人の体に穴があく ―『褥瘡』の話―

「褥瘡」って知ってますか。

 じょくそう と読みます。

 一般的には「床ずれ」と呼ばれます。



じょく‐そう【褥瘡・蓐瘡】

長い間病床についていたために、骨の突出部の皮膚や皮下組織が圧迫されて壊死(えし)に陥った状態。腰や仙骨部・肩甲骨部・かかと・ひじ・後頭部などに生じやすい。床ずれ。



 お年寄りなどが寝たきりになると、自分で体が動かせなくても、看護士さんが定期的にやってきて右を向かせたり左を向かせたり、寝返りさせます。

 でないと、普通のベッドで長い間同じ方向を見て横になっていた場合、圧が集中する場所(仰向けなら腰とか)の血行が悪くなり、壊死してしまうんですね。



 2007年7月16日、私は当時の愛車DJEBEL200に乗っていたとき横から乗用車に突っ込まれ、二ヶ月弱ほど入院してました。



 絶対安静期間は三週間だったかな。もちろんまともに動けるようになるまで半年以上かかってます。

 人間、一ヶ月近く動けないと体にいろんな事が起こるものです。




 私は入院当初、ベッド上で絶対安静で、左足2カ所に骨折部位があったので寝返りもできず、院内にふたつしかないという最先端の床擦れ防止用マットを使わせて貰ってました。

 ので、ほかの患者さんが、夜中に数時間おきにたたき起こされて、痛みに悲鳴を上げながら向きを変えて貰っているなか、寝返りに関してだけは煩わされることもなく、安静期間をすごしてました。

 しかし、世の中って云うのは、上手くできたもので。

 このマットに全く触れなかった部位が一カ所、床ずれを起こしたんですね。


 入院当初から、左足首には添え木があてられてました。木というか板なんですけどね。

 救急車で病院に担ぎ込まれ、ICUで一泊したその夜から、添え木の当たるかかと部分が、怪我とは関係なく痛かったんです。

 何度か訴え(どうせ眠れないし)、ずらしてもらったりガーゼをあてて空間をつくってもらったりと、いろいろ試したんですが、添え木がギプスに変わる2週間ほど後には、このかかとの部分は青く変色をはじめてました。

 床ずれは、状態が悪ければ一晩のうちにでもできるケースがあるそうで、私の場合も、多分入院直後に痛みを訴えていたときに、既に床ずれは発生していたのではないかといわれました。



 ギプスといったら普通は完全固定で、固めてしまったらはずすまで中を見られないそうなのですが、

 私の場合、手術後の抜針や、傷の経過も見なければならず、一度作ったギプスを前後(横になっているので上下?)に切り離し、普段はテープと包帯で固定して、回診や清拭の時にははずせるようになってました。

 そうすると、巻き具合によってはやはり、ずれてかかと部分にあたったりすることもあり、手術跡よりも床ずれ部分の方が痛いという現象が起き始めます。

 青く変色した部分は少しずつ広がっているのがわかり、院内で褥瘡を専門に見てる皮膚科の女医さんがやってきて、圧を逃がすという特殊なマットをギプスの内側に貼り付けて、痛みはだいぶ軽減しました。

 というか、壊死が進んで、痛みも感じなくなってきていたらしいのだけど、とりあえず床ずれの広がりは抑えられたようです。



 このあたり、きちんと記録をとっていなかったので、はっきりとは言えないんですが、病棟を移って、マットが通常のものに交換され、右側にだけなら向きを変えられるようになった頃から、本格的な床ずれの治療が始まります。

 最初にやったのは、壊死した部分を取り除くこと。放っておくと壊死が広がるし、壊死した部分をそのままにしておいても再生できないから。

幸い、というか、この頃はまだ自分で左足のかかとを見ることができなかったので、どういうことが行われたのかはっきり判りませんが、おおまかに切り取ってた見たいですね、壊死した部分の肉。

 見えないし痛みもほとんどなかったので、怖いとかは思いませんでした。


 何回かに分けて除去が行われ、傷を毎日洗って貰って、除去しきれない部分は専用の軟膏を塗って(壊死部分を溶かすんだそうです)、大きな絆創膏のようなシートを何種類か貼ってもらいます。

 看護士さんってすごいなーと、あとから改めて思ったのですが、人間の肉がえぐられた部分を、毎日毎日看護士さんは丁寧に水洗いしてくれてたんですよねー。


 車椅子での移動ができるようになり、ある程度足も曲げられるようになったころ、お風呂場で傷を洗ってもらうついでに初めて傷を見たんですが、


 穴があいている。


 かかとの、足を伸ばすと角度がついてくぼむ部分の真下辺り、足の裏から二センチ弱ほど上の、指で骨の感触がわかる部分です。他よりも肉の薄い部分です。

そこに、直径二センチほどの楕円形の床ずれができていて、二~三ミリほどえぐれてる。

 人体の中心方向への二~三ミリって相当ですよ。

 こんなの自分じゃ怖くて触れない、洗えない。

 退院後も病棟まで通って、これだけは手当してもらおうか、真剣に考えたものです。



 幸い、退院の二週間ほど前には、壊死部分がきれいに除去できて、治療の段階が進み、

 また別な、浸出液を大量に吸収できる絆創膏のようなものを使うことになって、「一週間外さずに様子を見る」ということになりました。

 正直、一週間も貼りっぱなしは抵抗があったのですが、これを始めたら、目に見えてくぼんでいた床ずれ部分がふさがり始めました。

 それでもしばらくは、最後の上皮が傷口を覆うのが時間がかかって不安になったのですが、

 退院してから2度目の診察で、傷は完全にふさがり、治療は完了しました。


 しばらくはスポンジで洗うのもおっかなびっくりだったけど、今ではあかすりでこすっても大丈夫です。傷のせいで、右足の同じ部分よりも固くなり、多少盛り上がっています。

 最初のうちは、黒っぽい紫色が強かったけれど、少し薄れてきた感じで、完全に色は消えないだろうけど、長い時間をかけて薄くなっていくのだろうとおもいます。

 それでも、ふとした弾みで、手術跡と一緒に、床ずれのあとも痛くなったりかゆくなったりするのだから、不思議なものです。




 現在ではだいぶ色は薄くなりましたが、今でもかかとにはうっすらと茶色い傷跡が残っています。

 もう、こすろうがぶつけようが平気ですが、ふとした折に未だに痒くなります。

 人の体って、不思議ですね。

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