第四十話 隻眼の軍師

 度重なる、キョウの暴言に怒り心頭の武田晴信たけだはるのぶは「貴様らは俺を怒らせた罰で、今から上野を攻めに行ってもらう!!」と怒りにまかせて大声をぶちまけた。

 自分の故郷を攻めろと言われて、さすがのキョウも「……それは」と黙り込んだ。

 すると、幸隆ゆきたかは滑り込むように「上等だ!!関東管領かんとうかんれいだろうが、長野業正ながのなりまさだろうが、全員討ち果たしてやるぜ。」と高らかに叫んだ。

 晴信は烈火の如く幸隆をニランで「男に二言はないな?」と大きなガタイを前のめりにして、詰め寄った。

 幸隆は、一瞬ニヤリと笑うと「ある訳ねぇだろ。政略結婚に助けられた武田晴信さんよ。」と啖呵を切った

晴信は、怯まない幸隆にあっけに取られると「……ほざけ」とボヤいて、立ち上がると幸隆とキョウとの間をすり抜け、部屋の外へでた。

 キョウは「......幸隆、あんなこと言ってよかったの?」怪訝な顔をして彼に尋ねた。

幸隆は笑って「いいんだよ。俺たちは棟綱様や、業正様たちを裏切って、ここまできたんだ。キョウ、ありがとうな。おかげでスッキリした。」と彼女の質問に答えた。


「……」


すると、幸隆の背後に一人の男が、どこからともなく現れ「アッシもスッキリした。武田晴信に、あそこまでハッキリ言った者はオヌシらだけだぞい!!」と大声を放った。

 幸隆は突然の出来事に後ずさりをしたあと「はぁ!?テメェ誰だ不細工??」と左目が斬り傷で潰れているゴツゴツした顔に指をさした。

 その男は、その場でボロボロな服をフリフリしながらバカみたいに踊りだし「不細工!?いいもん!!アッシは愛嬌だけで生きてるもん。テヤンデーだぞぃ。」と騒いだ。

 さっきまで存在感がなかった佐太夫さだゆうは「ようく見ると、思っていた以上に不細工だぞ。」と、その男に心がこもってない手紙を送るように発言した。

 その男が、さらに勢いよく踊りだす光景を見て千代女ちよめが、佐太夫に「ダメだよ、佐太夫。勘助かんすけ様をイジッても、勢いづかせるだけだからヤメて。」と諭すのであった。

 佐太夫は、その赤子のように純粋な目を丸くして「なんだ、そりゃ???」と言った。

 この踊りまくってる男こそが山本勘助。のちに武田信玄の軍師として、幸隆とともに川中島で上杉謙信うえすぎけんしんと戦うことになる。

 勘助は踊りつかれると、アグラをかいて真顔になった。そのあとで「たぶん、幸隆殿。次の上野攻め、オヌシは先鋒を任されるぞぃ。」と右手人差し指で幸隆をさした。

 幸隆は高笑いをして「いくらなんでも、それはねぇだろ。俺は武田に入ったばっかりだぞ。さっきのは口からでまかせで言っただけだろうよ。」と勘助を見ると、さっきまで踊ってた奴とは思えないほどマジメな顔をしていた。

 勘助は、似合わないマジメ顔をしながら「オヌシが先鋒になる理由はただの嫌がらせだぞい」と言った。

 幸隆は、ただでさえ悪い目つきを、さらに悪くして「自分が悪く言われただけで、人に昔住んでた国を攻めさせる。つまり、武田晴信の見栄は富士山なみで、器はノミ以下だってか。ケチくさい、ボケだな。」と言った。

 勘助は主を悪く言われたにも関わらず、地面を激しく叩いて大爆笑した。笑いすぎて涙を浮かべながら「笑わせるな。だが、そういうことだぞぃ。」と言った。

 幸隆は引きつった声で「武田晴信、ボケすぎて、関東管領よりタチ悪いわるかもだな。こんなことなら、また上野にいたほうがよかったんじゃないか。」と言った。

 そのあとの幸隆の妻、キョウが言った「……本当ね」との一言が、あたりをさらに重たくした。


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