第七話 身を守るには盾がいる

 しーなは、今までの連絡ノートのオーナーの書き込みを調べて、証拠集めをした。

 よく読み返すと、とてもオーナーに都合のいい決まり事が、ある日突然書かれていたりするの。

 それをひとつひとつピックアップして、おかしいと思ったことは出来るだけ理論的に考えていくことにした。

 しーなって、勘は悪くないつもりなんだけど、「なにかがおかしい」と思っても、それをすぐ形にして表現できるほど、頭の回転が速くない。

 あとからじっくり考えて、やっとなにが「おかしい」のか、理由が判ったりするんだよね。

 とっさの言い争いだと、「その言い分はおかしい」って思っても、すぐに言い返せなくて悔しい思いをすることも多いんだ。

 だから、考える時間って、結構大事。



 その一方で、労働基準法に関しても調べてみた。

 インターネットでの情報収集と同時に、書店で見つけた本も使って、ほとんど独学の状態で始まった。

 最初は、「仕事上のミスで出た損害を罰金として回収する」ことについて重点的に調べたのだけど、見てびっくり。

『賠償予定の禁止』という項目が、きちんと労働基準16条に明記されていたの。(※1)


(賠償予定の禁止)

 第16条

 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をしてはならない。


 読んだとおり、そのままの内容。

 そう、「損害賠償」を組み込んだ労働契約は違法だし、そもそも労働条件や賃金に関しては、きちんと契約の時に説明してなきゃいけないことも、15条に定めてある。(※2)

 新しく規則を決めるにしても、事前に従業員から意見を聞かなくちゃいけないし、労働基準法に触れる規則は当然無効になるんだ。

 この件だけでも、大きな事実が二つ判る。

 明らかに、オーナーのしていることは、労働基準法違反。

 そして。


 明らかに、オーナーは、労働基準法そのものを、知らない。


 ……頭が痛くなってきた。



 別系列とはいえ、以前にもコンビニ経営の経験があって、今も大手フランチャイズの看板を背負っているお店のオーナーが、この程度なんだ。

 せめて、基本的な知識はフランチャイズ側で研修でもさせているのかとも思っていたのに、そうじゃないんだ。

「経営者だから」「大手フランチャイズのコンビニだから」、というものに対する信頼感、実は砂上の楼閣のようなものだったんだ。


 いやいや。

 あえて前向きに考えてみれば、「知らなくてやっていた」事なんだから、「労働基準法は実はこうなってますよ」って教えてあげれば、少しはオーナーも意識が変わるかもしれない。

 ……と、思うしかないよね、こっちとしては。



 でも、ここまでくると、いち従業員の権限を越えてるような気もするし、だいたいどうして従業員のしーなたちが、オーナーの無知にあれこれ振り回されてなくちゃいけないんだろう。

 こういう事柄を監督するべき人が、ちゃんといるはずじゃない?




 12月9日。

 倉沢さんとも相談した上で、本部の店舗担当の竹中さんに、連絡を取ることにした。

 竹中さんは一般には「スーパーバイザー」(SV)と呼ばれる立場の人で、一人で何件かの店舗を受け持って、経営の相談や指導に当たってる。

 お店で個人的に話しかけるとオーナー達に怪しまれるから、事務所に貼ってあった緊急時連絡票で竹中さんの自宅の電話番号を調べて、確実に家にいるはずの夜の時間帯に電話をかけた。

 実は竹中さんの下の名前を知らなかったので、

「×××(フランチャイズ名)のSVのT中さんですか?」

 という、ちょっと怪しげな切り出し方になってしまったのだけど。


 こんな時間に、従業員から直接連絡があったことをただごとじゃないと感じたのか、竹中さんは真摯にしーなの話を聞いてくれた。

 事務所にある連絡ノートに、ある日突然理不尽な罰則が告知されて、みんな困っている。お給料の操作もされているらしい、ということを、しーなは簡潔に説明した。

 竹中さんは、驚いた様子だったけれど、とりあえず自分でもノートを読んで調べたいので時間をもらえないか、と前向きに答えてくれた。


「こうやって連絡してくださると決断するまでに、しーなさんもずいぶんと悩まれたんじゃないかと思います」


 って言ってくれたときは、ほんと、泣きそうになっちゃったよ。

 少なくとも、「おかしい」と感じている自分の方がおかしい、訳ではないんだよね?


「フランチャイズの信用に関わるということであれば、対処するのが仕事ですから」


 竹中さん、その台詞、信じていいんですよね・・・?


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 参考:労働基準法がよくわかる辞典(星野武秀/西東社)

 ※1 賠償予定の禁止(法第16条)


(法第15条) 

 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません。この場合、賃金及び労働時間に関する事項その他厚生労働省令で定める事項については、書面の交付により明示しなければなりません。

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