第50話 竜の巫女達



 切り札を貰ったので約束通り、炎竜の人には爆発を意味するエクスプロウシェンから、エクスという言葉を取ってあげようと思う。銀竜、シルバードラゴンの人には、シルヴィアという名前をあげることとする。


「えっと、二人の名前を決めたよ」

「わくわくするわね」

「そうですね。どんな名前なのか楽しみです」

「えっと、炎竜の人はエクス。由来はエクスプロウシェン、爆発からだね」

「火力こそ正義の私に合ってるわね。爆発が由来というのもいいわ」

「……何時も爆発は芸術と言っていますし、お似合いですね……」

「確かに似合っています」


 気に入ってくれたようで、くるくると回って楽しそうにしている。これなら炎竜の人はエクスに決定してもいいかな。


「じゃあ、炎竜の巫女エクスだね」

「まあ、竜王になってから正式にくださいな。今のまま受け取っても、あまり意味がないですから」

「そうなの?」

「フェリルのように正式に契約したのならともかく、今の私達と姫様の間に繋がりは無いので、特に意味はありません。正式な竜王となり、お名前を頂けるのでしたらそれは栄誉なことであり、加護という形で私共の力が増します」

「つまり、私は今、炎竜の巫女というだけで、エクスというのは自称になるの」


 言葉とは裏腹にとっても嬉しそうに教えてくれる。それだけ、彼女達にとって名前というのは嬉しいのかもしれない。それに言われたことも納得できることだ。


「わかった。それなら、竜王になった後に改めて名前をあげるね」

「お願い。あなたはどうする?」

「私も貰えるなら、先に欲しいです」

「わかったよ。君の名前はシルヴィア。銀竜から良さそうなのを取ったけれど、駄目かな?」

「いえ、構いません。ありがとうございます」

「ごめんね。名前をつけるのってあんまり得意じゃないから……」

「いえ、カッコよくていいと思います」

「そうよね。これでいいと思うわ」

「名前としても問題ないかと」

「そっか、良かった」

「はい。というわけで、私の名前はシルヴィアに決定です」


 どうやら喜んでくれたようなので良かった。西洋の竜なのに漢字でつけるわけにはいかないし、銀を絡ませることが難しかったんだよね。


「えっと、じゃあ名前も決まったし、先に進んでいいかな? 申し訳ないけれど、時間があまりないし……」

「はい、構いませんよ。水龍の巫女……フェリル、後はお願いします」

「任せたわよ」

「はい。任されました。主様、こちらにどうぞ」


 炎竜の巫女エクスと銀竜の巫女シルヴィアが横にずれて橋の両脇に移動し、道を開けてくれる。その間を水龍の巫女フェリルに導かれて進んでいく。

 残る二人はボク達が通る少し前から頭を下げ、綺麗なお辞儀で見送ってくれた。フェリルに先導されながら少し歩き、後ろを振り向くと二人共が、手を振ってくれている。


「主様、どうかなされましたか? もしかして、私と契約した事を後悔なさっておいでですか?」

「ううん、そんなことないよ。ただ、あの二人ってこれからどうするのかなって気になったの」


慌てて否定し、後悔していないことをフェリルに伝えて気になったことを質問してみる。


「あの二人はこことは別にあるそれぞれの島にて修行に戻られます」

「それぞれの島?」

「はい。私達は持ち回りで聖域の管理を担当しておりますが、普段はそれぞれ各自に住んでいる島があります。その島の環境は私達の種族が過ごし易く、力を伸ばせるように整えられているんです。例えば炎竜の巫女、エクスが普段住んでいる場所は火山の火口です。そちらで溶岩の中に入って修行をしていたはずです」

「うわぁ……」


 そんな環境で住みたくない。いくらなんでも、溶岩の中とか入ったら溶けちゃうよ。


「私の場合は普段、水中に居ます。そちらでドラゴンホエールの方と日夜、水の制御権を奪い合っています」

「コントロールの修行?」

「そうですね」

「そうなんだ……あっ、それと二人とはもう会えないの? ほら、ボクはフェリルを選んだから、次の竜王が現れるまでとか……」

「いえ、そんなことはありまえんよ。普通に会えますので、主様のお好きな時にお呼びくだされば構いません。ただ、契約する場合はこちらから出向いて力を見せなければいけません」

「あれ、契約できるの?」


 歩きながら話していたけれど、契約と聞いて思わず止まってしまった。だって、召喚契約ができるってことは、ガチャで選んだ召喚獣みたいに召喚して薙ぎ払ってもらうようなことだってできるってことだよね?


「はい。その場合、今回のような話し合いや、先にも申し上げましたように力を示す……戦って相手を屈服させれば契約は可能です。ただ、竜の王となられた主様の場合は屈服させなくても軽い戦いで大丈夫でしょう」

「軽い戦いなんだね」

「はい。膝をつく程度で構いません」

「待って。ちょっと待って。それって手加減とかしてもらえるの?」

「何を申し上げているのでしょうか?」

「え?」

「竜族が手加減をする場合など、子供を相手にした時ぐらいです。ましてや契約となると、自由を縛り、自らの生涯の一部を与えることとなります。ですので、力を貸す軽い契約でも相手を認めないとなりません」


 彼女の言う通りだと、戦闘種族のドラゴンは契約して召喚獣になってもらうには一時的に膝をつかせないといけない。それも、相手は全力の状態という出鱈目な難易度で。それを達成したら、フェリルと同じように契約してくれるみたい。でも、これってボクが金竜で、竜王になったらってことだよね。

 つまり、そうじゃないとガチの殺し合いをして相手を倒せばようやく召喚契約を結んでもらえるってことかな?


「それ、ボクじゃない場合はどうなるの?」

「戦って勝利するか、竜が納得するか、この二つが一時的に力を貸す契約条件ですね。私が主様と交わしたような完全な契約をお望みでしたら、一対一で瀕死になるまで追い詰められた状態で、相手を気に入っていればしてもらえますね」

「気に入ってなかったら?」

「潔く死を選ぶでしょう。我等竜族は媚びませんし、気に入った者にしか仕えません」

「えっと、ボク達は出会ったばかりだよね?」

「私達巫女は他の竜族が好き勝手に動き、問題を起こした場合、それを懲罰する役目もおっています。ですが、私達の存在理由として一番高いのは竜王様に仕えることです。どのような竜王様に仕えても問題無いように、生まれた時から教育されて育ってきました。ですので、我等巫女は例外と心得てくださればよろしいかと」

「それって辛くない?」

「いえ、そのようなことは感じません。それに国として纏まるためには必要なことです」


 好き勝手にやるわけもいかないし、竜王に仕えて働く官僚を育てているということなら、納得はできる。それに生まれた時から鍛え続けるのも、個として圧倒的と言えるほどの力を持つ竜族を相手にするのなら、それしかないしね。


「まあ、ボクがエクス達と契約しようと思ったら、戦って膝をつかせないと駄目なんだね」

「はい。基本的にはそれで間違いありませんが……」

「どうしたの?」

「皆に名前を付け、それを彼女達も受け入れていますから、他の巫女と違って簡単に契約できるかもしれません」

「それは助かるかも。正直、本気のドラゴンを相手に勝てるとは思わないんだよね……」

「……勝ってもらいます」

「え?」

「これから戦う相手はドラゴンですよ」

「試練の相手、ドラゴンなんだ……」

「はい。それも手負いなのですが、とびっきりの相手です」

「負けたらどうなるの?」

「ああなります」


 白いマントを翻してそちらに振り返ったフェリルは無表情のまま、渡っている橋の一部を錫杖で示す。そこには並んでいる柱とドラゴンの石像がある。彼女が示したのはドラゴンの石像だ。それはもうリアルで、今にも動き出しそうな感じがする。


「ねえ、この石像。気になってたけど……もの凄いリアルで、今にも……その、動きそうだよ?」

「そうですね。ですが、動きません。もう

「え~と、もしかしてここってお墓なの?」

「そうです。ここは竜族の遺体が設置されております。また、この橋には竜王の試練に挑み、破れた方々やそのパートナーの方が向かい合う形に設置されております。故にこの場所は我等竜族にとっては聖域となっております」


 ボクも試練に落ちたらフェリルと一緒にここに並ぶってことか。来訪者の場合は復活できるはずだけど、その場合はどうなるんだろう?

 いや、どちらにしても碌な事にはならないだろうし、負けないようにしないとね。それにボクの場合はかなり手加減されているはずだ。何せ、ボクが死んだらもう他に純粋な金竜はいないんだから……うん、きっと多分、おそらく簡単になってるはずだ。


「これ、死体をそのまま石像にしているんだね」

「はい。魔法で身体を石像に変えて長い時をかけて自然界にその力を還元しております。こちらの方々は私達が浄化し、魂は既に龍脈へと帰っておられますので、多種族に利用されることはありません。これはそのための処置でもあります」

「確かに竜族の身体は魂が無くても、魔法の触媒とか強力な武器にはなるよね」

「我等にとっては無用の長物ですが、他の種族にとっては大変価値があるそうですから」

「まあ、武器に加工するだけでもかなり違うしね」

「そのような物、我等には必要ありませんから」

「その武器や服はどうしたの?」

「服や飾り、錫杖も含めて竜の力、竜脈を実体化させております。分類としては爪や皮膚などを身体から分離させ、形状を整えて纏っていることになります」

「そうなんだ……」


 それってつまり、常に服を着ていない感じになるんだよね。ドラゴン形態じゃ何もおかしくはないんだけど、人型になると服とかが肌になると。まあ、あれだね。考えないようにしよう。うん、それがいい。


「えっと、もしもの話だけど、この石像とか、ボクが使っても大丈夫なのかな?」

「主様は竜族には珍しく製造ができるのでしたね。でしたら、構いませんよ。この者達は既に龍脈へと帰っておりますし、残っている身体はただの力の塊ですから」

「えっと、お墓なんだよね?」

「はい。そうですが、我等にとって不要な物を保管しているだけでもあります」

「でも、その、故人の思いとかは……」

「それらは各自が折り合いをつければよろしいことではないでしょうか?」


 思ったよりも、お墓といった感じじゃないのかな。むしろ、本当に倉庫みたいな感じ? でも、それだと聖域って言っているのは少し違う気がする。


「聖域ってどういう理由でなってるのかな?」

「それはこの地が我等竜族が龍脈へと帰り、新たに転生するための準備をする場所だからです。具体的に申しますと、生きている間に高めた力と生まれる時に借りていた力を世界に返すための場所です。我等竜族は力が強いため、死した後も世界に留まり続けることも多々あります。

 その場合、ドラゴンゾンビやドラゴンスケルトンになり、知性も知能もなく、ただ暴れ続けるだけの下等な存在へとなり下がります。ですので、我等巫女で龍脈に干渉して死した竜族はできる限り回収、浄化して龍脈に戻ってもらっております。もっとも……現状では巨人族のせいでそれすら難しいのですが……」


 無表情なフェリルが心なしか怒っている感じがする。同胞を殺され続け、魂すら回収できていないのなら仕方ないよね。というか、もしかして不死系のドラゴンとかも産まれていたりするのかな?


「その不死系のドラゴンは……」

「怠慢なことで申し訳ございませんが、すでに相当数が現れており、竜界の外で暴れております。ですので、一刻も早く体勢を立て直していただきたく存じます」

「わかったよ。ボクもボクの目的があるからね。フェリルも協力してね」

「お任せください。身命に代えて必ずや勝たせてみせます」

「命まではいらないよ?」

「……そもそも敗北したら命はありませんが……」

「ボク、来訪者だから蘇るし、契約したフェリルもそうなるんじゃないかな?」

「どうでしょうか? 私と主様の契約は……いえ、なんでもありません。それよりも、急ぎましょう」


 確かに歩きながら話した方がいいね。


「そうだね。歩きながら話そうか。あ、それと戦闘の時ってどういう立ち回りをするの?」

「今回の試練だと、私は主様と一心同体となり、身体の中から支援致します」

「そんなことができるの?」

「竜族同士でなら可能です。私が東洋の龍族の血を引いているので安全です。東洋の龍は物質より龍脈の方に近いので、自らの身体を龍脈のように溶かし、相手の竜脈に一体化することが可能です」

「それって危険じゃない?」

「竜族がやれば危険ですが、龍の方ではそこまで危険ではありません。契約していれば確実に成功できます」

「そういうことなら、ボクは好きに戦っていいんだね?」

「はい。竜王の試練は一対一が望ましいです。他人の力を借りるのは好ましくありません。そういう意味では私を選んでいただいたことは行幸でした。主様以外には一人で戦っているように見えますから」

「そっかぁ。なんだか、ずるしているみたいだけれど、仕方ないよね」

「はい。私達、竜族や主様には手段を選んでいる時間はございません。私もご息女をお助けするために尽力いたしますので、主様も竜族の為にご尽力くださいませ」

「うん。全力を尽くすよ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」


 さて、歩いていると無事に橋を渡り終えた。そこからは巨大な円形の広場で、公園のように整備された場所だった。その中心には円形の台座があり、よく見ると周りに石柱が設置されていて、円形の地面には紋様が刻まれている。


「では、これより試練の会場にご案内致します。覚悟はよろしいでしょうか?」

「入ったらすぐに戦闘があるのかな?」

「いえ、少しは余裕がありますが、装備を整えて支援魔法をかけるくらいでしょう」

「なら、案内して」

「畏まりました。我等を見守りし始祖たる神竜よ、水龍の巫女フェリルが願い奉ります。竜王の資格者たるかの金竜を次代を担うに相応しきか、試練の門にて試したまえ」


 フェリルが跪き、祈りを捧げるように詠唱を行うと地面の紋様が光り、目の前の空間が歪んでいく。歪みが消えると、そこには巨大な門が出現した。その門の大きさはおおよそ100メートルもあり、光り輝いている。


「開門せよ」


 巨大な門がゆっくりと音を立てながら開いていく。それと同時に嫌な予感が頭痛として現れてくる。


「ひっ!?」


 次第に門が開いていくと、身体がガタガタと震えた上にどんどん重くなってきて、思わ蹲って身体を抱いてしまう。


「大丈夫ですか?」

「う、うん……なんとか……これって……」

「殺気です」

「これ、殺気なんだ……すごい……」


 おじいちゃんに受けたのよりも何倍も凄い。こんな状態で試練なんか受けられるのか心配になる。それにこの身体じゃなかったら、絶対に漏らしていた自身があるぐらいやばい。身体が震えて立つことすらできないし。


「魔法を使いますか? それとも自力でどうにかなさいますか?」


 何時の間にかフェリルが立ち上がって、ボクを無表情な感情が乗っていない無機質な碧眼で見下ろしてくる。軽蔑されているようにも、心配しているようにも見えて何を考えているかわからない。


「いら、ないっ。こんなところで、魔法に頼ってちゃ、戦えないっ!」

「そうですか。わかりました。ですが、どうしますか? 気持ちだけで戦えますか?」

「戦えるよ……心で負けなければ、身体なんてどうにでもなるからねっ!」

「?」


 小首を傾げるフェリルの前で、ボクは恐怖で震えて動かない身体を魔力の糸で括りつけて無理矢理操って立ち上がる。五体の完全操作で身体の震えを押さえることもできた。これで問題は心だけだ。

 恐怖はあるけれど、アイリや今も頑張ってくれている皆の為にも負ける訳にはいかない。それに怖いだけで、実際に死ぬわけじゃないんだ。だったら、この程度の恐怖なんか克服してやるっ!


「んぎぎぎぎぎっ」

「本当に立ちましたね。凄いです」


 無表情で動かなかった口元が微かに笑うように動いた。気がした。本当に動いたかはわからないけれど、それでも距離は近付いたと思う。


「これで、戦えるはず……」

「そうですね。支援もしますので問題無いかと思われます」

「良かった。それじゃあ、行こうか……」


 両手で頬っぺたを叩いて気合を入れてから、フェリルが差し出してくれた手を握って一緒に門を潜っていく。これからどうなるかわからないけれど、待っているのはとっても怖い存在で厳しい戦いになることはわかっている。それでもやるしかないし、頑張ろうと思う。ゲームでも逃げるなんてかっこ悪すぎるし、信じて待ってくれている妹達やこっちで知り合った皆がいるのだから。





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