第十七話 本日の「しーな」ちゃん

 台風の影響で強い風が残っていた八月三〇日。

 コンビニにいたときの常連さんの一人が、わたしがレジに入ってるスーパーに買い物に来てくれた。

 この人は前に、コンビニの近くでひったくりにあって、そのときお店に飛び込んで来たのを、わたしが対応して警察に通報したことがあるの。

 わたしがコンビニをやめるときも、とても残念がってくれて、自分の家が近いこともあって、ちょくちょく今の店にも買い物に来てくれていたんだ。



「なんだか“あっち”は大変みたいだよ」


 わざわざわたしのいるレジに並んでくれたその人は、お会計の作業の合間に、前のコンビニがある方向をあごで示した。


「人がすぐやめちゃうんだって」

「……そうなんですかー?」

「奥さんが言ってたよ、みんないなくなっちゃう、って」

「あそこは……、しょうがないかもしれないですね」


 それなりの、うわさ話めいたものが続くのを期待されてたのは判ったけど。

 でももう籍がないとはいえ、実際に今も買い物に行っている人相手に、あんな話を聞かせるのはやっぱり抵抗があった。


「あなた、早めにやめて良かったよ」


 最後にそう言って、そのひとは帰って行った。





 なんだか、複雑な気持ちだった。

 いくら奥さんから愚痴めいたものを聞いたからって、「早めにやめて良かった」なんて、何も知らないお客さんの言う言葉じゃないよね。

 いくらかはもう、店の外にも、おかしなことをやっているという話は漏れてるんだろう。


 おかしいのはオーナー達だ。それは断言できる。

 いくら立地条件が良くてそれなりに売り上げが伸びていても、結局お店って信用だ。

 外にはいい顔をして取り繕っても、従業員をいいように使っておかしな経営をしてるような神経では、いずれほころびが出てくるはず。

 あの店の周りは古くからの集落だから、住んでいる人の結束も固い。一度決定的な噂が広まったら、改めてイメージを回復するのはかなり大変だと思う。


 わたしのしたことは間違ってない。

 最終的に見切りをつけてやめてきたのも、職場内での人間関係やお給料にこだわる必要がなかったから、結果的に人より早くなっただけ。いずれ人が離れていくのは予測できてた。

 その一方で。


 ああ、あの人達は、何も学ばなかったんだ。

 わたしの言葉は何も通じなかったんだ。


 そう思うと、やっぱり寂しいものがあった。


 わたしに言われたこと、耳に痛いことばかりだったろう。

「ろくに予約も取ってこないくせに、お店のことに口を出すな」というのが本音だったろうと思う。

 でもそういう自分たちは、一度お店を潰した経験があるのに、そこからも何も学ばないで、新しい店でまた同じことを繰り返そうとしているんだ。

 生活のために、経営のためにと言い訳したところで、自分たちのしたことの結果は自分たちにいずれ返ってくる。

 さんざん身をもって経験してるはずなのに、どうしてそれに気付こうとしないんだろう。

 既に今、「人が長続きせず次々とやめていく」という形でしっぺ返しがきているのに。

 それとも、悪いのはすべて周りの人間で、自分たちには反省する理由なんかないとでも、思ってるんだろうか。


『無能な人間ほど、責任の所在を自分に見いだすのが嫌で、人のせいにしたがる』


 と、多賀部さんは言っていたっけ……




 わたしがやめた後、何人かの従業員がすぐ、後に続くように店をやめていったと聞いた。

 倉沢さんは、私より半月遅れてやめたのだけど、最後にはお互い「言いたいことを言うだけ言った」とかで、やめた後に給料明細をとりに行った時も、オーナー達とは口もきかなかったそうだ。



 退職して少したってから、私と倉沢さんと、それ以前に同じコンビニに勤めていた四谷さんと、三人でささやかに飲み会をした。

 四谷さんと一緒に働いたのはほんの数ヶ月だったけど、気があって仲良くしていたので、四谷さんがやめた後もつながりがあったんだ。

 やめた理由は表向き体調不良だけど、本当は「奥さんとウマが合わなかったから」だそうだ。


「だって、本点検まで任せるっていうことは、それだけ信用されてたんだし、お店の内情も判ってるってことでしょう? それなのに、開店からいる人を、そんな風に冷たく扱うんだもんね」


 四谷さんはわたしたちの話を聞いて、こんなことを言った。


「ああいう人たちは、長くいる人は邪魔なんじゃないかな。仕事ができて店の中のことも知られるようになったら、扱いにくくなるものね。多少覚えが悪くても、はいはいと言うことを聞いて、熱心に予約活動をしてくれる子の方が、扱いやすくて便利なんでしょ」


 そうなんだろうな。

 そしてこれからも、いろんな人の心を踏みにじっていくのだろうな。




 一方でわたしは。

 あの人達がわたしの倍近く生きて得ることができていないでいるものを、たぶん持っている。


 嫌な目にもあった。悲しい思いもしたけど、それを上回るくらいいろいろな知識や知恵を得た。かけがえのない友人の存在を再確認できたという点では、とても貴重な経験だったと思う。

 わたしを疲れさせ、みんなを苦しめたものは、結局ちっぽけで、記憶には留められても、心に残しておくほど価値のあるものではないだろう。

 何年かしたら、わたしはオーナーや奥さんの名前も、忘れてしまうだろう。

 こんなことがあったな、こんな人がいたな、と思い出すことはあっても、それ以上の意味のものは何も残らないだろう。

 血や戸籍でつながっている人以外には、益になるものを何も与えられない、何も残せない人生というのは、寂しいよね。



 新しい職場に来て、もう半年になるけれど、わたしは今、誠実な店長と、ほどほどに距離のとれるチェッカーのバイトさんパートさん達と、穏やかに楽しくやってるよ。

 たまにうちの店に、コンビニ時代の常連さんや仕事仲間も顔を見に来てくれる。

 多賀部さんは最近、株主優待に関して熱く語ってくれるので、わたしもちょっと詳しくなったりしている。


 もちろん毎日それなりにいろいろなことがあって、考えたり、心配したりすることももちろんあるけど。




 今日も「しーな」は、おおむね、幸せ。


<まだ続くよ!>

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