第五十一話 1548年、上田原の戦い。

1548年。寒空の下、武田晴信たけだはるのぶ率いる軍勢は山に囲まれる平原、上田原うえだはらへ進軍した。上田原は武田と村上の国境でもあった。この地の高台では、さっそく軍議が開始されている。

 武田を代表する武将が六名ほどが机に座っていた。ちなみに、ここに新参者の真田幸隆さなだゆきたかの姿はない。その中で一番最初に声をあげたのは板垣信方いたがきのぶかたであった。


  「ヒョヒョ、軍議を始めるの。」


 自分を差し置いて、声をあげた板垣に晴信は怒りながら「黙れ板垣。貴様は総大将は俺のはずだ」と釘をさす。

 板垣はギザギザヒゲを触るとムカツクほど得意気に「総大将は武田晴信なれど、実質の総大将はこのアチキ、板垣信方なり。先鋒の軍は、あの赤備衆あかぞなえしゅう・二番隊隊長である甘利あまり殿で決定。」とまるでガキンチョのようにかん高く叫ぶのであった。

 そして、その場にいた甘利虎泰あまりとらやすは「まかせてくれ。」とだけ言うのであった。

 晴信は猛虎さながらの迫力で板垣をにらみつけて「おい、勝手に先鋒を決めるな。今回の戦いは赤備衆・大将の飯富虎昌おぶとらまさが全隊長を引き連れて出陣すると思っていたのだが。なぜ奴はいない?」と板垣に尋ねる。

 板垣は晴信の鋭い視線をヘラヘラと受け流し「ヒョヒョ。大将の虎昌は風邪を引いてしまったのだ。だから、全軍での出陣は困難になったのだ。」とウザったらしく説明した。

 軍議が終わったあと、板垣ら各武将、全員が持ち場へ向かった。そんななか晴信は自身の陣地の裏手に山本勘助やまもとかんすけを呼びつけた。そして、彼と目が合うなり「おい、勘助。飯富虎昌の件、よくやった。」とひたすらに称賛した。

 勘助は頭をコクリと下げると「スミマセン晴信様、虎昌が率いる赤備衆本軍の出陣はアッシの説得でどうにかなりましたが。赤備衆の二番隊の出陣は阻止できませんでした。」と謝罪するのであった。

 晴信はサテサテという顔をして「……なるほど。問題は村上には赤備え衆の隊長を倒せるだけの武将はいるのかということだ。」と言うのであった。


 武田晴信の心配もよそに板垣の角笛が鳴った。赤備衆二番隊隊長甘利虎泰は村上軍めがけて突進を開始しするのであった。そして、波乱は、この直後に起こる。


「村上軍先鋒、矢沢頼綱やざわよりつな。赤備衆二番隊甘利虎泰の首討ち取ったり!!」


 突然、戦場が歓声に包まれる。これがきっかけで板垣の後ろの方で密約を結んだ農民たちと陣を張っていた真田幸隆が「……なんだ、この歓声は?」と目を覚ます。

 幸隆が目を覚ますないやな相棒の佐太夫は彼に「オッス。」と挨拶をした。

 これに、つられて幸隆も「オッス。」と挨拶をする。

 佐太夫のうしろにいた農民の筧十兵衛は「矢沢頼綱って奴が、赤備衆の隊長を討ち取ったらしいぞ。矢沢頼綱ってなにものだ!?」と幸隆に尋ねる。

 幸隆は嫌そうに笑い「俺の弟だ。」と答えた。そして、彼は気を取り直した表情をして「二番隊が討たれた、今。これで俄然板垣の奴をはめ殺せやすくなった。」とニヤリと笑う。

 一人の兵卒が幸隆のところまで駆けてきて「幸隆殿。板垣様から出撃要請です!!」と言った。

 

 「イヤなこった。おい、佐太夫。その伝令兵を牢屋にぶちこめ」

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