第13話 音と香

              音と香


 「こんばんは~。みなさん、お忙しいところご参加していただき

まして大変ありがとうございます。1年ぶりにここに来てくれたお

ふたりをご紹介します。

 野村聖司と山川京香です。昨日まで駅前のホールでライブをやっ

ていました。が、今、ここに駆けつけて来てくれました。このステ

ージだけですよ、2人を本名で紹介するのは。アハハハ。

 聖司ことセイのギターと演出、そして、京香ちゃんの魅力的な歌

声をお聴き下さい。また、軽い食事とお飲み物をご用意させていた

だきましたのでゆっくりくつろぎながらお楽しみ下さい。この2人

は“ノーギャラ”ですから、同じく、くつろぎながら楽しみながら

歌ってくれると思います。アハ。

 じゃ、ごゆっくりどうぞ。」


 アハ。ユミさんのMCって上手いのかどうかわからないけれど、

場が和んだね。お客様や従業員から笑いが出て気楽な感じがする。

多分、それが狙いだったのだろうね。ユミさんは物だけの人かと思

っていたけど、ちょっと尊敬。


 『滝くん、何言っているの。今夜のライブは“ノーギャラ”よ。

アハハハ。みんなが気楽に参加できるようにとオーナーが仕掛けて

います。面白くなりそうね。私たち“霊”や“魂”も楽しませてい

ただきます。ん?どうやって?・・・うふ。

 それに、今年のクリスマスへの布石になるとオーナーとこの2人

は考えているようです。どんな演出を魅せて、歌を聴かせてくれる

のでしょうか。』


 「こんばんは。京香です。隣に居るのがギターリストであり、歌

手でもあり、そしてアーティストでもあるセイさんです。今宵は

“音”と“香”を楽しんで下さい。私の歌も“香”と共に新しい世

界を感じていただけるかと思います。それでは、宜しくお願いしま

す。」

 「へぇ~。“音”と“香”のコラボレーションということですね。

曲ごとに“香”が変化するのかな。」

 「滝くん。ちょっと違うね。“香”は一度出すとなかなか消えな

いので、まず、“香”を出しておいて、そこに合わせるように歌を

“音”を奏でているのだよ。その“香”が消えて行く中で、次の曲

と“香”を調整しながら出すから、かなり難しい演出というのか、

タイミングだね。間違うと、すべてが混ざってしまい、気持ち悪く

なるからね。

 それもあるから、全体を同じ“香”にはせず、コーナーごとに

“香”を変え、また“音”も調整しながら変化させるのだよ。メイ

ンはあのステージだから、またそこが難しいね。セイくんの腕の見

せ所だな。

 あっ、それから、この“白い家”にも“香”を少しだけれど付け

ているよ。それは気付いてなかったようだね。ユミちゃんくらいし

かわからないようだけど。」

 「あっ。オーナー。そうなんですか。今度、建物の隅々の臭いを

嗅いでみます。やっぱり“香”も空間演出やイメージ造りには大き

な役割をしているのですね。」

 「ああ。滝くん、いいこと言うね。人々の生活空間にはいろいろ

な形や色、そして音などがあるけれど、“香”もとても大切だよ。

この“白いカフェ”にもコーヒーの“香”が染み付いているしね。

今の時代は沢山の情報があるけれど、“香”という情報は伝えにく

いよね。まさかパソコンやテレビからその都度“香”を出す訳には

行かないよな。どこかで試験的にやったと聞いたことはあるけれど、

一つ一つ出していたら鼻が変になるよね。アハハハ。

 今日は、その“香”を主役にして“音”を新しい世界にしたいと

思ってね。ちょっと、大げさだけど・・・。」

 「いえ。そんなことないです。すごくいいと思います。形や色、

それに味やテクチャーも大切ですが、“香”によって印象はすごく

変化して、物や空間のイメージが一変しますからね。」

 「そうだね。これは、今年のクリスマスにもう少し具体的にした

いとは思っているけれど、今日はちょっとだけテストのようなもの

だよ。」


 へぇ~。オーナーは無口なのかなと思っていましたが意外としゃ

べられるんだな。

 あっ、何かユミさんと話をされている。ひょっとしたらクリスマ

スの時に物たちも登場するのかな。まだ2か月も先だけど、楽しみ。


 『滝くん、私の“香”知らないよね。今度、機会があったら、こ

の“白い家”の屋根裏部屋に行ってみてね。いろんな臭いがします

よ。加齢臭・・・じゃなかった、華麗な臭いがするかもね。アハ。

 まっ、部屋を見つけることができればの話だけどね。うふふ。

 あ~、何か良い“香”がしてきましたね。これは前の“お月見”

の時にも使った“香”ですね。私にとっては非常に懐かしい“香”

です。みなさんは、高原での森林浴のような気分になっておられ、

京香ちゃんの歌やセイさんのギターとのコラボがより雰囲気を高め

ています。そこは、木や苔などの自然たちの故郷です。木、石、苔、

砂、岩、そして草や水もね。だから私たち仲間はみんな懐かしがっ

ています。ほら、建物や庭が生き生きして楽しそうでしょう。何や

ら、お客様と従業員そして私たちが自然体で一体になっているよう

な気がします。ちょっと言い過ぎかな。

 でも、この“白い家”だからできる演出なのでしょうね。

 セイさんも上手い演出、コーディネートされましたね。お客様の

中には涙ぐんでおられる方もいらっしゃいます。

 でも。オーナーの仕掛けは、これだけじゃありませんよ。さっき

言っていたでしょ、これはちょっとしたテストのようなものだと・

・・。うふふ。』


 あ~、いいね。良い“香”だ。心が洗濯されているようで、気持

ちが浄化されて行く。アハ、ちょっと大げさか・・・。

 アレ?マキさんは泣いているのかな?


 「何よ!滝くん。そんなに見ないでよ。いいでしょ泣いても。感

動ってこんな風になっちゃうんだね。自分自身で感情を上手くコン

トロールできない。こんな体験は初めて・・・。」

 「うん。そうですね。いいね。」


 あっ。所々に“灯”が・・・。それも、揺らいでいる“灯”だ。

室内もそうだけど、庭にも、ポツリ、ポツリと順番にゆっくりと灯

って行く。セイさんと京香さんの“音”に合わせるかのように・・

・・・。

 そっか。ユミさんがやっているんだ。さっきのオーナーとの話は

これだったんだ。これもクリスマスのための演出テストだね。

 アハ。クリスマスが益々たのしみ。


 「どう?滝くん。気に入ってくれた?この演出は、オーナーと打

ち合わせをしてセイや京香ちゃんたちに協力してもらったのよ。こ

のタイミングを合わせるのがすごく難しいけど上手くいった方ね。

でも、ちょっとズレているかな。へへへ。

 クリスマスにはね、これに、いくつかの物たちが加わって、また

違った演出を予定しているの。素晴らしいものになると思うわよ。」

 「ユミさん、すごいです。感動です。この建物や庭、そして小物

たちもいっしょに揺らいでいるような気がします。それに、“音”

や“香”も少しずつ変化して、すごく神秘的な新しい世界を感じま

す。」

 「アハ。ありがとう、滝くん。ちょっと大げさだね。うふふ。」


 『そっ。大げさです。でもその通りですよ。私や仲間たちも“音”

と“香”と“灯”でしっかりと揺らいでいます。この建物や庭が壊

れるんじゃないかと思うほどにね。うふ。

 この演出は、本当にこの“白い家”でしか味わえないわね。今度

のクリスマスが楽しみです。』  


 もうそろそろ終わりかな。ほんの60分程のライブだったけれど

心に沁みた。

 あっ。お客様から小さな拍手が聞こえてきた。そっ、小さく静か

な拍手。まだ、“音”は奏でられている。みなさん気を使って控え

めな“音”で拍手をされているのでは・・・。

 やさしくあたたかく感じるね。俺、建築を学んでいるが、建てる

ということだけではなく、そこにはいろいろな人や物たちの関わり

があり、互いに空間を共有して生きているということ。形、色、音、

香、他にもいろいろあると思うけれど、様々なヒト、モノ、コトを

しっかりと思慮しないとダメなんだなぁ~。


 「滝くん。何、まどろんでいるの。終わったよ。お客様をお見送

りするから出口に行こう。」

 「はい。すみません。へへへ。」


 「ありがとうございました。ライブいかがでしたか?」

 「ありがとう。良いライブでしたね。気持ちがスッキリしたとい

うのかしら。心から何かが抜け出したような・・・。来てよかった

わ。また、案内を下さいね。」

 「良かったよ。上手く言葉では表現ができないけれど、良い演出

だね。次のイベントも楽しみだね。」

 「あ~、良かったなぁ~。ここの家って不思議やね。いつ来ても

やさしいし、ホッとする。それに、ええ刺激くれるわ。ホンマええ

とこ教えてもろたわ。」

 「アホか。お前らには似合わんライブやったな。アハハハ。」

 「え~。師匠。そんな・・・。」

 「わしは、音楽をやっとるさかい、ようわかるわ。」

 「えっ。師匠。尺八以外に何かやってはるんでっか?知らんかっ

たなぁ~。」

 「うん。俺も知らんな。」

 「アホ!その尺八やがな。尺八も立派な楽器やし、“音”の世界

やないか。あの静かな音色は今日のライブにもピッタリや。

 まっ、お前らにはわからんやろな。アハハハ。」

 「そんなことありまへん。俺んちは、和菓子職人の家です。和菓

子の世界も今日の静かで神秘的な“音”と“香”の世界と通ずるも

のがありますわ。」

 「そうですわ。俺の家は家具を製造していますから、その繊細さ

は同じとちゃいますか?師匠。」

 「うんうん。わかった。わかった。その通りや。せやけどお前ら

は芸人や、芸の道にも通ずるもんがあったやろ?もうちょっとここ

へ来て勉強しいや。」

 「はい。」


 アハ。この前の漫才コンビと師匠だね。来られていたんだ。そう

いえば、昨日、テレビで見かけた。復活再生したんだね。

 しかし、大きな声だね。周りに全部聞こえているよ。へへへ。


 「キャキャ。面白いね。ちょっとした漫才が聞けっちゃった。

滝くん。あの漫才師さんたちって、和菓子と家具の職人さんの息子

だったんだね。俺、今度詳しく聞いてみようと・・・。へへへ。」

 「アハ。ユミさんはそういうのにすぐ興味を持つんですね。だっ

たら、あの師匠も尺八のプロかもしれませんよ。同じ職人のような

ものでしょ。」

 「う~ん。師匠の尺八はセイに任せる・・・。」


 よくわからん。・・・でも、この“白い家”には、いろいろな人

たちが集まっているね。これも人徳?・・・じゃなかった。家徳?

かな。アハハハ。


 『何それ?そんな言葉はないでしょ。家徳なんて。でも、何だか

嬉しい私です。うふ。』


 「おい。滝くん。今度のクリスマスの演出でけど、手伝ってくれ

るよな?セイくんは演出は上手いけど体力が無いからね。勉強だと

思っていろいろ手伝ってね。」

 「あっ。はい。ユミさん。しっかり手伝わせていただきます。セ

イさん、よろしくお願いします。」

 「アハ。よろしくな。非力なんでね。アハハハ。」

 「あっ。ショウちゃんもよろしくね。」

 「は~い。ユミさん。了解です。」


 「お疲れ~、京香ちゃん。やっぱりいい声をしているね。この演

出でも十分に対応してくれてありがとう。」

 「いいえ。セイさん。すごく勉強になりました。“光”はあって

もこの“香”との共演は体験したことがないから、歌いながらこの

雰囲気に酔ってしまいました。良いコラボですね。」

 「うん。そりゃ良かった。今年のクリスマスはこのバージョンを

アップさせたものにしようと思うので、京香ちゃんも12月23日

は開けておいてね。よろしく。」

 「は~い。去年から、イブイブの日はズーっと開けています。

へへへ。」

 「お疲れ様でした。みなさん。」

 「あっ。順子さん。お疲れ様でした。しんどい裏方をありがとう

ございました。」

 「いいえ、楽しかったわ。今度のクリスマスも楽しみね。また、

ユミさんの力を貸してね。兄は口だけで動かないからね。あの身体

では・・・。」

 「はい。」


 「お~い。誰か~。厨房の片づけを手伝ってくれ~。」

 「は~い。俺、行きます。」

 「滝くん。よろしく。アハハハ。」

 「滝くんは、ニシさんのスピードに付いていけるのかな?メチャ

早いですからね。」

 「そうそう。マキちゃんは、手伝ったことがあるから返事をしな

かったのでしょう。滝くん可哀そう。うふ。」

 「エヘへ。」


 『あらまっ。そうなのですね。確かにニシさんの厨房内での動き

は、すごく早いし、結構“音”も静かですね。誰も付いていけない

でしょうね。ライブ中は“音”を出しては雰囲気を壊してしまうの

で、何も片づけてなかったのね。それに、何かを作ってしまうと臭

いもするから、“香”の演出にも悪影響が出そうだしね。ニシさん

は、やっぱり、気配りができる人ですね。

 このライブの演出には、裏方の人の努力や協力が必要で大変ね。

みんな表の方ばかり見ていて、裏方なんかに気が向かないですね。

私も考えていませんでした。美しいもの、感動するものを魅せるの

には、必ず、それを準備する人、サポートやバックアップの人たち

がいます。その人たちもみんな大切にしないとね。

 じゃ、今年のクリスマスを楽しみにしています。“音”と“香”

だけじゃなく様々な演出があるようなので、新しい世界を期待して

います。』

 『あっ。それから一言。人は何かあった時、もっとも好きな“音”

を聴き、“香”を効くと一番癒されるのではないでしょうか。それ

が、悲しいことでも、嬉しいことでもね。

 でも、中には食べることが癒しになっている人もいますね。

アハハハ。』

 

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