第12話 ミュージシャンとアーティスト

    ミュージシャンとアーティスト


 「ニシさん。先月の“お月見”の時だったのですが、あの時、奥

の和室から琴の音が聴こえてきたのですが、知っていましたか?」

 「えっ。何それ?うちに琴は無いよ。それに俺には聴こえなかっ

たな。ほとんど厨房に居たからね。滝くん、あの“お月見”はどう

だった?この家ではいろいろなイベントをやるけれど、あのパーテ

ィーというか、行事は一番静かで時間がゆっくりと進んでいるって

感じだったろう。俺はあの“お月見”が一番好きなんだよね。アハ。

もう年だからか・・・。

 でも、あんなに静かな時に琴の音ってあったのか・・・。いった

い誰が奏でていたんだろうな。」

 「ですよね。他にも音楽は掛けられていたのですが、その音を邪

魔することなく静かに聴こえてきましたよ。上手いのか俺にはわか

りませんが、あの“お月見”には合っていました。外に居たお客様

も一層静かになって、ゆったりとされていましたから、誰の演出か

なと思っていたのですが・・・。」

 「ふ~ん。そうなのか。俺は動き回っていたから聴こえてないな

ぁ~。確かに、今年の月見は去年以上に静かでいい雰囲気だなって

思っていたけど、そんなことがあったのか。」

 「ユミさんも知らないんですか?誰が奏でていたのか。」

 「知らん。だいたい、うちの従業員の中に琴を奏でるような趣味

の持ち主はいないよ。オーナーも含めて誰もいないね。それに、ニ

シさんが言っていたように、うちには琴は無いよ。俺が言っている

んだから確かだね。」

 「そうですよね。物に関してはユミさんが全て把握していますか

らね。」

 「ん?何の話をしているの?みんなで首をかしげて。」

 「あっ。マキさん。先月の“お月見”の時に聴こえてきた琴の音

の件ですよ。いったい誰が奏でていたのかなって。なんか不思議だ

し、ちょっと怖くなってきました。」

 「いや~。また、お化けの話か。やめてよね。」


 『うふ。いったい誰でしょうね。私もしっかりと聴きましたし、

いい雰囲気の演出で、私たちみんなもうっとりしていました。本当

にきれいでやさしい音色でしたね。何か平安京って感じでね。私た

ちの仲間にも古いモノたちがいますが、私以外はそこまで昔のモノ

はいませんから、平安時代はどんな音色だったのかはわかりません。

私も記憶にございませんね。

 でも、もうすぐ、それを仕掛けた本人が現れるようですよ。みな

さん、怒らないでね。うふふ。』


 「お化けじゃないですよ。やっぱり霊じゃないですか。いい“お

月見”だから、そっと参加しようなんてね。へへへ。」

 「滝くん。何それ。じゃ前に話をしていた石の夫婦が奏でていた

って言いたいわけ・・・。ん。そうかもね。アハハハ。」

 「そうかもよ。あの石の男女は昔のミュージシャンのような人で、

琴とか琵琶などを奏でていたかもね。あっ、琵琶ならうちにあるわ

よ。ギターもあるし、あのセイなら弾けるかもね。」

 「ユミさん。そうですよ。ひょっとしたら、あのセイさんがこっ

そり来て参加されたのかも・・・。」

 「ただいま~。」

 「おっ、お帰り、美羽。今日はちょっと早な。何かあったのか?」

 「いや、何も・・・。ちょっと和室に行って来る。」

 「ん?何か怪しい動きをしているね。」

 「だな。滝くんの言う通り、あの動きと目が泳いでいるところを

見ると怪しい。」

 「ニシさんまで何を言ってんのよ。美羽にあの琴は無理・・・。

でも、セイが何か指示をしていたら・・・。我娘ながら何をするか

わからんからね。あの2人は似た者同士で気も合うようだしね。」


 「ちょっと、出かけてくるね。母上。」

 「ちょい待ち!美羽。手に何を持っているんだ。見せなさい。・

・・コラ!見せろ。」

 「いや~。お父さんに叱られるから・・・あっ、言ってしまった。

 「ん?何それ。・・・CDじゃないのか?琴って書いてあるぞ。

これ、琴の演奏が録音されているんでしょ。セイとなんかやっただ

ろう。」

 「あ~。これでわかったね。犯人は、ミーちゃんとセイくんだな。

小悪魔ミーちゃん、白状しなさい。アハハハ。」

 「うっ。ニシさん。みんなわかっちゃったみたいね。ごめんなさ

い。でも、良かったでしょ。雰囲気が良くなったし、みんな、静か

でうっとりしていたよね。」

 「アホか!それなら前もってこの母に言っておきなさい。マキち

ゃんや滝くんは、お化けだの霊だのと言ってよくわからん盛り上が

りをしていたんだから。

ん?ところであの日セイが来ていたのか?今、どこに居るんだ?美

羽、お父さんに返しに行くのだろう?」

 「うん。今、部屋に居るよ。」

 「何~。あいつは・・・。」

 「お父さんが言っていたけど『俺って“お月見”という柄じゃな

いし、参加しても浮いちゃうからね。そっと“音”で参加するよ。

やっぱりアーティストは、こういうイベントには参加しておかない

とね。芸術家としては、芸術とも言える“お月見”の演出には必要

だよな。』だって。」

 「何それ。あのバカ。堂々と参加すりゃいいのに。何がアーティ

ストだ。芸術家だ。どっちも同じ意味じゃないか。まったく、よく

わからんヤツだな。だいたい、ミュージシャンとアーティストも一

緒でしょ。日本だけじゃないのか、その2つを区別しようとしてい

るのは。」


 「ちょっと待った!由美。それはちょい違うぞ。ミュージシャン

は基本的に音楽の世界を極めてその中で生きているが、アーティス

トは全ての演出を創造しているんだ。確かにアーティストとは芸術

家という意味になるけれど、日本語の世界では、その微妙な違いと

いうか、スタンスがあってだな・・・」

 「あ~、セイ!現れたな。美羽に何をやらせたんだ。バカ!私に

言わせれば、ミュージシャンもアーティストも同じだ。セイは音の

世界で生きているのだろ。

だったら、区別なんかせず全てを受け入れるようなスタンスという

か、立ち位置で活動をすりゃいいじゃないか。なんか、あんたは中

途半端なんだよね。物の方がよっぽどハッキリしているよ。」

 「まあまあ、おふたりとも。その辺にしておいて。

 セイくん久しぶりだね。変わらずワガママアーティストをやって

いるのか?ミーちゃんはやっぱり、セイくんの血をひいているよう

だな。アハハハ。」

 「あっ。久しぶりです、ニシさん。由美や美羽がお世話になって

います。ちょっとこの近くで歌手とのコラボがあるので、久しぶり

に来ました。みなさん元気そうでなによりです。」

 「うんうん。」

 「こんにちは、セイさん。」

 「こんにちは。」

 「やぁ~、マキちゃんに滝くん。おっ、ショウちゃんもいるじゃ

ないか。あの“灯パーティー”以来だね。あっ!オーナーは・・・

居る?」

 「オーナーなら奥の部屋に居るよ。何?」

 「エヘ。明日から2日間の予定で音楽コラボレーションする歌手

って、オーナーの姪っ子さんだよ。もう少ししたらここに来ると思

うけど。多分、久しぶりに会うんじゃないかなと思って。

 オーナーはどこにも行かないよね。」

 「うん。何か作っているから夜まで居ると思うよ。

 そっか、姪っ子の京香ちゃんが来るんだ。セイくんとコラボする

んだね。えっ、ここでは歌わないのか?去年はここで歌っていたよ

ね。」

 「2日間のステージが終わったらここで歌うよ。思いっきりね。

その話もあるから、オーナーが居るのかなと思ってね。」

 「そっか。オーナー、喜ぶぞう。」

 「うん。」


 ん?京香さんって、オーナーの姪っ子さんか・・・。歌手をやっ

ているんだね。2日間のステージって、結構人気があるんじゃない

のかな。多分、駅前のホールだろうね。ここでも歌うと言っていた

から、楽しみ。


 『なんか、話が違ってきたような気がしますね。でも、久しぶり

に京香ちゃんが来るのね。オーナーが一番可愛がっている姪っ子だ

から、さぞ嬉しいでしょうね。ん?じゃ、その母も来るのかな?オ

ーナーの妹で京香ちゃんの母親で美人です。ちょっと口が悪いけれ

ど、優しく思いやりのある人ですよ。いつもオーナーのことを心配

しています。2人だけの兄妹だからね。

 セイさんのアーティストとしての演出と京香ちゃんの美声とのコ

ラボレーションは楽しみです。このカフェでもやってくれそうね。

私たちみんなも楽しみにしています。

 あっ、そうそう。この際だから、オーナーの妹さんと京香ちゃん

を紹介しておきますね。妹さんは、順子と言って、テキスタイルの

仕事というか、趣味が高じて仕事になっています。

 そして、その娘の京香ちゃんは小さなころから歌が好きでそのま

ま歌手になっちゃいました。すこし、ハスキーボイスだけどいい声

ですよ。

 ただね、この2人はすごく仲が良いのですが、おしゃべりが好き

で、ズーっとしゃべっています。アハハハ。オーナーもちょっと疲

れると言っていました。

 じゃ後ほど、お会いできるのを楽しみにしています。』


 「いらっしゃいませ・・・。」

 「こんにちは~。お久しぶりです。」


 あっ。この人が京香さんなのかな。多分・・・。可愛い。後ろに

おられるのがお母さんですね。ワァ~おふたりはそっくりだね。ん

?どこか、オーナーに似ているね。やっぱり兄妹だからね。アハハ

ハ。


 「あっ。久しぶりです。京香ちゃん。順子さん。」

 「久しぶり~。マキちゃん。元気そうで、変わらず七変化してい

るのね。お母さん見て。この子がマキちゃんでファッションが楽し

いの。いろんな服を持っているし、センスがすごくいいの。」

 「初めまして。母の順子です・・・て、初めてじゃないわよね?

前に兄と一緒のところで会ったわね。」

 「はい。あの時は急いでいたので失礼しました。」

 「うん。今日のファッションもステキね。秋って感じかして、美

しい紅葉を見ているようよ。そんな服、どこで買ったの?」

 「アハ。ありがとうございます。でも、買っていません。自分で

造ったのです。どうです?秋を感じていただきました?」

 「うんうん。いいね。今度のステージの時には衣装をマキちゃん

にお願いしようかしらね。よろしくお願いします。」

 「はい!是非やらせてください。」

 「いいじゃない。マキちゃんだったら、私のイメージもわかって

いるだろうし、それに年齢も同じだしね。」

 「だね。今度京香ちゃんのステージ写真なんかを見せてね。」

 「うん。いいよ。」

 

 「お~い。何、入り口で盛り上がってんだ。奥へどうぞ。オーナ

ーが待っているよ。」

 「あっ。ニシさん、お久しぶりです。アラ、由美さんも久しぶり

~。」

 「順子さん、ステキですね~。俺もこんな風に年を重ねたいです。

 「まだ、若いつもりよ、由美さん。うふ。

あっ、そこに居るのは滝くんね。初めまして順子です。そして、こ

の子が京香です。兄からいろいろ聞いていますよ。よろしく。」

 「はい。滝です。よろしくお願いします。」


 えっ。オーナーからどんなふうに聞かれているんだろう。ちょっ

と気になる。でも、美しい母娘だね。後日、歌っていただけるんだ

ね。すごく楽しみ。


 「おっ。来たか。久しぶりだな、順子。それに、京香。」

 「はい。おじさん。久しぶり。1年ぶりだけど元気そうだね。ま

た、ここで歌っちゃうのでよろしく。」

 「久しぶり、兄さん。ちょっと痩せたんじゃないの?ちゃんとご

飯を食べているの?今日、美咲さんはいないのかな。何か作ってあ

げようか?普通の体じゃないんだから、十分に注意してよね。」

 「コラ。その話はここではしないこと。じゃ、奥へ行こうか。京

香にプレゼントがあるんだ。」

 「え~、ありがとう。」

 「えっ。私は無いの?兄さん。」


 奥の部屋へ行っちゃった。でも、オーナーは京香さんのプレゼン

トを用意していたということは、来るのを知っていたのかな。セイ

さん、どこが内緒なのかな?しかし、兄妹だね。良く似ておられる。

会話がどこか自然な感じがするね。

 ただ、さっき、順子さんが言っていたのは、オーナーの身体のこ

とかな?ちょっと気になる。


 『あ~、久しぶりに会えました。1年ぶりです。順子さん、京香

ちゃん、元気そうでなによりです。相変わらずお美しいおふたりで

すね。

 順子さんがちょっと心配していたけど、オーナーは普通の身体で

はありません。この“白い家”を造ることにもなったのも、大きな

病気を患ったのがきっかけです。その病気とは・・・・・

 あっ、それは内緒でした。言ったらオーナーから絶交されそう。

アハ、この声は誰にも聞こえないか。うふふ。

 じゃ、1年ぶりに京香ちゃんの歌声とセイさんの演出とギターで

良い夜が過ごせそうですね。私たちも楽しませていただきます。

 あっ、常連の方たちも来られたようです。始まり、始まり~~。

って、お芝居じゃなかったわね。失礼。京香ちゃんは本当にいい声

をしているので、皆様も是非お聴き下さい。

 それじゃ、また。・・・うふふ。』

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