第14話 障害者と健常者

       障害者と健常者


 「ただいま~。」

 「アレ?滝くん、今日は終日学校じゃなかったの?まだ、お昼だ

よ。」

 「アハ。マキさん聞いて下さいよ。今日、朝からゼミが3つ続け

てあったんですが、なんと全て休講です。こんなことがあっていい

のでしょうか。すごく頭にきました。提出するレポートも受け取っ

てもらえないし、なんのために徹夜同然で準備したのか。がっかり

です。」

 「あらま。それは残念だったね。でも授業が休みだと私だったら

嬉しいな。そんなに悔しいかなぁ~。」

 「休講だけだったらいいのですが、その3つのゼミの担当教授た

ちは、研修という名目でニューヨークまで5日間の予定で突然行っ

ちゃったんです。なんか、安いチケットが手に入ったとかで、受講

している学生も数人連れて行ったらしいんです。俺、知らなかった

からすごく悔しい。」

 「えっ。滝くんもニューヨークに行きたかったんだ。でも、そん

なの事前に通知があるでしょ。なかったの?」

 「アハ。あったらしいです・・・。そのゼミの2週間前の授業中

に伝えたらしいのですが、俺、休んでいたから・・・。へへへ。」

 「何それ。じゃ、今日はそれを知らずに行ってしまったの。バ~

カ。」

 「うっ・・・でも、一番聴きたかったゼミが含まれていたのでシ

ョックです。」

 「何?それって。」

 「建築概論の中で、障害者に対応した施設計画というのがあるの

ですが、この“白い家”が正にそうなっているような気がして、勉

強したかったです。」

 「えっ。この“白い家”って障害者向けになっているの?」

 「え~、マキさん長く居るのに知らなかったのですか?」

 「うん。知らない。ごめん。でも、どこが障害者向けなの?」

 「ん~。別に障碍者向けの施設じゃないですから、全てというこ

とではありませんよ。・・・

 そうですね、そんなところが沢山ありますが、まず、外からのア

プローチ部分ですね。階段が無くてなだらかなスロープになってい

るでしょ。それに入り口のドアは引き込み戸になっています。奥や

手前への開き戸は車いすの人だと出入りしにくいですから。

 あと、カフェ内は全て段差がありません。厨房への出入り口も含

めてまったくありません。いわゆる、バリアフリーというやつです。

それに、外の回廊に繋がる所も段差がなく、他の部屋への出入り口

にもありませんよ。

 また、一番注目したのは、回廊の外側です。要するに庭側のちょ

っと手前で少しだけ段差というか、目地のような木のラインが2本

あるんです。健常者だと見てすぐにわかるのですが、目が不自由な

人や車いすの人などは、ちょっとそこのラインに当たって、何かが

あるということがわかるんですね。健常者だと、そこから先は危な

いと一目で判断できるのですが、障害者である目や身体が不自由な

方だとわからない場合がありますよね。だから、そのラインに当た

って気付くんです。それ以上進んでは危ないってね。

 それから、トイレや洗面所への出入り口も全て引き込み戸になっ

ています。」

 「へぇ~、そうなんだ。で、他には?」

 「そのトイレや洗面所の戸にある取手ですが、その位置が低い所

にもあって2ヶ所なんです。車いすや子供でも簡単に開けることが

できますね。

 それと、全ての出入り口には小さなセンサーが付いていて、チリ

~ンと鳴るのです。小さな音ですが、近くに行くと良く聞こえます

よ。この前のライブの時も鳴っていましたが、近くに行かなければ

気付かないほど小さな音です。これだと目が不自由な方でもそのト

イレや洗面所の出入り口がすぐにわかりますよね。気配りですね。」

 「ふ~ん。そうなの。流石、滝くん。細かいところまでしっかり

見ているのね。私なんか、何故かわからないけれどすごく動きやす

いなぁ~とだけ思っていた。

 障害者にやさしく安心な空間は、当然、健常者にもやさしいとい

うことか。」

 「そうですよ。世の中には健常者だけを意識した空間が多いです

よね。障害者やお年寄りの人に対応した建物などは少なく、それを

やろうと思うとコストアップなりますから・・・でも、最初から考

慮しておけば何の問題も無いと思うのですが。

 社会生活をしているのは健常者だけじゃないですよね。障害を持

っても頑張って生活をしている人は沢山いますよ。寂しいですね。」

 「うんうん。滝くんの気持ちがよく分かるような気がする。

私、前に足を骨折してしばらく松葉杖だったけれど、それでもいろ

んな所で不便を感じたね。障害者が弱者とは言わないけれどハンデ

を持った人に優しい社会になってほしいね。」

 「ですね。同じ人間ですから互いに思いやることは大切です。」


 『そうそう。そうなのよ。滝くん、マキちゃん。私も賛成です。

この“白い家”も古い家や庭の材を再利用して作られていますが、

言い換えれば障害を持っている材を集めて健常的建物にしたと言う

のでしょう。ちょっと考えすぎなのかもしれませんが、私たちは傷

だらけで新しい材のようにはできないのよ。

 でも、少しの努力や助けられるとこのように立派にお役に立てて

存在するのです。人の世界とは比べられないけれど、それは大切な

考え方じゃないかなと思います。

 それに“心”は同じですよ。健常材も障害材も心は同じです。た

だね、障害材だからって心を閉ざしてしまうものもいますが、それ

も、自分自身の努力や他からの助けで心を開くこともあります。

 そっ。材も人も自分が“心”を閉ざしてしまうと、全てが障害材、

障害者になってしまうんじゃないかな。身体自身が健康でも“心”

に障害を持っていたら悲しいですね。心も身体も健常が良いのです

が、そんなに簡単なことではないですね。でも、互いに思いやり、

その努力をすれば何かが見えてくるように思います。人も私たちモ

ノもね。』


 「この“白い家”や“白いカフェ”もほとんどが再利用のモノた

ちで造っているらしいのです。言い換えれば、障害から健常へとい

う再生とも言えるのですね。

 あっ、別にこの家が障害を持っているとか障害物だとかというこ

とじゃありません。新しいモノと何の変りもないということです。

アハ。」

 「うん、わかるよ。滝くんはやっぱり建築が好きなのね。私なん

かはファッションのことばかり考えているだけだから・・・。」

 「そんなことは無いですよ。あれだけのファッションは他の人は

できませんよ、どんな人にも、今、話をしている障害を持っている

人にも元気を、楽しさを与えているじゃないですか。みなさん、笑

顔で帰って行かれているし・・・。

 そうそう。この前。車いすのお客様が来られたでしょ。その時の

みんなの対応がすごく印象的でよかった。」


 そう。あれは10日程前だった。お昼も終わって、みんながホッ

としている時だったなぁ。


 『マキちゃんの服も再生ものが多いですよ~。うふふ。』


 「こんにちは。」

 「いらっしゃいませ。どうぞ。」

 「すみません。この人、車いすですが、座れる席はありますか?」

 「はい。どうぞ。そのままでも椅子に座り換えられてもご自由に

どうぞ。」

 「ありがとう。じゃ、あの隅っこの席に行きます。」


 女性は車いすなんだ。男性が押されているけど、恋人同士って感

じだね。違ったかな。でも、女性はちょっと暗いような気がする。

あっ、またあの1番席だ。何かありそう。


 「舞。ここでいいよね。椅子に座り換えるか?」

 「うん。この椅子、座り心地が良さそうだから・・・。手伝って。


 「いらっしゃいませ。ご注文は・・・」

 「あっ。すみません、もう少しメニューを見せてください。」

 「はい。決まりましたらお呼びください。」

 「マキさん、何か感じたのでしょうか。ジーっと見ていましたね。

 「うん。少しね。あの2人は恋人同士だとは思うけれど、女の子

が何か言いたそうな感じなのよね。」

 「そうか。わかるような気がする・・・。」

 「えっ。ニシさん、わかるんですか?」

 「うん。相手と別れる時って顔に出るんだよな。」

 「あっ。そっか。ニシさんも愛子さんとの別れの時そういう顔を

していたのね。アハハハ。」

 「コラ!愛子との別れじゃない。その前の彼女と・・・。アハ。」

 「あ~、何それ。」

 「マキさん、突っ込みすぎですよ。ニシさん困っているじゃない

ですか。だけど、あの2人は別れるんですか?お似合いのように思

えますが・・・。」


 「ね~、正人。実はね・・・」

 「あっ。舞!この庭って美しいね。外に出てもいいと書いてある

から、ちょっと出てみようよ。」

 」えっ。でも足が・・・」


 「大丈夫ですよ。車いすのままで外に、そして回廊へも出られま

すので、ご自由に見てくださいね。」

 「そうなの。ありがとう。じゃ、魅せていただきます。」

 「へぇ~、ズーっと車いすのままいいのですね。奥の部屋も観て

いいですか?」

 「どうぞ。じゃ、案内します。」

 「あっ。注文はココアを2つください。」

 「はい。ココアですね。しばらくお待ちください。」

 「どうぞ。ここから出られますから。何かあったらお知らせくだ

さい。」


 と言ってから、マキさんは着替えに行ってしまった。これは何か

感じ取ったのかな。楽しみ。へへへ。


 「ワァ~。この庭もいいけど、この回廊や奥の部屋もすごくいい

ね。」

 「うん。美しいね。舞はこんな家を観るのは初めてだろう。俺、

半年前に一度来たんだ。」

 「えっ。半年前・・・」

 「あっ。そうか。舞が事故にあったのが半年前だったね。俺が一

緒だったらこんなことにはならなかった・・・」

 「ううん。そんなことないよ。正人のせいじゃないよ。私がボー

ッとしていたから・・・」

 「もういいじゃないか。その話は・・・」

 「この家って、車いすでも自由に動けるんだね。やさしい家だね。

 「うん。そうだね。・・・」

 「それに、庭も美しいけれど、何か落ち着くだろう。舞に一度こ

の庭や家を見せたかったんだ。この家はほとんどが再利用で造られ

ているんだよ。前に来た時に店長さんが言っていた。だから、健全

な新しい材はほとんど使っていないってね。モノは使いようだし、

それを使う努力をしないとここまでのモノはできなかったってね。

この古い材料たちも頑張ったんだろうね。すごくいい建物だよな。

何か“魂”のようなモノを感じてしまった・・・。」

 「うんうん。わかる。とってもね。正人が言いたいことがわかる

気がする・・・」

 「ちょっと寒いね。中に入ろうか。」


 「お待たせいたしました。ココア2つです。ごゆっくりどうぞ。」

 「あっ。さっきの店員さんですよね?その服、真っ白な雪景色に

小さな芽が出ていますね。可愛くって美しい。新しい芽が出ている

姿が描かれていて、愛らしいし、力強さも感じます。」

 「そうですか。この芽は描かれているのですが、刺繍です。それ

も古い糸で、若草と薄い橙色を使っています。いわゆる、糸を再利

用して、雪の白地に縫い込んだものです。何か生き生きして見える

でしょう。へへへ。」

 「ワァ~そうなんですか。いいですね。確かに生き生きした感じ

がしますね。舞、どう思う?」

 「・・・・」

 「どうかしたのか?」

 「ううん。何でもない。いい服ですね。やさしくって、さりげな

い表情が何とも言えません。

店員さんありがとう。私。その糸に負けないようにもう少し頑張り

ます。」

 「アハ。」


 「マキさん、何やったのです?女性のお客様が泣いておられるじ

ゃないですか。」

 「滝くん。わかってないなぁ~。多分、あの女性は、彼に別れを

言おうとしていたのかな。でも、彼もそこを感じてこのカフェに、

そして外の回廊へ誘ったんだよ。その別れの言葉を聞きたくないか

ら・・・。

 で。私がちょっとだけ手助けをしただけ。へへへ。」

 「へぇ~、そうなんですか。わからなかった。」

 「滝くんは、敏感なのか、鈍感なのかわからんなぁ。」

 「えっ。そうですか。ニシさんはわかったんですか?」


 「あっ。このココアって普通じゃない!正人、飲んでみて。」

 「あ~、確かに違うね。甘くないし、コクがすごくある。それに

香りがいいね。本物のココアって感じだね。・・・

 本物はどんなのか知らないけれどね。アハ。

 今日のような寒い日は温まるね。ジワァ~と心に沁みる。」

 「うん。ジワァ~とね。正人の気持ちやさっきの店員さんの気配

りもね。・・・ありがとう。」

 「うんうん。このココアってゆっくりと中に入ってくるようだね。

もう少し、俺たちには時間が必要だし、時間をかけるべきだよ。」

 「そうだね、正人。この白い家に連れて来てくれてありがとう。

私、足が動かなくなって、“心”も動かなくなっていたみたい。こ

んなの心の障害のようなものだね。・・・

 もう悩まないし、正人だけに頼らない。もう一度自分の力で生き

て行くね。

 あっ。正人と別れるということじゃないよ。もう少し一緒に居て

ね。」

 「あぁ~びっくりした。もう少しじゃなくズーっと一緒だよ。ず

っとね。」

 「うん。」


 「なんか良かったね、マキさん。いい雰囲気になった。」

 「うんうん。」


 『この2人も再生したようですね。障害から健常へね。うふふ。』


 「あの時、俺が一番鈍感でした。へへへ。」

 「そんなことないよ。ニシさんのココアは良かったけど、やっぱ

りあの彼氏の言葉や行動が良かったと思う。私も少しだけお手伝い

をしたかなと思う。へへへ。」

 「アハ。でも、この“白い家”は不思議ですね。人を癒してくれ

るかと思ったら、なんか生きているように感じますね。」


 『アハ。生きています。ということは無いかな。アハハハ。滝く

んありがとう。どんな人や物でもウエルカムよ。うふ。

 私たちもいろんなコトやモノと関わってきたから少々のことに関

しては対応OKよ。

 でもね、障害者とか健常者とか言っていますが“心”まで障害者

にはなってほしくないですね。・・・

 じゃ、またお会いしましょう。』

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