第52話 アナとサイクロプスの死の舞踏




 メイシアとアイちゃんに別に倒してしまっても構わないだろうと言ったけれど、正直に言って……無理ッ!

 10メートルを超えるサイクロプスから放たれる六メートルはあろうトゲトゲがついている鉄性の棍棒がさっきまでアナが居た場所を通り過ぎ、直撃した地面にクレーターを生み出す。その余波で身体が吹き飛ばされる上にアナと同じように飛ばされた礫が銃弾のような速度で無数に飛んでくる。避ける事も出来ずに身体にいっぱいの穴ができて、血液が飛び散っていく。

 飛び散ったアナの血液や同じようにサイクロプスの攻撃で被弾したトロール達の血を吸血魔法で集め、身体に取り込んで失った肉片と血を補充して瞬時に再生させながら距離を取る。


「本当、嫌になるよね。逃げる訳にはいかないのに痛いし、苦しいし、怖いし、早く死ぬか諦めてよ……」


 ついつい口から弱気な言葉がでる。ここにはお兄ちゃんもお姉ちゃんもいないし、アナ一人だけだから辛い。でも、アナから引くわけにはいかない。なぜなら殿として残っているし、ここでアナがやられたらメイシアやアイちゃんが、家族が死んじゃう。ゲームなんだから、別にいいと思うかもしれないけど、そう思えないぐらいにリアルだし嫌だ。それにメイシアはプレイヤーだからともかく、アイちゃんはNPC、現地の人だから死んじゃう。本当ならお兄ちゃんなら、蘇らせることはできるけれど、今のアイちゃんはイベントによってお兄ちゃんの庇護下から外れ、他の現地の人と変わらないようになっている。だから、死んだらもう戻ってこない。


「ああ、もう! なんで一人でレイドボスとやらなきゃいけないの! こっちは作り直してるんだよ!」


 まあ、作り直す前でも無理だろうけどね。正直、敵の死体を利用する戦い方じゃないと詰んでる。そういう意味では相性はいいんだろうね。こちらの増援が来るまで持ちこたえられればいいけど……いけるかな?


「――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 サイクロプスが減った取り巻きを召喚ゲートを魔法で作りだし、増援を呼び込んでくる。現れたトロール達は普通のトロールじゃない。今度のトロールはトロールの中でも上位種と呼べる奴等で、身長も普通のトロールより大きくて完全武装している。つまり、5メートルのトロールが全身鎧を着て、トロールにとっては長剣と盾を装備している。中には弓を持っている奴等もいるので絶望感が半端ない。

 現状の戦力差は圧倒的に不利。剣と盾の騎士トロールが5体、弓トロールが4体、大楯を持ったトロールが2体。大楯はサイクロプスの護衛に入っているので、これから攻撃がほぼ通らないと思う。

 こちらの戦力はアナとゾンビ・トロール15、スケルトン・トロール7、ウルフ5、アント11、ゴースト15。数の上では圧倒的だけど、何より個体差が激しい。相手の1体でこちらの10体は殺される。それに死霊魔法を使ってられる時間も限りがある。


「やるしかないし、頑張ろう!」


 口に出して気合いを入れ、スケルトン達を突撃させてゴースト達に援護させる。アナは大地に染み込んだ血液を吸血魔法で回収して次の魔法を準備していく。

 魔法を用意している状態でも前線から目を逸らさない。こちらの兵力が蹂躙され、矢が飛んでくるし避けないといけないから。

 トロール達にスケルトン達がボコボコにされて一瞬で滅ぼされる。前線が突破され、こちらに向かってくるので、魔法の詠唱を中断して逃げる。飛んでくる矢を左右に動いて避けながら、まだ生き残っている森の中に入って木々を盾にする。放たれた矢はあっさりと木々を貫通してこちらを追ってきているので、魔法と夜の魔力で身体能力が爆発的に強化された力で矢をしっかりと捕らえる。それから、吸血鬼の脚力で矢を蹴り飛ばして軌道を変えると同時に飛び退る。

 痺れる足で後ろの木に垂直で着地してすぐに木を蹴って移動する。その瞬間には矢が飛んできて後ろの木を貫通していく。全てが製鉄された矢は鏃からして強力な物だ。矢自体の重量とトロールの腕力も合わさって、まるで砲撃みたいな火力になっている。これは巨人族の進んだ鍛冶技術があるからで、その技術力はドワーフ達を超えているらしい。反面、魔法は得意ではないのが救いか。

 さて、空に出たら狙い撃ちにされて終わるので、このまま森の中に引きずり込みたいけれど……こちらの思う通りには動いてくれない。相手の巨人族は大楯二体と弓兵を残し、それ以外はアナを無視してアイちゃん達が逃げた方に向かっている。相手は目的を見失っていない。このままじゃメイシア達が危ない。


「お姉ちゃん、増援はこれそう?」


 耳につけているお姉ちゃん、ディーナから貰った通信機の電源を入れて通話を行う。


『もうすぐ到着します』

「じゃあ、通すから待ち伏せさせておいて。アナは残った方を殺すから、そっちは任せるよ」

『了解しました。敵の種類と数は?』

「相手はサイクロプス1、完全武装のトロール5、弓2。おそらく精鋭だから、初手全力攻撃がいいよ」

『そのように指示します。私はアナの援護に向かいますから、無茶はしないでくださいね』

「ううん、こっちはいらないよ。そっちで弾幕を張って防いでおいて」

『……わかりました。気をつけてくださいね』

「うん。お姉ちゃんもね」

『ご武運を』


 通信を切って、こちらを警戒している4体から離れ、さっきはできなかった詠唱の続きを行う。夜の暗闇の中では吸血鬼の方に分があるから、隠れられる。ただ、相手もこちらが居そうな所に撃っているけれど、すでに居ないので命中することはない。

 腰のポーチからお兄ちゃんの血液が入った瓶を取り出す。残り2本。ここで1本使って、相手を殺してからサイクロプスに奇襲をかける時に最後の1本を使う。

 瓶の蓋を開けて、中身を口に入れると芳醇な香りとゼリーみたいな感触がして全身に力が湧き上がってゾクゾクしてくる。口から艶めかしい声がでてくるほどとっても気持ち良くて気分がいい。枯渇しかけていた魔力が一瞬で溢れ出し、全回復どころかブーストされていく。まるで全身がお兄ちゃんに抱きしめれているみたい。


「あは♪」


 流石は金竜の血液。吸血鬼にとってはエリクサーと言える。これに比べたら他の血なんて泥水のような物だ。ああ、メイシアのはちょっと美味しく感じるぐらいだけどね。

 一時的に竜族としての力も使えるようになったので、龍脈から魔力を集めてアナの魔力と混ぜ合わせて闇魔法と吸血魔法を同時に使う。《マルチ・スペル》多重魔法を使い、二つの別々の魔法を発動。

 一つは血でできた礫を雨のように高速で降らせるブラッディ・レイン。空から降り注ぐ血の礫を防ぐには弓じゃ無理だ。そうなると大楯が盾を上に掲げ、その下に弓が入って耐えるしかない。でも、それこそがアナの狙い。

 もう一つの魔法、闇属性魔法Lv.5闇の槍ランス・オブ・ダークネス。これは魔法を近接武器として作り、魔法使いでも近接戦闘ができる魔法。魔力を込めれば込めるだけ大きくなるし、当然、投げることもできる。


「いけっ!」


 連中に向かって3メートルの槍を思いっきり投擲する。魔法なのである程度の操作はできるから、連中目掛けて突撃してくれる。ただ、相手も攻撃が来るのを気付いて、弓を構えて待ち構えているので迎撃してくる。なので、アナも闇の槍を盾にして飛び出す。

 矢は闇の槍に飲み込まれて消滅し、そのまま直進する。盾を降ろせば防げるけれど、そうなるとブラッディ・レインは防げない。結果、どちらを選んでも被害は大きい。

 盾は一人が槍を防ぎ、もう一人がブラッディ・レインを防ぐことにしたみたい。弓の2体を守るために盾2体はブラッディ・レインでダメージを蓄積されていく。弓の2体は涙を流しながら、こちらを見詰めてくる。


「悪いけど、これって生存競争……戦争なんだよね。だから、死んでよ」


 闇の槍を防いだ衝撃で硬直して動けない大楯のトロールに接近し、憎悪の籠った瞳で見詰めてくる。そんな奴の身体に触れて魔法を発動する。血の暴走スタンビード・ブラッドという、高位の吸血鬼にしか使えない奴で、吸血鬼の支配下にある血液が相手の体内に入っている時限定に使える。本来は眷属とかを作り、そいつが裏切った時に殺すための魔法。


 でも、これってさぁ……攻撃に使えるよね?


「ぐっ、がぁっ、ぎぃぐぁああああああああああぁぁぁぁっ!」


 大楯のトロールは瞳から血を流し、血管という血管が膨れ上がって内側から破裂する。大量の血液を巻き散らかしていく。

 大楯は全身鎧で防御力に特化させてあるから、普通の攻撃じゃあダメージは入らない。でも、関節の部分は比較的に脆いからブラッディ・レインでも十分に貫通できる。そうなれば後は防御力が脆い体内から血液を暴走させて殺せばいい。この方法はβの時に吸血鬼にされた女の子を助けるイベントをやって、バッドエンドで女の子が殺されるのを見て思い付いた。トラウマにはなっていないけど、後悔は凄くある。あれ以来、ゲームと思えなくなってきたし。


「ひっ!」


 もう1体の大楯にも触れる前に殺した方を弓達の方へ蹴り飛ばし、盾にすることで弓の反撃を防ぐ。その間に残りの大楯に触れて血の暴走スタンビード・ブラッドで殺す。残念ながらサイクロプスには効かない。奴の再生能力と防御力の硬さは装備じゃない。単純に硬く、身体が大きいからアナの血液を投入することができない。目から入れようにもその前に再生されるしね。もっと身体の構造に詳しくなったらできるのかな? 勉強してみようかな。壊す為に医学の勉強をするのはどうかと思うけど……まあ、いいよね。


「残り2体……」


 弓兵である2体は降り注いでいるブラッディ・レインによって身体中をズタズタにされている。魔法特化型にしているだけあって、アナの火力は高い。それでもサイクロプスの防御は抜けなかったんだけどね。圧倒的なレベル不足。まだLv.20も超えてないから仕方ないよね。それだけ上位種族は必要経験値が馬鹿みたいに高いということでもある。同レベルじゃまず負けないし、推定Lv.40超えのトロール達だって嵌めれば簡単に殺せる。逆に言うと、嵌めなければ殺せないんだけどね。アナが勝てる理由はお兄ちゃんへの愛金竜の血液があるからだよ。


「はい、終わり♪」


 弓兵2体の身体に触れ、傷口から全ての血液を引き抜いてミイラにする。武器や防具とかは回収し、この周り全ての血液を集めて腕から体内に取り込む。本当はお兄ちゃんや家族の人達以外の血なんて身体に入れたくないけれど、仕方ない。今度デスペナになった時までに別の方法を考えよう。アナにとって本当はお兄ちゃんの血液で全部を構成したい。絶対に無理だろうけどね。

 10分ほどが経ち、血液は無事に回収できたし、アナも行こうか。お兄ちゃんブーストが切れる前に空を飛んでサイクロプスを追いかける。






 サイクロプスは巨体なので、一歩一歩の歩幅が広いから結構な距離を詰められている。すでにサイクロプスとの戦いが行われており、ドラゴンやいろんな人達が攻撃していた。

 中にはお姉ちゃんも居て、銃弾の雨を降らせている。他のプレイヤーさん、ドラゴンナイツの人達も必殺技を使って盛大に削っていっているので、アナも全力を尽くす。その為に突撃しようとしたら、ワールドアナウンスが聞こえて敵も味方も戦いを止めた。

 お兄ちゃんの、家族の戦いが始まった。うん、その戦いは相手が本当におかしかった。






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