第3話 幼馴染み♂を売る その4

 翌日の晩、溜まり場にしているロビーには昨日以上のメンバーが集まっていた。

 【緑林亭】BBSにも、晒し板の追加書き込みに移動するURLがしっかり書き込まれていて、おそらくメンバーのほぼ全員が確認していたのだろう。みんな居ても立ってもいられなくて、誰かが呼びかけたわけでもないのに自然と集まってしまったのだった。


『こんな状況じゃ、怖くて狩りに行けないよ!!』

『ログインするのも躊躇したレベルだっての!!』


 追加のSSに写っていたメンバーたちは、さっきからひっきりなしに喚いている。

 俺だって最初に晒されていたわけで、喚きたくなる気持ちは分からないでもない。でも、正直に言うなら……君たち、ちょっと大袈裟に騒ぎやしないかい? ……と思わなくもない。

 俺は実際にトレインしてしまっている画像を晒されたけれど、いま騒いでいる彼らについては、ただ街中を歩いているだけだったり、倉庫などを管理するNPCの前に立っている姿を撮られているだけだ。そんなものは何の証拠にもならないし、そもそも何かの迷惑行為で告発されたわけでもない。実際、晒された画像に対する外野の反応も冷ややかだ。

 メンバーたちの画像を貼ったのは、まず間違いなく、俺のトレイン画像を貼ったのと同一人物だろう。おそらく、最初のSSがあまり盛り上がった反応を得られなかったから、燃料を投下するつもりで貼ったのだ。とすれば、最善の対処策はやはり、無視なのだった。


「だから、気にしないでいいんじゃないですかね」


 ……と言いたかったけれど、ぐっと堪えた。

 俺が言ったら、それこそ火に油だろう。というか、何を言っても藪蛇になりそうだったから、溜まり場の隅っこのほうで、隣に座ったルミナに庇われるようにして、じっと口を噤んでいた。


『昨日はマスターが言うから引き下がったけど、今夜ははっきり言わせてもらうよ!』

『新入りくんには、やはり出ていってもらうしかないね』

『俺たちまで晒されるっていう実害が出た以上、この要求は譲れないっての!』


 SSを晒された面子が烈火の如く言い立てる尻馬に乗って、他の面々も騒ぎ始める。


『そうだそうだ!!』

『マスターは新入りよりも俺たちのほうが大事だろ!?』

『個人的には反対なんだけど、こうなったら仕方ないよね……』


 みんな言い方はそれぞれだけど、言っていることはひとつだ。俺に出ていけと言っているのだ。


『もちろん、一時的なことさ』

『そうそう。ほとぼりが冷めたら戻せばいいんだし』


 確かにその通り。

 みんな何も、俺を永久追放しようと言っているわけじゃない。晒し板の書き込みなんて、根も葉もない嘘八百の流言飛語が日々、増え続けている。たったひとつの、故意かどうかも分からないトレイン画像のことなんて、十日もすれば忘れ去られることだろう。

 ただし、それは追加の燃料が投下されなければ、の話だ。

 実際に追加の燃料、すなわち【緑林亭】メンバーのSSが投稿された以上、今後もさらなる燃料SSが投下されないとはかぎらない。そうなった場合、俺が一門に復帰するのは一ヶ月後か二ヶ月後か……。


『一週間か二週間くらいで戻ってこられるでしょ』

『そのくらいなら別に平気だよね?』


 なぁんて、彼らはあくまで軽い調子で言っているけれど、どこまで本気で言っているのやら。


『いや、駄目だ。やはり、それは認められん』


 マスターさんが俺を擁護する側にまわってくれているけれど、その意見に表立って賛同を明言してくれるのは、ルミナと、いつかまっさきにルミナへ告白したイケメン騎士の二人くらいだ。


『待ってよ、みんな。いまクラッシュ君を脱退させたら、晒しに反応したことになってしまう。こういうことの対処法は徹底無視だって、昨日はみんな納得したじゃないか』


 イケメン騎士が訴えると、すかさずルミナも発言する。


『クラッシュはわたしたちの仲間なんだよ。なのに、どうして簡単に追い出そうなんて言えるの!? 仲間なんだから助け合おうよ!』


 イケメン騎士は論理的に、ルミナは感情的に、俺を脱退させるべきではないと説く。

 このイケメン騎士、見た目だけでなく中身までイケメン爽やか好青年だった。大勢から責められているなか、マスターでも嫁でもないのに、むしろ恋敵でもある俺のことを庇ってくれている。正直、俺が女だったら惚れていた。

 まあ、穿った見方をすれば、ルミナの味方をして株を上げようと目論んでいるだけなのかもしれないが。というか、俺を期限未定の一時脱退させようとしている連中は、俺がいなくなれば自分がルミナの相方になれるとでも思っているのだろうか? なんとも、おめでたい奴らだ。

 ……ちょっと口が悪くなっているな。

 いくら、しょせんはネトゲの中の出来事だし、と達観しているつもりでいても、大勢から寄って集って「出て行け」と言われて、心が磨り減っているのだろう。自分のことなのに推量形なのは、他人事のつもりでいないと大泣きしながら暴言チャットを撒き散らしかねないからだろう。そして、こうやってひたすら一人語りを続けているのも、同じ理由からなのだろう。

 ――と、ぐだぐだ思い耽っているうちにも、話し合いは過熱していく。


『クラッシュ君はもう我々の仲間だ。流言に踊らされて放逐などということは、やはり認められない!』


 マスターが断固として言っても、実際に画像を晒された面々は引き下がらない。


『おいおい、マスター。それは聞き捨てならないな』

『新入りくん一人のせいで迷惑を被っている俺たちのことは無視? 俺たちだって、マスターの仲間だろ』


 それらに対して、イケメン騎士が反論してくれる。


『ここにいるのはみんな、同じ一門の仲間だよ。論点を間違えちゃいけない。内輪揉めなんて馬鹿らしい』

『そうだよ!』


 と、ルミナも続く。


『みんな仲間なんだから、みんなで頑張ろうよ。追い出すとかじゃなくてさあ!』


 三人の言葉はそれなりに効果があったようで、それまで威勢のよかったチャットが急に静かになる。このままいけば、俺はこの一門に残留できるかもしれない。でも、それがすなわち、メンバー全員から仲間として認められたことの証明だ、ということにはならないのだ。

 この場はマスターやルミナといった発言力の大きな人物が押し切るかもしれないけれど、そうなれば一門の内部には「主張を封殺された」という不満が溜まる。不満というのは消えることなく少しずつ溜まり続ける埃で、いずれその場に所属する者全員を窒息させてしまうのだ。

 そうなったって、部屋の大掃除して換気すればいいだけのことだが、もっと簡単な方法がある。それは、そもそも埃を溜めないことだ。

 みんなの意見は分かりました。俺もそれに賛成です。一時、脱退させてください。

 ――俺はその文面はチャット入力欄に打ち込み、エンターキーを押して送信しようとする。でも、小指がエンターキーに触れる直前、個人チャットの受信を告げる通知音がピコーンと鳴った。ルミナからだった。

『抜けますとか言うのは無しだからね!』


 ……それを見た瞬間、本気が息が止まった。


『なんで分かった? エスパーか?』


 思わずそんなチャットを返してしまう。


『分かるよ。妻だもの』


 その返事に、今度は思わず苦笑いだった。


『妻がそう言うなら仕方ない。黙って従うしかないか』

『うん、それでよし♥』


 ハートマークまで付けるようなチャットをしているのに、画面に映るルミナの姿は、みんなのほうを向いたままだ。この場の誰もが、俺とルミナがこっそりチャットしているとは思っていまい。

 ああ……なんか、変な気分になっちゃいそう。って、馬鹿。変な気分って、どんな気分だよ! ああもうまったく! いまさっきまでの、一人で泥を被る悲劇のヒーロー気分が台無しだよ!!


『よぉし、分かった!』


 ルミナが立ち上がりながら、一門チャットで言い放った。

 全員の注目が自分の集まるなか、ルミナはまるで全員を睥睨するように突っ立ったまま黙っている。


『ルミナちゃん、分かってくれたんだね?』


 俺の一時脱退を唱えていた面子の一人が、そう聞き返す。


『うん。もちろん違うよ』


 待ってましたとばかりの、ルミナの即答。


『じゃあ何が分かったの?』


 別の一人が発した質問を半ば無視して、ルミナは親指を立てる仕草を決めて言った。


『罠を仕掛けるの!』


 直後、また少しの間、沈黙が落ちる。それから、さらに別の一人が聞き返した。


『ええと、ルミナちゃん、なんの話?』

『だから罠だよ、罠。盗撮犯を罠にかけて捕まえるの。で、こんなこと二度とするなってお説教するんだよ!』


 そんな無茶苦茶な! ……と、俺は反射的にそう思ってしまったのだが、イケメン騎士がすぐさまルミナの意見に同調した。


『それだよ! ルミナちゃんの言うとおりだ!』

『……お説教するのか?』


 反対意見というか純粋な疑問に、イケメン騎士は首を横に振る仕草をしながら返事する。


『そこは、相手の名前を控えて、迷惑行為で運営に通報するぞと警告する……かな。クラッシュ君の画像はともかく、二枚目以降のは悪意ある行為だと取れるからね』


 その説明に、『おおっ』だとか『ふむ』だとか、感嘆と納得の声が上がる。


『いやしかし、罠と言うが、具体的には?』


 マスターの慎重な意見に、ルミナが答えた。


『それなら任せて。わたしにいい考えがあるのです!』


 自分で自分の胸をどんっと叩く仕草まで付けた、自信満々の台詞だった。



 それから数時間後になる深夜のタイムスタンプで、またも部外者も書き込める交流用のBBSに、URLの投稿があった。そのアドレスを開くと、つながる先はやはり晒し板だ。

 今度の書き込みに画像は添付されていなかった。本文のみだった。それはいわゆる、犯行声明だった。


『緑林亭の連中を晒したのは俺だ。理由は、奴らが俺に無実の罪を被せたせいで、運営にBANされたからだ!!』


 書き込みはさらにずらずら長々と続いていた。


 ――クラッシュとかいうぽっと出の糞野郎が、俺と可愛いルミナちゃんの仲を引き裂こうとして暴言の証拠SSをでっち上げ、運営に通報して俺のアカウントを停止BANさせた。

 俺は、自分がBANされたことは全然頭に来なかったけれど、このままじゃルミナちゃんが奴の毒牙にかかってしまうと思って、奴を排斥しようと心に決めた。

 そして、新しくアカウントを取得。RMT、すなわち現金でゲーム内通貨を買うという規約違反行為(緊急措置であり無罪)で用意した資金で、装備すると【浮遊眼フライアイ】スキルを発動できる高額レア装備【賢者の目隠し】を購入。そのスキルで、件の非道なるトレイン現場を激写したのである。

 この一門がトレイン厨を飼い続けるかぎり、俺も彼らの監視を続ける。おまえたちが晒されるのは、糞トレイン厨のせいだ。さっさと追放しろ。それまでずっと追い詰めるからな。

 ルミナちゃんも早く正気に戻って。きみはみんなに騙されているだけだから、俺に謝るのなら特別に許してあげてもいい。だから、早く謝りにくるんだよ。


 ……読んでいるだけで頭がくらくらしてくる迷文だった。

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