封印された暗黒の書 ――よせばいいのに育児日誌なんて書くからもう……。

 無事に一か月健診を終えるとすぐ、母は父の待つ家へと帰っていきました。当初は二週間程度のお手伝いのはずだったのですが……。それが延長されたのは、退院の際に助産師さんから受けたアドバイスからでした。率直に「できれば、一か月健診までいていただけると安心なのだけど」と。


 たぶん、私は「メンタル弱い人(やばい人)」として認識されていたんだと思います。実際、入院中はけっこうな不安定ぶりでしたからね。少々手厚いくらいのサポートがないとダメだろうって思われていたんでしょうね(汗)。「この人、誰か見てないとやらかしちゃうかも」みたいな……。


 自分、実は20代の頃に鬱病を患ったことがありまして。人間関係のトラブルなどではなく、多忙な職場でワーカーホリックになってしまったんですね。休日も出勤していないと落ち着かないような、おかしな精神状態になりまして……。


 周りの人からは「責任感が強い」とか「完璧主義だ」とか、そういった評価を受けることが多い私です。でも、当の本人の認識は少し違うのです。自分は何をするにも皆より時間がかかるから。だから、いっそうの努力と細心の注意が必要なんだ。完璧を目指すなんてとんでもないっ。頑張ってようやく普通にできるかどうか、それが私の能力なのだから。


 なんですかねぇ、鬱になりやすい人の典型なんでしょうね(苦笑)。妊娠した頃には、鬱病は一応もう治っていて、まったく薬も飲んでいなかったんですけどね。でも、鬱病になりにくい「心づくり」までは出来ていませんでした。


 人間の性格や行動パターンなんて、そう簡単に変わるものじゃありませんからねぇ。入院中にもよく泣いていましたし。産後鬱はひたひたと、ある意味予定通りに(苦笑)やってきていたのです。母や妹のサポートがあったから、あまり表面化しなかっただけで……。


 にもかかわらず、です。産後、幸福感なんてちっとも実感できていないくせに、育児日誌なんて書くからもう……。こういうところが、完璧主義だの生真面目だのっていうわけですね(汗)。ほんっとうにもう、日誌なんてよせばいいのに(苦笑)。


 母がいてくれた頃は、わりと淡々と綴っていたと思います。もちろん、ハッピーな雰囲気はまるでなかったと思いますが(苦笑)。それでも、母や妹の存在が「真っ黒な日誌」になることを阻止してくれていたと思うんです。


 が、しかし――。サポートがなくなってからの日誌は、まさに「暗黒の書」と化していましたね……(汗)。足りない睡眠時間、片付かない家の中、主体的に家事や育児に関われない夫――日誌に書かれるのは、とにかく泣き言ばかりでしたね。


 子どもの様子を書くにしても、不安や心配なことばかり。今思うと、どうしてもっと「ある」ものや「できるようになったこと」に目を向けられなかったのでしょう。いつもいつも「たりないもの」や「できないこと」の数を数えては溜息をつく。そんな日々でした。


 本当にもうひどい内容でね。しかも字まで汚くて(汗)。それでも、書くことで吐き出していた部分もあって。二か月くらいは続けたのかな? けど、結局は断念。だって、とてもじゃないけど子どもに将来見せてやれるような内容じゃなかったですし(汗)。


 「あなたが生まれてきてくれてよかった」とか? 「ママにしてくれてありがとう」とか? 「あなたがママに強さをくれるの」とか? 「かわいいね、幸せだよ」とか? そういうの、おそらく一切書いていないでしょうから……。


 ただ、ひとつだけ――自分なりによく思いとどまったなと評価したいことがあるんです。それは、どす黒い感情の矛先が息子本人ではなく、辛い“状況”に向かっていたことなんです。


 本当にもうね、来る日も来る日も不安と不満ばかりの育児日誌だったんです。でも、私が腹を立てていたのは「その状況に」であって、「息子本人」に対してではありませんでした。だからでしょうね、「いなくなってしまえばいいのに」といった言葉は一度も出てはこなかったのです。


 では、息子に対する感情はどういったものだったかというと――「子どもも大変だよね……」みたいな??? 私も大変だけど、そっちも大変だよねぇ。この状況、ほんっとどうにかなって欲しいよね……と(汗)。その困難を共有する同士というのもあれですけど。やっぱり、パーティの仲間だった気がします(苦笑)。


 日誌が途中で終わってしまったことを後悔はしていません。でも、やめようと思ってやめたというよりは、書けなくなったというのが正しいのかも。鬱状態って読み書きが辛くなるものですからね……。そういう状態に陥っていたのかもしれません。


 途中で書くことを打ち切られた育児日誌は封印……えーと、厳重に保管されておりますデス。いつかその封印が解かれる日がくるのかどうかは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る