冷静な人々 その6――実習生のSさん

 感動などとは無縁の過酷な入院生活を支えてくれたのが、実習生のSさんでした。なにしろ大学病院ですからね。研修医だの研修生だの実習生だの、そういう人たちとちょいちょい遭遇するわけです。大学病院の看板には「協力よろしくね♪」と書いてあるし、受診する以上はこちらも織り込みずみって感じでしょうか。


 助産師さんから協力を打診されたとき、私はすぐにOKしました。それで、私の担当としてついてくれたのがSさんだったのです。実習生というと、ふわふわと頼りない看護学生さんを想像しますか? でも、そうではありません。Sさんは列記とした看護師さんで、助産師の資格をとるべく勉強中の実習生というわけだったのです。


 大きな病院でしたので、医師も看護師・助産師も多くの人が働いています。助産師さんや看護師さんたちは、日勤・準夜務・深夜勤の三交替制です。なので、時間とともにお世話をしてくださる方がどんどん替わっていくのです。


 その点、実習生は毎日が日勤といいますか。さらに、私の担当となったからには、ずっと一緒にいて退院までの流れをともに体験するという。そして、私はやっぱり運がいい。Sさんは冗談が通じる気さくな人で、勘違いでなければ「笑いのツボ」が割と私と近かったのです(笑)。


 本当にね、すごく心強かったのですよ。いつもそばに寄り添って、励ましてくださって。そうそう、私が乳首のダメ出しされたときはプンプン怒ってくれたりして。あ、古参の看護師さんに噛みついたとかじゃないですよ(笑)。部屋で二人になったときに「なんか違う、納得いかない……」って。とっても嬉しかったですね。


 そういえば、Sさんも「頑張れ」って言わない人でしたね。「頑張れ」という言葉ではなく「こうしたほうがいいですよー」と具体的なアドバイスをくれるんです。沐浴指導もそうだったし、ミルクのあげかたもそうでした。


褒めて伸ばすタイプとでもいいましょうか(笑)。アドバイスをくれるのは、ダメなときばかりじゃないのです。「今のやり方で大丈夫ですよ。すごくよかったです」みたいに言ってくれるんですよね。


 そうそう、今思うと「私ってほんっとしょーもねぇなぁ」というエピソードなんですけどね。授乳室で授乳をしていたときのことです。熱心に哺乳する我が子を観察しつつ、私は言いました。


「フッ、今はこうして私の乳首なんぞ吸ってるけど、そのうちキレイなお姉ちゃんの胸を求めて旅立っていくんですよね」


ザ・母性ゼロ……(苦笑)。一般的には「一生懸命におっぱいを飲んでる赤ちゃんに愛おしさがあふれてくる」という場面なのかもしれませんが……ねぇ? でもね、さすがはSさんですよ。ちっとも動じませんでしたとも。


「いやいやいや。玉木さん、まだそれ先の話ですから(爆)。ちょっと先? んー、いやまだうんと先かなぁ(笑)」


朗らかに笑うSさんの笑顔に、私はどれほどの元気をもらったことでしょう。


病院側としては「実習に協力してくれてありがとう」なのかもしれませんが、私としては「こちらこそありがとう」と言いたいくらいでした。ちょうどSさんの学校の先生が実習先の様子を見にいらしていたので、どれほどお世話になって感謝しているかを余すことなく伝えた私ですよ!


 退院のときも、Sさんは玄関まで見送ってくださいました。そして、私と息子のそれぞれに宛ててお手紙をくださったんです。私へ手紙には、実習への協力に対する感謝とともに、こんなことが書いてありました。


****


玉木さんは我慢をしてしまう人だから。どうか頑張りすぎないで、自分を労わってあげることも忘れないでくださいね。私は玉木さんのユニークなところが大好きでしたよ♪


****


自宅の寝室で(そう、もう病室ではありません)この手紙を読んで、私が涙したのは言うまでもありません。

 Sさん、今頃はきっと助産師さんとして活躍されていることでしょう。もちろん、授乳指導ではダメだしではなく的確なアドバイスをしているに違いない(爆)。

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