第16話 沈む陽

3月24日 壇ノ浦

矢合わせの鏑矢が両軍が放たれた。


両軍の先陣がへさきをぶつける。

武士もののふが太刀をぶつける。


潮の流れは源氏を後押しするかのように、源氏の武士もののふを平家軍に流し込む。


「このままいけるか?」

義経が三郎に問いかける。

「あぁ…時を選んだんだ…負けれねぇ…今日、平家を落とす!」


スーッと静かに潮風を吸い込み、義経が叫ぶ。

「潮は我に味方した!推せ!平家を1そうたりとも浮かべておくこと許すな!」


知盛とももり殿!」

教経のりつねが苛立っている。

「待て…潮の流れが変わるまで堪えるのだ…教経のりつね!」

「しかし…」

「潮が変われば、源氏の船は、ばらける!それまで待て…義経の船から目を離すなよ…おことの仕事は義経を討つことだけじゃ」

「解っている…必ず討つ」


「風が変わった…」

熊野別当湛増くまのべっとうたんぞうが顔をしかめる。

「義経殿!潮が、流れが変わる!坂潮になるぞ!」


流れが変わる…。

船戦ふないくさには慣れない源氏の船が潮の流れに逆らえず、戦場から離脱していく。


「今だ!潮に乗れ!」

知盛とももりの号令で平家が息を吹き返す。

教経のりつね!義経を討て!」

「応!」


「義経!我と戦え!」

真っ直ぐに義経の船を目指して進んでくる船のへさき教経のりつねの姿は、まさに鬼神。


湛増たんぞう殿!船を返せ!」

義経は教経のりつねとあたるつもりである。


双方の船が距離を縮める、船があたる前に義経が飛ぶ!

身の軽さを活かすために、義経の鎧は軽く作られている。

一瞬、怯む教経のりつねだったが、義経の太刀を受け止め押し返す。


「手出し無用!」

教経のりつね家人けにんを遠ざける。

「一騎討ちを所望いたす!義経!請けるな!」

「応!」

2人の鍔迫つばぜり合いが続く…かに思われたが、均衡を破ったのは義経のわざでもなければ、教経のりつね強力ごうりきでもない。

HAHAHAHAHAHA!

ベン・ケーの非常識であった。


「Boy! アブナイヨ!」

ベン・ケーがひょいっと義経を抱きかかえ、湛増たんぞうの船に放り投げる。

「ベン・ケーーーーー」

教経のりつねの視界から義経の姿が遠ざかる…なんかエコーみたいな悲鳴と共に…。

これが後の世に伝わる八艘飛はっそうとびである。


「貴様!一騎討ちに加勢とは…恥を知れ!」

「?????」

「ムズカシイ、コトバ、ワカリマセ~ン」

肩をすくめる筋肉黒だるま。

本当は大体知ってるくせに。


教経のりつねは確かに日の本一の武士もののふである。

2m近い巨体に挑む度胸も腕もあった。

惜しむらくは運が無かった…。


ベン・ケーは元海賊である。

船戦というよりは、船への強襲に慣れている。

ドンッと船底を蹴り抜いて

「Sorry…ゴメンネ…Bye!」

軽く右手を挙げて、湛増たんぞうの船に飛び乗る。


呆気にとられる教経のりつね…やる気満々だったのに…船がみるみる沈んでいく。

単騎で突っ込んできたため、回りに平家の船は無い。

「そんな…バカな…」

鎧が災いした…教経のりつね海中に沈む…………南無・。


放り投げられた義経が気絶から目を覚ます頃…潮の流れは再び変わっていた。


「盛り返せ!源氏の武士もののふ坂東武者ばんどうむしゃの力を我に魅せろ!」

すっかり三郎に美味しいところを持っていかれた義経。

軽く涙目である。

強打した後頭部を擦りながら、ぶつくさと不平をこぼす義経。


「……教経のりつねが逝ったか…沈むな…夕日と共に…平家も…」

知盛とももりは一言嘆くと、海中に身を投げた。


平家一門の幼帝、安徳天皇も二位の尼に抱かれ、海に身を投げたのである。


文治元年(1185年)3月24日 夕刻のことである。


義経は夕陽に涙していた…。

勝って嬉しいのか…ただ強打した後頭部がズキズキ痛むのか…。

その目には涙が溢れていた。


その横で、義経の肩を叩くベン・ケー。

HAHAHAHAHAHAHA!

大きな笑い声に包まれる黒い大きなシルエット…もとから黒いのだが。

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