第四十八話 初めての土下座。……そのあと



 

 幸隆は板垣に土下座したあと、屋敷を一目散に飛び出した。闇夜を「うぉぉおおお。あの野郎!!変なヒゲしやがって。バカヅラのボケ野郎が!!」と言ってさまよい歩いていた。叫んでる最中に、とある集落にたどり着き、倒れ込んだ。

 そんなときに民家の玄関口から「オヌシ、大丈夫か?」とボロ服をきたヒゲモジャのおっさんが現れた。

 背中をさすられた幸隆は大きな声で「俺に触れるな、ボケジジイが!!」と叫ぶのであった。

 そのオッサンはニッコリ笑うと「若いの、悩みがあるなら話を聞くぞ」と幸隆に手を貸して立たせた。

 幸隆は、その手をふりほどくと「ザケンなよ。なんでモジャモジャ野郎に言わなきゃなんねぇんだよ。……俺は、今日、産まれて初めて土下座したんだぞ。あの板垣の野郎!!」と叫んだ。

 そのオッサンは小さい目を点にさせて「オヌシ、ひょっとして板垣の奴に土下座を強要されたのか。それは災難だったな。」と言って、声を震わせて笑った。

 幸隆は思いだしただけで屈辱という顔をして「そうだ。」と頭をコクンと下げた。そのあとに「人の不幸を笑うなボケ。」と小さな声で恥ずかしそうに言うのであった。

 オッサンは右手を強く握ると「ワシも、板垣が嫌いじゃ。年貢の取り立ては厳しいし、女癖も悪い。おまけに喋り方も変でピーピーうるさい。アンナ奴のために命かけられるか。」とまるで子供のように騒ぎ立てた。

 幸隆はひょっとしてという顔をしたあと「ジジィ、テメェ、今度、村上との戦に駆り出されるのか??」とオッサンに尋ねる。

 オッサンは眉間にシワができるほどシブい顔をしたあと「ジジィはやめろぃ。ワシの名前は筧十兵衛だ。」と自分の名前を名乗った。

 そこで幸隆は十兵衛にこんな質問を投げかけた。その質問というのは「十兵衛、武田晴信と板垣信方だったら、どっちが好きだ???」というものだった。

 十兵衛は「そりゃ武田晴信だな。」と即答した。

 幸隆はすかさずに「なんでだ?」とオッサンに尋ねる。

 すると、十兵衛は空を見上げて「武田晴信の親父、武田信虎はイイ奴だった。」とシミジミに言うのであった。

 幸隆は頭をかしげて「噂だろ。信虎は暴君ってことになってるみてぇだが?どいうことだ???」と十兵衛に尋ねる。

 十兵衛は、涙を流して「あの方は板垣の悪事を、全部背負わされて、結果、駿河に追放ときた。さぞ、無念だったろ。」と言うのであった。

 幸隆はニヤリと笑うと「十兵衛、実は俺は、ある男に板垣の兵士から離反者をだせと頼まれてここにいる。」と言った。


「誰だ、その男ってのは?」


「武田晴信。」


「なるとほど。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る