第4話 物語を愛する全ての人へ

『はろうはろう。我ですよ』


あの奇妙なレビューとの最初の出会いは、そんな一文から始まった。


「なんだコレ?」


ネット小説の投稿サイトであるカクヨムに登録している僕。そんな僕の作品のレビュー欄に、ある日妙な書き込みがあった。




僕は趣味でネット上に自作の小説を投稿している。カクヨムは最近サービスが始まったばかりのサイトで、最初の頃は僕も新天地を開拓している様な気分で毎日ウキウキしていた。しかしそれは最初の数日だけで僕は直ぐに新天地に落胆する事になる。どれだけ投稿しても、僕の作品には殆ど評価がつかなかったからだ。


作品への評価はレビューや★を用いて提示する。僕の見た限り短編であれば一作品に対し平均で★10〜★25くらいはついている。


もちろん、全ての作品に必ず★がついているというワケではなく、ゼロの場合も少なくない。そして悲しい事に僕の作品の殆どが★5以下に留まっている。もちろんゼロのものもある。


カクヨムにはランキングがあって、上位の作品を見ると★が1000を超えているものまである。コレらと僕の作品のいったい何が違うのか、僕にはまるで解らなかった。


きっと上位ユーザーは、SNSとかでかなり大勢のユーザーとコミニュティを作って内輪で票を入れあっているのだろう。そういうサイトの規約に違反するギリギリの行為をしているユーザーが沢山いると聞いたことがあった。


「あーあ。カクヨムつまんね。もうやめようかな」


そんな風に思う傍らで、僕はもしかすると自分には才能が無いのではとも思い始めていた。


自らの時間を犠牲にしてまでも誰も読まない小説を書き続ける意味はあるのか。プロでも無い僕が小説を書き続ける意味は一体なんなのか。僕は思考の迷路に迷い込んでいた。


あのレビューを見つけたのはそんな時だった。


『長編ファンタジーを書いている人へ』


という見出しが書かれていた。


「なんだコレ?」


気になったのは随分と上から目線の見出しに加えかなりの長文で書かれた内容もさる事ながら、本来あるべきはずの★がついていないところにあった。


カクヨムでは、レビューを書く際には必ず★をつける必要がある。しかしどうしてか、そのレビューには★がなかった。


『ー』と表示されている。


何かのバグだろうか?表示されていないだけだろうか。とにかく僕は今一度その内容をよく読んでみる事にした。


僕の書いた長編ファンタジーにつけられていたレビューは、概ね僕の小説を褒める内容だった。だが見方によっては、それは誰にでも通じる様な言い回しでもあり不特定多数の人間に向けて使える文章だった。


当時色々あって塞ぎ込んいた僕は


「なんだよこれ。嫌がらせかよ」


という具合に素直に受け取れないでいた。


ちょうどカクヨム内で大型のコンテストがあったばかりで、僕は一次選考に漏れてすっかりやる気を失くしていたところだった。いくらコンテストの為に書いているわけではないと言えど、心血を注いだものが擦りもしなかったという現実。今まで自分が費やしてきた時間はまるで無駄だったのかという気持ちになっていた。僕はもう、小説を書くこと自体辞めてしまおうかとすら考えていた。そこへ来て、この意図のよく解らないレビューである。


なんだか自分の神経を逆なでされているような気がした。


こうなったら相手に一言文句を言ってやらないと気が済まない。あわよくば、相手の小説を読んで辛辣なレビューを書いてやろう。どうせロクな物を書いてないだろうし。そう思い僕はそのレビューをしたユーザーのマイページまで飛んでみたのだが、連載はおろか短編ひとつ投稿されていなかった。


俗に言う読み専ユーザーという奴だろうか。


それにしてもタチが悪い。ヒトの小説に好き勝手偉そうにレビューを書き連ねておいて、自分はひとつも作品を投稿をしていないなんて。


唯一設置された「コメントが欲しいか?」という見出しの近況ノートにひと通りの文句を書いて、僕はブラウザ画面を閉じた。


虚しさを感じた。何故こんな事をしているんだろう。と。


僕は小説が書きたかっただけなのに、いつからか★とレビューだけが僕の書き続ける意味になってしまった。気が付けば僕は★の奴隷になってしまっていた。


その日からしばらく、僕はカクヨムを覗かないで過ごした。視界に入らないフリをしながらも、チラチラと気になり続けてはいた。


ある日とうとう我慢ができなくなり、カクヨムのマイページを開いてみた。


すると、どうした事かまた妙なレビューが増えている。


しかも今度は僕がコンテストに応募して落選したエッセイに書かれていたのである。もう限界だった。いよいよもって、このレビューが悪質な嫌がらせだと確信した。


僕はすぐさまカクヨム運営側に通報メールを送り、厳正な処置をしてもらう様にお願いした。


しかし運営側から送られてきたメールには


「弊社で厳密に調査を致しましたが、結果該当するユーザーは存在しないと判断しました」


という内容が記されていた。


当然のことながらこの回答に僕は相当困惑した。存在しないユーザー?一体どういう意味だろうか。


とにかく僕はもう一度、自分の作品に書かれたレビューを確認することにした。やはり存在している。間違いない。一体運営側は何を見ているのか。単純な見落としミスか、それともあえて意図的に見えないフリをしているのか。僕の中でますます鬱憤が溜まっていった。


SNSや匿名掲示板で例の奇妙なユーザーとカクヨム運営の悪口を一通り書きなぐり、やり場のない怒りを辺りに撒き散らした。


その時ふと、僕は創作に対してまるきりやる気が失くなってしまっている事に気が付いた。書きかけの小説を何度開いてみても、続く文章が出てこない。完全にスランプ状態になっていた。


呆然と進まない小説のモニターを眺めていたら、いつだか書き込んだ相手の近況ノートの事を思い出した。もしかしたら返事が返って来ているかもしれない。


相当色々書いてやったから向こうもムキになってボロを出してくるかもしれない。そこを突いて晒してやろう。そういう下衆めいた考えが僕の中に確かにあった。


僕は再びあのユーザーのマイページを開いてみた。


すると、思っていた通り近況ノートの方に返事が返ってきていたのだが、僕が思っていた様な感情的なものではなく至って冷静で、言い方は相変わらず馴れ馴れしかったのだがむしろ内容は穏和だった。


以下の通りである。





「はろう。我ですよ。何度目になるかな。これが最後」


「どうやらあなたは我のレビューが相当お気に召さなかったようで」


「我は本当に心から思っていた事を書いただけなんだけど、気に障ってしまったなら素直に謝りたい。ゴメンよ」


「嫌な思いをさせてしまって申し訳なかったね」


「もう、あなたの作品にレビューは書かないよ」


「というか、どのみちもうこの世界から居なくなる予定だったから」


「何というか、また別のところに行くだけなんだけどね」


「もうここには戻らないから安心して」


「だけど最後に少しだけ言わせて欲しい」


「さっきも言ったけど、今まで書いたレビューは本当の気持ちだから」


「我はただ、心から応援したかっただけ。他意はないの」


「我はただ、ヒトの創る物語が好きなだけ。愛しているだけ」


「それはあなたの作品も例外なくだよ」


「だからお願い。書く事を嫌いにならないで欲しい」


「読むことを、止めないで欲しい」


「いつまでも、いつまでも。物語を愛する人であって欲しい」


「色々あると思うけど、頑張って欲しい」


「頑張ってあなたの、物語を紡ぎ続けて欲しい」


「永遠に続く、螺旋の物語を」


「我からの、最後のお願い」


「もしも折れそうになったらいつでも思い出して欲しい」


「いつでもあなたの作品のファンが必ずいるという事を」


「レビューが欲しいというならくれてやる」


「我がこの手でくれてやる」


「あなたの作品、アレね」


「面白いよ、とてもね」




文章はそこで終わっていた。


僕は何度も何度もこのコメントを読み返し、そして過去に書かれたレビューも何回も読み直した。


考えてみれば、どうして自分の作品を褒めてくれる者に対し憤る必要があったのか。どうして素直に文面通り受け入れる事が出来なかったのか。今となっては、余裕がなかったのだろうとしか思えない。人として、それは当たり前にあることなのだが僕はこの相手に当ってしまった事をほんの少しだけ後悔した。


今でも、かのレビューは消さずに残っている。相変わらず不思議は不思議のままだ。あれ以来、あのユーザーの書き込みはない。本当に姿を消してしまったようだ。


僕は変わらず小説を書いている。もう文章が詰まることはあまりない。スランプからは一旦抜けれたようだ。


たまに、他人が書いた作品も読むようになった。読んで面白かったものには率先してレビューを書いている。かつて自分が救われた様に、少しでも誰かの糧になれれば良い。


あれ以来、僕の小説にも少しだけ★がつくようになった。


それでもまだまだ、レビューが欲しい。



終わり













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