第四十五話 カッコイイ

 虎胤とらたねが隣の隣の部屋から、自身がぶつかってあけた穴から戻ってくると。佐太夫さだゆうはたまらずに「大丈夫か?」と彼に尋ねた。

 虎胤は嘘みたいに平然に「バカに慰められても嬉しくないですよ」と言うのであった。

 すると、佐太夫のうしろからクスクス笑う、幸隆ゆきたかは虎胤に「丈夫な体に産まれてよかったな。お母ちゃんに感謝だな。」と皮肉ともとれる発言をブチかました。。

 虎胤は幸隆を鬼の形相でニラミつけると「俺が丈夫な訳じゃないです。これぐらいで死ぬんだとしたら、貴様が貧弱なだけです。貴様の親の顔が見てみたい。」と斜め上から発言した。

 幸隆は死んだ、自分の父のことを思い出し「貧弱なのは仕方ないな。」と心の中で思うのであった。

 

 虎昌とらまさはニコッと笑い「虎胤、俺様の館にこい。早く、汚らわしい血を拭けよ。酒飲むぞ。」と虎胤の肩を叩いた。

 虎胤は真面目な顔を崩さないまま「酒を飲む前に、俺の館の修繕頼みましたよ。」と頼んだ。

 だが、虎昌はただ笑うだけで返事をしなかった。

 なので、虎胤は苦笑いをしたあと淡々と「はい、わかりましたよ。酒飲みましょう。」と言って、肩を落とした。

 そのあとでチラリと虎昌は幸隆と佐太夫を見てニコッとして「アンタらもくる。虎胤の友達なんだろ?」とともに酒を飲もうと誘ったのだった。

 幸隆は内心、虎胤みたいなボケな奴に友達がいる訳ないだろと思ったが「その誘い、のった。」と誘いに応じた。

 虎昌は「今日は虎胤に友達ができた記念にパぁーと騒ごうぜ!!」と三人を連れて、自身の館まで歩いた。


飯富虎昌の屋敷にて。

 

 「なんで、こんなところに口だけ大将がいるんだよ、ボケ。虎昌殿は、こんな奴と知り合いなのか?」

 

 幸隆が虎昌の屋敷の部屋に入って驚いたのは、自分たちより先に武田晴信たけだはるのぶが酒を飲んでいたことだ。

 晴信は眉間にシワを寄せて「......ぬかせ、飼い主にむかって、なんだ、その言い方は。」と声を震わせた。

 幸隆はニヤリと笑うと「飼い主の分際で、カワイイ飼い犬公の手柄も守れねぇのかよ。アンナ変なヒゲ生やした奴に負けてんじゃねぇぞ、ボケ。」と晴信を散々に罵倒した。

 これには、さすがの晴信も尻込みして、かすかに「……ぬかせ」とだけ言うのであった。

 幸隆はなおも「でけぇ顔して、大きいのは顔だけか、ボケ。小心者のデブ狸がよ。」とののしり続けた。

 罵倒された武田晴信の怒りは頂点に達し、顔を火炎のように真っ赤して「ぬかせ、ぬかせ!!今は負けてるかもしれん。最後に勝つのは、この俺だ。いつまでも板垣に遅れをとる俺じゃないわ。」と怒りをあらわにした。

 ニヤリ、幸隆は、そう笑うと「理由は?」と意地悪く質問する。

 その発言を受けて武田晴信は「俺が天下最強になる男だからだ!!」と怒鳴り声をあげる。この発言、怒りに身を任せているが本気で言っている。

 幸隆は、手を叩いて、それを笑うと。まだ、笑った余波を残した声で「なんだ、なんだ、その夢?佐太夫も言ってやれ、器に似合わないデカい夢見るなって」と鋭く声を張った。


 「……カッコいい」


 佐太夫の発言に幸隆は驚き「なに言ってんだテメェ!?」とワタワタした。

 佐太夫は笑顔で「ドデカイ夢をスパッと言える人ってカッコイイ!!少なくとも俺は、そう思うっす。」と発言するのであった。

 晴信は「……ぬかせ」と言って、人知れず顔を赤らめた。

 その日、宴会は大して盛り上がらずに終了したことは言うまでもない。

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