第十一話 日本語でお願いします

 十七日の朝。

 いつも通りにお店に行ったら、事務所のストアコンピュータの前で、先に来ていた人と、早朝の時間の人が騒いでた。

 なにがあったのかと思ったら、ストアコンピュータの上の棚に、これ見よがしにメモが貼ってあったんだ。


『12/16~1/15の間の遅刻回数』


 おかしな理屈の罰金騒ぎに紛れちゃってたけど、オーナーは11/3頃に「見なし遅刻」という新語を使ったルールを告知してたんだ。



 ・就業時間の5分前に来ないことが4回続いたら、遅刻したと見なして時給を減額(11/3)




 その前段階の告知だというのは、見てすぐに判ったよ。

 そのメモの下に、十一人の名前がリストアップされていて、それぞれの「遅刻」回数が書かれていたんだけど、それを見て、その場にいた全員が指摘したんだ。



「絶対に渋谷くんは十一回も遅刻なんかしていない」

「川村さんの遅刻が三回だけなんて、ありえない」



 川村さんは、オーナーのお気に入りのバイトの子の一人なんだ。

 仕事もよくできて、感じもいい人なんだけど、唯一の欠点が遅刻が多いことだった。

 それも、「五分前に来ていない」のではなく、本当の遅刻。

 オーナーがあげた期間内にしーなも、彼女が遅刻してきた所を何度か目にしてた。


 これはもう、ルールですらないよ。

 罰則に該当させる人まで自分の気分で選ぶだなんて、どこまで従業員をバカにすれば気が済むの?



 これ以上オーナーを野放しにしていたら、何をされるか判らない。

 しーなと倉沢さんは、その日のうちに時間を作り、オーナーとの話し合いに持ち込む約束をした。

 しーなは仕事が終わると急いで家に戻り、それまで作っていた資料を大急ぎでまとめてプリントアウトした。


 しーなは今までの、オーナーの作ってきた無茶なルールを、労働基準法に照らし合わせて、テキストにまとめておいていたんだ。

 もちろん、オーナーに渡すことも考えていたので、渡す分には必要最小限のことしか記入していなかったけど。  夕方に、倉沢さんが車で迎えに来てくれた。

 車の中で、話し合いの方針を再確認。

 いろいろ言いたいことはあるけれど、一度に多くを求めすぎずに、今回は「罰金の強制は許されていない」「同意していたとしても天引きは認められていない」ことを、伝えられればいいだろうってことになった。

 あれだけのことをされてるのに、しーなたちってなんて優しいんだろう。


 その話し合いの状況を、細かく説明しても疲れるだけだから、ここは後日の資料用にまとめたものを、そのまま引用するね。

 まともに読むと疲れちゃうから、斜め読みでいいよ。



<当日の話し合いのいきさつと要約>

 2004/1/17  朝、「みなし遅刻」に関して集計したらしい用紙が、事務所に貼ってありました。

 深夜の時間帯にオーナーが記入したらしく、「遅刻した分お金を引かれるらしい」と、深夜のアルバイトから聞いた人もいました。明らかに、書かれている回数以上に遅刻している人・していない人もいました。

 その日の夕方、Aさんと二人で、オーナーと話し合いを持ちました。


 主に伝えたかったのは、「給料から勝手に罰金を引くことはできない」「同意なく強制的に徴収はできない」「契約時に聞いていないのに、ある日突然規則を追加していくのはおかしい」ということです。

 最初の話では、徴収した罰金に関しての明細はない、ということでした。


 このときの話の内容に関しての、オーナーの返答はこうでした。


●罰金は勤務時間を操作して引いている。


●(労働基準法)16条に関しては、 「最初に契約はしていないが、店のルールとして(罰金制が)あるのだからいい」


●棚掃除のし忘れ500円罰金 に関しては、 「働いた分お金を払う約束なのだから、棚掃除をしなかったのは”その分働いていない”ということなので、働いていない分のお金を返してもらったと考えて欲しい」


●へこみ缶 に関しては、 「誰が買い取っていて、誰が買い取っていないかも明確には判らない。何本かは買い取っても、もう何本かは知らん顔をしている人がいるかも知れない。

 従業員の誰かがやっていることは確かなのだから引いている。

『飲料の補充をしたことがない』というひとは、仕事をしていないということだ」

「最近へこみ缶が出なくなったのは罰金の効果だ」

「『罰金』なので、へこませた缶は誰かのもの、というわけではない」


●残業時間の操作 に関しては、 「本当に残業したのか、退勤時間の入力を忘れていたのか、必要もないのに残業していたのか、判断がつかない。いちいち確認するのは面倒なので削っていた」


●「違算の負担のルールを定めているので、レジ内の現金の着服目的で入ってくる人はルールを知るとすぐやめている。そういう効果もある」


●「『同意がないと罰金はとれない』というが、同意して喜んで払う人などいるわけがないから勝手に引いていた」


●「集めた罰金は私の懐に入っている」


●「10/26の『缶コーヒー27缶分のロスが発見されたため、 3240円 × 10人 = 32400円 を徴収する』という件は、書きはしたが、あまりにも金額が大きいので可哀想になってやめた」


●「給料から直接引くことは法律に触れると判ったからやめる。お金も返すが、返したお金は「罰金」としてすぐ徴収させてもらう」


●「お金が返ってくると約束してくれたことをみんなに話したい」と言ったところ、「変な誤解を与えかねないからやめた方がいい」と言いました。

 とてもこちらの言ったことを理解しているとは思えませんでした。

 後になって『明細はある、返す』とも言いましたが、それは一回分の「708円」のみのことのようです。この金額も本当なのかは判りません。




 ……この話し合いは、二時間ほどかかったんだけど、オーナーの斜め上成層圏突破した理論のおかげで、詳しい会話の流れは今はもうほとんど覚えてない。

 相手のテリトリーの中で話し合ったのは失敗だったと、ぐったりしながら反省したのを覚えているくらい。


 それでも、しーなたちが市の講習会で話を聞いてきたことをまとめたものや、今までの「規則」と労働基準法をてらしあわせたものをオーナーに渡してきたから、さすがに少しは考えてくれるよね。

 オープンの時から、一緒にやってきたんだもの。

 こうやって意見するのだって、考えを改めてもらって、これからも一緒にやっていきたいなって、思う気持ちがこちらにあるからなんだよ。


 言い方は悪いかも知れないけど、「馬鹿なのは仕方ないけど、悪い人じゃないよね」って、思っていたかったからだもの。






 そう、信じたかったのにね。

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