第六話 「正直にやろうヨ!」

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 たぶん、買い取るつもりで忘れて帰ってしまったんだろうと思うので、後ででもいいから、申し出て買い取るように。

 正直にやろうヨ!

「自分のミスは自分で責任を取る」ことは恥ずかしい事ではなく、立派な行動です。




 十二月八日に、同じ時間帯で働いている倉沢さんから電話をもらったの。



 倉沢さんの勤務時間は、ちょっと特殊。

 残業をしたくて残業をするのではないのだけど、店に二台しかない発注用の端末が先に他の人に使われていて自分の担当分の発注ができなかったり、ほかの作業が長引いて帰れなかったりで、うっかりしていると勤務時間が6時間を超えてしまう日が多い。

 六時間以上働くときは三十分の休憩を取ることが法律で定められているのだけど、もともと残業する気で残っているわけじゃないから、途中で休憩などはもちろんとってない。

 そうなると、六時間働いてしまったから、その後三十分、店に残って時間を潰してから帰る、なんて面倒なこと、したくないでしょ。

 だから、勤務時間が六時間を超えた日は、オーナーが勤務時間に休憩時間を加えて記録を訂正する話になってた。

 それが、きちんと行われていなかった、と倉沢さんは言うんだ。


 きっかけは、倉沢さんが最近、休憩時間を間違えてストアコンピュータに入力してしまったことだった。

 それを訂正するために、オーナーの従業員番号を使って、勤務時間を確認する画面を開いたんだそうだ。

 そうしたら、勤務時間は記録のままで、休憩時間だけが加えられていた(つまり、実働時間が減らされていた)日や、休憩を取る必要のなかった日にも、休憩をとったことになっていた日が結構あったんだっていうの。

 倉沢さんは、しーなよりずっとしっかりしている人だったから、自分の働いた時間を大まかに記録してた。

 ざっと照らし合わせただけでも、六時間以上分のお給料が足りない、と倉沢さんは言うの。

 さすがにこれはおかしい、と、倉沢さんがオーナーに直接問いただしたら、こう言われたんだって。


「だらだらやっているから削った」



 ちょっと待ってよ?


 倉沢さんは、早く仕事を終わらせて帰りたくても、自分の担当の作業や端末のあき具合の関係で、時間内に終わらせることが難しいから、仕方なく残業しているんだよ。

 それを「だらだらやっている」というのなら、端末をもう一台増やすなり、発注の時間帯が集中しないように、発注者の割り当てを考え直すなりすればいい。

 発注の端末を使う時間が集中するのは、昨日今日起きた問題じゃないんだもの。

 だいたい、倉沢さんがうちの店でずばぬけて優秀なスタッフだって、みんなが認めていることじゃない。

 予約活動だって熱心だし、まじめだし、オーナーも奥さんも、倉沢さんには今まで本当に頼ってきたじゃない。

 そんなひとを相手に、そんな言い方ができるものなの?


 更にその時オーナーは、


「へこみ缶の罰金として、400円を全員の給料から引いている」

「(給料の金額が減っているのに)聞かない方が悪い」

「ほかの店でもやっていることだ。聞いてもらってもいい」


 なんて言っていたって。

 ……いきなりやってきた他の店の従業員に、「ここのお店は、勝手にお給料を操作して罰金を引いてたりしますか」なんて聞かれて、「はいやってますよ」なんて答えますか、あなたは。


 それも、給料明細にはマイナス表示が全くない。

 オーナーは、従業員の勤務時間を勝手に訂正して、給料明細を見ただけでは判らないように削っていたらしいんだ。

 それでは、書かれている勤務時間をもとに計算しても、減らされているなんて気がつきようがない。

「聞かない方が悪い」なんてどんな顔をして言えたものなんだろう。



 ほかの部分では、いろいろ問題もあった。喧嘩したこともあった。

 でもね、お給料に関しては、ほんとにほんとに、基本の約束事だよね。

 これだけは、オーナーを信用していたから、自分で勤務時間を記録して照らし合わせてみようだなんて、しーな、考えたこともなかった。

 

 それに、奥さん。


「お金のことは、きちんとしなくちゃね」


 口を酸っぱくして言ってきた奥さんが、そんなことを認めるわけがないって、思ってた。

 でも、周りに話を聞いていると、ほかにも「お給料が足りない」というひとが何人かいて、それを奥さんに聞いたら、

「罰金として引いてる」

 って答えが返ってきた、という人がいた。

 でも、聞かない人には一言の説明もなかったんだよ。


「罰金のお知らせはノートに書いてある」


と、奥さんは言ったらしいけど、いつ、どれくらい引いたと個別に算出した記録は全然ない。

「ノートに書いている分を引いた」というなら、あの無茶なへこみ缶の全員負担という話もやっていた、ということになるよね。

 それも、記録に残らないようにこっそりと。


 基本的な約束事を守っていない。

 それなら、他の部分でも、「ばれなきゃいいや」って感覚で、何かごまかしているかも知れないよ。

「正直にやろうヨ!」なんて言ってるそばから、裏ではこんなことをやっていたのだから。




『オーナーがこっそり缶をへこませれば、オーナー、儲け放題ですね』


 この前相談したときに、多賀部さんが冗談交じりにいっていたけれど、ありえない話でもないんじゃないかと、思えてきたよ……

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