第3話 幼馴染み♂を売る その5

 晒し板に書き込まれた犯行声明によって、犯人が誰なのかは特定できた。ただし、この情報だけでは通報しても無駄だろう。犯人の――元ストーカー君をゲームから放逐するためには、彼がゲーム内で使っているキャラクターを特定しなくてはならない。そのために必要なのは、当該キャラクターの名前が写ったSSだ。つまり、罠を仕掛ける必要性はなくなっていないのだ。


 ルミナの提案した罠とは、要するに囮作戦だ。俺がまたトレインして、元ストーカー君を誘き寄せるのだ。

 犯行声明によれば、相手は装備の力で浮遊眼ドローンを飛ばしてクラッシュを盗撮していたという。でも、浮遊眼は使用者から一定距離内しか飛行できないのに加えて、浮遊眼と透明化は併用できない。さらに、ドローン操作中の使用者は移動ができなくなるという制限もある。

 だから、件の犯行声明が真実なら、元ストーカー君はあのとき、敵MOBを引き連れたトレイン状態になって逃げていたクラッシュからそう遠くないところにいたことになる。

 また彼は、犯行声明の中で、今後も盗撮を続けると言っていた。向こうがそのつもりなら、こちらから餌を用意してやれば、きっと簡単に誘き出せるだろう。そして、浮遊眼を使っていると分かっていれば、ドローンの有効距離から逆算して、元ストーカー君がどこにいるのか見当を付けることも可能なはず――!

 ルミナの提案は、


『犯人を誘き出して捕まえる!』


 だけだったが、その直後に元ストーカー君からの犯行声明があって、盗撮の手段が判明。それを受けて、マスターさんとイケメン騎士が具体的な作戦を練り上げていった。

 作戦の立案と決行日時の決定は、部外者も書き込めるBBSとは違って、登録者しか閲覧も書き込みもできない携帯アプリのグループチャットで行われた。

 段取りを定めるまでに要した時間は一日と少し。その間、【緑林亭】のメンバーは一人も【ルインズ】にログインしていない。話し合いは、一門のメンバーにしか閲覧・発言のできないグループチャットで行われた。

 そして迎えた作戦当日。

 時刻は、一日のうちでもっとも接続者数が増える夜の時間帯。【緑林亭】のメンバーはいつものロビーに集合すると、パーティを組んで出発した。

 向かった先は、ひょろ長い枯れ木と枯れ草が風になびき、大小の岩石が転がっている荒野フィールドのひとつだ。どこの街からも遠くて、見渡すかぎり殺風景だし、出現する敵も収集品ドロップ、経験値ともに美味しくないし――と悪条件の揃い踏みで、接続数が最も増えるこの時間帯でも訪れる者のいない、いわゆる過疎マップだった。

 元ストーカー君を誘き出す罠の仕掛け場所としてこのフィールドを選んだのは、過疎マップゆえに第三者を巻き込んでしまう可能性が少ないからだった。


「さて……」


 俺はPCの前で呟くと、チャットを打ち込む。


『準備OK。じゃあ、始めます』


 クラッシュの頭上に浮かび上がったチャットの吹き出しが消えたのと同時に、俺は行動開始した。

 まずは手近なところを徘徊していた大蜥蜴は攻撃し、自分を標的にさせる。このフィールドに棲息している敵MOBはどれも、こちらから攻撃を仕掛けないかぎり攻撃してこない。いわゆる受動型パッシブだ。

 剣の一太刀を当てられた等身大の大蜥蜴はすぐさま反応して、クラッシュに襲いかかってくる。俺は噛みつかれながらも背中を向けると、クラッシュを走らせた。大蜥蜴もその後を追いかけてくる。クラッシュは逃げながら、進路上をのそのそ這っていた二匹目の大蜥蜴にも魔術スキルを投げつけ、そっちの思考AIも攻撃モードに切り替えさせて、俺を追いかけさせる。さらに三匹目にも魔術スキルをぶつけて自分を追いかけさせ、四匹目、五匹目……と、進路上を徘徊している大蜥蜴を手当たり次第に攻撃しながら走った。

 たちまち、俺を追いかける大蜥蜴の数は膨れ上がる。俺が車掌で、大蜥蜴たちが満員の乗客を演じる電車ごっこトレインの始まりだ。

 この大蜥蜴どもはけして手強い敵ではないが、これだけ大量の数に捕まったら、数秒と耐えられまい。

 ここまで増えたら、もう十分だろう――。

 俺は大蜥蜴を寄せ集めるのを止めて、逃げるのに専念した。

 トレインして走る経路は予め決めてあった。フィールドを地形に沿ってぐるりと一周するコースで、それをひたすら周回するのが俺の役目だ。

 予定のコースを走ってトレインする俺を【浮遊眼】でSS撮影しようとするなら、浮遊眼の有効距離から、元ストーカー君が潜むべき場所は自然と限定される。それらの潜伏に適した場所の近くには、【透明化】のスキルが使用可能になる消費アイテム【身隠しの札】を山ほど携えたメンバーが、俺がトレインを始める三十分前から潜んでもらっている。

 【身隠しの札】で使用可能になる【透明化】はレベル一で、効果時間はあまり長くない。作戦時間は一時間を予定していたが、それだけの時間ずっと透明状態でいるためには、結構な数の【身隠しの札】が必要になる。【身隠しの札】はさして高額で取り引きされているアイテムではないけれど、本作戦に参加してくれるメンバー全員が一時間の間ずっと透明でいられる数を調達するのには、俺が現在身に着けている装備品も含めた全財産と同じくらいの費用がかかっていた。

 その費用を折半で負担してくれたのは、ルミナとマスターだ。一門メンバーの中にも、イケメン騎士を始めとしてカンパを申し出てくれた奇特な方々がいらっしゃったのだけど、その人たちにはいまこうして買い集めた札を使って元ストーカー君捜しに奔走してもらっているのだから、金銭面でまで厄介になるのは申し訳なく、ルミナと相談の上で辞謝させていただいた。


『だが、これは一門全体としての問題だと言ったぞ。よって、私が全員を代表して費用の一部を負担させてもらおう。これはマスターとしての決定だ』


 そう言ってくれたマスターの厚意にだけは甘えさせてもらったのだった。いや、本作戦に有志として参加してくれている全員の厚意におんぶ抱っこしている。本当にありがたいことだ。

 正直、追放動議が出されたときはメンバーの全員が全員、俺を疎んじているものと思い込んでいただけに、うっかりすると目頭が熱くなってきそうだった。


「……って、たかだかネトゲに大分入れ込んでるな、俺」


 大きな塊となって追いすがってくる大蜥蜴から逃げるようにクラッシュを走らせながら、俺はわざわざ声に出して苦笑する。それは自分に対する照れ隠しだったのかもしれない。

 どうにも余計なことを考えてしまうのは、ひたすらトレインを続けるというのが結局のところ、単純作業の繰り返しだったからだろう。ただ延々とトレインしているだけではわざとらしいから、コースをしばらく走っては振り返って範囲攻撃で殲滅し、また大蜥蜴を掻き集めてトレインして……という工程を挟んではいるけれど、単調であることに変わりはない。

 大蜥蜴の攻撃力は侮れないけれど、風属性の魔術スキルでもって全部まとめて吹き飛ばしてから、大蜥蜴の弱点属性である冷気属性の魔剣スキルでざくざく切り裂く。この手順を手早く行えば、大したダメージを受ける前に大蜥蜴の群れを片付けられる。最初こそ緊張したものの、慣れればこれまた単調な作業だった。

 が――ここで俺がだらけて、うっかり死亡してしまうわけにはいかない。俺には一応ながら経験値というご褒美があるけれど、協力してくれている他のみんなは完全にただ働きなのだ。後で金銭的なお礼をするとしても、貴重なゲーム時間を奪っていることには変わりないのだ。だから、俺がミスするわけにはいかないのだ。


「――よし」


 考えていたら、気合が入った。これならあと三十分、頑張れそうだった。

 けれど、その必要はなかった。

 俺が気合を入れ直してから十分もしないうちに、元ストーカー君捜しに加わってくれているマスターから、門人チャットにて通達があった。


『標的の撮影終了。作戦は終了である。一度集合して、溜まり場に戻ろう』


 ……なんと、元ストーカー君は本当に現れたようだった。

 正直、こんな作戦で本当に相手を誘き出せるかも不安だったし、一週間は頑張ってみる覚悟をしていたのに……まさか最初の一回、しかも三十分そこそこで成功するとは、さすがに予想外だった。喜びよりも驚きのほうが上回って、思わず操作が疎かになってしまった。


「あ――」


 パソコンの前で一声漏らしているうちに、クラッシュは大蜥蜴の大群に呑まれてガシガシ噛みつきまくられ、死亡してしまった。

 標的をなくした大蜥蜴が三々五々に散っていくと、後には枯れ草に上に突っ伏して動かなくなっているクラッシュだけが残る。

 死亡状態でもチャットはできるから、ルミナを呼んで蘇生してもらってから帰投した。

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