第17話 雪と雨

         雪と雨


 「おはよう。滝くん。今日はすごく寒いね。」

 「おはよう。マキさん。えっ、何ですかその格好は?すごく温か

そうだけれど、動き辛いでしょ。掃除はできるんですか?」

 「アハ。ちょっと動き辛いね。滝くん、久しぶりに一緒に掃除を

しようよ。でもなんか変かな。」

 「いや。そうでもないですよ。普段のマキさんを見慣れていると

免疫ができていますから・・・。アハ。」

 「何それ!なんかいつも変な格好って感じじゃない。フン。」


 その通り。自覚していなかったのかな?今日のファッションはそ

の中でもトップクラスの可愛さだね。アハハハ。


 「今日のファッションは温かそうだし、可愛いですよ。似合って

います。へへへ。」

 「滝くん、それってどういう意味?全身ぬいぐるみを着ているの

で、顔なんかほとんど見えないでしょ。その方が可愛いってわけね

?」

 

 アチャー。火に油を注いでしまったみたい。いや、地雷を踏んで

しまったようだ。ヤバイ。


 「お~い。そこのタヌキちゃん、おはよう。今日も寒いね。へへ

へ。」

 「あっ。ニシさん。おはようございます。」

 「何?なんて言ったの、ニシさん?・・・タヌキってか?」

 「あれ。違ったかな?そう見えるんですけど。アハハハ。」

 「違います!コワラです。まっ、あまり変わらないか。アハハハ。


 ふ~、よかった。ニシさんのおかげで、少しマキさんの機嫌が治

ったかな。怒りが治まったようだね。


 「そう言えば、天気予報で今は雨だけど、これから雪に変わるら

しいよ。しばれるなぁ~。へへへ。」

 「それ、どこの方言ですか?・・・

 雪ですかぁ。学校へ行くのがしんどい。」

 「やったぁ~。私、雪が大好き。毎年楽しみにしています。うれ

しいなぁ。」

 「アハ。マキちゃんはここに来る少し前はアメリカのフロリダに

居たんだよね。日本に来てすぐに親と喧嘩してここに来たんだっけ

?その時にここで初めて雪を見たんだよね。」

 「うん。でもその親との喧嘩はどうでもいいでしょ。ニシさんは

おしゃべりね。

 そうね。生まれてすぐに親の転勤でフロリダに行きましたからね。

時々、日本へ帰っては来たけど、ほとんどが夏休み期間中だったの

で、実際に雪を見たことは無かった。初めて見た時、そして積もっ

た時はすごくうれしかったし、冷たかった。なんか、かき氷かと思

っちゃった。アハ。」

「へぇ~、マキさんはフロリダ育ちなのか。どうりでハッキリした

性格で言いたいことはズケズケ言うと思っていました。

 あっ、悪い意味ではないですよ。積極的で自分の意見をハッキリ

言える人だなぁ~と思っていましたし、羨ましかった。」

「フン。」

「あっ。そうか。滝くんは、マキちゃんのことそんなに知らなかっ

たのか。」


『そうなの?滝くんは、常にマキちゃんと一緒だから、もう知って

いるかと思っていました。帰国子女ってことかしら。フロリダでは

日本人の友人は少なかったらしいのですが、自由に動き回っていた

ようです。だからこういう性格になったのでしょうね。アハハハ。

 でもね、フロリダで変な友人がいたようですよ。ハーフらしいの

ですが、日本好きで行きたいって言っていたらしいのです。それに、

その子は日本語も好きで完璧に話せるらしいのよね。ただ、性格は

マキちゃんとは真逆で犬猿の仲だったようです。今、両親と一緒に

日本に来ているらしいの。マキちゃんの天敵ですね。アハハハ。』


 「私ね。生まれてすぐにフロリダへ行ったでしょ。だから日本の

教育を受けていないの。何か、生活スタイルとか感覚がアメリカっ

ぽいとよく言われる。思ったことをすぐに言ってしまうのよね。」

 「そっか。ご両親はどんな仕事をされているのですか?」

 「2人ともディズニー関係の仕事なの。今も日本のディズニーラ

ンドに在籍しているよ。私のファッション感覚というのか、その目

的は、自分だけが楽しむということじゃなく、見る人みんなに楽し

んでほしいの。ディズニーランドのようにね。だから、ちょっとや

り過ぎの時が多いのよね。へへへ。」

 「へぇ~、そうなんですか。それで理解ができました。マキさん

のファッションの発想はどこから出るのかなと思っていました。

 確かに、マキさんの服装を見たお客様は楽しんでおられるし、元

気が出ているように思います。これからも楽しみにしています。」

 「アハ。ありがとう。」

 「だったら、雪が降るとすごく寒かったでしょう?今もすごいフ

ァッションだし、日本の寒さにはなかなか慣れないでしょう?」

 「そうなのよね。ニシさんにタヌキかと言われたけれど、こんな

格好をしていても寒いから、この時期の外の掃除は辛いね。でも、

頑張る。」


 「あっ。雨が降ってきたよ。中に入ろう。」

 「うん。あともう少しで終わるから滝くんは先に入っていて。」

 「じゃ、2人でやった方が早いから手伝うよ。ニシさんは厨房へ

行ってください。ここはすぐに終わりますから。」

 「あいよ。まだ小雨だけど早い目に切り上げて中に入りなよ。」

 「は~い。」


 『今日はすごく寒くなりそうね。私たちもこういう寒い日は苦手

です。あちら、こちらが軋んで音が聴こえてきます。特に庭に居る

苔や桜の木は寒いと言っています。

 それに雨も降ってきたし、この後雪に変わりそうですね。ますま

す寒くなりそう。毎年この時期は私たち仲間の誰かが凍って、冬眠

状態になってしまうのです。大小の石の所に居る男女の霊は早くに

室内へ入っているから大丈夫のようだけど。マキちゃんや滝くんは

大丈夫?』


 「ふ~、終わった。」

 「マキさん、急いでやったからその格好じゃ暑くなってきたでし

ょう。」

 「うんうん。暑い。ちょっと着替えてくるね。」


 アハ。マキさんはかなり厚着をしていたようだね。普段はスリム

なんだけど、ニシさんが言った通りであれだけ着ていたらコワラが

タヌキになっちゃうね。・・・一緒か。へへへ。

 寒さに弱いのに雪が好きなのは何故かなぁ。


 「あっ。いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ。」

 

 3人様か。アハ。3人共に顔が変な日焼け方をしている・・・。

そっか、スキーかスノボーをやっているんだね。雪焼けっていうや

つか。うらやましい・・・。でも、中途半端な日焼けで面白い。

アハ。


 「いらっしゃいませ。何いたしましょう?」

 「え~と。じゃ、この玉葱スープのモーニングセット、パンでね。

 「はい。あとのおふたりはいかがいたしましょう?」

 「同じで。この玉葱スープってどんなのかな?」

 「アハ。それは、出てからのお楽しみということで。おいしいで

すよ。・・・では、しばらくお待ちください。」


 「店長。玉葱スープのモーニングセットをパンで3つです。」

 「あいよ。玉葱はよく煮えているぞ。今日のスープは一番旨いか

もな。」


 「旨いのか?」

 「アハ。カズヤ、タクマ、楽しみにしておけよ。ビックリするか

らな。俺、この前来た時に注文したらすごく美味しかったぞ。」

 「ここ、ケンジが来たことがあるって言ったから、このカフェに

入ったけど、大丈夫かな。雨も降ってきたことだし、ここでよかっ

たけどな。なぁ~タクマ。・・・ん?どうした?タクマ。」

 「おい。おまえら。この庭を見ろよ。細かい雨に打たれて、しっ

とり濡れている情景がすごく美しい。俺、こんなの初めて見たよ。

何だ、このカフェは・・・。」

 「あ~、タクマの言う通りだ。美しいな。綺麗だ。今、冬なのに

苔が生き生きしているように見える。それに真っ白な小石とのコン

トラストがいいね。特に、この雨でしっとり濡れて本当に綺麗だ。

小雨だから何かやさしく感じるな。ケンジは知っていたのか?」

 「ああ。前に来た時にもこんな小雨だったんだ。その時にすごく

感動した。それと、このカフェの“香り”と“音楽”がマッチして

いて良いだろう?」

 「うん。いいな。唐突にここへ入ろうと言ったのは、これを見せ

たかったのか。」

 「そそ。俺たちって、今の時期は暇があったらスノボーばかりや

っているだろ。3人とも大学生といっても世間の連中のようにアル

バイトもせず、親のすねをかじって日々ボーっとして漠然と時間が

過ぎて行くだろう。そんな時にこの“白い家”に出会ったんだ。

 そこでこの雨の風景を見たら、自分はいったい何をやっているの

か。この先、何をやりたいのか考えてしまってね。・・・

 お前らは何か感じないか?」

 「アハ。俺たちはみんな親が少し金持ちだからな。それにあまえ

て好き放題やっているよな、確かに。へへへ。学生の間はこれでい

いと思っていたが、この庭の風景を観たら心がムズムズするな。ど

うだ?カズヤ。」

 「フン。お前らはいいよ。俺、今、ピンチなんだ。この庭は美し

いし、感動もするけど・・・ピンチ。ふ~。」

 「どうした?」

 「・・・俺の親の会社が倒産しそうで。・・・親父が、事業を広

げ過ぎたから。どうしようのないし、俺から頑張れなんて言えない

よな。持ち直すように願うだけ。だから、しばらくお前らとスノボ

ーに行けないし、遊ぶこともできない。」

 「そんなにピンチなのか?・・・この雨の庭を見ていると余計に

落ち込みそうだな。」

 「いや。そうじゃないね。この庭は美しい。タクマが言うように

心がムズムズする。・・・何か、全てが流れていくように・・・。」


 「あっ。カズヤ、タクマ、雪に変わってきたぞ。この寒さだと積

もりそうだな。」


 「少し、あの3人の話が聞こえてきたけれど、3人ともお金持ち

のお坊ちゃんなんだ。うらやましい。へへへ。滝くんと同じ大学生

らしいよ。」

 「うん。うらやましい。アハ。でも、あの1人だけ親が大変らし

いね。」

 「そうだな。金持ちは金持ちなりにいろいろあるんだろうよ。そ

れぞれ自分で解決をするしかないが、あの育ちでは打たれ弱さがあ

るからな。」

 「アハ。ニシさん・・・。」

 

 「お待たせいたしました。玉葱スープのモーニングセットです。

ごゆっくりどうぞ。」


 「お~っ。何!コリャ!このスープ。」

 「お~。タクマの言う通りだ。このスープは何?」

 「おふたりさん、ビックリしただろう?このスープはコクがある

白いスープに玉葱が一個丸ごと入っているんだ。こんなの他ではあ

まり見かけないだろ。お上品な料理と違って大胆だけど、美しいだ

ろう。繊細さも感じるだろ。まっ、食べてみろよ。また、ビックリ

するぞ。へへへ。」

 「う~、旨い!何コリャ!カズヤ食べてみろよ。」

 「え~、何?これ?やわらかくて玉葱の甘味がしっかり出ている

し、少しピリッとした刺激がある。でも、やさしくって温かい。沁

みるなぁ~。」

 「そそ。沁みるなぁ~。心に沁みる。へへへ。」

 「このスープは大胆だけど繊細だ。見た目も玉葱の模様がしっか

り残っていて、なんか美しいな。見た目にはわかりにくいが奥の深

さを感じるよな。ケンジの言う通りだ。」

 「流石、カズヤだな。しっかり観ているな。それだけ洞察力があ

るのなら、今の親の会社の状況も見極められるだろ。

お前の親父なら大丈夫だよ。うちの親とは同級生だけれど、あの親

父さんを見ているとうちの親よりしっかりしているし、乗り越えら

れるよ。かならず。」

 「うん。・・・そうだな。」

 「あっ。見ろよ。雪が積もってきたぞ。雨の後だから溶けると思

っていたけど、この寒さじゃ積もるのか。ケンジ、カズヤ。綺麗だ

ぞ。さっきの雨の風景も良かったが、この雪で景色が全て白くなっ

て行く。何もかも隠すように、消すように。美しい。」

 「アハ。タクマ、お前は感性が豊かだな。その感性が何かの役に

立つ時が来ると思いたい。でも、本当に美しいな。カズヤはどうだ

?」

 「ああ。美しいな。俺たちはスノボーをやっているから、雪の世

界、銀世界は見慣れているはずだけれど、こんなふうに新ためて見

ると初めて雪を見た時のように新鮮な気分になってしまうな。」

 「そうだな。同じ雪景色でも見る場所やその時の気分で随分違っ

て見える。そうだろ、タクマ。」

 「その通りだな。それに、雪が降ると雨の時とは違って静かだ。

雨は洗い流してくれるような情景だけれど、雪は全てを白く包み込

んでくれるような気がする。」

 「確かに、全ての音を吸い取っているように思えるな。」

 「うん。静かだ。気持ちの良い静けさだ。俺の今の不安定な心が

落ち着いてくるように感じる。俺、親を信じるよ。そして、俺にも

何かできると思う。大丈夫だ。へへへ。」

 

 「あ~、なんかあの3人、まったりしているね。静かだね。」

 「うん。マキさんはこの雪の静けさも好きなんでしょう?普段は

活発で動き回っているけれど、こういう何とも言えない静けさも俺

は好きですよ。」

 「そうね。この静けさも好きだよ。世の中にはいろんな色や音な

どがあるけど、この雪が真っ白にして消してくれる。包み込んでく

れたらいいなぁ・・・。」


 『そうですか。マキちゃんは賑やかな人だと思っていました。派

手なファッションで人を楽しませているところはとても明るくて大

らかだなってね。

 でも、そんな一面もあったのね。雪は全ての色を消してくれます。

雨は全ての汚れを洗い流してくれます。あなたはどちらが好きです

か?

 人間の心にも沁みる雪と雨。浄化されたかのような気がしません

か?あの3人の心も、1つ、ステージが上がったように思います。

うふふ。』


 「ごちそうさまでした。このスープ、美味しかったです。」

 「ケンジの言う通り、旨かった。それに、この庭がすごく良かっ

た。女性の従業員さんのファッションも最高。また来ます。」

 「やっぱり、タクマは良い感性をしているなぁ。アハハハ。」

 「俺も落ち着いたらまた来ます。ごちそうさまでした。へへへ。」

 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。


 「アハ。最後にファッションを褒められちゃった。うれしい。」

 「今のマキさんの服って、さっきのタヌキとは真逆ですね。それ

ってキツネですか?白狐ですね。アハハハ。」

 「あのね。さっきはタヌキじゃなくて、コワラなの。もうニシさ

んがあんなこと言うから、滝くんがいじってくるでしょ。」

 「ごめんね、マキちゃん。でも今の服良く似合っているよ。ちょ

っとそのまま、庭に出てみろよ。雪の白狐で可愛いぞ。雪やコンコ

ンってね。アハハハ。」

 「フン。ダジャレか。ニシさんはいつもそうなんだから。へへへ。


 「あっ。いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席に。」


 『夏の暑い日もいいですが、こんなに寒くて、雪が降る日は、音

も無く、色も無く、静かでいいですね。たまには、こんな情景でゆ

っくり考え事してみるのもいいかもよ。

 今、争いをしている人たちに雪や雨を降らせましょう。うふふ。』

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