一昼限りの恋人

「今日だけ、私の彼氏になってよ」


 新年度に突入し、春休みもそろそろ終わりが見えてきた頃。

 それは去年のクラスメイトからの、唐突なお願いだった。

 一度近くの喫茶店で落ち合うこととし、そこで改めて話を聞いている。


「なんでだよ?」

「エイプリルフール、だから?」

「なんだよそれ」


 4月馬鹿とはいえ、見栄の張りすぎではないだろうか。


「実はさ、このあと知り合いと会う予定でね。それで向こうが、『優衣って彼氏とかいるのー?』って。それで……」

「ついいると言ってしまったと。予定が予定だし、お前の嘘だって思うんじゃないのか」

「でも、あたしと男子で1番仲が良いのは高津くんだし。そこそこ距離が近いとこみせれば、ねぇ?」

「お前の見栄っ張りは薄々勘づいてはいたがなぁ……」

「だってぇ……高校生にもなって未だ恋愛経験ゼロとか、女としては悲しいのよこれ?」


 その言葉は、静かに俺の胸を刺した。


「あ、もしかして刺さっちゃった? ごめん」

「謝るなよ……!! やめてくれよ……!!」


 注文したコーヒーの味は、普段飲んでいるそれよりも3割増しで苦かった。

 お互いに一息いれて、話を続ける。


「それで、俺に何をしろと? 引き受けるかどうかは別として、だ」

「あんまりいちゃつくのはわざとらしいから、手繋ぐとか、名前呼びするとか、そのくらいで後はいつもの感じで良いんじゃない?」


 まぁ、そうだろうな。


「で、やってくれるの?」

「ここがお前の奢りなら、引き受けてもいい」

「……」


 おーっとそれは、イエスとノーの間みたいな表情だ。


、どうした?」

「ひゃい!? ちょっと、今名前呼びするのやめてよ!」

「折角だから、予行演習でもしておこうかと」

「……それって、引き受けるってことよね?」

「いいや、俺はまだ何も言って無いぞ」

「意地悪……」


 結局、交渉成立と相成った。




 ******




 30分後。

 駅前の広場で、俺と優衣は待ち人を探していた。

 彼女の提案により、手は指を絡めた「恋人つなぎ」である。


「そろそろ来るはずだけど……あっ、いた! おねえちゃーん!!」


 お姉さんだって!?

 知り合いって言うから精々幼馴染とか、そのあたりだと思ったのに!!


「おっ、優衣。久しぶりね、元気にしてた?」

「おねえちゃんは?」

「んー、山奥で相変わらずキツネタヌキイノシシと格闘しながら畑仕事してるよ。……それで、彼が例の。初めまして、優衣の『姉』の、渋谷さくらです。よろしく。おねえちゃんとは言っても、この子は従妹だから」


 姉、のイントネーションが妙だったのはそういうことか。


「初めまして、高津将生です」

「いやー優衣にもとうとう彼氏がねぇ……まさかとは思うけど、優衣の見栄っ張りに付き合わされてるわけじゃないよね?」

「むしろそんなことができるのは彼氏くらいのものでしょうね」

「言われてみればそうか。並の男にゃ無理だからねぇ」

「ねえそれどういうこと?」

「いーのいーの、気にしない気にしない。ところで2人とも、お腹空いてない? お昼食べようよ。ここは私が出してあげるから、さ。どう?」

「あたしは良いけど、将生くんは?」

「俺も良いよ」

「じゃあ、決まりね。バイキングがいい? それとも普通のレストラン?」

「バイキング!」

「……なあ、多少は考えろよ。すぐ胃袋に従うんじゃなくて」


 というか、さっき喫茶店でパンケーキ食っただろうが。

 どんだけ高燃費なんだコイツは。


「もしかして、デートのときっていつもこんな感じなの?」

「いえ、クラスが一緒だったので。普段からこんな調子ですよ」


 答えを返したようで、肝心の質問には一切触れない。

 これも話術である。


「まったくもう……アンタ彼氏くんに迷惑かけてないでしょうね?」

「大丈夫ですよ、もう慣れましたから」


 嘘は言っていない。

 授業中、誰かの腹の虫が鳴ったと思えば優衣だった、なんてことがよくあったくらいだ。


「延々話をしてると優衣が飢えそうですし、行きましょうか」

「そうね。運搬はお任せしていいよね?」

「はい」

「あたしは荷物じゃないのにー!」

「分かったから、行くぞ」


 繋いだその手をリードのようにして、駅ビル内のレストランへと連れて行った。




 ******




 春休みもいい加減終わりが近づき、また平日のせいか混雑はしていなかった。

 時間は90分制限。

 優衣は始まるなり、大皿に片っ端から料理を乗せていく。

 そんな様子が、少しだけ微笑ましかった。


「なんであの子はああなのかねぇ……」

「でも俺はああいうところは、嫌いじゃないですよ。クラスじゃ優衣の明るさというか、ああいうところに支えられているような気がしますね」

「そっか。なら、安心かな」

「安心、とは?」

「ほら、私は農業がメインだし、シーズンになっちゃうとなかなか会う機会もなくてね……優衣と最後に会ったのは中学生のころだったかな。だからあの子が元気にしてるかな、とか色々気になっちゃって。なんか親ばかみたいだけど、可愛い可愛い『妹』のことだから」


 これからもよろしくね、彼氏くん。

 その言葉は、何かを見透かしたような響きであった。


「さて、私たちも行きましょ。全部取られないうちに」

「そうですね」


 2人同時に、席を立った。




 ******




 バイキングの後は、少し優衣のショッピングに付き合う。

 2時間歩きとおすのはなかなかに辛かったが、普通の女の子らしい一面が見られたのは少し新鮮だった。

 再び駅に戻り、さくらさんと別れた後も、広場に留まっていた。


「今日は、ありがとうね。色々助かったよ」

「あの様子だと、別に見栄を張る必要なかったんじゃないのか」

「ああ、いいのいいの。あたしがしたかっただけだし」


 何だそれ。


「なんでもないから、気にしないで」


 そうだ、と言って彼女は話を変えた。


「今日のお礼は、しておきたいんだけど。何か希望はある?」

「別にいいよ、ランチ奢ってもらってるし」

「それはあたしも同じだし、お礼にならないでしょ」

「まあ、食い気だけのやつにも意外と色気みたいなのはあるんだなぁ、とは思ったよ。案外かわいいところもあるじゃん、って」

「何それひどーい」


 抗議の声を上げつつも、少し頬を赤くしている。

 照れなのか、単に恥ずかしいだけなのか。


「変なのじゃなきゃ、何でもいいから」

「そうか。なら、優衣」

「決まった?」


 なかなかこういうものは、いざというとき言いにくいものだ。

 たとえそれが、エイプリルフールとは関係のない、本当の気持ちだとしても。

 意を決して、口を開く。


「明日は、俺の彼女になってくれないか?」

「……いいよ。だけど、条件」


 少しだけ、考えるようなそぶりをしていた。

 流石に断るかと思っていたが、意外である。


「なんだよ、条件って?」

「いつでもやめられるけど、明日限定じゃなくて期限はなし。これでどう?」


 それは俺の予想をはるかに超える回答だった。


「エイプリルフールだからって、ウソってことにするつもりだろう」

「違うってばー」

「怪しいな」

「むー。意地悪」


 すると優衣は、背伸びをして俺の両肩につかまった。

 顔を近づけて目を閉じ、唇を合わせようと……する直前で胸元へと急降下。

 思わず優衣の身体を抱きとめる。

 両腕の間から、ひょっこりと顔を出した。


「キスでもしようかと思ったけど、それは今度に取っておくね」

「どこまで嘘で、どこまでが本気なんだ」

「ぜんぶ本気だよ。あたしは、将生くんが好きだから。でなきゃこんなことに呼び出したりしない」

「だったら、順番ってものがあるだろ普通は……」

「恋に順番も何もないでしょ。それに、最初はウソでも、ホントにしちゃえばいいんじゃないかなって」

「……そうか」


 こうして1日限りの恋人は、無期限延長で続くことになった。


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晴れた日の、昼下がり。 並木坂奈菜海 @0013

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