第6話 触手と私

朝起きて鏡で自分の顔を確認して安心した。

涙で腫らしているのではないか、と少々、不安だったのだ。

嬉し泣きであっても、腫れるときは腫れる。

あの場で嬉し泣きをしてししまったのは、感情的になりすぎたと思う。

仕事はちょうど、繁忙期とでもいうべき時期に突入し、彼氏とも距離が開いてしまった。

会っても仕事の愚痴ばかりで振られてしまった。

辛いときに支えて欲しかった。

それが正直な思いだが、彼氏には重すぎたようだ。

彼もまた、支えて欲しいときがあったはずなのだが、私はそれを察することができなかった。

ただ、自分でやるしかないと思うようにしたら、仕事とまともに向き合えるようになり、生活がまわるようになってきた。

まわるようになってきただけで、まだ、スムーズに、とはいかない。

残業はそれなりにあるから生活の時間は不規則だ。

まだ、朝早くに出なければならない状況になっていないのが救いだ。

そんな生活を送る私のもとに彼が来たのだ。

彼がいるというのは、私の生活に少しずつ、だが、確実に影響を与えていた。

残業時間を減らすように日中は行動し、帰宅するときも彼の食事をどうするか、なんてことを考えている。

「人間の彼氏であったのなら、どうだろうな」

言ってから肩をすくめる。

まだ、引きずっているのがよくわかる言葉だ。

水槽を覗きこむと、ゆーまは不安そうに体をひねっていた。

「生きていればいろいろあるのだよ」

ゆっくりとゆーまは体を縦に振った。

頷きの動作だ。

緩慢なのはなんとなくわかった、だろうか。

「まぁ、何とかするとも」

喋り相手がいるとどうも口数が多くなる。

それも、良くない方向に、だ。

私は苦笑してから、

「食事にするか」

ゆーまは体を縦に起こして、触手を揺らした。

まったく、派手に喜ぶかわいいやつだ。

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