第57話 神族と魔族と竜族



 メイシアとの特訓が順調に進み、数日でなんとか体裁を整え、準備を終わらせられた。

 現在、迎えに行ってもらったドラゴン達がこちらに向かって空を飛んできている。彼等は整列して飛行する編隊飛行をして綺麗に飛んでいた。これはしっかりと練習した物で、ボク達の世界で行われる行事だと教えたからだ。

 ちなみに編隊飛行の中心には国賓待遇で呼んだ魔族と神族の人達がドラゴンに乗っている。そんな彼等を玉座のある王城でボクは座りながら待っていた。

 座りながら国賓を待つのはどうかと思うけれど、こちらに来ている神族と魔族は神王や魔王ではない。一番身分が高い人で第二王子らしい。だから、既に竜王の位についたボクが正式な場で迎えに行ったり、座ったままで待っていないといけない。侮られて不利な交渉を飲まされると困るかららしい。妥協点として大きな玉座に座って待つことにした。

 実際問題、人間界での戦力は神族と魔族に負けているから、多少は侮られて下に見られるのは仕方がないとは思う。でも、それはあくまでも人界での話だ。竜界はボク達竜族の領域テリトリーだ。

 竜界でなら魔族や神族に負けることはない。正確には負けるかもしれないが、どちらの勢力も七割ぐらいを道連れにできる力はある。ましてや、ボク達竜族は星の力、龍脈を扱える。世界そのものが敵になるというのはそれほどに大きい。


「パパ、こちらの準備は整ったのです」

「ありがとう。それとその服、似合ってるよ」

「ありがとうございます♪」


 赤い髪の毛に肩を露出させている黒いドレスはとても似合っている。だから褒めたら、アイリもとっても嬉しそうに微笑む。ちなみにボクはやはり女性物のドレスっぽいものになった。一応、ズボンは履いている。

 フェリル達は相変わらず巫女服のような白いローブとマントをつけているし、アナはフリルがついた黒いワンピースに赤いネクタイリボンをつけている。

 ディーナは青色の軍服で、メイシアは薄いピンク色のスカートと一体化したアンダーウェアに上から肩を出すタイプの縁が金色のラインが施されている青い服を上着を着ている。肩を見るとアンダーウェアのピンク色の肩紐が見えるし、首には青リボン。頭には薄いピンク色のサークレット。手には青い手袋を装着している。


「お兄様。会食と会談。どちらを優先しますか? どちらでも問題ないようにスケジュールは組んでありますが……」

「相手次第かな。ここまで来るのに疲れていたら、先に食事をしてもらったほうがいいかもしれない。交渉が纏まらなかったら、雰囲気がかなり悪くなるし……」


 綺麗でサラサラの金色の糸のような髪の毛を指でクルクルと弄りながら、ディーナに答える。料理に関してはディーナ達が魔族と神族の食生活を他のプレイヤー達に聞き、メイシアと相談して決めてある。

 といっても、こちらはボク達じゃ作れないので料理人はメイシアがリアルから引っ張ってきた。メイシアの家で料理長をしている人の弟子らしい。

 このゲームでも料理に全てを賭けているプレイヤーは居るらしいけれど、流石に面接とかして集めるのは大変なので、裏切らないメイシアのリアル関係者を引っ張ってきたというわけだ。

 料理人さん罪悪感が湧くけれど、基本的に形と名前は違うけれど地球と同じ食材があったりする。だから料理研究や技術の向上などを現実のお金や食材を使わずに使えるから渡りに船らしい。まあ、今回は弟子さんだけじゃなくて、師匠の方も手伝いに来てくれている。

 魔物モンスターの肉とかファンタジー由来の調味料などに興味津々らしいからね。ちなみにボクは軽く挨拶しただけで、まだ正式に会ってはいない。何故かメイシアが会わせてくれないしね。


「では会食からいたしましょう」

「それでお願い」

「主様。準備が整いました」

「わかった。じゃあ、予定通りお連れして」

「畏まりました」


 フェリルがこちらにやってきて報告してくれる。こちらの準備は整っているし、問題はないので使者を迎え入れるようにお願いする。


「あのユーリ。本当にこれを抱きながら会うんですか?」


 そう言ってメイシアが持ってきたのはデフォルメされたドラゴンのぬいぐるみだ。それを受け取って膝の上に置く。当然、このぬいぐるみはボクが作った物で、口からドラゴンブレスを放つことができる。


「護衛として使えるしね」

「一応、巫女さん達とアイちゃんも護衛についてくれますから、大丈夫ですよ? それに私達も近くで待機しておきますから……」

「まあ、保険だよ。流石に正式に招待したのだから、暗殺とかはしてこないはずだとは思うけど、一応ね。ボクの精神安定とカンペのために」

「カンペ……カンニングペーパーですね。そっちの方がメインだという事がわかりました」

「流石に全部は覚えきれないからね。っと、そろそろだね」

「はい。では頑張ってください」

「そういえばアナは?」


 アナ、アナスタシアの姿が見えなくて聞いてみる。


「料理を手伝っていますよ」

「摘まみ食いしないように言っておいてね」

「わかりました」


 メイシアが下がり、食事をする会場に移動していく。ボクはぬいぐるみと自分自身に魔力の糸を繋ぎ、人形操作マリオネットコントロールを発動する。これでボクの身体は操り人形になった。

 そのまま少し、待っていると……こちらと防壁にある巨大な門が開いて使者の一団とその先導と護衛をしている竜の巫女やドラゴン達が入ってくる。

 本当は夜空にして、等間隔に設置されている石柱に彼等が歩いていくと、だんだんと火が灯って道を映し出すなんて演出をしようかと思ったけれど、メイシアやディーナ達に止められた。アナスタシアには好評だったんだけどね。

 さて、一団がボクが居る玉座に近付いてくると、護衛していたドラゴン形態の銀竜の巫女シルヴィアと炎竜の巫女エクスが先に出て使者の一団を威嚇するような感じで玉座の左右に控える。

 空からはフェリルが龍の形態で降りてきて、こちらは人型となってボクの隣に降り立つ。着地すると同時に手に持つ錫杖で床を突いて注目を集める。


「主様、こちらの方々が天界と魔界よりお越しくださいました使者の方々です」

「ご苦労様です」


 使者の方に視線をやり、それぞれで並んでいる二つの勢力を見る。天界の神族と魔界の魔族。神族は天使のように純白の翼を持っていて、魔族は漆黒の翼を持っている。それぞれが人型であり、どの人達も年齢がバラバラだけれど、凄く顔立ちの整っているイケメン達だ。軽く殺意が湧いてくる。こっちとら、女顔で苦労しているから、せめてこの世界で筋肉があるカッコイイ男性になりたかったのに!


「主様?」


 っと、失敗した。話をしないとね。しかし、相手はボクを軽く見てから互いに牽制している。こればかりは互いに争っているから仕方がないね。


「今回はボクの呼びかけに答えて頂き、ありがとうございます。ボクが先代の竜王を倒して竜王の位を継承したユーリと申します。若輩者でありますが、よろしくお願いいたします」


 頭は下げずに言葉だけ丁寧に答える。といっても、あくまでも付け焼き刃だから、色々と拙い部分もある。


「「この度は竜王ご就任……おめでとうございます」」


 神族と魔族、両方から同時に声をかけられる。二人の使者は互いに見詰めてから、また同時に声をだした。

「貴様っ」「お前こそっ」と言いたいような感じで互いに睨み合いながら、こちらを見詰めてくる。


「え~と」

「まずは神族の片からお願いします」


 フェリルが錫杖を叩いて促す。


「神王陛下の第二子、アトナリー・テュールと申します。これからどうかよろしくお願いいたします。竜族の事も含めて、我等神族にお任せください」


 キラリと歯を光らせるすっごいスマイルをしてくる。魅了系の能力を疑うくらいだ。もっとも、ボクには効かないが。でも、三対六翼の翼は触ってみたい。


「では、次は俺だな。俺様はグラース・アスタロト。第四皇子だ。そっちの優男より、俺様達魔族の方が組むのならお勧めするぜ。しっかりと乗りこなしてやるからよ」


 こちらは筋肉隆々の男性で、身体も大きくボクの倍以上ある。しかし、取り繕うのを止めてボクを気持ち悪い視線でみてくるし、翼の数も三対六枚あった。というか、ボクを乗りこなすって絶対に嫌なんだけど。でも、相手がどうあれ、しっかりとしないといけない。


「遠路はるばるお越しくださった使者の方々はお疲れでしょう。歓迎の宴を用意してありますので、まずはお食事をしてからお話致しましょう」

「ご案内いたします」


 使者の一団を宴の会場まで巫女さん達に案内してもらう。彼等が居なくなって溜息をつきながら後ろに両手を広げながら倒れる。玉座は凄く大きいから、ボクが寝転んでも全然問題ない。むしろ、大きい玉座の上に小さい玉座を置いても全然問題ないぐらい。


「お疲れ様です。思ったよりも酷かったですね」


 メイシアが隣に座って覗き込んできたので、足を振り上げてから降ろす力を利用して身体を起こす。もちろん、メイシアは下がってくれる。


「本当だよ。完全に下に見られてるし、どっちもボク達を取り込んで使い潰す魂胆かもね」

「あの凄くカッコイイ人達も様々年齢と容姿が用意されていますから……ハニートラップでしょう」

「ボクに男のハニートラップとかふざけんなぁぁっ! すっごい気持ち悪かった!」

「でも、あそこまで酷くなくても、似たような視線をユーリもたまに私達に向けてきてますよ?」

「……ボクも男だからね……」


 女性の身体に興味がないかと言えば嘘になる。だから、メイシアの視線から逃れるようにそっぽを向く。


「確かにユーリも男の子ですから……男性では意味がないですね。では、女性だったら受けましたか?」

「ノーコメントで」

「ユーリ、それって答えてるのと同じですよ?」

「彼女とか産まれてから一度も居ないし、女の子との接触だって妹達ぐらいだから、正直わかんないよ」

「なるほど。ちなみに女性の人形でしたら?」

「いくらボクでも――」

「意思があって動いていたらどうしますか?」

「――なんでも言う事聞いちゃうから教えて!」

「ゆ~り~!」

「や~め~て~」


 メイシアに押し倒され、次の瞬間には彼女の指が口に入ってきて、頬っぺたをぐにぐにと引っ張られていく。


「パパとママは何している、です」

「「あっ」」


 アイリの言葉で二人して今の状況を思い出した。傍から見ればボクがメイシアに押し倒されて口を弄られている感じだ。それも至近距離で。


「ご、ごめんなさい」

「ううん、ボクも悪いし……それより、指を拭かないと駄目だよ」

「あ、洗ってきます!」


 二人で起き上がると、すぐに顔を真っ赤にしたメイシアが走っていった。ボクは頬っぺたを触りながらアイリの方を見る。アイリはボクの方へ寄ってきて、頬っぺたを撫でてきた。


「痛い、です?」

「大丈夫だよ。ただの……うん、スキンシップだから」

「良かったのです」

「心配してくれてありがとう」


 アイリの頭を撫でながら伝えると、嬉しそうに笑顔を浮かべて身体をボクに擦りつけてくる。とっても可愛いので、たっぷりと撫でまわしていく。


「髪の毛が、ぼさぼさになっちゃう、です」

「ああ、ごめんね。嫌だった?」

「嫌じゃねーです。もっと撫でてほしい、です」

「なら……」


 アイリの髪の毛に改めて指を入れて撫で始める。すると急に上に影ができた。上を見ると女の子のスカートとスパッツのようなものが見えた。


「娘だけじゃなくて妹も撫でろ~!」

「わっぷ」


 上から急に降ってきたのはアナスタシアで、ボクの膝の上にぶつかる前に翼で調整して速度を殺し、ポスッと柔らかい感触が太ももに伝わってきた。


「アナ、はしたないよ」

「スパッツ吐いてるから大丈夫だよ~。まあ、お兄ちゃんになら見せてもいいけどね」


 唇に指を充てて可愛らしい仕草で伝えてくるけれど、家で普通に見ちゃう事とかあるしね。洗濯を干している時とか、人形のモデルをしてもらう時とかだ。


「はいはい。別にいいから、ちゃんと見られないようにしておくように」

「むう、この程度誘惑じゃ無理か……」

「というか、兄を誘惑しない」

「結婚できるから大丈夫だも~ん」

「そういう問題じゃない」

「アナはあっちでもママになるのか、です?」

「そうだよ~」

「違うからね。むしろ、なるとしたら――」

「お兄ちゃん……ううん、?」


 言外にそれ言ったら殺す。とまで感じられる殺気を込めた笑顔を貰った。まあ、確かにこの年齢で叔母さんなんて言われたくないだろうしね。


「この話はなし。で、どうしたの?」

「アイはパパを呼びに来た、です」

「アナは?」

「私は来た神族の王子様と魔族の皇子様について情報を伝えにきたんだよ」

「なるほど。じゃあ、まずはアナの方から聞こうか。それから行った方がいいしね」

「うん。神王陛下の第二子、アトナリー・テュール。レベルは不明。天界の貴公子として有名なイケメンさん。戦闘能力はかなり高くて、お姉ちゃんに分かりやすく言うと巫女さんレベルの人」


 あの見た目で戦闘能力が高いとか、反則だよね。


「そんなヤベー奴なのです?」

「そうだよ。アナ達じゃ、普通に戦っても勝てないからね。そもそも、テュールの名が示す通り、彼のクラスは軍神テュール。軍神として戦闘系に関する強力なスキルがいっぱいある。それにテュールは本来、法と豊穣と平和を司る天空神だったから、天候を操ったりもできるよ」

「天空神って最高神とかだっけ?」

「うん。テュールは最高神だったけれど、2世紀後半以降にゲルマン人の世界が激しい戦乱の時代をむかえ、戦争の神であるオーディンへの信仰が移ったの。それでテュールは最高神の地位を追われて一介の軍神に転落した。これが神話だね。ちなみにこの世界では神様の名前が種族クラスとかにもなっているよ。お姉ちゃんが取った竜王ドラゴンロードのクラスはもう一個上だけど、十分に強力なクラスだね」

「竜王ってそんなやばいクラスなんだ」

「やばいのは当然だ、です。全ての竜族を従える王なのです。だから、パパは凄いぞ、です」


 竜神とか神龍とか、クラスとかありそうだけどね。いや、神様の力を取り込んだらそれになるのかもしれないね。


「ちなみに豊穣の力もあるからそっち方面でも凄いんじゃないかな?」

「なるほどね。で、魔族は?」

「グラース・アスタロト。第四皇子だからまず王位は継承できないね。だからか、戦場に出て戦働きをしているよ。見たけど単純に身体も大きいし、筋肉隆々のマッチョな人。正直、アナの趣味じゃない。でも、警戒する相手としては一番高い」

「そうなの?」

「うん。アスタロトのクラスがお姉ちゃん達、竜族にとっては痛い。アスタロトは40もの悪魔の軍団を率いる強大な大公爵なの。だから、自分以外の魔族や悪魔を召喚したりできるんだよ。そして、巨大なドラゴン、あるいはドラゴンに似た生物にまたがり、右手に毒蛇を持った天使の姿を取っている。これらの事から、ドラゴンに対する何らかの力を持っていると思う。魅了系を持ってるかもしれないから、要警戒だよ」


 だから、グラース・アスタロトはボクを乗りこなすとか言ってきたのか。もちろん、ボクとしてはお断りだ。なんで好き好んで男に乗られないとならない。ボクに乗りたければ人形になって出直してくるんだな。


「強さは?」

「結構強いと思うけれど、流石に巫女さん達で対処できるはず。どちらにせよ、私達じゃ逆立ちしても叶わないよ。まだ、ね」

「まだ、か」

「うん。かと言って、お姉ちゃんの場合は他の竜族を強化すればいいだけの話だから、軍勢を引き連れていない時点で勝ちは確定だよ」

「当然だ、です。竜界でパパの力を使って勝てねーはずはないぞ、です!」


 まあ、その通りなんだけどね。ボクの周りには高レベルの竜族が少なからず居る。その者達を強化すれば倍以上の働きをしてくれるはずだ。レベルが高いほど、強化の倍率が跳ね上がるしね。


「とりあえず、戦いにはならないと思うけれど、相手はどちらもお姉ちゃんを取り込んで戦力強化を狙ってくるから、くれぐれも安易な返事とかしちゃ駄目だって」

「わかった。政治家の人達みたいにけむに巻けばいいんだね」

「そうだけど、なんかやだね」

「うん」

「意味わかんないです」

「こっちの話だよ。まあ、相手の事はだいたいわかった。ありがとう」

「どういたしまして。ご褒美にナデナデを所望するよ!」

「はいはい」


 アイリと同じように慈しむように愛情を込めてアナスタシアの頭も撫でていく。

 二人の頭を撫でながら考えるのは、凄く面倒で会いたくない神族と魔族の使者。でも、会わないといけないので仕方なしに宴を開いている会場へと二人を連れて移動する。





 ◇




 歓迎の宴が開かれている会場へと移動する。アナスタシアとアイリはこのタイミングで離れてもら。流石に面倒な事が起こる可能性が多いところに連れて行くことはできない。巻き込みたくないしね。


「二人はメイシアやディーのところに行って、会談の準備をしておいて」

「わかったです」

「りょ~かい」


 二人を送ってから、フェリルを探す。彼女はマザードラゴンとして神族と魔族、両方の王族を相手してくれていた。なので、ボクもそちらに向かうことにする。


「皆様、お食事の方はお口に合いましたでしょうか?」


 メイシアに教えられた通りに身体を操作しつつ、全員に声をかけながら近付いていくと、フェリルがボクに気付いてすぐに話を終えてこちらへとやってきた。


「フェリル?」

「……なんですか?」


 声がいつも以上に無機質で冷たい。表情も普段から無表情だけど、今は感情なんてものをほぼ感じない。なるで人形みたい。いや、人形ならいいのかも。


「怒ってる? もしかして、ボク……何か悪い事でもした?」

「いえ、主様は問題ありません。ええ、主様は……」


 凄く怒ってる。正直、怖いし……やっぱり笑顔とかの方が嬉しい。うん。今のフェリルからできるだけ早く元に戻って欲しいかな。


「どうしたの?」

「いえ、外交というのはとても面倒で心が煮えたぎるものだと思いました。できれば今すぐにでも――」

「ああ、うん。落ち着こうね。後で話を聞いてあげるから」

「――わかりました」


 フェリルがボクの後ろに下がると、フェリルを追いつ込めたであろう魔族と神族の二人がやってくる。魔族の人はシルヴィアに話しかけられて、そちらを対応しだした。

 おそらく、二人が同時にボクの所に来るのを防いでくれているのだろう。妨害がなかった神族の人はこちらにやってきて、ボクの前で笑いかけてくる。ボクも営業用の笑顔を浮かべながら、しっかりと挨拶を行う。


「竜王陛下、この度はお呼びいただき……」


 相手はそう言いながら、しゃがみ込んでボクの手をとり、手の甲にキスをしてくる。身体がゾワッとして嫌な気持ち悪い感覚が襲ってくる。それを我慢しながら応対する。商売をしていると、ここまでの事はなくても嫌な事はあるし、我慢はできるから大丈夫。


「神王様におきましては竜族を保護し、共に歩んでいきたいとのことです」

「ありがとうございます。ですが、保護は必要ありません」

「しかし、現状では……まさか、魔族と……」

「ボク達竜族はどの種族の下にもつくことはありません。すくなくとも今はまだその必要性を感じませんし、皆も納得しないと思います。ご厚意はありがたく頂戴いたします。もちろん、同盟なら歓迎させていただきます」


 というか、個人ならともかく、竜族全体としてはありえない。そんな事を決めたら確実に暴動が起こるだろう。竜族は認めた人以外に基本的には従わないらしいし。ボクの場合は例外だけど。


「そうですか、畏まりました。それでは失礼いたします」


 さて、神族の人が終われば魔族の人だ。こちらも似たような感じだろうけれどね。

 でも、期待を込めて話してみたら……やっぱり同じような感じだった。ボクが幼い姿だから与しやすいと思っているのか、巫女達を離れさせてしきりに二人っきりになろうとしてくる。



 ◇



 歓迎会が終わり、会談を始める。ボクが上座に座り、左右に神族と魔族の人達が座っている。ボクの隣にはシルヴィアとフェリルが居てくれるし、ディーナ達も隠れて待機してくれている。

 さて、肝心の話し合いだけど、到底飲めない内容だ。まず、どちらからも提示されたのが戦力の提供。これは別に構わないのだが、こちらに一切の権利がない事が問題だ。指揮権が分かれると大変な事はわかるが、一戦一戦の契約ではなく、契約期間なのでその期間は拘束される。兵士としては普通だと思う。自国の兵ならだ。

 だけど、ボク達が求めているのは違う。最低限、使い潰されないように拒否権と補給をしっかりとする事は条件にこめないといけない。

 次に交易に関してはこちらは自由に関税を設定できず、あちらが決める。更に定期的に巨人族から保護するという名目で資金や資材の要求。この中に兵役も含まれている。竜界を含める土地の一部割譲まで組み込まれているし、ボクは王子と婚約、婚姻してあちらの世界に住むこと。更に子供まで差し出せと言われているんだから、受け入れられるわけがない。


「こちらが提示する条件は以上です」

「魔族も似たようなものだな」

「そうですか……残念ながらどちらも受け入れられませんね」


 神族と魔族から提示されたのは無条件降伏と同じだ。同盟相手に要求するものではない。


「しかし、先の中立地帯への侵攻を考えますと、これぐらいが妥当かと」

「ああ。逆にそっちの要求も受け入れられないな」


 こちらの要求は戦力を提供する代わりに人間界における行動の自由と商売の許可。税率に関してもしっかりと決めて利益がでるようにしている。もちろん、竜界の土地を割譲する事はない。代わりに人界の土地はほとんど引き渡すと伝えている。


「中立地帯への介入に関しての賠償は人界の土地を引き渡す事でそちらの領土は増えます。こちらの資料から算出される資源を考えると十分かと思われますが?」

「いやいや、防衛費とかを考えると足がでちまうよ」

「はい。巨人族や魔族から守らないといけませんからね」

「巨人族に関しては我々竜族も傭兵として協力させていただきます。相手が神族や魔族なら通常の値段は頂きますが」

「それなら、やっぱり要らねえな。俺達魔族が求めているのは神族をぶち殺すための戦力だ」

「こちらも同じです。魔族を滅ぼすための戦力です」

「我々竜族はどちらと戦っても手は抜きませんが……」


 どちらも譲歩するつもりはないみたい。こちらが多少譲歩してもあまり良くならない。はっきり言って時間の無駄かな。彼等は時間が自分達の味方だと思っている。このまま放置しておけば巨人族に攻め込まれたボク達は彼等の条件を飲むしかないと思っているわけだ。


「わかりました。それでは我々竜族は人界から撤退します。人界の事は神族と魔族、巨人族の皆さんで人類の皆さんと話し合うなり戦うなり、好きに決めてください」

「なに?」

「人界から出てどうするのですか?」

「竜界に引きこもります。我々竜族が人界に求めていたのは大自然と我々が過ごしやすい環境です。竜界全体では賄いきれなくなりだすほど、竜族は増えていました。その為、お父様……先代の竜王が考えたのは人界へと介入する事で人界の龍脈を整え、竜族の過ごせる場所を増やす事です。ですが、数が増え過ぎた竜族は巨人族などによって、数がかなり減りました。ですので、竜界を整理すれば我等はこの世界で十分に過ごせます。無理して人界へ介入する理由はほぼなくなったのです。あるとすれば今までお世話になった国々などへの対応ぐらいですね」


 実際問題。滅亡一歩手前とは言わないまでも、それに近いくらいは数が減っている。金竜の跡継ぎが殺され、竜王まで致命傷を負った事が致命的だった。だからこそ、一時的とはいえボクが実力も無いのにイベントクエストで就任できた。


「尻尾を巻いて逃げると? 竜族が聞いてあきれるな。まるでトカゲじゃねえか」


 魔族のグラース・アスタロトの言葉に巫女達が殺気を放つ。ボクはそれを片手を上げて抑える。


「はい。それはボクが力ないばかりに皆へ苦労をかけるせいです。見ての通り、ボクはまだ幼い竜族です。金竜の力や竜王の力なんて完全に発揮できていません」

「それなら俺達魔族と組んで……」

「いや、神族と……」


 提示された条件ではあり得ないと言っているんだけどね。ここは強めに言うか。


「どちらも話になりませんね。我々竜族は神族や魔族に敗北したわけでもないのに提示された条件は受け入れれません。それこそ竜族が竜族足り得ず滅ぶ道です。ボクは繋ぎだとしても、竜族の誇りまで捨て去るつもりはありません」

「やってる事と言っている事が違うだろ」

「いいえ、問題ありません。ボクは来訪者です。故に金竜として、竜王としてのプライドよりも託された竜族や家族を優先します」


 実際問題、ボクは預かっているだけだ。しっかりと引き継げるようになったら、次の金竜に託して人形師に専念する。むしろ、人形のインスピレーションや自らの意思を持つ人形を作るためにやっているのであって、竜王として世界一つを運営するなんて考えてもいない。ボクは人形師だぞ! 金竜になったのだって、金竜の身体が素材になるからだしね!


「でしたら、巨人族だけではなく、神族も敵に周りますよ」

「構いません。ですが、なりふり構わない竜族の恐ろしさを思い知る事になるでしょう」

「……交渉は決裂のようですね」

「ちっ、時間を無駄にしたな」

「そのようです。まあ、こちらの条件を飲む気があるのなら、内容は変わるかも知れませんが、会談を申し込んできてください。次は神王と魔王との会談を望みます。シルヴィア、エクス。使者の方々をお送りしてください」

「「かしこまりました。陛下」」


 二人が神族と魔族の使者を連れて部屋から出ていくと、ぬいぐるみを抱きしめて顔を埋め、もふもふしする。次第にイライラが笑い声に変わってくる。


「あの、ユーリ?」

「主様、大丈夫でしょうか?」


 メイシアとフェリルの二人が心配そうに声をかけてきた。顔を上げて周りをみると、二人だけじゃない。ディーナやアナスタシア、アイリ、巫女達も不安そうにしている。

 いや、巫女達はかなり怒り心頭といった感じで、理性で押さえつけているだけだね。これが普通の竜族だったら大暴れしている可能性すらある。


「ごめんね。流石にこうまで思い通りに行かないとね。まあ、現実だと往々にしてあることだけれど」

「それでどうしますか? 巨人族だけでなく、魔族と神族が攻め込んでくる可能もありますが……」

「うん。もう自重しない。宣言した通り、ボク達竜族は人界から撤退します」

「でも、それって予定通りだよね?」

「そうだよ。でも、言ったよね。自重しないって」

「どういうこと?」

「皆は焦土作戦って知ってるかな?」


 ニコリと告げるとメイシアとディーナの顔が青ざめた。焦土作戦。それは戦争等において、防御側が攻撃側に奪われる地域の利用価値のある建物や施設、食料を焼き払い、その地の生活に不可欠なインフラストラクチャーの利用価値を破壊して攻撃側に利便性を残さないようにすること。つまり自国領土に侵攻する敵軍に現地調達を不可能とする戦術及び戦略の一種で、毒物とかも使われる場合もある。


「それ、本当にするのですか?」

「少し違うけれど、似たようなものだよ。よっと」


 玉座から飛び降りて竜王としての力を発動し、全ての竜族に指令を出す。


【竜族限定アナウンス:竜王姫ユーリです。全竜族に通達します。神族と魔族との交渉は決裂しましたが、両方の種族と巨人族に攻められないためにも、人間界にを回収し、撤退する事を命じます。

 なお、近くに居る精霊や妖精種など、その地に住む者達に例外なくしっかりと事情を説明してください。

 我々竜族がその地から完全に撤退する事、これから起こるであろう現象を余すことなく伝えて竜界に移住しないか聞いてください。

 思念伝達で竜界にある各地のダンジョンや島について録画したこの映像をしっかりと見せてください。決して無理強いはしないように。以上です。あ、お宝も全部持ってきていいですからね。むしろ残さないでください。それと作った巣はしっかりと再利用されないように壊していってくださいね】


 これでよし。振り返るとメイシアやディーナ、アナスタシアはわかっていないのか、首を傾げている。まあ、竜族にしか伝わらないし、仕方がない。巫女さん達はかなり驚いているけど。


「ユーリ、何をしたのですか?」

「ボク達竜族って自然そのものと言えるんだよね。直接力を龍脈から吸い上げたり、整えたりして過ごしやすい環境を作っているんだ。余計な力が溢れ出さないよう、綺麗に調整された龍脈は精霊や妖精達にとってはお高めの住宅らしいよ」

「?」

「さて、ここで質問です。今まで護衛が居て安全で住みやすいように調整してくれていた管理人が居なくなり、自然災害が多発するようになる住宅に住んでいたい?」

「いたくないよ!」

「そこで高級住宅を生活費以外無料で住まわせてあげるから、移住しないかって言われたらどうする? そこが自分達にとって憧れのような世界だったら?」

「絶対にいく! あ、もしかして……」

「そういうこと。管理人が居なくなるだけじゃない。その管理人が設置していた機材とかも根こそぎ持っていくんだ。残った人達やその土地を利用しようとする人は一から自分でインフラストラクチャーを用意しないといけなくなる」


 被害は大変な事になるだろう。精霊や妖精も大半はこちらにやってくるだろうし、暴風や雷などの自然災害が起こる。神族と魔族、巨人族はそんな土地を進んだり、修復したりしないといけない。それも自分達のリソースを注ぎ込んでだ。

 神様の中なら龍脈を整える事ができるのもいるだろうけど、あれ狂っている龍脈を正常化するのは大変だ。ましてや魔力が溜まったりしてモンスターが生まれやすくなるだろうしね。


「えげつな」

「ふん。ボクやアイリを娶ろうとしたり、だまくらかして人質に取ろうとするからだよ。ボクが人形を作る時間を無くしてまで頑張っているのにあいつらときたら……」

「後はこちらでやっておきますので、お好きなように人形を作っていてください」

「え、いいの!?」

「はい」

「ありがとう! フェリル大好き!」


 さっそく、アイテムストレージから制作道具を取り出して作っていく。


「あ、ディーナ。掲示板に警告文をあげておいて。竜族が撤退する理由と起こる被害について全部載せていいから」

「交渉が決裂した事を伝えておくのですね。報酬の引き渡しはどうするのですか?」

「ちゃんとするよ。あくまでも撤退させるのはこの世界の竜族だけだし、ボク達に最後までついてくれる国とは傭兵契約を結んで守護するから、そこで報酬の引き渡しをすればいいしね」

「こちらの事もしっかりと載せておきますね」

「お願い。あ、それと技術者も募集しておいて。竜界の素材と竜族の素材を使って色々と作りたい人は竜界専属になることで優先的に回すってね。ああ、戦闘職にも専属契約するのなら装備の貸し出しや竜族との契約を優先的に斡旋するって」

竜騎士団ドラゴンナイツの方はどうします?」

「彼等は……実験のご招待かな。竜界専属になってくれる覚悟があるなら、もしかしたらクラスが与えるかもしれないって言ってね」

「わかりました」


 ボクって竜王姫とはいえ、王族で王様なんだよね。だったら、騎士とかの任命はできるはずだ。それがちゃんとできるか実験してみたい。騎士系ならメイシアも居るけど、彼女は竜族に特攻がある相手をしてもらいたいから、取ってほしくないからね。

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