第四十三話 騒音被害

 真田幸隆さなだゆきたか一行は、躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたの近くに、屋敷を与えられ、そこに住んでいた。そして、彼は、今、屋敷の畳の上をゴロゴロしている。その最中に「ムカつく。甲斐かいにきたはの失敗だ。」と何度も、何度もボヤくのであった。

 近くにいた佐太夫さだゆうが寝ている幸隆を見下ろしながら「こんな屋敷もらっといて、そりゃないぞ。このボケボケウンコ君が。」と言うのであった。

 それでもなお、幸隆は「汚いアダ名つけんな、ボケ。」とグダグダと畳を転がしていた。


 「......意地汚いクソが!!」


 その声に反応して、復活した恐怖の悪魔のように立ち上がった幸隆は、間もおかずに佐太夫に詰め寄り「テメェ、今、俺にむかって意地汚ねぇクソって言いやがったな!?」と彼の胸ぐらをつかんだ。

 佐太夫は首を横に振り「俺じゃないぞ。それに俺のアダナはもっと可愛げがあって品がある。さっきのは下品すぎるだろ。落ち着けよ。」と必死で幸隆に呼びかけた。

 しかし、幸隆はなおも疑い「じゃあ、誰だ?」と佐太夫にリスを追い詰めた狼のように詰め寄る。


 「……口だけデブ!!」


 すると、屋敷の奥のほうからキョウがトコトコやってきて、フスマをドカンと開けると幸隆の部屋に入った。キョウは、その猫のような目をツンとさせて寝ぼけた様子で「……うるさい。」とだけ言って、また自分の部屋に戻っていった。

 幸隆はなんとも言えない顔でキョウの去ったあとのフスマを見ると、今度は佐太夫の方を見て「犯人は外にいる。ついてこい。」と言うのであった。


 真田の屋敷の外にでると、道を挟んで立っている屋敷が目についた。


「……死んでください!!」


 どうやら、この奇声の正体はお隣さんのもののようだった。

 幸隆と佐太夫は、なにも言わずに隣の屋敷の敷地をまたいだ。

 そして、幸隆一行は屋敷の玄関の前に立ち、少しだけ間をあけてから、玄関の扉を開けた。

 屋敷内で辺りを捜索していると、再び大声が聞こえてきた。

 

 「……虎昌様ぁぁああ!!正気を取り戻してくださぁぁあああい!!」

  

 その大声に反応した佐太夫は一目散に声が聞こえる部屋を目指した。部屋にたどり着くといなや、佐太夫は戦慄した様子で「おい、幸隆、あそこで変な奴が上半身裸で、しかも右手一本で逆立ちしてるぞ。」とゾゾっとした声で言った。

 すると、興味津々のワルガキのような顔をした幸隆は「あん?ちょっと話しかけてみるか」と軽い散歩をする感じの言葉で言ってのけた。

 佐太夫は目をマンマルにして「あれに話しかけるのか正気とは思えねぇ。勇者すぎるぞ。」と動揺した一般民衆のように尊敬した声をだした。

 幸隆は部屋に入って、その男に近づくと「おい、変態露出狂ボケ野郎。なんでテメェは御機嫌が斜めなんだ??」と尋ねた。

 その男は右手で自分の体を浮かすと一回転して、直立の体勢になった。その後で開口一番に「うるさいです。バカヅラのくせに。」と言い放った。

 幸隆の悪人ヅラが一瞬怖いほど菩薩のような顔になったかと思うと「バカヅラ?誰のことだ??」と道を諭すかのように男に尋ねた。

 その男は凝り固まったマジメ顔で「無論、貴様のことです。」と言った。その態度は当たり前だろと言わんばかりであった。

 幸隆は菩薩顔から殺人鬼、いや人食い猪妖怪のような顔をしたあと「おい、佐太夫、やっちまえ」と人差し指を、その男にさして佐太夫に命令した。

 佐太夫は、メンドクサそうな顔をしたあと「自分でやってくれよ」とボヤいた。


 すると、その男はニヤリと笑った。


「イイ度胸じゃないですか。貴様らは僕が赤備衆、三番隊隊長・原虎胤はらとらたねだと知らないんですか?」

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