第12話 触手と慣習

水槽の中をゆーまがくるくる回っている。

身体の側面を板状にして回っているから、風車を連想するのが正しい。

「目というかなんか回らないか?」

尋ねると向きを変えてまわりはじめた。

たぶん、大丈夫なのだろう。

眺めているとそのまま、一日が終わりそうだ。

水槽から離れて、パソコンの前に座る。

目的は黒服からもらった資料だった。

風呂でのぼせたとき、ゆーまはずっと、私の膝の上にくっついていた。

遊ぶつもりで左右に揺らしていたが、実は遊びではなかったのでは、と思ったのだ。

「女性は大きな円盤型で男性は女性に吸着して過ごす……」

目に留まった一文を読み上げる。

ゆーまたちの種にとって、女性は大地なのだな、と理解する。

読み進めていくと、文章は恋愛についてに変わった。

意中の女性の身体に吸着して、振り落とされなければカップルとして成立するのだという。

だから、あのお風呂でくっついていたのは、彼らの告白の方法であり、私はそれに知らない間に応じてしまったのだ。

心臓が早鐘のように鳴っているのがわかる。

人間流のやり方であるキスに応じてくれたのだから、状況を考えると成立はしているわけだ。

確証がないだけで。

頭を再び抱えると、頬に何かが触れた。

目を開けると触手を伸ばしたゆーまがいた。

「あのだな。人間とは実に不便な生き物でな。言葉で確証を得られないと、その、安心できないんだ」

ゆーまは身体の向きを変えて、触手をキーボードの上に伸ばした。

私はマウスで資料を閉じて、テキストエディタを起動させる。

『   』

最初にゆーまが打ち込んだのはスペースだ。

間の表現だろうか。

『ぼく は あなた が すき』

ストレートな表現に心臓が止まりそうになった。

「私も好きだ」

自分でもわかるぐらいに声が震えている。

『うれしい』

ディスプレイの文字が涙のせいでよく見えない。

うれし泣きなんて何年振りだろう?

『かなしいの』

「違う。うれしいときでも人間は、泣くんだ」

『よかった あき が かなしい と ぼく も かなしい』

そんなことを書かれたらもっと、読めなくなるじゃないか。

私はそう思いながら彼を掬い取るように手のひらに乗せて、その小さな身体に頬をよせた。

「一緒にいよう」

手のひらの中でゆーまは身体を小さく、でも、確かに動かした。

肯定の動きだった。

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抱きからめとるは柔らかな腕 姫宮フィーネ @Fine_HIMEMIYA

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