1-18.連立方程式
「動くな!」
僕は、けたたましい叫び声に起こされ、目を覚ました。
「え……なに!? なになに!?」
「これは……どういう事ですか?」
エミナさんも状況が飲み込めていない様子だ。寝間着の薄いキャミソールのまま立ち尽くしている。
僕達は、何人かの、剣を構えている人に囲まれていた。強盗なのか……いや、部屋が荒らされた形跡は無い。強盗ではなさそうだ。
そもそも、強盗が、こんなに大勢で来るものなのだろうか。
囲んでいるのは六人。甲冑を着込んだ騎士の風貌の人だ。その雰囲気から、なんとなくだが……強盗ではなさそうだ。
「何だ? 何が起きてるんだ……?」
僕は今、どんな状況におかれているのだろう。見当が付かない。
とにかく、このまま布団の中で呆然としていても仕方がない。布団から出て、エミナさんの隣辺りで警戒するのがいいか。
そう思って布団から出ようとした時、はっと気付いて戸惑った。
僕も、エミナさんのとは違って、袖のあるタイプのキャミソールだが、人に見られるのはちょっと恥ずかしい。
……とはいえ、この状況ではそうも言っていられない、ベッドから出るしかない。
腹を決めてベッドから降りて、床に立ったが、どうしても恥ずかしさを感じ、内股になってしまう。
(い……いやだな……女の人の体なんだもんな……)
しかし、これでいいのだろう。僕の体は女だ。無理に直そうとしても、不自然になるだけだ。僕はそのまま、騎士風の男の動きを見ながら、慎重にエミナさんの隣へと歩み寄った。
「エミナさん、この人達は、一体?」
「分からない。鎧は王立騎士団のものだけど……」
「投降しろ。ゆっくりとこっちに来るんだ」
騎士風の人が言ったが、エミナさんに動く気配は無い。
「何故ですか? 私達が何をしたと?」
「そいつは魔族である。民の安全確保のため、その身柄を拘束する」
「ええっ!? 違います!」
エミナさんは、恐らく反射的に答えたのだろう。僕は……分からない。僕の過去の記憶が失われているからだ。僕の記憶にあるのは、機械に囲まれた現代的な風景。それが魔族の証なのか、そうではないのか……。
「いや、確かな情報だ」
「……分かりました。なら、まず話をさせて下さい。釈明します」
僕が考えている間にも、王立騎士とエミナさんの会話は続いていく。
「不要だ」
「不要って……!」
「入れ」
この部屋に目一杯詰め込まれている王立騎士の間を縫って部屋に入って来たのは、僕の知る人物だった。その人物は、気まずそうに俯いて、黙っている。
「……」
「ああっ! 修練所の!」
昨日の修練所のマスター。間違い無い。
「貴方は……騙したのね……!」
「何で……こんな事を……」
僕が……エミナさんが何をしたというのか。
「……悪いのは貴方様の持つ、その力。そして、その力を発見してしまったエミナ殿ですじゃ。悪く思わないで下され」
「そんな……わけが分からないよ!」
この状況下でパニックになりかけた頭の中に浮かんだのは、昨日の事だ。
マスターは、僕の適正を見てから明らかに様子がおかしくなった。十中八九、その事が関係している。
一体、僕の適正に何が……僕は何なのか。何故こんな事をするのか。考える時間は無いし、考えたところで、この状況を覆せるとは思えない。
「分からないのなら、それでよろしい。大人しく一緒に来てもらおう」
「よくないわ。説明を求めます」
エミナさんが、再び僕の前に出る。
「説明の必要は無い」
「……ミズキちゃんへ、手荒な事はしないと、約束できますか?」
「話す必要は無いのだ……!」
「あぐっ!」
王立騎士は、エミナさんの頬を殴った。エミナさんは衝撃で仰け反ったが、足を踏ん張り、体を支えた。
「エミナさん! 女の人の顔を殴るなんて……!」
「妨害するのなら強硬手段を取らざるを得ない、それは女でも男でも変わらぬ……!」
王立騎士が、盾の下の部分で、エミナさんの腹部を突いた。
「うぐ……っ! げほっ! ごほっ!」
エミナさんは蹲り、お腹を抑えて苦しそうに咳き込んだ。
「ご、ごほっ……あぐ……ひ、酷い……」
「これ以上妨害すれば、命は保証できん。大人しくしていろ」
「大人しくって……こんな事をしておいて……」
エミナさんは、お腹を抑え、体をグラグラと揺らしながらも立ち上がろうとしている。
そんなエミナさんを見るなり、王立騎士は、剣に手をかけ、抜こうとしている。
「やめろ!」
居ても立ってもいられない。
僕は、エミナさんと王立騎士との間に駆け込み、両腕を大きく広げた。
「エミナさんは悪くないだろ! 僕が行けばいい話だ!」
「き、貴様……」
王立騎士の全員が、一瞬、怯んだ。何故だか分からないが、僕を怖がっている。
「ミズキちゃんこそ……悪くない。こんなの……一方的過ぎる……よ」
エミナさんの声が掠れている。額にも脂汗が滲んでいる。きっと、お腹が痛むのだろう。
「エミナさん、お腹、大丈……」
僕が言いかけた時、後頭部に強い衝撃を受けた、急激に意識が遠のいていく。
「ミズキちゃん! あうっ!」
エミナさんが、また何かされているのか……。
「エミナさんは……関係無いんだ……」
今にも消え入りそう意識に、どうにかあがなう。
「あぐっ! うぐっ!」
エミナさんの呻き声も、僕の意識が薄れるに合わせて、遠のいていく。
「や……やめ……ろ……」
最後に足掻いて出来た事は、その一言を発する事。それだけだった。
「ええと……ワイが十二って分かったんだから、今度はそれを代入して、エックスを出さないといけないんだから……うわっ!?」
僕は叫んだ。僕のすぐ後ろから、突然怒鳴り声が聞こえたからだ。
「おっとぉ! 悪いな、コーラをこぼしちゃったぜぇ!」
「吉田く……あっ!」
息つく間も無く、茶色い液体が頭の上から降ってきて、僕の手とノートを濡らした。
「いやわりい。ホント! わりい!」
大袈裟なリアクションをして大声を出しているのは、同じクラスの
コーラをこぼす前から大声を出して謝っていた事から察するに、今回も念入りに計画を立てていたのだろう。
「い……いいよ……」
よくはない。でも、こうする方がいい。下手に刺激したら不機嫌になって、もっと酷い事をされる。
「いやぁ、わりいなぁ……そうだ、せめてものお詫びに、コーラを一口飲ませてやるよ」
「い……いいよ……」
この流れ、次に何が来るか分かる。
「おおっとお!」
茶色い液体が、今度は顔にかかる。
「……」
「おお、すまねえなぁ、また手が滑っちま……」
「ねえ、いい加減にしなよ!」
吉田君の前に割り込んだのは、
「……離れなよ」
悠さんはそう言って吉田君の胸を押す。
吉田君は倒れなかったが、押された事によって二、三歩後ろに下がった。
そして、不機嫌に眉をひそめ、舌打ちして「なんだよ、居たのかよ」と吐き捨てるように言うと、早足でその場を去った。
「全く、中間テスト前の大事な時期だっていうのに、いい加減にしてほしいわよね。担任がもっとしっかりしてればいいのにね」
中間テストに合わせて昼休みに復習している人は少数だ。だから目立つのかもしれない。でも……それなりにいい点数を取らないと、親に心配されてしまう。あまり、心配はかけたくない」
「あーあー、ノートがびしょびしょだよ。拭いたら読めるくらいにはなるかなぁ……?」
吉田君はハンカチを取り出すと、僕のノートと机の上を拭こうとした。
「ああ、いいよ。僕、雑巾持ってくるから」
吉田君が自分のハンカチで拭こうとしたので、僕は急いで立ち上がり、掃除用具のしまってあるロッカーへと向かおうとした。
「ああ……そうよね、これじゃ、小さくて拭ききれないか」
悠さんは、僕に付いてきそうな雰囲気だ。
「僕、一人でいいから」
他人を巻き込んで、迷惑はかけたくない。そう思って、悠さんを止めた。
「いいのいいの。早くしないと、授業、始まっちゃうよ」
悠さんは笑顔でそういい、僕を追い越してスタスタと掃除用具のしまってあるロッカーへと歩いていく。
「あ、ちょっと、待って!」
――思えば、僕は彼女の後ろばかりに居た気がする。
「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
空を見上げると、駅のホームに備え付けられた屋根の隙間から、真っ黒な空が見える。ショップに入った時はまだ明るかったのに、もうすっかり日が落ちて暗くなってしまった。
「ちょっとじっくり選びすぎたな……」
キャンペーン中に新しいスマートフォンに乗り換えようと、学校が終わった後、すぐショップに駆け込んだのだが、思いの外、時間がかかってしまった。
スマートフォンの性能に一長一短があり、どれにしようか悩んでいるうちに時間が経ってしまったからだ。
キャンペーンが適用される機種が少ないからと、取り敢えず店に駆け込んでみたのが失敗だったかもしれない。今度は事前にネットで調べてから店に行こう。
「あれ……?」
ふと、向こうのホームに目を移すと、悠さんが見えた。
「悠さんだ。こんな時間なのに大変だなぁ」
勉強、部活、それに、知り合いの花屋さんの手伝いもやっているらしい。
僕は、帰りがこんな遅い時間になる事はまず無いが、悠さんは、話しに聞く限りだと毎日この時間らしい。
「うん……?」
今、階段から降りて来た人の顔にも見覚えがある。吉田君だ。
「吉田君も遅いんだ……」
吉田君は確か、志望校の受験がそろそろだった筈だ。この間、僕にちょっかいを出してきた時、受験勉強で気が立ってるんだと、度々言っていた。
その時に受験の日にちも言っていた時があった。正確な日付は覚えていないが、今頃だと思う。
電車の待ち時間にでも何か話して暇を潰したいのか、吉田君は悠さんに近寄っていく。
「……えっ!?」
次の瞬間、吉田君が悠さんの背後から、思いきり悠さんを突き飛ばしたのだ。
――見間違いかと思った。
しかし、ホームら足を踏み外した悠さんは、線路上へと投げ出され――地面に落ちる事はなく、丁度到着した電車に跳ね飛ばされた。
「あ……」
声が出ない。いや、かすかに出た。しかし、それは意味を持たない。周りの音は全て、強烈なブレーキ音で掻き消されたからだ。
……悠さんの体から、赤い液体が出た気がした。が、その様子は僕の側のホームに来た電車の影になり、すぐに見えなくなった。
「……」
何が起きたか分からない。いや、分かりたくない。僕は、行き先も見ずに電車に乗り、ずっと、悠さんと逆の方向を向いていた。
翌日、担任は、悠さんが事故で亡くなった事を、クラス全員に伝えた。勿論、その後、学校全体にも伝えられたが……そんな事は、僕には関係無い。
担任の口から、昨日起こった事の話が出た時、僕はそれが本当だと思い知らされた。
嘘だ、見間違いだ、別人だ――と思う事すら否定されてしまった。
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