りぴったりと上空に取り付いてミサイルなりなんなりでブチのめせ!」

『分かった…!分かったが、あの野郎相当に硬いぞ!』

「だからこそ一番脆いところを探すんだ!」

 混乱のさなか、逃げるマシンにテンピネスが追い討ちをかけんと次のフォーメーションに移る。

「逃してたまるか!ウィリーガー隊、コンビネーションアタックをかけるぞ!」

『ラジャ!』

 テンピネスの掛け声と共にスパイダスは機体後方からギルガマシンを上に乗せるためのスロープを走りながらも出し、さらに加速を加える。

 ウィリーガー三機もそのスパイダスに向けてローラーの回転数を上げてどんどん近づく。

「なんだ…特攻か⁉︎」

 急に全機高速で突撃するかのように迫るその姿はあたかも特攻をかまそうとしているようにしか見えなかった。が、それは違う。

 遂にスパイダスのスロープにウィリーガーが乗りかかり、そのスピードを殺さぬままにまるでスキージャンプの要領でスパイダスを越えて大ジャンプをする。

「行くぞ!必殺のぉ!コンビネーションジャンプアタァック‼︎」

 超上空まで飛び上がったウィリーガーは下のトレーグスらに向けてマシンガンを撃つ。

 思ってもみなかったような攻撃の仕方に加え、上空からの突き刺さるようなマシンガンの雨あられに驚く。その時は一瞬ではあったが、その一瞬がこの戦場では戦局を大きく左右する。

「フフフ…、決まった…。何も空を飛べるのはアテンブールだけではない!我々も空を跳べる!」

 初めて成功したその技にご満悦の顔をウィリーガーのパイロットは浮かべる。

「惑わされるな!たかだか上空に跳び上がっただけだ!ザンダガルと違って跳んだらそのまま自由落下するだけで移動なんてできない!上空にいる瞬間を狙え!」

 エドゥの言葉に他のトレーグスのパイロットは無理だと言う。

「無理なもんか!ニールス、シューターのフックショットで次に跳び上がった瞬間を貫け!それが無理ならば着地点を予想して相手に次の一手が出せないように徹底的に潰せ!」

『わ、分かった、やってみる!』

「いいか…。次、来るぞ!」

 次に控えていたウィリーガーもスパイダスのスロープを使ってジャンプを繰り出そうとしていた。

 それに対してエドゥもニールスも構える。

「俺も行くぞ!必殺のぉ…!」

「二度も同じ手を喰らうかってんだ!」

 ザンダガルのバルカンポッドとトレーグスのマシンガンがそのウィリーガーを狙い定める。

「わあぁぁぁっ!」

 そのまま上空でクレイ射撃のマトのように狙われたウィリーガーは落ちる。そしてこのタイミングだ、とニールスのシューターがフックショットを打ち出してウィリーガーの足を貫く。

 元々、後は落ちるだけだった状態からシューターに捕まったことでさらに下に落下する力が加えられて、結果地面に叩きつけられた。

「ガハァッ!…うっ…。」

 中のパイロットは強い衝撃で失神したために戦闘不能となり、残るマシンはウィリーガー二機、ビッグ・スパイダス一機となる。

「チクショウ、コンビネーションアタックがもう使えなくなったか…!フォーメーションチェンジだ!」

『な、なんですか他のフォーメーションって⁉︎』

「知らん!それっぽい行動をとって相手を惑わせろ!」

『そんな無責任な!』

「スパイダスのエネルギー充填が終わるまでなんとか持ちこたえなきゃ俺たちは負けるんだよ!最悪生き残ってデータの一つや二つも持ち帰らなければ先にやられてしまった奴も浮かばれない!」

『…た、隊長…私は生…生きておりますが…。気絶しただけですから!』

「どちらにせよだ!あのアルバトロスに次の一手がないと悟られたらおしまいだ!」


 バーナードだけでなく、そこにいる誰しもテンピネスらに次の一手がないことを理解した。

「どうですかね、艦長。奴らの動きにこれ以上変化がないように見えるのですが…。」

 艦橋からもテンピネスらの狼狽ぶりはよく見えた。だがしかし、今なおあのビーム兵器がアルバトロスにとっては脅威に変わりはない。

 このまま下手に時間稼ぎをされてしまえばそのまま一発ズドンと入れられる。

「…撃たせちゃうか…。」

「…はいっ…、え?今なんて?」

「いやだからさ、相手があんなにも次弾を撃ちたがっているんだから撃たせちゃったほうがいいんじゃないかな…、と。」

 そこまで言っておいてバーナードは視線を感じたのでそっちを見ると、マクギャバーが気でも狂ったのかと言わんばかりの目を向けてきていた。

「説明が少ないのも考えものだな。すまない。あのビーム兵器、開発に成功したばっかりだから多分エネルギーの調整がまだ効かないと思うんだよ。多分あの程度のマシンの大きさから出されるアレ程のエネルギー放出量ならば後一発、ないし一発と少し程度にしかエネルギー残量がないと見ているんだけれども。」

 そこまで言われてマクギャバーはやっと軽蔑の目を元に戻す。

「あぁ、そうか…。じゃあ今相手が焦って撃たせておけば次いつ来るかなんでビクビクしないで済みますよね。そうなればただ図体がデカいだけのマシンでしかない…。」

「そういうこと。…ていうか君あんな目付きもするんだね…。」

「じゃあ早速撃たせるよう調整いたしましょう!さっきの攻撃でどれだけの範囲までビームが広がるのかもわかりましたし。」

「……。頼む、エドゥらにもそういう事だと伝えておいて。ククールス、ギリギリ当たりそうなところまで詰めてからその後に避けられるようにしておいてほしい。」

「了解、少し揺れますが体を支えておいてください。突っ込みますよ!」

 アルバトロスの船体を一気に加速させてスパイダスの方に寄せる。それにテンピネスらは驚きビームの充填を急がせる。

「アルバトロスがいきなり距離を詰めてきました!」

「しまった…!多分我々が策を弄したことがバレた!残っているウィリーガーはアルバトロスの足止めをできるだけしろ!」

『無茶言わんでください!これ以上我々も命を張る覚悟ができませんて!撃ってください!せめてアルバトロスだけでも!』

 やはり目の前に迫るアルバトロスの大きさには言葉を失うほどであった。ついに、最後の一発を撃とうとする。しかも誰もそれに気づいていない。

「来る!今だククールス!」

「だぁぁぁぁ!」

 ピカッ!と眩い光が美しく広がる。がそれは何事もなかったかのように遥か遠くの地平線へと消えて行った。

「は、外した…。奴らにまんまと乗せられた…?」

「た、隊長…、もうエネルギーの残りの残量ないです…。」

「ハ、ハハハ…!ハハハ!構うものか、出涸らしでもなんでも使えるものは使え!但し我々はこのまま脱出する。ウィリーガー、ビッグ・スパイダスはこのまま戦線離脱だ!全員生きて帰るように!ケガ人も必ず連れて帰れよ?」

『了解!』

「戦線りだぁぁつ‼︎」

 まずウィリーガーが踵を返すように後方へと逃げる。壊れた一気を抱えても流石パワーと機動力に自信があるマシンだ。モノともしない。

 スパイダスもキャタピラーの回転の向きを変え後方へとバックしながら弾幕を張る。

「な、なんだあいつら、ここまでやっておいて逃げるのか⁉︎」

「馬鹿にしやがって…!全員、あのデカブツマシンに目にモノ言わせてやれ!」

「さんざ痛めつけられたんだ!黙って逃すかってんだよ!

「俺たちをコケにした分、きっちりオトシマエつけさせて貰うぞ!」

「艦長!アレのどこを狙えばいいと思う⁉︎」

 血気盛んな若者たちが目を血走らせながらスパイダスだけでも仕留めようとする。そこから放つ狂気の沙汰のオーラを感じ取ったのか、テンピネスは身体中に鳥肌が立ち、全身をブルルと震わせる。

「なんだ…、まるで誰かが逃げろと伝えているような…。そんな感覚が…。」

「どうしたんです?隊長?」

「ビッグ・スパイダスは放棄する。全員脱出の用意!」

「ほ、放棄ですか?ですがそのままですと上に何を言われるか!」

「データさえ持ち帰れば構わん!ここで命を落とせばそのデータさえ持ち帰られずに犬死になるだけだ!命あっての物種、命あっての我々の成果!」

「た、確かに…。それにスパイダスが量産される予定ならばこの一機が無くなろうと我々のデータさえあれば次に活かせますね!」

「そうだ、それに上から何を言われようとそれは私だけに及ぶものよ。お前たちが心配をするようなものではない!」

「た、隊長!」

 そんな寸劇を演じているところでバーナードは考えがまとまる。

『そうだなぁ、あのエネルギーが充満しているところにミサイルの一つや二つぶち込んで見ればその倍以上の爆発は起こりそうだね。それに銃口も広いからやりやすいんじゃないの?』

 スパイダスの中のエネルギーを熱暴走させ、そのまま爆破させるという行動に打って出ることにした。

「なるほど!ということだ、エドゥ!お前のザンダガルの自慢のミサイルで奴を木っ端微塵にしてやれ!」

「お、おう!任せておけ。こう見えてもストラックアウトには自信があるからな。それ、行けェ!」

 ザンダガルから放たれたミサイルが景気良くスパイダスの方へと飛んでいく。そしてそのミサイルは狙い通りにビーム兵器の銃口へと突っ込み、爆発。そして負荷がかかりそのままスパイダスも爆発し、巨大な楼閣のごときマシンは足元から崩れ落ちてその動きを停止する。

 が、既に中にいた全員は脱出済みであったためにただの空っぽのマシンでしかなかった。


「…とすると奴らこのマシンをほっぽりだして逃げたっていうことか…。よくもまぁ逆に度胸のある奴らじゃのお…。内装はどんな感じじゃ?」

 ビンセントたちが捨て去られたビッグ・スパイダスの調査に赴いていた。とはいえあの爆発でコクピット内はズタボロに、それにに加えデータの入ったメモリも抜きとられ、あまつさえ死人の一人さえいる気配もない。ゾッとするほどに見事な逃げおおせっぷりだった。

「二連装砲なんかはアルバトロスに積んで使えそうだが、その他はほんとにガラクタばっかりになっちまった…。それら以外でだとこの装甲は使えそうだな、結構丈夫に作られているし。」

「装甲の薄いギルガマシン用にシールドなんかが作れそうじゃな…。ま、めぼしいものがなければ早急に引き上げよう。また新手が来ない保証はないからの。」

「違いない、さぁ引き揚げ作業だ。使えそうな部品はアルバトロスへ持って行ってくれ。」

『了解。』

 レスロッドがクレーンを使ってスパイダスの残骸を持っていく。

『おやっさん、何かいいものでも見つかったかい?』

「おお、艦長。これといって何かあったわけでもないんだがねぇ。あのギルガマシンの名前が分かったことが一番大きなことじゃろうの。『ビッグ・スパイダス』この名でアルバトロスのコンピュータでクロス検索をかけて欲しい。まぁ、結果は分かりきっておるようなもんじゃがの、念のためとしての。」

『ビッグ・スパイダスねぇ…。なるほど、こちらはいいものが見つかったようだビッグ・スパイダスはこのアルバトロスとアテンブールと同時期に生産された多脚型ギルガマシンだそうだ。製造は…ほぉ、これまた…。アテンブールと同じくクリスタリアカンパニーだそうだ。』

「クリスタニアカンパニーとな…、フゥム…俄然興味が出てきた。続きはアルバトロスに戻って聞こうかの。」

『多分その方が良いかもしれない。では。』


「あのアテンブールもクリスタリアカンパニーということならば、すでに次期生産体制が整えられていると見た方が良いかもしれんの。」

「クリスタリアカンパニーってのはそれほど大きな生産力を持っているの?」

 サミエルの問いにバーナードが答える。

「そうだな、会社としての規模自体もデカいんだが、統括軍からの資金援助がやはり大きい。基本的に統括軍のギルガマシンの製造を承っているのはそこだ。アテンブールだけじゃなくて次世代のギルガマシンを様々にテストしていたとなると…、そろそろプロジェクト自体を起こしてはいるだろうな。」

「なんであるにせよ、現存兵力で統括軍に新型マシンをこれ以上導入されちまえば俺たちの戦いはますます不利になることは間違いない。ザンダガルだけでカバーできるような話ではないな。あのビッグ・スパイダスってのも相当厄介な代物であったし…。」

 特にそれ以上得るものが何もないとわかっていながら気を紛らわせるかのようにビッグ・スパイダスの内部図を手に取って見る。

「やっぱり、あのアテンブールタイプとタメの張れるようなマシンがアルバトロスにはもう少し必要なのかもしれない。」

 全員が黙りこくってその場がシィンとする。これは艦長であるバーナードに次なる指示を仰ぐ合図でもある。

 バーナードがあたりをスッと見回してこれ以上誰かしらからの発言がないことを確認してから口を開く。

「ならば、次に我々が向かう目的地が決まったようなものだ。かなり大きく道をそれるが、さして問題ではないだろう。クリスタリアカンパニーに向けてアルバトロスは前進をかける。手に入れられないものは奪ってでも手に入れる。ソフトなりハードなりクリスタリアカンパニーで必要なものは取り揃えよう。」

「結局、どんどんこうして盗みのプロ集団になっていくわけだ。」

「皮肉だねぇ…。」


 アルバトロスとテンピネスらビッグ・スパイダスの衝突から数日後。劇的なるかはさておいて必死に脱出を図ったテンピネス達一行は無事に近くの基地で収容され、本部の方へと召喚命令が下された。

 彼らは何があろうと強く気を保つことを胸に抱き、お偉方の集まる中に立たされる。

「では今回のテンピネス・ルドルフ中佐率いる第六十三独立小隊による新型多脚型マシンGPX-21、コード名ビッグ・スパイダス実戦テストについての報告を始める。」

 いくら気持ちを引き締めているとはいえ、その結果いかんではテンピネスは飛ばされる。ゴクリと周りに聞こえるかのような音で生唾をのんでしまうのも無理はない。

「…例のアルバトロスと戦闘を繰り広げ、テスト機とウィリーガー一機が大破、さらに加えテスト機を捨て、自らは戦線から離脱。普通ならば営倉入りは覚悟してもらいたいものだが、今回はあまりにも特殊な事例ゆえにこの一件についてはこちらで後処理をさせていただく。それにルドルフ中佐の判断によりテスト機のデータを持ち帰ったという件については評価に値する。さらに新型兵器のその威力を十分に発揮してくれたということもまた加点となりえると我々は結論付けた。」

 テンピネスは思ってもみなかったコメントに唖然として声も出なかった。が少し息を整えてから目の前に座る男たちに向けて話し始める。

「となると、私の処分はいかほどになるのでしょうか?」

「そうだなぁ、新型のギルガマシンを二機回す。より一層統括軍のために役立ててくれ。」

「し、新型マシン…。また新型マシンでありますか?」

 スパイダスの事があまりにも彼の中でトラウマに近い出来事だったのでつい新型マシンの運用と聞いて、思っていたことを口にしてしまい、ハッと気づいて口をふさごうとする。が、それは杞憂だったようだ。

「いや、そういいたくなる気持ちもわかる。テスト機はあまりにもピーキーなマシンだった。申し訳ないと思っている。が今度のマシンは我々のお墨付きだ。シャクトショルダーといってな、二足歩行型のマシンだ。現場の判断でより良い成果を出してくれた君たちに扱いやすいものだと考えてな、是非に受け取ってもらいたい。」

「そ、そういうことでありましたか。失礼しました。ではありがたくシャクトショルダーを預からせていただきます。」

 敬礼をしてその場を去ろうとしたときに一瞬だけ呼び止められる。

「そうそう、貴公は万一の場合にはシャイダン・サルバーカイン少将の部隊を手助けしてやってくれ。アルバトロスとの戦闘経験のある部隊がいまだ少ないからこそ一度戦った君たちにならある程度の癖が読めるだろうと思ってな。すまないがその時また呼集をかけるやもしれん。」

 ここまでの話の流れ、そしてその命令の奥にある理由は本当の理由ではない。以前にシャイダンがアルバトロスと接触したにもかかわらず、そのアルバトロスを討たなかっただけでなく、敵のギルガマシンにもダメージを与えぬままに見逃していることが上層部の間で問題となっていた。だからこそテンピネスに甘い顔を見せてシャイダンを暴走させぬようにそのような辞令を下した。

 テンピネスは事があまりにも上手く行きすぎる為に少々の疑いを抱きはしたが、首の皮一枚がペロリと剥がれるか否やな瀬戸際でそんなことに首を突っ込む余裕すらなかった。突っ込むべき首が落ちてはシャレにならない。

「サルバーカイン少将の部隊を我々がですか…?…了解いたしました。」

 やはりモヤモヤは拭えぬ状態ではあるものの、また敬礼をして、今度はその場を立ち去って行った。


「閣下、どういたしました?」

「ん、あぁ。テンピネス・ルドルフ中佐の部隊がアルバトロスとぶつかったらしくてな。任されていたビッグ・スパイダスは失ったが本人達は生きているそうだ。」

「やたらと出会って生きているということは良い事ではないですか。ではなぜ、不服そうな顔をしていらっしゃるのですか。」

 指摘されて初めてシャイダンは自分が顔を歪めていることに気がついた。

「そんな顔をしていたか…?まぁ、そうだな。別にそこは問題じゃないが、万一の時は我々の手助けをするようにと命令が下されたそうだ。」

「手助け…。上層部はやはりこの間アルバトロスと接触した際の事を知った上で言っているのでしょうか?」

「おそらくな、多分サルバーカイン少将も所詮は叩き上げだ。などと今頃言われているのだろう。それも承知の上での事だったが、あまりよく知らぬ者に戦場を荒らされるのは正直言えば不本意だ。」

「心中お察し致します。が、やはりそうなるとエドゥアルド・タルコットを討っておくべきではなかったのですか?」

 シャイダンは顎に手をやり少し瞑目しながら考える。

「そうかもしれんが、バーナード元中将やアルバトロスの彼らを見ていると、どうしても他人事とは思えなくてな。もしかすれば我々だっていつ彼らのようになるのか…。」

「閣下…。この戦い、あまりにも長く続きすぎております。何が起こっても不思議ではありません。人間の考えというのは逐一変わるものですから。」

「バーナード元中将のようにか…。だが今の私にとってエドゥアルドのアテンブールを落とすことに目標はある。奴には興味がある、軍人としての公的な興味と、パイロットとしての私的な興味が。それに私がそうそう簡単になびきはしない。」

「そのようで…。」

「これ以降アルバトロスの動きはあまり追わないこととする、手出しや横槍を入れられてはたまったものじゃないからな。私は私の仁義としてアルバトロスと戦いたい。」

「私も閣下の病気がうつったのでありましょうな、アルバトロス…。我々の手で必ずや堕としましょう。」

 シャイダンはフッと笑ってみせる。ディオネーをアルバトロスの向かう方向とは別の方へと動かす。


 ここにバーナード、シャイダン、統括軍、それぞれが別の考えを持ちながら明日への道標を打ち立てる。

 バーナードはクリスタリアカンパニーに向けて。シャイダンは単独での妥当アルバトロスを掲げて。統括軍は地球を全て治んと。

 これらがどのような化学反応を見せるのか。大きく衝突するのはまだ先の話になるであろうが。

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