12 海賊

 航路から遠く離れた南の孤島でのリージョンたちの偵察――いや、殲滅戦から数日が経った。


 海の奥深くを泳ぎ続ける巨大な錦鯉の怪物『グランカーピノン』の頭の中、この巨体を動かす中枢にあたる部分に、黄色のビキニ1枚のみを身につけた女海賊リージョンが、その大きな胸を揺らしながらぞろぞろと集まり始めていた。あの戦いの成果を依頼した本人に直接報告し、約束の報酬をたっぷりと頂くためである。

 赤い長髪をたなびかせ、何十何百もの彼女たちの視線が向かう先に、まるで蜃気楼を思わせるゆがみが現れ、やがてそこにグランカーピノンから遥か遠く離れた地上にある豪邸の内部が映し出された。1人の美青年が大量の黄色いビキニ姿のリージョンに取り囲まれながらも、必死にこちらに向かう様子とともに。


『あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』あははは♪』…


『ちょ、ちょっとどいてくれないかな……連絡をしたいんだけど……』

 

 何とかリージョンを押しのけ、画面の中央にやって来たのは、大量の彼女たちに依頼を行った、若き御曹司のアロード・マズーダであった。

 ただしそれは、相手を相手を完全に殲滅させてしまう、と言うものではなく――。


『リージョン……僕は君たちに「偵察」を頼んだはずなんだけどね……』

「いやぁ♪」へへへ♪」ちょっとねー♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」へへへ♪」…


 ――辺り一面、黄色のビキニに包まれた巨乳に囲まれつつ、美形の大富豪であるアロードは苦笑いをしながら自分の意志を遠くへと伝えた。戻ってきたのは、反省の色がほとんど見えないリージョンの笑い声だった。

 

 確かに彼は、リージョンたちにとある大企業の幹部の不穏な動きを見てきて欲しい、と言う事を頼んでいた。荒くれ者の海賊たちと共に孤島で何かを企んでいるらしいと言う裏情報を基に、一体何が起きているのかを調べた上で、あわよくばそれを滅茶苦茶にして欲しい、と伝えたのである。その言葉通り、孤島で密かに行われようとしていた大企業の幹部と海賊の取引は、無数に増える彼女たちによって滅茶苦茶にされた。だが、まさか完全にその孤島にいた全ての人間の命までリージョンに食い尽くされ、船を含んだ全てを奪いつくされると言う結末は、アロードにとっても予想外であった。


 とは言え、苦笑いをしながらも彼は怒った素振りを一切見せていなかった。周りを巨乳のビキニ姿の美女に覆い尽くされると言う、多感な年頃の男性にとっては天国にも程がある空間に居るから、というのも理由かもしれないがもう1つ、彼にとってあの幹部たちはリージョンたちに殲滅されて当然の存在だったのである。


「へー……」「じゃああれって」「直接会社が関わった訳じゃ無いのかー」「勝手にやったって訳?」


『うん。そもそもあの「幹部」、以前から評判が悪かったみたいだね……』


 今回、リージョンが襲った幹部が所属する大企業はアロードにとってはある意味商売敵である相手なのだが、それでも一部の分野では業務提携を結んでおり、その中で親密になった関係者から複数の裏情報を入手する事ができた。この取引に関する事柄もその1つだが、それに関わっていた幹部が、以前から独断で様々な事をしでかしていた可能性が高い、と言う事情も把握する事ができたのである。

 幹部が海賊たちと結託し、麻薬や兵器を取引していたのは、完全なる独断だった。彼が関わったプロジェクトは社内でも妙にに業績が上がっており、そのあまりの不自然さから会社の中でも捜査が行われてきたが、一切の尻尾も出さないまま今までは上手い具合に取引を進めていたと言う。


『今、あっちの会社は大騒ぎさ。上層部が忽然と姿を消したからね』


 でも、すぐにその騒ぎは収まるだろう。アロードは自信を持って告げた。所詮彼は、自分の我がままで何もかもを動かせると思っていた哀れな存在である。どうせすぐに存在も忘れ去られるだろう、と。

 そして、リージョンもまたアロードと同じような考えであった。ただ少し違うのは、彼女にとってあの幹部や海賊連中にはかなりの価値があったと言う事である――。


「美味しかったぜー♪」あいつ、随分美味いもの食べたんだろ?」『宴会』も凄い盛り上がってさー」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」なー♪」……


 ――リージョンたちの『宴会』の、最高のメインディッシュとして。


 海賊集団リージョン――正確にはこの『リージョン』と言う巨大な生物の群体の中で「移動」や「捕食」などの機能を担っているのが、本拠地としての役割も担う巨大な怪物、グランカーピノンである。やりたい放題の欲望に満ちたリージョンと同様、グランカーピノンもまた食料の消化に関して一切の見境が無く、人間を堕落させるクスリですら自らの栄養にする程である。

 何億何兆にも増えに増え、海賊もろとも「幹部」やその部下たちの野望を打ち砕いた彼女たちは、そこに残された残骸や生命をも全て自らの栄養分、そして新たなビキニ姿の女海賊を生み出すための材料に変えてしまった、と言う訳である。食べても不味いので捨てた『クスリ』を除いて。


 そんな末路を聞いたアロードは、むしろ喜ぶ態度を示していた。

 彼もまたリージョン同様、世間一般とはかけ離れた考えを有していた。あくまで海賊と言うのは「悪」であり、海で恐れられている存在と言うのがこの世界における常識だからである。そんな連中と裏で取引などしていたら、評判はがくんと下がってしまうだろう。にも関わらず、彼はリージョンを非常に信頼していたのだ。アロード・マズーダにとって、リージョンと言う存在は海賊以上の意味を持つのだから。


「それで、今回の報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」報酬は?」……


 その彼の信頼の証である大量の宝石の行方を問う彼女たちに対して答えたのは、別の場所に住む自分自身――アロードの巨大な豪邸の部屋を自らの細胞で埋め尽くし占拠している、黄色いビキニ姿の大量のリージョンであった。

 もう間もなく到着する、と言う大量の返事がなされた直後、グランカーピノンの脳内に大きな音が響き始めた。まるで、何かが動いているかのようなものであった。その正体は、怪物の持つ大きな口が開く時の筋肉だった。普段の食料は直接「胃」にあたる場所に投げ込まれ、そこで焼却炉のように体の一部に吸い込まれているため、この巨大な怪物の口の中は一種の『波止場』のような役割を果たしていた。ただし、この中に辿りつく事が出来るのは、リージョンと同一の意志を持つ、牡蠣型の巨大潜水艦「ミルクボット」のみである。そして、ここにミルクボットが到着したと言う事は、その中身はすでに確定しているようなものである。


「わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」わぁ……!」……


『詰め込むだけ詰め込んでおいたよ、リージョン』


 ビキニ姿のリージョンが目を光らせるのも無理は無い。長さ数キロにも及ぶ巨大なミルクボットの「殻」の中には、ぎっしりと金銀財宝がたっぷり詰め込まれてあったのだ。これこそ、アロードが彼女たちに送った今回の謝礼なのである。


 どれだけやりたい放題でも、「約束」はしっかりと守ると言う義理を彼女たちはしっかりと持っている。報酬を貰う代わりに、今回のような依頼を遂行する――たとえそれが、どんなに凄まじい結果を招こうとも。アロード側はそんな彼女たちに絶対の信頼を置く一方、そんな彼女の意志にもしっかり応えていた。


==================


「……さて、これで終わりっと」


 アロードはグランカーピノンの内部を覆い尽くす喜びの声をしっかりと聞き届けた後に連絡を切った。これからも協力をよろしく、と言う連絡を加えて。

 今回もまた、自分たちの思惑通りに事は進んだ。実質的にはライバルのガス抜きと言うある意味敵に塩を送るような行動になってしまった者の、それも狙いの一つであった。あのまま暴走を許していれば、そのうちあの企業は見境なく様々な事業に取り組むようになり、面倒な衝突も多くなってしまう。ここで彼女たちに殲滅された事で、彼はライバルとより安定した、真面目な競争を続ける事が出来るのだ。


 大量の人員や世界の経済を一手に担う以上、冷酷な考えで行く必要がある。一般常識など邪魔でしかない。利用できる者、協力できる者なら、神でも悪魔でも何でも手を組んでやる。

 巨大な組織を率いる大富豪、アロード・マズーダはそう考えていた。


 

 とは言え、そんなクールな考えは、リージョンの前には通用しない。


「なあ、アロード♪」


「……ん、どうしたんだい……ってのわっ!」


 女海賊リージョンは、自らのその体に絶対の自信を持ち合わせていた。赤毛の髪も青い目も、大きな球のような胸も、非常に良く整った自らの体も。当然、それらを黄色のビキニ一枚と灰色の長い靴下などで身にまとっていると言う大胆な格好も、彼女にとっては自身の現れであり、そして自らの『武器』でもあった。

 いきなりアロードの側に現れた数人の彼女が、次々にその大きな胸で彼の体を潰しそうな勢いで集まって来た。その美しい顔が真っ赤に染まり、慌てて彼はその理由を尋ねた。


「だって、あたしたちも頑張ったんだよ?」なのにお礼も無いのかい?」なぁ、アロード♪」


「いや、その……ほ、ほら君たちも……」


 グランカーピノンへ情報を送信する際には、確かに彼女たち無くしては出来ない。この『秘密の部屋』を覆い尽す同じ存在たちの力が必要となるのである。なので、彼女たちにも報酬を渡すのは当然であり、アロードもその旨を伝えようとしていたのだが、自らの欲望に忠実な『海賊』であるリージョンにはそのような時間を待つ事など出来なかった。

 彼がいる部屋を囲むように設置された壁、床、天井。それらの全てから一斉に次々と『膨らみ』が現れ始めた。それらはあっという間に形を変え、ビキニ姿の女海賊に変貌し、そしてぞろぞろとアロードの近くに集まり、自らの体を突きつけて来たのである。しかも、後から後から『膨らみ』は姿を現し、あっという間に部屋の中はリージョンの色で塗りつぶされていった。


「アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」アロード♪」


「わ、わ、わああああああ!!!」



 押し寄せるビキニ姿の美女の濁流からアロードが脱出できたのは、それから数時間後の事だった。その顔にはどこか嬉しさも混ざっていたが。


==================


 深い海の中、今日もグランカーピノンはその巨体を見せつけながら悠々と泳ぎ続ける。

 『リージョン』は海賊、自由気ままに自らの欲望に忠実なまま生き続ける存在。どこへ行くにも何をしようと、それは「彼女」の意志のまま。


「じゃ、今回はここに?」「行こうか!」


 ただし、『財宝』がある時は別。

 荒くれ者の海賊連中や悪い事で得を重ねた者たちからたっぷり金銀財宝を奪い取り、彼らの体の髄まで自らの腹に収めるとする快感が、彼女を動かす一番の食料なのかもしれない。


 この海には、ある伝説がある。海の中から音も無く現れ、嵐の如く暴れ尽くし、あらゆる財宝を根こそぎ奪い、どこかへと消えていく、ビキニ姿の謎の海賊たち。


「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」…



 その名は、増殖海賊団『リージョン』。


《第一部・完》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

増殖海賊団リージョン 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ