第十六話 そしてお別れ
次の日も休みだったけど、職場をやめる報告は、早いほうがいいよね。
発注の締め切りが終わった頃を見計らって、しーなはお店に出向いた。
午前中の発注が終わった直後の納品ラッシュで、バックヤードは慌ただしくて、奥さんはストアコンピュータに顔を向けたまま、しーなの方を見ようともしない。
で、ほかの従業員の手前、オーナーが平静を装った顔つきでしーなの相手をしたんだけど、休みのしーながわざわざやって来たものだから、なにを言われるか内心びくびくしてたみたい。
「人に聞かれても大丈夫な話?」
なんて確認を入れるのが、こっちはおかしかった。
「この前ははっきり決まってなくて報告できなかったんですけど、新しい仕事先が決まったので、なるべく早めに先のシフトを決めて欲しいんです」
しーなは、これ以上はないっていうくらい、にこやかに伝えたよ。
「なるべく早く来て欲しいって言われてるんですけど、人が足りないなら”契約もあるし“二週間”はこっちを優先しますよ?」
オーナーは少し考えて、私の出勤は今週いっぱいで終わり、ということで話はすぐにまとまった。
しーなのコンビニ歴は、二年にあと少しというところで、終わることになったんだ。
さて、いきなりだけど時間がない。今週の出勤は、もうあと二日しかないんだ。
「新しいところはすぐ近くだから、顔を見に来てくださいねー」
なんて、顔なじみのお客さんに挨拶をしていたら、勘のいい人がいるもので、
「なにかあったの?」
そう聞かれて、すべてをぶちまけてしまいたい衝動にも駆られたけど。
でも、それを抑えたのは、オーナー達のためじゃない。
ここで残って働く人のためもあるし、なによりお客さんに裏の事情を悟られて、嫌な思いを伝染させたくなかったんだ。
一番仲の良かったお酒の配送さんにもご挨拶できた。
常連さんのなかにも、しーなの名前まで覚えてくれた人が何人もいて、うん、すごく恵まれた職場だったんだよ。
上司の質以外は。
最後の日。
しーなにとっては最後でも、お店にとっては通常の営業日の一日に過ぎない。
最後に顔を合わせる人に挨拶する以外は、全然変わらない日だった。
発注が終わると同時にオーナーは、車で仮眠をとるとか言って店を出て行ってしまったけどね。
後になってごちゃごちゃ言われないように、きちんと菓子折も用意して、最後は奥さんに挨拶した。
「気を遣ってくれなくてもよかったのに」
という奥さんの笑顔は完全に営業スマイルだったけど、オーナーのように逃げなかったのは立派だと思う。
しーなは「コンビニの先輩店員」としての奥さんは、文句なしに評価できると思ってる。
口であれこれうるさいことを言うだけじゃなく、自分で動いて見本を見せられる人なんだ。
これが単に同じパート・アルバイトの一人という立場だったら、誰からも頼られて尊敬される、理想的な従業員であれたはず。
でも、奥さんは経営にも関わらなくちゃいけない。
フランチャイズの契約期間は十年。
その間、どうあっても店の経営を軌道に乗せ、利益を上げ、借金を消さなきゃいけない。
家に帰れば世話をしなきゃいけない家族がいる。まだまだ「オーナー夫人」としての仕事は投げ出せない。
オーナーの不正にある程度目をつむって、オーナーが起こす問題の尻ぬぐいをして、それでも一緒にやっていかなきゃいけない。
だから、自分の立場を正当化するために、異を唱える人間の言い分を認めることはできないのだろうと思う。
感情的だとも、理不尽だとも、たとえ自分では判っていたとしても、そうしないと今のオーナーと一緒には生きていけないから。
自分で選んだ道とはいえ、お店に縛られて、オーナーに縛られて、家に縛られて、可哀相な人なんだ。
きっと、コンビニの経営なんかに手を出さない、ごく普通の家の奥さんなら、「人好きのするいい奥さん」で済んでいたはずだ。
仕事もできるし、献身的だし、最終的にはオーナーの意見に従うから、「コンビニのオーナー夫人」としてもとても有用な人なんだと思う。
でも、奥さん。
わ た し は、あなたみたいな女には、ならない。
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