第四十四話 叫んだ理由

「イイ度胸じゃないですか。僕が赤備衆、三番隊隊長・原虎胤はらとらたねだと知ってのことですか?」


 虎胤の自己紹介のあと佐太夫さだゆうは信じられないほどの真顔で「知らねぇよ。」と言い放った。

 虎胤はイライラまじりの表情で「無知な奴らだ。貴様らは、やっぱりバカなんですね。」と声にこぶしを効かせた。

 バカよばわりされた幸隆ゆきたかはカッとなり「なんだとテメェ!!まだ、俺は知らねぇって言ってねぇぞ、ボケが。」と顔を獅子舞のようにグラグラ揺らしながら言った。普段悪口ばかりの、この男は、自分に対して悪口を言われることが大嫌いなのである。

 すると、佐太夫は「ところで毒舌紳士、なんで、さっき大声でさけんでたんだ?おかげで幸隆の奥さんはカンカンだぞ。」と虎胤に尋ねた。

 虎胤は「だまれバカ。俺の名前は虎胤ですよ。あとは質問の答えは我がアルジ、飯富虎昌おぶとらまさについて悩んでいたのです。虎昌様は、傭兵集団・赤備衆あかぞなえしゅうの頭領をしています。俺はそんな彼が板垣信方いたがきのぶかた武田晴信たけだはるのぶにいいように扱われているのが気に食いません。あんな二人、さっさと殺して、あの方が甲斐かいの国主になればいいのに。」と答えるのだった。

 すると、玄関から音が鳴った。その音がゆっくりと幸隆たちがいる部屋に近づいていく。

 幸隆は、タッタッとゆっくり鳴るその音に気づき「なんだ?誰か近づいてくるぞ。」と身構えた。

 その音の主が部屋の中に入り虎胤の前に止まり「また、俺様にケチつけてたろ。下等な虎胤。」と開口一番に言った。主は長身でスラリとした体型をしている。

 佐太夫は「誰、コイツ?」と超真顔で虎胤に尋ねた。

 虎胤は真剣な顔で「飯富虎昌様」だと言った。

 そのときだった。佐太夫の額から汗が流れた。佐太夫は、最初、その理由がわからなかった。だが、すぐに気づいた。飯富虎昌が放つ、ただならぬ覇気に反応してしまったのだ。その瞬間、佐太夫は虎昌を凝視して「なんだ、コイツ。」と目を丸くして小さな声をだした。

 少しイライラした様子で虎昌はなおも虎胤に「なんで、この俺様がワザワザ、くだらない勢力争いに組みにしなくてはならねぇんだ。アホらしい。俺が恋い焦がれるのは戦場だけだ。」と言ったあと、とんでもない力のグーパンを虎胤の腹にお見舞いした。虎胤は吹っ飛んで、壁を貫通し、隣の、そのまた隣の部屋で倒れ込んだ。

 幸隆は口が地面につきそうになるぐらい口をあんぐり開けたあと「上半身裸のままボケみたいに死ぬのかアイツ。プププ、ハハハ。マジでザマぁぁあああああ。」と死ぬほど、狂うほど、笑った。

 その直後だった。隣の隣の部屋のガレキが崩れる音がした。虎胤は体中に血を流しながら「一歩間違えたら、死んでました。人の屋敷壊さないでくださいよ!!」と叫んだ。

 幸隆は「アイツ、生きてんの!?キモすぎるだろ!!」と、絶叫とともに笑い崩れた。このとき、佐太夫は二部屋貫通するほどの勢いで殴られても死なない虎胤より幸隆のほうが異常に写ったことは言うまでもない。

 虎昌は不気味に笑いながら「次、俺様にケチつけたら腹パンだけじゃスマネェからな。下等な俺の配下よ」と高らかに言うのであった。


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