第17話 義経追討

平家滅亡。

この知らせを聞いた頼朝よりともは父 義朝よしともが討たれて以来、初めて涙した。

神仏に祈祷し続けた、頼朝よりともこそ最大の功とし、義経を貶める内容を報告したと言われる『梶原の讒訴状』が届く。


この書状を見た北条政子は、頼朝よりともに問う…。

「鎌倉に無断の任官、そして戦功に奢る、源氏の血筋を汚すモノ…いかがなされるおつもりで…殿…」

「……義経は……殺す!」

恐ろしきは政子、頼朝よりともは北条の後ろ盾と義経に怯えていた。


そのころ、義経のもとに 源行家みなもとのゆきいえが訪れていた。

義経には叔父にあたる人物で、平家追討、源氏発起を全国で触れまわった男である。

「院からは院宣いんぜんはもろうてやる、鎌倉を討て」

この男、鎌倉からは疎まれ、義仲よしなかに着いたのだが今は見の置き場もなく京に留まっているのである。


義経は鎌倉に挙兵する気は無かった…。

時流に乗った、成行きとはいえ、平家は討てた。

「それだけでよかったのじゃ…静かに平和に笑って過ごせれば…それだけで…」

「殿…奥州へ帰ろう」

三郎が義経と月を見ながら話す。

「静もベン・ケーも、忠信ただのぶも気持ちは同じじゃねぇのか?」

嗣信つぐのぶも待ってるぜ…養生しながら…殿の帰りを」


義経は泣いていた…ただただ涙が溢れた。

色々な思いが胸に込み上げる。


「殿!三郎!夜襲じゃ」

忠信ただのぶが中庭に駆け込んできた。


館には、義経と静 三郎・忠信・ベン・ケー5名だけ。


「これが…鎌倉の、兄上の…答えか!」

義経の目には怒りとも悲しみとも取れる光が宿っていた。


この暗殺未遂事件、京では義経と頼朝の戦を予感させたのである。


しかし、義経は挙兵しなかった。


朝廷は、義経に頼朝の、頼朝に義経の、討伐を命じるほどに混乱していた。

つまり、どっちが勝っても、どうでもいいのである。


義経が腰を上げる…鎌倉ではない、向かうは奥州。

「あの爺さんを頼るのは嫌だが…仕方ない…」

藤原秀衡ふじわらひでひらの姿が脳裏を過る…。


いまや天地に身の置き場は、鎌倉の威光届かぬ奥州しかなかったのである。


「行くか…奥州へ」

三郎がポンと義経の肩を叩く。

「うむ…今回も逃亡じゃのう…奥州を目指すときは、いつも逃亡じゃ」

「いいじゃん♪べつに…」

静ちゃんは楽しそうである。

ベン・ケーも喜んでいる。


「そうだな…また…大道芸人でもやるか?」

それがしもでござるか?」

忠信ただのぶが笑いながら義経に尋ねる。

「なにか芸を覚えねばならんぞ」

ベン・ケーがスッと忠信ただのぶに差し出したもの…。

木彫りの人形である。

皆が?となってると…

「ホンジツハセイテンナリ…」

下手くそな腹話術を披露してきた。

「コレをそれがしに…」

「Let's TRY!」

親指をグッと突き立てるベン・ケー。


…………時は流れて、吉野山。

未だ追撃の手を緩めぬ頼朝よりとも

一向は追いつめられていた。


「まったく…運が無い…海上で遭難…山で籠城とは…」

三郎がボヤく。

「さて…時間の問題だな…」

義経は頭を悩めていた。

このままでは…誰もが同じ思いを抱いていた。


重い沈黙を破ったのは忠信ただのぶである。

「殿…それがしが討って……」

「ならん!」

それが何を意味するのか…皆理解していた。

「それしかねぇんだ!」

三郎が声を荒げる。

「ならん…それだけはならん!」

「解れ!」

義経の胸ぐらを掴んで顔を見据える三郎。

その目には涙が…。

義経の目にも涙が…三郎の顔が見えないくらいに溜まっている。


忠信ただのぶ…」

「笑え!泣いて送り出すな…笑え…」

三郎が絞り出すような声で、背中を向けたまま手をかざす。


忠信ただのぶふところから、木彫りの人形を取りだし

「大丈夫でござるよ…殿」

下手くそな腹話術であった。

「へたくそ…奥州で逢うまでに練習するのじゃぞ…それでは客は入らぬ」

「へっ…教えるヤツが要るな…その芸じゃ…」

三郎が忠信ただのぶの方へ歩いていく。


忠信ただのぶの手から人形を取り上げると

「先に奥州で待つぜ」

とこれまた下手くそな腹話術を披露する。


「お主もじゃ…なにかひとつくらい芸を身に付けてこい」

「うわ~ん」

静ちゃんも声を上げて泣いた。

義経はベン・ケーに押さえ付けられていなければ、2人と一緒に行ってしまいそうだ。


「さて…ベン・ケー!殿を奥州へ…迷子になるなよ」

「サブロー…タダノブ…Good Luck!…See you…カナラズ…See you」


茂みに消えゆく2人を見送ったあと、3人は反対方向へ無言で歩を進めた。

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