第54話 封印の儀式
ステータスの確認は無事に終えた。いや、ボクの心には多大な負荷がかかったけれど、こればかりは仕方がない。
本当になんで男なのに女のスキルが取れるのか、疑問すぎる。容姿のせいか、それとも最初のアバター事件のせいか。
まあ、装備は元々性差別を無くすためか、どちらでも装備できるらしいから仕方がないけどね。
考え事をしながら、待っていると……空が暗くなった。上を見上げると人影が落ちてきている。
「パパっ!」
落ちて来ている人が娘のアイリだと気付き、慌てて抱きとめるために移動し、地面を蹴って飛び上がる。
「わっ!?」
飛び込んできたアイリをしっかりと受け止めると、その衝撃で地面に背中から着地し、ゴロゴロと二人して転がってしまう。
少しして回転が止まり、ボクは上に乗っているアイリの顔を見詰めると、彼女は泣いていた。
「やっと、やっと会えたです!」
「ごめんね。一緒にいてあげられなくて。辛かったよね」
アイリの涙を指で拭ってから、彼女を抱きしめる。
「パパっ、パパぁ!」
「よしよし」
アイリの頭を撫でてあげていると、空からフェリルが龍の姿でゆっくりと降りてくる。
彼女が着地すると、その背中からメイシア、ディーナ、アナスタシアが飛び降りて、彼女達もボクの方に走ってきた。
「怪我はないですか!」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「お兄様、何処から不調は……」
「大丈夫だよ。皆もこっちでは久しぶりだね」
アイリを抱きしめたまま、重力を制御して起き上がる。落ちそうなアイリの柔らかいお尻に手を回してを持ち上げると、彼女はボクの首に手を回して首元に顔を埋めてくる。
恥ずかしくて触っていられないけれど、このままじゃアイリが落ちちゃうし、仕方がない。
「ん~大丈夫そうだね」
「はい。見た限りでは異常はありませんね」
アナスタシアとディーナがボクの周りをぐるぐると回って確認してくる。怪我なんてもう回復しているので大丈夫だ。大丈夫だよね?
「二人共、落ち着いてください。ユーリ、無事に竜王になれてなによりです」
「ありがとう、メイシア。そっちもアイリを助けてくれてありがとう」
「私の娘でもありますから、当然です」
メイシアが近付いてきて、アイリの頭を撫でていく。ボクはしっかりとアイリを抱きかかえていると、後ろからアナスタシアが抱き着いてきた。
「なんだかお姉ちゃんからいい匂いがするよ~」
「ひゃぁっ!?」
首筋を滑った柔らかいザラザラした物が這ってきた。これはアナスタシアにペロリと舐められたんだと思う。
「なにこれ?」
「アナ?」
「凄く美味しい! もっと舐めたい!」
「駄目! 駄目だからね! ヘルプ! 助けて!」
アナスタシアの声が獲物を狙うようでありながら、呼吸も乱れていて凄く怖い。
「こら。お兄様……マスターから離れなさい」
「そうですよ。アナちゃん、怒りますよ」
「は~い」
二人の言葉に大人しく引き下がってくれたみたいで良かった。
「我が主」
声の方に振り向くと、そこにはフェリルが青い鱗の龍から人型の少女へと戻っていた。彼女の横にはもう一人いる。
「フェリル。皆を連れてきてくれてありがとう」
「いえ、我が主のご命令とあらば当然の事です。それよりも……」
「封印が解除されるまで残された時間は少ないのですから、手早く儀式を済ませた方がよろしいかと思います」
彼女はあの時に話した銀髪のお婆さん。頭には立派な竜の角と翼があり、手には錫杖を持っている。おそらく、彼女が先代のマザードラゴンの銀竜だと思う。
「それもそうだね」
今、ボクにとって何よりも優先するのはアイリの事だ。人形の事も竜族も事もひとまず置いておこう。
「それじゃあ、儀式をお願いできますか?」
「ええ、お任せてください。竜界の龍脈を使う許可を頂けますか?」
「?」
「竜界にある龍脈については、全て竜王様が管理なされていますので我が主の許可が必要です」
「そうなんだね。えっと、許可します」
「はい」
フェリルに教えてもらったので、口頭で許可してみる。すると、それで正解のようでお婆さんが中央に立つ。
それから、杖で地面を一回突くと魔法陣が形成される。二回突くと龍脈が活性化する。
「アイリさんでしたね。こちらへ」
「……パパ……」
「大丈夫だよ。行っておいで」
「これはアイちゃんの為に必要な事なんです」
「……わかったのです……」
ボク達が話している間に周りが光の球体で溢れ出す。幻想的な光景に驚いていると、その光はドラゴンの形へと変化していく。どうやら、他の竜族の人達が転移してきたみたい。
転移して来たドラゴンさん達はすぐに人型の竜族へと変化していく。小さな子供はそのままで儀式を見守るようだね。
「アイちゃん頑張って」
「見守っていますからね」
「ん、頑張ってやるです」
アナスタシアやディーナの応援を受けて魔法陣の中心に居るお婆さんの場所までアイリが移動していく。ボク達はそれを見守るしかできない。
「安心してください。何も怖がる必要はありません。貴女の中にある邪竜エクリプスを封印するだけです。自分ではない誰かの声が聞こえた事があるでしょう?」
魔法陣の上に立ったアイリの身体をいくつもの魔法陣が上から下まで移動し、下から上まで移動していく。おそらく、調査用の魔法かな?
「あるのです。力をくれるって言ってやがったです」
「その声が邪竜エクリプスでしょう。力を与えて貴女の身体を自らの力に馴染ませ、時が来たら身体を乗っ取って復活するつもりなのでしょう。声に答えてはいけませんよ」
「パパ達に危険が迫ったら、わからないのです」
「なるほど。では、貴女自身が守れるように力をつけるべきですね」
「わかってるのです」
調査が終わったみたいで、地面に描かれている魔法陣以外が消えてみたい。
「ふむ……ユーリ様」
「何かな?」
「エクリプスの封印ですが、おそらくこのまま封印しても邪竜力が溢れ出して自力で解除されるでしょう」
「え、それって封印が意味ないってこと?」
「いいえ、お兄様。おそらく、力が溜まり過ぎると封印が解除されるということなので力を使えばいいのでしょう」
「その通りです」
ディーナの言葉にお婆さんが頷いた。なるほど、確かに力を溜められた傍から使っていけば封印を解除するまでは至らないという事だね。
「私としてはこちらの方法をお勧めします」
「その方法でお願いできますか?」
「畏まりました。アイリさん、貴女の武器はなんですか?」
「大鎌です」
「では、そちらに力が流れるようにしますので武器を出してください」
「これなのです」
アイリが大鎌を取り出すけれど、見た事がない奴だ。おそらく、ボクが居ない間にメイシア達が買った奴かも。でも、もしかしたらキリング・マンティスから出た死神の大鎌の方がいいかもしれない。なんせレイドボスのMVP品だしね。
「ちょっと待って」
「パパ?」
「こっちの方がいいかもしれない。できれば強い方がずっと使えるし」
ボクはアイテムストレージから死神の大鎌を取り出す。すると前の死神の大鎌とくらべて少し変化しているのがわかった。刃や柄の部分に金色の文様が浮かび上がってる。そういえば、この武器って竜王である金竜を殺して、その血をいっぱい浴びてるんだよね。
「お兄ちゃん、なにそのカッコイイ武器!」
「もしかして、お兄様が竜王と戦っていた時に使っていらした物ですか?」
「そうだよ。キリング・マンティスのMVP武器で、竜王を倒した時に使っていたから、強化されているみたい」
「その武器をアイちゃんにあげるんですね。本当に自分で使わなくていいんですか?」
「ボクよりアイの方が使いこなせると思うしね」
「いいのです?」
「うん。頑張ったアイにボクからのプレゼントだよ」
「ありがとう、です」
魔法陣の中に入って、アイリに死神の大鎌を渡す。彼女はそれを胸に抱きしめながら、とても嬉しそうにしている。うん、物騒だ。
「そちらの方が依り代として優秀ですね。それにしますか?」
「はいです。これがいい、です」
「畏まりました。では、今から封印の儀式を本格的に始めますので、姫様は御下がりください」
「わかった。頑張ってね、アイ」
「任せろ、です」
アイリを抱きしてて、頭を撫でてから魔法陣の外に出る。お婆さんがアイリを魔法陣の中心に置いて、周りで躍りながら何度も錫杖を地面に突いて鳴らしていく。
魔法陣が光り輝き、粒子のような物が溢れ出していく。それを見ていると、竜族の人達が両手を組んで跪いたり、目を瞑ったりして静かに祈るように見詰めている。
「あれ?」
「どうしたのですか?」
「うん。なんだかあの竜族のお婆さん。身体が薄くなってない?」
「確かに急激にエネルギーの総量が減っていますね」
アナスタシアが異変に気付き、メイシアが聞いていく。それを受けてディーナが解析をして教えてくれた。確かにボクも意識を向けると、お婆さんの力が急激に減っていっている。
「フェリル、これって大丈夫なの?」
「はい、問題ありません」
「そっか……」
嫌な予感がしてきた。フェリルの言葉を聞いても収まらない。きっと大丈夫じゃない。
「フェリル。正直に答えて。お婆さんはどうなるの?」
「力は彼女の中で封印として生き続けます」
「お婆さん自身は?」
「竜脈へと帰られます」
「それって……」
思わず止めようと魔法陣の中へと入ろうとするけれど、フェリルが抱き着いてボクを止めてきた。それに他の竜族の人達もボクの前に立ち塞がっている。
「姫様。いえ、陛下。この儀式は始まれば止める事はできますが、封印が完成されずに無効化されます。その場合、元王妃様の命が無駄になります」
「どうか、どうかこのまま見届けてさしあげてください」
「我が主よ。お許しください。こればかりは主の決定に異を唱えさせていただきます」
「助けられないの?」
「そもそもが助ける助けないの話ではございません。我等は竜脈に帰り、一定期間を置いて新たに生まれ直すのですから。それにあの方は元竜王陛下や先々代の下へと行かれるのです」
「……そっか。それもそうだね。家族が、待っているんだもんね……」
「ユーリ、アイちゃんのためにやってくれていることです。ここは感謝を込めて見送りませんか?」
「メイシア……」
メイシアがボクの両手を握ってどうすべきか教えてくれた。
「それに会おうと思えば会えますよ」
「え?」
「幽世の世界で会えばいいだけですからね」
「あっ、そっか。あそこって……」
「師匠……
あの世とこの世を繋ぐ場所。確かにあそこなら会えるかもしれない。あれ、それって今度は本当の実力を発揮できる竜王ヴェーヌスと戦えるってことかもね。戦いたくはないけれど、話を聞きにいくのはいいかもしれない。
「わかった。見送らせてもらうよ」
「はい」
「ありがとうございます」
お婆さんの踊り、いや……舞が進むに連れてアイリの身体から黒い物が溢れ出して、お婆さんの身体から溢れ出す粒子と混ざり合って大鎌へと流れていく。
大鎌はどんどん黒くなっていく。そして、持ち手が染まり、赤黒く染まる。大鎌全体に金色の線が無数に走る。
そして、一際大きな光の柱が発生して魔法陣を覆い隠す。次第に光が無くなり、地面に描かれた魔法陣が消滅する。同時に死神の大鎌も光となってアイリの中へと消えていった。お婆さんの身体はほとんどが崩れだし、アイリと一緒に倒れていく。ボク達は慌てて近付いてお婆さんとアイリを抱き留める。
「……姫様……後はお願い致します……」
「任せて。竜族はなんとしてもボクが守るよ」
「巫女達だけでなく、皆も、しっかりと仕えるのですよ……」
「はい。お任せください」
「……あなた……いい土産話を持って……いま、いきます……」
お婆さんの身体が光となって竜脈に溶けていく。その瞬間、竜族全員の咆哮が轟き、世界を揺らしていく。
その姿は誰もが本当に悲しんでいて、作り物だなんて思えない。この世界で本当に生きているように感じる。それこそ、魂があると言われても信じられる。この世界はもしかしたら、仮想空間ではなくて異世界で行われている現実なのかもしれない。
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