第11話 月と太陽

        月と太陽


 「おはよう。」

 「あっ。ユミさん、おはよう。今日はメチャクチャ早いですね。

何かあるのですか?顔はスッピンですが・・・。」

 「いやん。ジーっと見つめないで、恥ずかしいから・・・なんて

思わないけどね。やっぱりスッピンは気持ちがいいね。太陽の光が

しっかり当たっているようで清々しい。なんか日に当たると元気が

出てくるね。エネルギーをもらっているような気がするよ・・・。

俺は、ウルトラマンか・・・。

 そそ。今日はね、今月のお月見の材料を手に入れるために久しぶ

りに田舎の方へ行こうと思ってね。」

 「田舎って、岐阜ですか?何を手に入れるのですか?先月“灯パ

ーティー”をやったばかりなのに、もう次のイベントがあるのです

か?」

 「そそ。“お月見パーティー”をね。先月の“灯パーティー”と

は主旨が全く違うから雰囲気もイメージも違うわよ。

 飛騨高山まで行ってみようと思っている。ショウちゃんを連れて

ね。

 あの子は、都会育ちだからそういう田舎をブラブラするのもいい

だろうからね。目的は、ススキと萩を手に入れることよ。それに美

味しそうなお米もね。お月見には、ススキと萩、そしてお団子が定

番でしょ。来週が“中秋の名月”だから、今から全てを準備してお

くのよ。

 滝くん、従業員の人数が少なくなるけれどカフェをよろしく。お

土産も買ってくるから・・・。」

 「は~い。行ってらっしゃい。」


 お土産は多分、小物だろうね。ユミさんは物に対しては普通じゃ

ないし、久しぶりの地方だから団子より物だね。あっ、月より団子

・・・より小物ってことだな。あの性格じゃあまり期待はできない

ね。

 でも、お月見かぁ~・・・。そんなのやったことない。どうやる

のかもわからないけれど、面白そう。


 「あっ。ユミさんとショウさんは出かけたのね。良い材料が見つ

かればいいけど。まだ暑いし、ススキは結構山の上の方でもう少し

寒くならないと手に入らないでしょ。私だったら奈良にいくけど。

・・・。」

 「おはよう、マキさん。奈良へ行くんですか?そこの方がススキ

を手に入れやすいんですか?」

 「うん。そうだと思うけどね。奈良って山が多くてちょっと寒い

でしょ。それに、平城京ってさ、なんかススキが似合いそうなイメ

ージでしょ。へへへ。」

 「うっ・・・。」

 

 なんだ。根拠がないじゃないか。イメージだね。へへへ。でも確

かに奈良ってススキが沢山ありそう。


 「ね、滝くん。お月見って知っている?何のためにやるのかわか

っている?」

 「アハ。全く知りません。経験もない。」

 「だよね。私もここに来るまで全然知らなかったの。でも、体験

してよくわかったのよね。大切な行事だなってね。オーナーも大切

にしているらしいよ。全員参加のことって言っていたよ。」

 「へぇ~、そんなに大切にしているんだ。どんな意味があるので

すか?」

 「えっとね。1つは豊作への願いと感謝でしょ。2つ目が月への

願いと感謝ね。月への思いとはね、昔の収穫の時は手作業だったか

ら暗くなるまでやっていたの。だけど月の明かりで何とか作業が出

来たって。だからお月様にそのお礼と例年もまたよろしくってこと

かな。3つ目は、これは今でも同じだけど“月を愛でる”という日

本人特有の習慣ね。1年の中でこの時期の月が一番美しいからね。

狼男は参加できないけどね。アハハハ。」


 アハ。最後にオチを付けっちゃった。どこかのだれかに似ている

ね。


 「そうか。奥が深いですね。でも、オーナーは何でそんなに大切

にしているのかな。」

 「それはな。」

 「あっ。ニシさん、おはようございます。」

 「おはよう、滝くん、マキちゃん。さっきのオーナーのことだけ

ど、俺から聞いたって言わないでね。・・・でもこのことは俺しか

知らないか・・・。へへへ。」

 「はい。・・・」

 「実はね。とっても悲しいことがあって、この時期を大切にして

いるのだよ。

 それはね。オーナーの母上、お母さまが10月の初めにお亡くな

りになられたそうなんだ。その時の月がとっても美しく、まるで、

お母さまが優しく見つめているように思えたらしい。それ以来、オ

ーナーはこの時期になるとお月見をしておられるんだろうね。まっ、

それだけじゃないけどね・・・。

“月を愛でる”とはそこにいろんな人の思いがあるってことだ。」

 「あ~ん。」

 「アラ、マキちゃん、泣いちゃった。」

 「だって、オーナーはお母さんを大切にされていたのでしょう。

そう思うと涙がでてきちゃった。」

 「マキちゃん。それはちょっと違うな。オーナーはお母さまに対

して、あまり大切にというか、親孝行をしていなかったようで、今

でもそれを後悔しているって言っていたよ。

 でも、いつでもやさしい人だったってね。」

 「そっか。オーナーは魔術師かと思っていましたが、すごく人間

味がある人ですね。俺、オーナーのことがまた少しわかったような

気がします。

 あっ、魔術師が人間じゃないということではないですよ。」

 「私も。」

 「それに、オーナーはこんなことも言っていたね。

 月の明かりは、自ら発していない。太陽の光を反射して地球を照

らしている。だから月の明かりは太陽が無くては存在しない。月と

太陽は地球にとっては切り離せない間柄なんだ。それは地球に住む

ものたちにとっては非常に大切なことであり、その月と地球も互い

に結ばれているんだ。やっぱり月と太陽のように離れられない存在

なんだ。

 “月を愛でる”は太陽を愛でることと同じで、自然の恵みに感謝

をしないとね。と言っていたね。」

 「そうですね。俺たちは自然からの恵み、自然の力によって生か

されているんであって人間のわがままでその自然の営みを無視して

は良くないですよね。俺たちの“生”は全て自然からいただいたも

のだから。

 お月見ってそう考えると深いですね。自然に感謝する気持ちでや

らないとね。」

 「滝くん。いいこと言うね。」

 「滝くんが“太陽”だとすれば、どこかに照らすべき“月”がい

るから頑張って見つけなきゃ。そう“月”は女性かなって思ってい

るよ、俺はね。“太陽”次第で明るさも変わるし、変えてあげない

とね。どちらも“太陽”だと眩しいし、暑いよな。アハハハ。

 まっ、女性が“太陽”男性が“月”っていうのも有りか・・・。

 じゃ、地球はだれだ?アハ。」

 「なにそれ。ニシさんはいいことを言うんだけれど、最後によく

わからないオチをつける癖があるから真剣に聞けないよ・・・。」

 「マキちゃん、ごめんね。ところでマキちゃんは“太陽”か?そ

れとも“月”かな?」

 「私は、“銀河”です。アハハハ。」


 マキさんもオチ付けているような気がするけど。・・・ちょっと

意味が気になるな。


 「よし!じゃ来週のお月見のための準備を始めようか。・・・ま

ず、“三方”を出して組み立てと手入れをしないとね。滝くん、奥

の和室へ行って、畳床の下から“三方”を出して来て。全部お願い

ね。」

 えっ、・・・“三方”って何ですか?」

 「え~っ。滝くんは“三方”も知らないの。まっ、使うことは無

いからね。知らない人も多いかもね。」

 「アハ。マキさん、“三方”ってなんですか?」

 「“三方”っていうのはね、神前にお供え物をするときに乗せる

台のことで、杉や桧でできているのが一般的ね。お月見の時は、和

紙を敷いてその上にお団子をピラミッド状に乗せるのよ。そのお団

子も地域によっては里芋を使う所もあるらしいし、お団子の形も俵

型や里芋型などもあるらしいよ。

 そして、そのそばにススキと萩が置かれているのよ。ちなみに萩

は、神様のお箸という意味があって、それを使って神様がお団子を

食されるとのことです。これは、ユミさんから聞いた話でした。

アハ。」

 「そうなんですか。“三方”ってよく見かけていましたけれど、

名前を知らなかったです。じゃ、取りに行ってきます。」

 

 あ~やっぱりこの和室はいいなぁ~。ここに座ってお月見したら

いいよね。

 あっ。床の間にあった香炉が変わっている。・・・

前に見た時は、有田焼の柔らかな線の白の香炉だったけど、これは、

黄色の細かな模様が入った三日月型の香炉です。

 あ~ぁ、九谷焼だね。綺麗。

 この和室も今回は使うんだね。

 ニシさんが、確か畳の下に収納しているって言っていたよな。こ

の下かな。・・・あっ、箱がある。中には“三方”を上下に分けて

収納されている。この収納って便利だね。え~、“三方”を全部使

うのかな。・・・15セットもある。あっ、大きいのが1セットあ

る。他のものの3倍以上はあるみたい。

 あ~そうか。カフェから見える大きな広縁にこの大きな“三方”

を飾るんだ。見応えありそう。


 「お~い。滝くん。多分持ちきれないだろうから、手伝いに来た

よ。でも、意外に軽いから楽でしょ。」

 「はい。メチャ軽いですね。それに組み立てるといっても下の台

に上の器を置くだけじゃないですか。ホコリが入らないような収納

をされていたから拭かなくてもそのまま使えそうだし。」

 「ダメよ!滝くん。それじゃ、気持ちが入らないじゃないの。し

っかり感謝をしながら丁寧に扱わないと。」

 「はい。」


 マキさんも意外と心が綺麗だね。普段は口が悪いのに、こういう

時ってやさしくなれるんだね。


 「おっ。出して来たか。じゃ、きれいに、丁寧に拭いてね。来週

にはお団子を飾るからね。」


 『今回は、私の出番はないと思っていましたが、一言だけ言わせ

てください。この“三方”も再利用のものです。神社で使われなく

なったものをオーナーがいただいてきたものです。だから、少し傷

んだとこともありますが十分に使用ができます。彼女たち“三方”

も大変喜んでいます。

 じゃ、私も、お月見を一緒にさせていただきます。うふ。』


 「よし。団子が出来上がったぞ。今夜の月見のために美しく飾っ

てね。」

 「は~い。店長。でも、この団子、すごく可愛いですね。それに

何で黄色の団子があるんですか?」

 「あっ。その黄色の団子は最後に一番上に置くんだよ。一般的に

は白い団子だけっていうのが多いけれど、一番上だけはお月様に似

せた色の団子を飾るんだ。これをやっている地域もあるらしいね。

オーナーが言っていたよ。」

 「なんか、高級感がありますね。」

 「うんうん。滝くんもわかっているね。それに可愛いだろう。」

 「お~い。このススキと萩も一緒に飾ってね。全ての“三方”の

横に飾るんだよ。長すぎたら適当に切って調整してね。」

 「はい。ユミさん。でもよくススキがありましたね。」

 「うん。あの日はなかなか見つけられなかったけど、俺の実家の

連中が探して、送ってくれたんだよね。たすかったわ。」

 「そうそう。ユミさんの実家って、すごく大きく広いのよ。私、

びっくりしちゃった。かなり古い家のようだったね。この“白い家”

の材の一部もそこから来ていたりしてね。

それで、私の分もって、私の実家にもススキを送っていただきまし

た。ありがとう。」

 「アハ。喜んでいただけたら幸いです、ショウちゃん。確かに俺

の実家の材の一部だけどここに持ってきているわよ。よくわかった

ね。」

 「いえ。なんかユミさんはここが居心地良さそうに思えてので・

・・。」

 「アハ・・・。」


 あっ。やっぱり、あの一番大きい“三方”は広縁に飾ったんだ。

そういえば、あの縁側や他の回廊も全て東南方向を向いているね。

・・・

あっ、そうか。この時期の月は東南方向に見えるんだ。それが最も

美しいんだよね。だとしたら、すごく考えられている空間だね。ま

た1つ勉強になりました。


 『うふ。滝くん、気付きましたね。いい洞察力というのか、感性

が良いですね。少し前にニシさんが言っていたように、オーナーの

お母様が美しい月の季節にお亡くなりになられたこともあり、オー

ナーはとても月が好きになられたそうです。

 それに、朝、太陽の光が東から入った時も、庭の石や木、苔たち

が生き生きと見えますし、日中はいつもこの庭に光が差し込んでい

ます。東から西へと太陽が移動すると庭の風景も少しずつ変化して

行くので、いつ見ても新しさがあります。それで、この家の向きは

東南を意識したものになっています。

 オーナーの感性ですね。私も昼間の“太陽”の暖かな光と夜の

“月”の優しい光で心が癒されています。』


 「いらっしゃいませ。」

 「今夜は、外の回廊にお団子を飾っていますので、ご自由に外に

出てお月見をしてください。今夜も運良く美しい月を観ることがで

きますよ。

 あっ。足元にご注意くださいね。

 それから、飾っているお団子とは別に、食べていただける小さな

団子をご用意しておりますので、お酒やお茶などとご一緒にお召し

上がりください。」


 マキさん、着物姿で艶やかですね。その着物って十二単風じゃな

いのかな。アハ、扇を持って、平安貴族の女性になりきっているよ

うだ。お客様を案内する声も、どこか、淑やかで平安風。ん?平安

風の声ってどんなんだろう。へへへ。


 「ワァ~マキちゃん。綺麗ね。可愛い。」


 あっ。あのニューハーフさんたちも来られている。やっぱり、マ

キさんの和装に興味津々だ。ん?音楽もなにか雅な感じで、先月の

“灯パ-ティー”とはまた違った雰囲気だね。

 みなさんは、お団子の飾りの前で座って、ゆったり、まったりさ

れている。誰1人バカ騒ぎをする人はいないようだね。


 「あ~ぁ。このお団子、すごく美味しいね。お母さん、これ食べ

てみて。」

 「あっ。ほんと、美味しいね。じゃ、こっちのお団子も食べてみ

ようかしら。ナオちゃんはどれがいい?」

 「へぇ~。真っ白な団子や黄色、茶色に緑色のものもあって可愛

い。小さくていくらでも食べちゃいそう。へへへ。」

 「どうですか?甘い団子やちょっとピリ辛のものもありますから、

飽きないで食べていただけると思います。」

 「ありがとう。この前のパーティーとは、また違った雰囲気でい

いですね。それに“音”もすごくいいです。

 あっ。その着物は十二単ですよね。美しい。」

 「アハ。ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ。」


 あ~。あの母娘の方も来られているんだね。元気そうでよかった。

それにしても、あのお母さんは良く食べられるね。いくつ食べてい

るのかなぁ~。

 アレ?今の娘さんが言っていたけれど、この“音”はどこから聴

こえてくるのだろう。

 ん?向こうの和室からだ。琴の音だね。誰が奏でているのかな。


 「滝くん。あの琴の音って、いいよね。」

 「ですね。マキさんの衣装もすごくいいですよ。さっき、ニュー

ハーフさんたちも注目していましたよ。その十二単にあの琴の音が

よく似合っていますね。」

 「アハ。だよね。だれが奏でているのかしら。去年はなかったの

に。」

 「でも、スタッフはみんなここに居ますよ。オーナーも広縁に座

っているし、いったい誰が奏でているんでしょうね。」

 「あっ!この家に琴なんてなかったよ。確か一度大掃除をした時

もどこにもなかったような気がするけど・・・。」

 「ええ~。」


 『アラ。誰かしら。あの琴の音は誰が奏でているのでしょうか。

でも、いい雰囲気ですね。あまり深く詮索しない方がいいと思いま

すが・・・。うふふ。』

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