第3話 子供と大人

            子供と大人


 「いらっしゃいませ。どうぞ。」


 ここで働くようになって早一週間になる。大きな出来事も無く、

失敗も無く、無難にやれたかな。店長のニシさんも言っていたけれ

ど一週間もやれば大体のことはわかってくるって・・・。確かに仕

事の流れや店内の雰囲気は掴めた気がする。

 どこかで聞いたことがあるけど、3日、3か月、3年という言葉

だけが頭に残っている。就職して3日で雰囲気がわかり、3か月で

慣れて3年でベテランってことかな?それともこの時期に現状の自

分を再確認すること。会社や職を変えてしまうということなのかな。

よくわからないけれど、何となくそういう時期が来るのだろうな。

今はアルバイトだから気楽なものだね。アハ。

 そろそろ庭の桜も咲き始めるころだけど、まだしっかりと庭を見

学していないし、これから暖かくなるとお客様も増えそうだから、

今のうちに観ておこう。学校も始まったらフルタイムで働けなくな

るし、じっくり観るのも難しくなりそう。


 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 「スープモーニングセットを2つお願いします。コーヒーでね。」

 「はい。かしこまりました。スープモーニングセット2つですね。

お飲み物はコーヒー2つですね。しばらくお待ちください。」


 あ、久しぶりに庭を見たような気がする。慣れてくると周りがよ

く見えてくるっていうけれど、ほんとうだ。やっぱり向こうの庭も

気になるから今日の休憩時間にちょっと探索してみよう。


 「おい!何ボーっとしているのよ。春だから頭も春か。アハハハ。


 うっ。マキさん、相変わらず口が悪い。美人なんだからもう少し

おしとやかにしたら良いのに。あっ、ちょっと古い表現かな。


 「いや。庭がね。・・・」

 「ん?庭かぁ~。少しずつ春になって来たね。この庭を観ている

と季節感もわかるし、外の空気を感じるね。

 そう言えば、滝くんはこの庭を全部観ていなかったのか。結構面

白いよ。特に滝くんのようにクリエーターを目指している人なら、

是非観ておくべきだね。私も付き合うから後で見学をしようよ。」

 「えっ。一緒に観るんですか?」

 

 ひとりの方が良いですが・・・


 「何?いやなの?しっかり説明をしてあげようと思っているのに。

 「あっ。ありがとうです。」


 まっ。いいか。マキさんの視点から何が見えるか興味あるしね。


 『滝くん、もう一週間が経ったのね。少し慣れたようだけれど、

油断しちゃだめよ。ここはいろんなコトやモノそして、ヒトが現れ

るから、注意深く見ていてね。あ~、お庭を観るのね。少しの時間

では多分理解できないだろうけれどね。それにマキちゃんの案内で

は余計にわからなくなってしまうかも。他にも何か悪い予感がしま

す。

 あら、小悪魔が来ちゃったような・・・では私は、これで失礼し

ます。うふふ。』


 「ニシさん、こんにちわ~。じゃなかったおはよう~。」

 「おぉミー子久しぶりだな。オネショは治ったか?アハ。元気な

ようだな。」

 「フン。」

 「コラ!美羽。何しに来た。邪魔するな。」

 「ん?あっ。ユミちゃん。頑張って働いているんだ。ご苦労様で

す。」

 「おい、おい。俺はあんたの母だぞ。母と呼べ!」


 『やっぱり我慢ができません。ちょっとこのガキ、じゃなかった、

女の子を紹介しますね。前に言っておりました2人のうちのひとり

です。ユミさんこと野村由美さんの6歳になる子供です。この春か

ら小学生となります。可愛いけれど、頭が良く大人っぽいところが

あって、みんなには小悪魔ミー子って呼ばれています。本当の名は、

野村美羽ですが・・・。猫のようにスバシッコイところもあって、

この名が付けられたのです。本人は気にしてはいないようですが・

・・。

 ん?あと2人連れていますね。お友達かな?何か、手下のような

気がします。アハハハ。じゃまたね。』


 「まっ。いいじゃん母。仕事場では単なる知り合いということの

方が良い時もあるし。へへへ。おい!おまえたちも挨拶をして。」

 「おはようございます、カナです。」

 「おはようございます、サスケです。」

 「はい。おはよう。母の由美です。ん?サスケくんって忍者の末

裔?代々その名を受け継いでいたりして。へへへ。でもカッコイイ

し、将来はどこかのスパイになるとか。アハハハ。」

 「はい!代々この名前です。」

 「・・・・・。」

 「コラ!母!サスケをいじるな!すぐに泣いちゃうから・・・」

 「アラ。ゴメン、ゴメン。」

 「あっ。この人が滝くんなの?いい男だね~。」

 「ん?おはよう。美羽ちゃん。滝です。よろしく。」

 「ミーでいいよ。みんなと一緒でね。」


 まっ。いずれそう呼ばせてもらうことになるけれど、初対面では

子供に対しても礼儀ってものもあるしね。

 それより、庭を観に行こう。


 「ふ~。やっぱりこの庭は良いね。ホッとするというのか見惚れ

てしまう。ズーっとここに居たい気分になってしまう。へぇ~向こ

うにも家が繋がっていて庭もつづいているんだね。あぁ回廊になっ

ていて、この部屋からそのまま歩けるのか。ちょっと和風って感じ

だな・・・でも違うような・・・」

 「そそ。和風っぽく見えるけれど、よく見ると洋風な所もあるし、

クラシックな所もあるんだよ。」

 「うん。確かに。様々な要素が入っているけれど、しっかりコー

ディネートされていてバランスがすごく良いですね。

 それに、軒との一体感というか、軒の出方と長さに対しての廊下

の幅が同じくらいで安定感があって、落ち着いた雰囲気になってい

る。実際の寸法を測らないとわからないけれど、美しい。」


 マキさんが指さした方を見ると、手摺が無く所々に柱があるだけ

で非常にシンプルに造られている。全体が見通せて気持ちが良い。

 そして、一部に造られたデッキも先に行くほどに下がっているよ

うだけど、目線を上げるとそれがわからなくなる。目の錯覚を補正

しているようだね。それに、雨が降っても庭へと水が流れて溜まら

ないので乾きやすい。ん?もしかして、このデッキなのか広縁なの

かわからないが、寸法は、黄金比でできているのではないかな。

 黄金比とは、1対1.618の寸法バランスが基本になっている

もので、人の目から見ると最もバランスの良い比率だと言われてい

る。これも、しっかり採寸をしないけれど、見ているとすごく落ち

着く。

 面白い!もっとゆっくりと観たい。


 「ほら、そこにじっとしていると、向こうの庭が観られなくなる

よ。やっぱり、滝くんには時間が全然足らないね。うふ。」

 「あっ。ごめんなさい。つい見惚れてしまいました。でも、細か

い所まで気配りがされていて、考えられた空間ですね。」

 「そうね。私、最初はわからなかったの。でも、滝くんは流石ね。

建築家を目指しているだけに、洞察力があって観るところが違うね。

オーナーはね、元は空間デザイナーであり、プランナーでもあった

らしいよ。だから、空間に対しても結構拘りがあるみたいね。」

 「へぇ~、そうなんだ。俺の先輩ってとこですね。ん?空間に対

してもってマキさん言いましたよね。ということは、他にも何か拘

りがあるんですか?」

 「よくわからないけれど小物たちや絵画、庭園などにも造詣が深

くて、食の世界も大好きだって聞いたわよ。」

 「そうか。マルチクリエーターってことですね。」

 「いや。本人は一デザイナーだって言ってたよ。」

 「うむ~・・・」

 「へぇ~、滝くんは建築家なんだ。カッコイイね。」

 「ありがとう。でも、まだ勉強中なんで・・・」


 って。何で美羽ちゃん居るの?他のガキ、じゃなかった。お子様

も居るし・・・。


 「私も興味があるから時々観ているよ。ここの庭や家を観ている

と子供ながら落ち着くのよね。へへへ。」

 「アハ。・・・」


 わかるのかい!他のガキたちはキョロキョロしているだけじゃな

いか。美羽ちゃんは本当は大人だったりして・・・。


 『滝くん。ミーちゃんは人一倍感性が良いかもね。言葉ではまだ

表現できないようだけれど、雰囲気を即座に感じ取るようです。で

も、滝くんもなかなかいい洞察力を持っているわね。この空間のこ

と、小物たちのことなどまだまだ知らないことが沢山あると思いま

すがじっくり観てね。

 どうやら、子供たちを相手にしていたら向こうの庭や建物までは

見学できないようです。またの機会に。』


 「あぁ~、時間が無くなっちゃった。みんな中に入ろう。」

 「は~い。」

 「おぉ。久しぶり、小悪魔ミーちゃん。今日は子分でも連れて来

たのか?アハハハ。」

 「うっ。アキね~ちゃん、こんにちは。何でここに居るの?」

 「ちょっとオヤジに呼ばれてね。ん?横に居るのは滝さんですか?

アハ~カッコイイ~かな?こんにちは。」

 「あっ。こんにちは。あの~どちら様ですか?」

 「アハ。私、ニシの娘です。晶子です。よろしく。」

 

 『出ました!アキちゃん。この子はニシさんの娘で高校2年生。

この春から3年生です。まぁ~年齢的には子供ようでもあるし、大

人に近いようでもあるけれど、親よりはしっかりしています。口の

悪さはマキちゃん並ってとこかしら。うふ。このふたりは結構気が

合っているようですよ。』


 「あ~、店長の・・・よろしくです。」

 「アキね~ちゃん。何かニシさんとあったの?ヤバイことでもし

ちゃった?」

 「そそ。アキちゃん久しぶりだし、どうしているかなぁって思っ

ていた。」

 「ミーちゃん、マキさん、ありがとう。まっ、たいしたことじゃ

ないと思うけれど、あの人のことだからちょっと大げさに考えるか

らね。子供っぽいというのか、大人気ないところがあって疲れちゃ

うのよ。アハハハ。」

 

 うんうん。確かにニシさんは声が大きいわりに何かにつけても気

にするタイプのようだしね。・・・どちらが大人で、どっちが子供

なのか、ミーちゃんやアキちゃんを見ているとわからなくなるが・

・・あ~、だめだ。つい深入りしそうな気がする。

 関わってはダメ!滝。


 「おー来たか。我が娘。ちょっとこっちへ来てみ。ちょっと。」

 「何なの。オヤジ。今日は久しぶりの全休状態だったのに、何?

私何かやった?」

 「ちゃうちゃう。いいからこっちへ。」

 「これちょっと味見してみて。」

 「ん?」

 「どうかな?新メニューなんだけど。美味しい?どう?」

 「うるさい!ちょっと待って・・・またこれで呼び出したのか。

 「そそ。最終チェックはオーナーの友人シェフだけど、その前に

おまえの意見を聞いてからと思ってね。なな、どうなんよ?美味し

い?」


 『あぁ~。ニシさん、また、娘に頼っているのね。子供に味見を

させるのってどうかしら。でも、このアキちゃんは食オタクですご

く良い味覚を持っているらしいの。オーナーの友人シェフが驚いて

自分のお店にスカウトしていたくらいですから。とにかく食べるこ

とも作ることも好きで、高校のクラブでは食道楽倶楽部っていうの

を創って部長をやっているのです。

 またここにもオタクが居ましたね。子供ながら味覚は大人並、い

やそれ以上かもわかりません。子供の方が味に敏感なのでしょうか。

わかりません。』


 「ん?美味しいなどと一言でいうものではありません。しっかり

と味わって、どのように美味しいかを説明できなければ何の意味も

ありません。要するに・・・」

 「うんうん。わかったから、どうなんだよ?」

 「うん。いいだしが出ているし、全体にまろやかで優しい味だね。

カツオと昆布以外に何を入れたの?って、これでいいのか?」

 「えっ。何が?」

 「ここのカフェって白が基本でしょ。このスープは黒いでしょ。

少し茶色が入っているけどね。何でこの色なのよ?これは確実にシ

ェフが却下するよ。」

 「いいのこれで。美しい黒、おいしい黒。白を生かすってね。ア

ハハハ。」

 「アハハハじゃないよ。訳わからん。オヤジはいつもそうなんだ

から。・・・作り方は聞きたくない。想像がつくしね。

まっ、シェフの意見を聞いてみたら。・・・」


 うむ。何という親娘。どっちが大人なのかわからない。まっ、子

供と大人の境目ってはっきりしないとは思うのだけれどね。

 でも、確かに白いカフェは白色が基本だと思っていたが、黒いス

ープってどうなんだろう?ニシさんが言っていることはさっぱりわ

からないし、何か作り方にポイントがあるのか、それとも盛り付け

方に何かあるのかもね。メニューとして完成したら確認してみよう。


 「ん?旨いね、アキちゃん。ニシさん美味しいよ。」

 「またまた。マキさんは味がわかるの?・・・あっ。美味しいね。

何で黒なのかわからないけど。」

 

 ミーちゃんも美味しそうに飲んでいるけれど・・・ん?手下のガ

キたちも美味しそうに飲んでいる。いつの間に参加しているんだ、

こいつらは。

 でも、何という子供と大人の会話だ。お客様にこの黒の理由を問

われたらどうしよう。

 そうだ!6歳の女の子が美味しいって言っていましたと答えてお

こう。へへへ。


 『何それ?滝くん。もっと真面目に考えなさい。

親子っていうのは、外から見ると何かと変なところもあるのですね。

私の親は・・・あっそれはまたの機会に・・・。

 親と子、それは一見してはわからないけれどどこかでしっかりと

繋がっているのです。絆は確かにあると思います。正しい親子関係

というのはわかりませんが、お互いに自然体になれる存在なのでは

ないでしょうか。私はそう思います。

 この“白い家”も自然体が最も大切であると思っています。』

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