　「ヒョヒョ。嘘だ。真田（さなだ）も晴信（はるのぶ）もアチキの救援要請に応じない。こうしてる間にも、甘利（あまり）殿を討った隊がこっちへ迫っきている。」

　板垣（いたがき）はあせっていた。自分が絶体絶命だというのに、誰も自分を助ける者がいないからだ。

　板垣は焦ってドロドロに汚い汗をかきながら「板垣軍、うしろに後退だの！！」と言って自分の軍を後ろへさげさせようするのであった。板垣の軍勢は後ろの真田幸隆（さなだゆきたか）の陣地までざかっていったが、これを、あの性格の悪い幸隆が許すはずはなかった。

　幸隆は自分の兵たちに「板垣に弓矢をおみまいしてやれ。俺がテメェに土下座した以上の絶望を味あわせてやる」と号令をかけたのだった。矢の雨アラレが次から次に板垣軍に降り注ぐ。

　板垣は慌ててふためき、発狂しながら「アチキは味方だ、やめろ！！」と騒ぎたてた。板垣から、すぐそこにある真田の陣地から腹を抱えて笑う幸隆が見えたことは言うまでもない。

　「板垣様。甘利殿を討った隊が、こっちへ迫ってきます。」

　その伝令を聞いた板垣は「くたばってたまるか！！」と人格が変わったかと思われるほど熱のこもった大声をだし、馬にまたがり戦場の脱走しようとした。

　しかし、村上軍先鋒、矢沢頼綱（やざわよりつな）の視界には板垣信方（いたがきのぶかた）が完全に捕捉されていた。頼綱は自身がまたがる馬の尻を叩き、加速させ板垣へ迫る。頼綱は「将のくせに、逃げるなクソが！！」と鬼神の迫力で大声を放ち、槍で板垣の脳天を貫いた。ここで板垣信方は討ち死にした。

「武田軍退却！！」

　板垣の死と、ほぼ同時に銅鑼の音がなり、武田軍の撤退が宣言された。

　板垣を討った。矢沢頼綱の眼の前には、憎き兄である真田幸隆の陣が広がっていた。その陣は、またたくまに解かれ、兵たちがざかっていくのが見えた。その大勢の兵の中から、アッカンベーをしながら中指をたてる人影がみえた。頼綱はすぐに、その者こそ、兄である真田幸隆だとわかるのだった。

　矢沢頼綱は自身の軍からはみ出し単騎で板垣の首をとった。それがゆえに、現在、草原の上でポツンと騎馬している状態になっていた。一人で軍に突っ込むことは無謀で自殺行為。近くにいるのに、憎き兄を討ち取れない。その悔しさから頼綱は「畜生！！武士の恥め！！」と叫ぶと兄の軍に自身の槍を投げ飛ばした。

　撤退を続ける真田の軍。幸隆はシメシメという顔をしていた。中指立てられて、くやしがる弟を想像をしたからである。ふと、幸隆がまたがってる馬のケツをみた。大きな槍がブッ刺さっていた。

「童貞の執念恐るべし」by真田幸隆

次の瞬間、幸隆は落馬した。

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