1-17.魔法使い
「魔法は一般的な武術や技術とは違って、生まれ持っての適正、資質の影響が強いという性質を持っているのですじゃ」
僕達が、教室の一角に座ると、マスターは早速、話し始めた。
「貴方には強い魔力を感じるので、資質は問題無いと思いますが……」
マスターが、チラリと僕の顔を見た。
「大事なのは、その後。いかに優れた資質を持っていても、使い方を知らねば、それも腐ってしまいますじゃ」
マスターは、引き出しから一枚の紙を取り出すと、僕とエミナさんの前に差し出した。
「ここは、その使い方を学ぶ場所。今なら教材費と一ヶ月の 無料更にベリーベリーカフェの食事券五千アム分も付いてきますじゃ。ベリー類は、集中力を高める栄養が含まれていて……」
「ベリーベリーカフェって、ここと南門の中間くらいの所にあるカフェだよ。そういえば、私、あそこ一回も言ってないな」
エミナさんが耳元で囁いた。
「そうなんだ。ここに居るうちに行きたいね」
手掛かりが見つかったり、今後の予定が決まったりして目的を達成し、更に次の準備も出来るまでは、ここに滞在する事になるだろう。行く機会は、たっぷりとある。
……それはそうと、今の説明を聞いていると、僕はやっぱり特殊なのだろうかと思う。
エミナさんからは聞いたけれど、この修練所を見ても、殆どがファストキャストやノンキャストでの詠唱は出来ないらしいし、いくら魔法の適性があっても、呪文を覚えて練習しないと魔法自体使えない。
しかし、何故か僕はそんな事はなく、元の魔法を知らなくても、なんとなくノンキャスト詠唱を出来てしまう。
勿論、ちゃんと唱えて使用するためには呪文を覚えないといけないが……。
尤も、現代の記憶を持っている時点で相当特殊だと思うので、今更ではあるのだけど……本当、僕は一体、何者なんだろう。
「さて、最後に、お二人の魔力適性を見てみようかと思いますじゃ」
「魔力適性か……ちょっとしたテストってこの事だったんだ」
「左様、お二人が、どんな魔力適性を持って生まれてきたのか。火の魔法が得意なのか、水の魔法が得意なのか。また、攻撃が得意か、召喚や補助が得意なのか、それともマニュファクチャーの道が向いていたりするのか……では、エミナ殿から見ていくとしましょう」
マスターは、そう言うとエミナさんの方へと向き直った。
「ふむ……」
マスターはエミナさんの顔を凝視し、そのままゆっくりと視線を下に下げ――足元まで下げると、、今度はゆっくりと、顔まで視線を戻した。
「なるほど、これは相当の才をお持ちのようじゃ」
マスターの顔に、驚きの表情が伺える。
「風と水の属性は得意のようじゃ。しかし、それ以上に光属性に対する強力な適性があるようですじゃ」
「うん……」
エミナさんは、特に驚く事もなく頷いている。
「性質面では攻撃、補助共に優秀な適性が見受けられますじゃ」
「ね、ねぇ、なんか、凄くない?」
僕は思わずエミナさんとマスターに同意を求めた。素人目に聞く限り、凄い適性を持っているみたいだ。
「いや、私もここまで見事な適性は見た事が無いですじゃ」
「やっぱりそうなんだ! ……って、エミナさん、あんまり驚いてなさそうだけど……?」
「そりゃ、初めて言われた時は嬉しかったけど……もう知ってるから」
「ええ?」
「適性を見られる魔法使いは幾らでも居ますからな。見られる者が、身近に居たのでしょう」
「ああ……」
魔法雑貨屋さんのシェールさんが、頭に思い浮かんだ。それに、あの村には他にも魔法使いがいるって話を、黒蛇のごたごたの時にしていた気がする。
「さて、次は貴方様ですじゃ」
「あ……は、はい!」
特に理由は分からないが、なんだか緊張して気を付けの状態で体が硬直している。
「あはは、ミズキちゃん、緊張し過ぎだよぉ」
エミナさんは、僕の姿がおかしいのか、笑っている。
「い、いや、分かってるけどさぁ……」
「そう気張らんで、肩の力を抜く事ですじゃ。エミナ殿ほどの才能は無いじゃろうが、きっと何かしらの適性が……無くても悲しまん事じゃ。魔法が使えるだけで儲けものじゃからのう」
「は、はぁ……」
なんだか苦しいフォローに聞こえるが、気にしないでおこう。
「じ、じゃあ、お願いします」
「ふむ……」
マスターは、エミナさんの時と同じように、僕を凝視し始めた。
「む……」
しかし、マスターはすぐに見るのをやめ、二、三歩下がって睨み付けるように僕
の顔を見た。
「え……な、何?」
僕にはその行動が異常な事に感じられ、思わず聞いた。が、マスターは何も言わない。険しい顔をして、黙っているだけだ。
「エミナさん、どういう事?」
「さあ、私にも……」
エミナさんも、マスターの奇妙な行動に困惑している様子だ。
「ふむぅ……これは……」
暫くの沈黙の後、マスターは、意を決したように喋り出した。
「あ、あの……どうかしたんですか?」
「むぅ……残念ですが、貴方は魔法には向いていませんじゃ」
「え……そうなんですか……」
僕は、拍子抜けすると同時に、ほっとした。
マスターが散々思わせぶりな挙動をしていたので、不治の病とか、ここは魔法も存在する世界だから、本物の呪いも有り得るのかとか、もっと、命にかかわるような重大な事かと思った。
「はいですじゃ。実に言いにくい事ですが、武術が技術の道を歩む方が懸命かと」
「なるほどー」
僕が、既にある程度魔法を使えるようになっていたので、適性が無い事が分かったら落ち込むだろうと思って、言い出し辛かったのだろう。
確かに少し残念だけど、僕の中にあるのは科学的な現代の記憶だ。魔法が得意でない事は予想出来ていた。
これからは魔法を使わない身の振り方を考えていった方が良さそうだ。
「うん……?」
今までの話だと、魔法適性が無ければ、魔法は何も使えない筈だ。でも、今、魔法適性が無いと言われた僕は、魔法が使える。これは一体どういう事だろう。
僕は、どうにも理解出来なかったので、エミナさんに聞こうとした。その時だ。
「待って!」
大声が辺りに響く。声を上げたのはエミナさんだ。
「ミズキちゃんが魔法を使うのを、私、見てます。それも、凄く自然に」
「それは……しかしですな……」
「そんなに言うなら、目の前で魔法を出します。そうすれば信じるでしょう?」
「……よろしい、やってみせて下され。魔法は……この辺りに打って下され」
マスターは、突然のエミナさんの申し出に驚いたのか、暫く沈黙していたが、そう答えた。
僕から見て右下の床に打てばいいらしい。
「ミズキちゃん、何か適当な魔法でいいから打ってみて。何でもいいから」
「う、うん……」
エミナさんから滲み出ている迫力に、僕は少し戸惑ったが、取り敢えず、火魔法の基本であるファイアーボールを打つことにした。
掌を、右下の誰も居ない床に向けて付きだし、意識をそこに集中させる。
「灼熱の火球よ、我が眼前の者を焼き尽くせ……ファイアーボール!」
掌から火球が飛び出し、勢いよく地面にぶつかり、辺りに爆風が……広がる筈なのだが……。
「……あ、あれ?」
「どうしたの、ミズキちゃん?」
「いや……魔法が、出ない……」
うんともすんとも言わない。
「え? そんな事無いでしょ!?」
「本当に出ないんだ……」
「そんな……!」
「ふむ。そういう事ですじゃ。納得して頂けたかな?」
「で、でも……いえ……ちょっと待って」
エミナさんが、僕の方へ向き直り、両手をかざした。
「汝、風を聴きて、自らの枷を無へと戻さん……ブリーズウィスパード!」
呪文を唱え終わると、エミナさんは、今度はマスターの方へと向き直った。
「ミズキちゃん、もう一回、魔法を」
エミナさんは、マスターを注意深く見定めながら、そのまま目を逸らさずに言った。
「う、うん……灼熱の火球よ、我が眼前の者を焼き尽くせ……ファイアーボール!」
僕の掌から、火球が飛び出し、部屋にに爆音が響いた。
「ひゃっ! 出た!」
しんとした室内に、突然の爆発音が響く。魔法が出るかどうかも分からない状況も手伝ってか、分かっていても驚いた。
「やっぱり……」
エミナさんがマスターを睨み付ける。
「いや……これは……」
「……最低!」
エミナさんが、僕の手をぎゅっと握った。
「いこ、こんなとこ、信用できないよ」
「ち、違うのですじゃ。これには訳が……」
「もういいです。いこ、ミズキちゃん」
「う……うん」
なんだか幸先悪いなあ。そんな事を思いながら、エミナさんに手を引かれて付いていく。
「危険だったのですじゃ!」
マスターが叫ぶ。エミナさんは歩みを止めない。
「確かに、私はヴォイドワーズをかけて、ミズキ殿の詠唱を妨害しましたじゃ……ミズキ殿のの持つ力は、あまりに強力……私は危険を感じて、ミズキ殿を魔法の道から遠ざけたかったのですじゃ」
マスターが言う。エミナさんの手に、ぐっと力が入り、震える。
「……魔法の強大さだけで可能性を奪ってしまう人を、私は信用できない。ミズキちゃん、行こ!」
エミナさんは、マスターの方を振り向いて、そう言った。が、足を止めたのはそれきりで、またスタスタと歩きだした。
僕は、初めて見るエミナさんの怒る姿に、少し委縮しながら付いていく。
「お待ちを! 申し訳なかったですじゃ。ただ、その力を正しく導けるのか、この短い時間では分からなかった。私自身の未熟さから、こんな事をしてしまったのですじゃ。しかし……」
マスターの歩きはじめる足音が聞こえる。僕は振り向こうか迷ったが、やめておく事にした。
「この私が、直々に見定め、導けば、それは強力な力になる。どうじゃろう、この私に、ゆっくりとミズキ殿の事を見定める時間を与えては下さらぬか」
「何度聞いても同じです。魔法修練所のマスターが、魔法使いの可能性を奪うなんて……」
「ね、ねえ、エミナさん、ちょっと待って」
僕の頭に、ある考えが過ぎった。
「ミズキちゃん……?」
「折角だしさ、見てもらおうかなって」
「でも……」
「ほ、ほら、修練所のマスターって、結構、凄い人でしょ? その人が直接見てくれるって言うんだったら、やってもらった方がさ」
僕は、口ではそう言った。が、理由は他にもある。
マスターは、僕が異常だから、こんな事をした。だったら、その人に、改めてちゃんと見てもらえば、僕が何者なのか、どうしてこの世界へ来て、これからどうすればいいのか。現代には帰れるのか……何かの糸口位は掴めるかもしれない。そう思った。
「……」
エミナさんは、ちょっと納得いかない様子で、困った顔をしている。
「ごめん、でも、僕の確かめたい事が、もしかしたら確かめられるかもしれないんだ」
「そう……ミズキちゃんがそう言うのなら、いいんじゃないかな」
エミナさんはそう言った。しかし、まだ少し納得いかなそうな顔をしていた。
「ごめん……」
どう言っていいかわからない。悪い事をしたかなと思い、謝った。
「ふむ。決まりですな。ならば、貴方達の宿に、私が直接出向きましょう」
「え……何で?」
「ここではない、特別な場所でやりたいのですじゃ。それに、そっちのミズキさんを怒らせてしまったからのう。その詫びも兼ねてですじゃ」
根拠の無い直感だが、マスターの言葉には、何か裏がある気がする。しかし、恐らく悪意ではなく、エミナさんに機嫌を直してもらおうと言っているのだろう。なら、素直に受けておいた方がよさそうだ。
「そういう事か……分かりました」
「ここに、宿の名前を書いて下され。そうすれば、私が出向きましょう」
「宿の名前だけで大丈夫なの?」
「十分ですじゃ」
「分かった」
僕は、渡された紙に「躍るシマリス亭」の名を書き、マスターに返した。
「ふむふむ躍るシマリス亭ですか。分かったですじゃ。では、また明日。ゆっくりと考えながら待っていて下され」
その後、僕達は宿へ戻った。エミナさんも、修練所の出来事で予想以上に疲れたのだろう。今日は部屋でゆっくり休む事になった。
パンとスープで簡単な夕食を済ませ、そのまま二人で話した。
この都の事、修練所での事。そして、これからの事も。話す事は山ほどあり、あっという間に夜が更けていった。
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