第四話 しーな、いろいろ考える

 一方的なルールが次々と告知されていく一方で、しーなはわけが判らないながらも、オーナーの暴走をなんとかするために、自分でできることがなにかないか考えていた。

 隠れて文句を言っているだけじゃ、なにも変わらないし、誰のためにもならないでしょ?


 最初は、十二月一日に言われた「全員に対して倍額の罰金」というルールに対しての意見をまとめて、オーナーに提出しようと思ったの。

 そのルールを実行した場合、利点よりも矛盾点や問題点の方が多くなるということを、しーななりにまとめようと考えたんだ。



 具体的にいうと、罰金を課した場合、利点はひとつだけ。「損害を埋める」という点だけなのね。

 でも逆に、


・全く身に覚えのない人が金額負担を強いられる = 不公平感の増大

・自分の落としたへこみ缶を正直に買い取っている人は、更に他の人のミス分の負担がかかる = 正直に買い取ろうとする意欲を損なわせる。買い取り者が更に減る可能性が増す


 と言う問題点に加えて、


・全員が罰金として負担した場合、その対象の品物は誰のものになるのか

・品物が渡らなかった場合、負担分した金額分の埋め合わせを個々に対してできるのか


 といった矛盾の方が多く発生するため、リスクの方が結果的に多くなる、ということをまとめてみた。



 この時期からしーなは、何人かの友人に意見を聞いたり、事態を相談してもいた。

 一番よく相談してたのは、多賀部さん。

 多賀部さんは、しーながコンビニ日記をインターネットで公開し始めた頃からのお友達なんだ。


 多賀部さんは、冷静で客観的な意見を言ってくれる人で、長く一般企業に勤めているから、しーなに欠けている経営についての一般的な常識も持っていた。勤勉で多方面の知識も豊富で、普段から頼りにしていた人だったから、この時も、一番詳しいことを相談させてもらってたんだ。

 ただ、多賀部さんは住んでいる場所が遠いので、相談はメールと、当時のウインドウズについていた「メッセンジャー」というチャットを利用してた。

 だから、しーなと多賀部さんとの会話は、パソコン越しになるよ。


 その多賀部さんは、メールで送ったさっきのしーなの「意見案」に目を通して、こう言ったんだ。


「業績の舵取りは経営の役目だから、ロスを防ぐ対策を考えるのも経営の役目。なのに現場での対策もろくに考えず、いきなり従業員に金銭的な負担を課すというのはおかしいよ」


「本来、ロスがあるというのは判っているし、人件費もロスを考慮した上で、損失が出ないように設定して、人を雇い入れているわけだよね。

 それで採算がとれないっていうなら、そんな高額な賃金で従業員を雇う経営者は、経営のセンスがない。

 缶製品の扱い方のマニュアルを作成して周知させた上で、マニュアルを無視してロスが発生したら従業員の負担、と言う流れならまだ判るけれど、そんな努力もしないでロスを減らそうというのは経営者の傲慢だよ」


 とってもびっくりした!

 目から鱗、というのは、こういうときに使うべきだと思ったよ。

 それまでしーなは、「自分のミスは自分で責任を取る」という考えがまず念頭にあったのね。

 だから、勤め始めてすぐ、


「お弁当を温めるとき、お醤油などを外し忘れて爆発させて売り物にならなくしてしまったら、買い取って欲しい」

「違算が500円以上出て、原因もわからない場合はその時間の人たちで均等負担」


 なんていわれても、仕方がないのかと思って従ってきたんだよ。

 でも、そうだったんだ。ロスがでない、というオーナ達の前提からが、もう甘いんだ。

 まして、ロスが出たら従業員に負担させるなんて、小さなコンビニだったから気がつかなかったけど、これが大きな企業なら、大問題じゃない?

 これなら会社に、実質的なロスは発生しないことになる。

 そしてその陰で、何人もの従業員が犠牲になっていくことになる。

 悪意を持って、従業員を食い物にしようとする企業だって、絶対出てくるよ……。


 しーなは、多賀部さん以外の友達にも事情を話してみた。

 コンビニでバイトした経験のある子も多いんだけど、その話を聞いて更に驚いた。

 しーなの話を聞くと、全員が口を揃えてこう言ったんだ。


「お弁当をダメにしたり、缶をへこませたら買い取れだなんて、聞いたことがない」


 ほかのコンビニチェーン系列の直営店(フランチャイズ本部が直接経営している店舗)で働いたことのあるみどりちゃんは、更にこう言うんだ。


「お弁当はダメにしちゃったら、自主的に買い取って自分のお昼ご飯に当てたことはあったけど、強制はなかったよ」

「へこんだ缶は、廃棄登録する前に社員の人がまとめて買い取って、おごってくれたことはあったけど、自分で買い取れとは言われなかった」


 ……ああ、そうだったんだ。

 オーナーもおかしかったけど、しーなたちも世間知らずすぎたんだ。


 しーなはコンビニで働くのはこのお店が初めてだった。

 ましてやオープニングスタッフで、コンビニで働くことに関しての知識も、職場の人間関係もまっさらな状態だった。

 他の店での経験があって、オーナーのやり方がおかしいと気づいた人たちは、すぐに辞めていったんだろう。

 実際、人の入れ替わりが激しいお店だった。

 それに、お互いつきあいが浅いから、辞めていく理由なんて周りの誰も深く気にはしなかった。

 しーなは、こういう買い取りは、どこの店でも普通にあることだと思って、そのまま二年近く疑問すら抱かなかったんだ。

 もしそのままで終わっていれば、ずっと気がつかないでいたんだろう。

 これは、根本的な部分から調べていく必要がありそうだよね・・・



 とりあえず、最初に考えた「意見案」の提出はやめることにした。

 罰金自体がありえない話なら、それが行われたときの問題点をあげていっても無意味だもの。

 しーなは「なぜ罰金を課すのはおかしいのか」という理由の方を、はっきり調べて見ることにして、その間、もう少し実のあることはできないか、考えてみようと思った。



 でも事態は、どうやらそんな簡単な話では済まなくなりそうな、怪しげな方向に向かいつつあったんだ。



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