第十二話 これが信じた答えです

<1/17にオーナーが提出した「罰金等の取り扱い」に関して>

(以下オーナー記述全文)


今後の罰金等の取り扱いについて

 今まで罰金や、レジ違算分の均一負担等について、集金の手間を省く意味で、給料より天引きしていましたが、一部の従業員より「天引きは労働基準法に抵触するのではないか?」と申し出があり、確かに抵触することが判明しました。

 そこで、今後は天引きはやめ、集金することと致します。


注) 誤解のないように申し添えますが、

①被使用人(従業員側)は、働いた文意相当する給与は全額受け取る権利があります(一部税金、社会保障等は除かれますが)

②使用者(当店では私)は、被使用人が発生させた損害賠償請求権が認められています。 ※1

③使用者は就業規則を定めることにより、・・・規則違反に対して言及による制裁権が認められています。

(※一定限度とは?

 一回の額が平均賃金一日分の半額以内。又は、一回の支払賃金の十分の一以内)


 という権利が労働基準法でお互い認められていますので、罰金(呼び方が悪いが、心外賠償額又は減給制裁金と読み替えてください)を払わなくても良いという意味ではありませんので念のため。※2


 以上を踏まえた上で、今回問題となった「ペコ缶」の罰金(12月度給与で天引きされた704円/人)についてお話しします。

イ)天引きしたことは違反ですので、一旦返金(支払い)します。

ロ)次に、ペコ缶の損害賠償請求ですが、過去2年分まで請求権が認められています。※3

 これを算出することは、莫大な金額となり、皆さんに更に不利益を強いることになります。

ハ)そこで、妥協案として

 今回天引きにしたペコ缶5缶分(704円)〔11/12~12/4間で発生し、買い取りのなかった分〕を、過去2年分の賠償請求分として精算することはいかがですか?

※もしOKなら、全員(11/12~12/4間に在籍していた人)自分の印鑑を持参して私の所まで来てください。

※異論のある人は別途申し出てください。





 日付は17日になっていたけど、みんなの目に触れたのは18日になってから。

 見たときは、あきれてモノが言えなかった。


 最低限必要だと思ってしーなが書き添えた労働基準法を、オーナーは、前後の基準法の流れがあるなど考えもせず、自分だけに都合良く解釈してしまったんだ。

 もちろん、しーなたちが伝えたかったことなんか、何一つ理解してはいないのだろう。


 たとえば、ぱっと見ただけでも、

※1 の 『損害賠償請求権』というのは労働基準法そのものではなく民法の枠に入るし、ほんとうに「損害賠償」を法的に求めるとしたら、民事裁判に持ち込まなくてはいけないんだ。

 それだって、就業中のミスに関しては認められることはほとんどないというよ。

※2 では、 『罰金(呼び方が悪いが、損害賠償額又は減給制裁金と読み替えてください)を払わなくてよいという意味ではありません』なんて言ってるけど、

 しーな、16条の、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」というのも、ちゃんと説明したはずだよ?

 それにまた、「減給制裁金」だなんて新語まで造っちゃってるし。

 この創造力、どうしてもっと正しい方に使ってくれないんだろう。

※3 の、『過去2年分までの請求権』というのは、私が書き添えた115条のことなんだろうけど、


「この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する」


 読めば判るよね。これは『賃金・災害補償その他の請求権の時効』を定めているもの。

 ひらたくいうと、「未払いの賃金に対する労働者の請求権」なんだよ。



 確かに、しーなも意地が悪かった。

 最初から多くの情報を与えすぎたら、やっぱりオーナーはそのどこかを逆手にとって、変な理屈を並べるかも知れない。そう思って、どう読んでも曲解しようのないものだけを、例に挙げていたんだから。

 でも、それすらもこんな風に新解釈してしまって。

 二時間もかけてしーなたちが話していたことは、なんだったの?

 しーなたちが話をしている間中、オーナーは、どうやってしーなたちを言い負かしてねじ伏せるか、そればかりを考えていたの……?


 本当に、この店はもう、ダメかも知れない。


 この時、はっきりとそう思った。

 まるで、治外法権域のように次々と規則を作り、法律の解釈をねじまげ、自分で決めた規則すら公正に適用できない。

(決めた動機自体が公正じゃないから、当然なのだろうけど)

 こんな経営者、どうすれば信頼してついていけるの?


「やめる覚悟があるなら、労働基準監督署に行くのも良いでしょう」


 講習会で聞いた言葉が、耳に蘇った。

 幸い、しーなはこの店をやめても、失うものは何もない。

 もともと、最初に契約した時から一円も賃金は上がっていない。新しい職場さえ見つければ、生活に何の支障もない。

 でもこのままでは、後に残る人たちはどうなるの?

 不安と不満を抱えてみんな頑張ってるのに、オーナーは平気でそれを踏みにじり続けていくの?

 ここまでやったんだもの、せめてオーナーがしていることは、法律の後ろ盾なんかなにもない、本当に誤っていることなのだと、本人にも周りにも、判ってもらった方がいいよね。





 しーなは、新しい仕事場を探し始めた。

 そして、オーナーの「新解釈」の誤りを指摘するための資料を作るのと並行して、今までの経緯を、今度は労働基準監督署向けに、詳しくまとめ始めたんだ……

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