妊娠後期

夫曰く「母性なんて幻想にすぎない」と。

 さて、脳内がお花畑にならないまま妊娠後期に突入した私ですが、夫の脳内はといいますと――。お花とは違う「何か」でいっぱいだった模様です。まあね、実際に他人様の脳内なんて見られませんからねえ。あくまでも私の想像の域を出ないのですが。


 ざっくり言いますと「生物学的興味」でいっぱいだったと思うのです。パパになる喜びとか? 家族が増える楽しみとか? そういうのとは、ちょろーっと違う盛り上がり方だったかなと……。


その証拠にというわけではありませんが、夫が私のお腹に向かって「パパですよ~」なんて話しかけることはなかったですね。まあ、私だってひとのことを言えた義理じゃないんで。夫のそれをどうこう言うつもりはございません(笑)


夫の場合、胎教に興味があればやったかもしれませんけどね。実験と実証というか、胎教の効果について自身で確かめようとしたのかも。そうそう、聴診器で胎児の心音をキャッチしようと試みたりはしていましたよ。


 まああれですよ(だからどれよ……苦笑)。なにせ興味のあることにしか興味がない人なんで。え? 誰しもみんなそうだろうって? いやいやいや、その度合いが違うのでございますわよ。知らないことは本当に知らない。できなことは本当にできない。ほんっとうにもう「0(ゼロ)か1(イチ)か」なのですから。


 研究職という商売柄なんですかねぇ。好奇心旺盛でもあるのですが、やっぱり探究心がすごいのですね。「これだ!」と思ったら、とことん掘り下げていかないことには気がすまないという。私の職場の研究員さんたちも、そういう傾向ありましたもんね(特に男性はその傾向が顕著だった気もします)。


 夫にとっては、親から子への情報伝達をつぶさに観察(検証)する絶好の機会ですから。DNAって個人情報の最たるものかと思いますが、まさに個人で自分んとこのを研究するにはOK牧場ですもんね。


 はっきり言ってしまってよいのか迷うところですが(言っちゃいますけどね・笑)、夫はいわゆる子煩悩なタイプではないと思います。よその赤ちゃんを見て目を細めるようなこともないですし、積極的に子どもたちの遊び相手をするでもない。


そういうところ、私と一緒だなぁって思います(苦笑)似たもの夫婦ってよく言われます。夫はそう言われることをどう思っているか知りませんが、私はわりと納得していますよ。母性が発動しない私から見ると、夫は父性とは違う別の何かが発動した人とでもいいますか(爆)


 ただ、夫が子どもの成長に非常に関心をもっていることは確かです。誰よりも興味深く子どもの成長を見守っているのは彼でしょう。ちょっと独特ではあるけれど、楽しみを持って関われるというのは素晴らしいことだなぁと思います。たとえそこに、研究者としての興味がのっかっていたとしても(苦笑)


 夫は理知的な人です。そんな彼はこう断言します。「母性なんて幻想にすぎない」と。こう言い切ることには、私への配慮(優しさ)があるのかもしれません。でもやっぱり――おそらくまあ、彼の率直な考えなんだろうなと思います。


 世の男性の多くに言えることかもしれませんが、男性ってどこか母性に期待しているところがあると思うんですね。あるいは、甘えているところがあるというか。そりゃあまあねぇ、奥さんがいつもニコニコして「いいのいいの。赤ちゃん可愛いし好きでやってるから~」と湧き出る母性パワーでそつなく育児してくれてれば、男の人は楽でしょうよ。あ、ちょっと意地悪な言い方ですかね? すみません……。


 夫は母性を幻想だと言いますが、母性って確かに世の中に必要な「仕組み」みたいな側面があるのかも? なーんてちょっと思ったりする私です。


 夫の人柄に私はどれほど救われたことでしょう。夫はいわゆる「母親らしさ」を求めたりはしない人です。そのぶん私は苦しまずにすみました。夫の脳内がお花畑になっていたら、正直しんどかったでしょうね。その温度差が苦しかったことでしょう。


 親子のありかたは、親子の数だけあっていい。なんですかねぇ、ちょっとだけ「ま、いっか」と思えたんです(笑)夫のように「興味」を持って関心を払うという関わり方もアリなんだと(爆)


「興味深い」という言葉は非常に便利で、なおかつ素敵な言葉だと思うのです。妊娠・出産はそれこそ実に興味深い体験です。何しろ生命の「発生」から関わっちゃってますからね(発生させた張本人だっつうの・苦笑)。


 実験などという言い方はお叱りを受けてしまうかもしれませんが、こんなにも興味深いプロジェクトってないと思うんですね。こういった私の思考は、言うまでもなく夫の影響にほかなりません(笑)


 母性が幻想にすぎないのかどうかは正直わかりません(苦笑)ただ、母性が発動しないことは「欠陥」ではなく「違い」にすぎないのではないかと。そんなふうに思いたい私なのでした。

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